【完結】きみは、俺のただひとり ~神様からのギフト~

Mimi

文字の大きさ
38 / 48

38 リデル

しおりを挟む
「ここを出ていくと、王都に居た頃から決めていて、連絡を待っている状態だった。
 だが縁談が決まれば、監視の目が厳しくなる。
 それで、その前に動く事にした」


 ジェレマイアは、今夜このまま、ひとりでイングラムを出ていく、とふたりに打ち明けた。
 リデルは、いつかは彼と出ていく、と思っていたが。
 今夜彼がひとりで出ていく、とは思っていなかった。


「リィ、俺が迎えに来るまで、待っていて欲しい。
 あの男は、3年おとなしくしていれば、君を愛人にするのを許すと言った。
 結婚の約束をした事までは把握していないが、俺の気持ちを知っているから、それを餌にしようとした。
 だから、俺の出奔にはリィは無関係だと思わせたい。
 俺が消えても、君がこれまでと変わり無く過ごしていてくれたら、俺の片想いだったで済むから、もし呼び出されても、そう合わせてくれないか。
 君に失恋したショックで家を出た男になる。
 そうすれば、他の人達に迷惑を掛けずに済む」


 前は男爵令嬢に夢中になって、全てを失くした男。
 今度は平民の娘にふられて、全てを捨てた男。
 ジェレマイアは、どれだけ自分を貶めるのか。 


 何もかもひとりで決めて、相談もしてくれなかった。
 ジェレマイアにぶつけようとしたその言葉を、リデルは飲み込んだ。

 確かに、ジェレマイアとふたりでイングラムを出奔すれば、残されたデイヴには、ご領主様の追求と責めが待っている。
 デイヴから何も手掛かりが得られなければ、次はエラが、エルザが、リーブスまでもが責められる。
 

 自分はそこまで考えが及ばなかった。
 貴方を補いたい、なんて偉そうに言って。
 彼についていきたい、彼と離れたくない、それだけしかなかった。
 自分達を助けてくれた周囲の人達の事を忘れていた。


 恋人がここを出ると聞いてから、一言も発しない娘を気にしながらも時間が無いこともあり、父はジェレマイアに尋ねた。
 

「今夜このまま? 何処へ?」

「……シェイマスへ。
 聖教会の大聖堂にテリオス殿下が預かりの身になっていて、後に合流する事になっていた」

「後に、とは何の後に?」

「……それは……」

 デイヴの追求に、ジェレマイアは口ごもった。


「……自分だけの判断では、口に出せない、という事ですか?
 殿下との密約があったから、醜聞についても何も言えなかった?」

「……密約と言う程の約束ではない……」

 それをそのまま話せないジェレマイアの逡巡を察したデイヴが頭を振った。
 テリオス殿下と何らかの約束をしていて、彼に会おうとしているのを、理解したからだ。


「分かりました、もうそれについては聞かないでおきましょう。
 尊き青い血に私は関わりはないし、聞かなければ知らない事は話せない」

「すまない、そう言って貰えると助かる」



 明らかにホッとした様子のジェレマイアは、会った時から持っていた荷物から畳まれた1枚の地図を取り出して、テーブルの上に広げて見せた。


「ウィンクラーの山越えルートを、出来れば2日で。
 ここから抜けて、川沿いを進む。
 ここで一旦街へ出て、馬と食料を買い、素泊まり宿で1泊する。
 翌日にはこっちの街道を駆けても、やはり1週間は掛かると見ている」

「それは上手く動けたらで、3日は見ないと。
 ウィンクラーの冬山越え……今年は暖冬で雪が少ない。
 空を見てもしばらく晴天は続きそうだし、それで山越えにしたんですね。
 例年よりは厳しくないでしょうが、夜は絶対に歩かない方がいい。
 あと、食料確保は?」

