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第26話
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一度帰ったイアン・ギャレットが再び、マーチ家の王都邸を訪れたのは、その日の20時前だった。
昼間と違って、準正装に着替えたイアンは深紅の薔薇の花束を抱えて、エントランスホールで彼を出迎えたミルドレッドにそれを手渡した。
その隣ではジャーヴィスが冷やかな目で、ふたりのやり取りを眺めていた。
「やはり、この色は貴女にお似合いです。
あぁ、伯爵様もご無沙汰しております。
相変わらず見目麗しく……」
「……ギャレット君も元気そうで、何より」
「とても綺麗な色の薔薇ですね。
どうもありがとうございます、ギャレット様」
今夜のミルドレッドの装いは、地味目なドレスと言うジャーヴィスの注文に合わせて、首元が詰まった濃い緑色のドレスで、アクセサリーも長めの真珠のネックレスのみだ。
心の中で、ジャーヴィスはイアンに悪態をついた。
俺への挨拶は後回しか?
見目麗しく等ふざけているとしか。
確かに深紅の薔薇は、そのドレスに映えているが。
ミリーが好きなのは、華やかな薔薇ではなく、野に咲くデイジーや、ウィンガムの川辺で揺れる柳なんだ。
加えて、まるでミルドレッドの瞳に合わせたかのように、イアンが胸に緑のチーフを差しているのが気に入らない。
それだけじゃない、この図々しい男は。
夫を失ってから三月しか経っていない妹に、渡した薔薇の中から一輪、自分にも挿してくれとねだっている。
ジャーヴィスは、言われるままに素直に薔薇を挿そうとしているミルドレッドの手からそれを取り上げて、代わりにこの舐めた真似をする後輩の左襟のフラワーホールに挿した。
それをまた面白がっているイアンが、ますます気に入らない。
18時過ぎに出先から戻ると、タッカーからイアンが来たことを聞かされ、その相手をミルドレッドがしていたことを知った。
それでミルドレッドに話を聞く前に、彼女の侍女に様子を尋ねたのだが。
「おふたりはコンサバトリーでお話をされていて、わたくしはお茶を出した後は下がりました。
扉は開けておられましたが、何を話されていたかは存じ上げておりません」
ルーシーは主に尋ねられたことは正直に答えたが、イアンに会ったミルドレッドが髪をおろしていたことは言わなかった。
燃ゆる火に油を注ぐ結果になるだけなのは、分かっている。
先触れも無しにイアンがやって来て、1時間もしない内に帰ったことはタッカーから聞いている。
そんな短時間で口説いたとは思えないが、あいつは何をしに来たんだ?
これからはひとりで留守番はさせられないな、と思いながらジャーヴィスは、ミルドレッドの部屋を訪れたのだが。
彼女はメイド達の手を借りながら、既にディナーの着替えの支度に入っているから、とルーシーから止められてしまい、ちゃんと話を聞くことが出来ていなかった。
それで、これだ。
やはり、ミルドレッドはウィンガムに置いてくるべきだった。
実家のお嬢様暮らしから、夫に囲われるようにして生きてきた妹は、男に対して警戒心が無さ過ぎる。
特にイアンのような口八丁手八丁の輩には。
◇◇◇
ディナーは特に問題なく済んだ。
給仕やメイドが周囲で動く場での話題は、ジャーヴィスとイアンの学生時代の話だったり、現在の王都の様子だったりした。
そんな風に和やかに食事が終わり、3人は社交室へと移動した。
食後は煙草とブランデーやカードを必要とする男性は多いが、ジャーヴィスもイアンもそのタイプではなく、男性同士の交流手段として嗜む程度だった。
ミルドレッドは、そこに例の貴族名鑑を持ち込んだ。
イアンが帰ってから、もう一度見直して判明したことがあり、それを早く彼に話したかった。
そんな彼女の様子にジャーヴィスとイアンが気付かないはずはなく。
苦虫を噛み潰したような表情のジャーヴィスを無視して、イアンはミルドレッドに話を振った。