「今日、リデルを待つ間に、水と干し肉と乾パンと。
 少しずつ胃を小さくしてきたし、貴方から処方されていた栄養薬、あれを貯めていて持ってきた」

「それでか! 食欲がないとか言って!
 ……ところで、山越えをその格好で?
 わざわざ凍死しに行くつもりですか!」

「……マントには毛皮が……
 これじゃきついのは分かっていたが、家を出てくるのに、これ以上の格好は出来なくて」



 幼いジェレミーに、地図や天気の見方を教えたのは、若い頃からあちらこちらを旅してきたデイヴだった。
 男2人で、あれこれ言いながら、イングラムからシェイマスへのルートを確認し、地図を見ている姿は、あの頃をリデルに思い出させた。

 待ち合わせをしていた本屋で、ジェレマイアがいつも地理関係の書棚の前に居た理由が、今になって分かった。
 彼はきっと本邸の図書室から地図を抜き取れば、何処を調べていたのかばれると思って。
 本屋でこの地図を購入し、経路について詳しく解説された小型本を立ち読みで、頭に叩き込んでいたのだ。

 そして今、父に説明をしていたように、空腹に慣れるために食事の量を制限していた。
 彼はいつか来る日のために、着々と準備をしていたんだ。


 それに気付いた時、ようやくリデルの中の自分だけが取り残されるような焦燥感は消え、ただジェレマイアの計画がうまく行きますように、とそれのみを祈るだけになった。



 腹が膨れると眠くなってしまうから、と夕食を断ったジェレマイアだったが、無事を祈願すると言ったデイヴからの1杯のワインは受け取った。
 お酒は得意ではないリデルも飲むことにして3人でグラスを合わせ、別れの時間になった。


 ここから見える道の先までリデルのみが見送ることにして、デイヴとジェレマイアは家の前で握手をした。

 ジェレマイアは来た時のスマートなマント姿ではなくなっていた。
 若かりし頃のデイヴが雪国で購入した雪国仕様の厚手のウールコートの上に、例の毛皮で裏打ちされたマントを羽織り。
 下は元々履いていた細身のスラックスに、同じく雪国仕様のウールのズボンを重ねて履いていた。
 足元は内側と履き口に毛皮が付いている頑丈そうなブーツに変わり、仕上げは耳当ての付いた毛糸の帽子と背中に背負った袋。
 普段のジェレマイアからは程遠い、あか抜けない着膨れた姿だった。

 おまけに、右手にはかんじきと、左手には携帯用のランタンを下げ。
 どこから見ても、山から降りてきた猟師にしか見えなかった。
 



「旅の女神の幸運を」

 旅人に贈るお決まりの祈りをデイヴが口にすると、ジェレマイアは頭を下げた。
 そして。


「デイヴ、頼みたいことがある。
 リィの事は勿論だけど、リーブスをよろしく頼む。
 お前の最期は看取ると約束したのに、俺はもう2度と会えない。
 今日は、夜に出掛けるなら冷えるから靴下を2枚重ねて履くように言われた」

「靴下を2枚じゃ、どうにもならないが、貴方が出ていくと、気が付いていたんだな」

「……咳をする事が増えてる。
 出来るだけ長生きさせたい」





 ジェレマイアと手を繋ぎ、ウィンクラー山に向かう夜道を歩く。

 これからの山越えに備え、リデルは肉と野菜を挟んだパンと、普段は勿体なくて使えない角砂糖を包んだ。
 彼が用意した食料は、少しでも後回しにして欲しかった。


「お砂糖の方は、疲れた時にゆっくり口の中で溶かしてね」

「……分かった」

「いつまでに迎えに来て、とは言わない。
 だけど、お婆さんになる前には顔を見せてね」

「分かってる、爺さんになった俺には山越えは難しいから。
 ……もっと早くに会いに来る。
 本当はシェイマスなんかに行かずに、君と一緒に行けたら。
 俺は……リィ……」



 ジェレマイアが言いたい事は、リデルも言って欲しい事だ。


 それでも。
 ふたりは、約束を守る事と信じて待つ事を選んだ。



 
  *****


 すみません、冬山装備がよくわからなくて、これが精一杯でした。
 ファンタジーだと見逃していただけますよう、お願い致します
 

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。 しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。 突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。 『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。 表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

処理中です...