「あれから、何かお気付きになられたようですね?」
「はい、あの……兄様、わたしからギャレット様にお話をしてもいいでしょうか?」
「……どうぞ」
一応、妹は自分を気遣っているので、よしとしようと思うジャーヴィスだ。
「ウィラード様と同じ年に亡くなっているアダムス一族の男性達は、同じ家から何人も出ていました。
ギャレット様が仰られた通り、年齢は幅広く、その家の当主や子息……つまり後継者やその子供達も。
これはウィラード様の死去に併せての粛清を受けたのではないか、と。
その家の数はおよそ、レイウッド領内のアダムス一族の半数」
「……その通り」
そう答えたのは、イアンではなくジャーヴィスだった。
イアンは何も言わずに微笑んでいるだけだ。
それでジャーヴィスは分かった。
きっと今日の午後、ふたりはこの話をしていて、ジャーヴィスがスチュワートに遠慮して、はっきりとは口に出せなかったアダムス一族の過去を。
イアンは自分で見つけ出せとミルドレッドに、何かしら発破をかけたのだろう。
「つまり……双子のウィラード様とエルネスト様は後継者争いをして、敗れた長男のウィラード様は亡くなり、彼を支持した家は、老人から幼児を除く少年まで男性は、次男のエルネスト様によって粛清されてしまった。
……現在のアダムスは驚くほど、一枚岩で結束が固いのです。
それは、一族を二分した過去があったから……ですね?」
昼間と違って、準正装に着替えたイアンは深紅の薔薇の花束を抱えて、エントランスホールで彼を出迎えたミルドレッドにそれを手渡した。
その隣ではジャーヴィスが冷やかな目で、ふたりのやり取りを眺めていた。
「やはり、この色は貴女にお似合いです。
あぁ、伯爵様もご無沙汰しております。
相変わらず見目麗しく……」
「……ギャレット君も元気そうで、何より」
「とても綺麗な色の薔薇ですね。
どうもありがとうございます、ギャレット様」
今夜のミルドレッドの装いは、地味目なドレスと言うジャーヴィスの注文に合わせて、首元が詰まった濃い緑色のドレスで、アクセサリーも長めの真珠のネックレスのみだ。
心の中で、ジャーヴィスはイアンに悪態をついた。
俺への挨拶は後回しか?
見目麗しく等ふざけているとしか。
確かに深紅の薔薇は、そのドレスに映えているが。
ミリーが好きなのは、華やかな薔薇ではなく、野に咲くデイジーや、ウィンガムの川辺で揺れる柳なんだ。
加えて、まるでミルドレッドの瞳に合わせたかのように、イアンが胸に緑のチーフを差しているのが気に入らない。
それだけじゃない、この図々しい男は。
夫を失ってから三月しか経っていない妹に、渡した薔薇の中から一輪、自分にも挿してくれとねだっている。
ジャーヴィスは、言われるままに素直に薔薇を挿そうとしているミルドレッドの手からそれを取り上げて、代わりにこの舐めた真似をする後輩の左襟のフラワーホールに挿した。
それをまた面白がっているイアンが、ますます気に入らない。
18時過ぎに出先から戻ると、タッカーからイアンが来たことを聞かされ、その相手をミルドレッドがしていたことを知った。
それでミルドレッドに話を聞く前に、彼女の侍女に様子を尋ねたのだが。
「おふたりはコンサバトリーでお話をされていて、わたくしはお茶を出した後は下がりました。
扉は開けておられましたが、何を話されていたかは存じ上げておりません」
ルーシーは主に尋ねられたことは正直に答えたが、イアンに会ったミルドレッドが髪をおろしていたことは言わなかった。
燃ゆる火に油を注ぐ結果になるだけなのは、分かっている。
先触れも無しにイアンがやって来て、1時間もしない内に帰ったことはタッカーから聞いている。
そんな短時間で口説いたとは思えないが、あいつは何をしに来たんだ?
これからはひとりで留守番はさせられないな、と思いながらジャーヴィスは、ミルドレッドの部屋を訪れたのだが。
彼女はメイド達の手を借りながら、既にディナーの着替えの支度に入っているから、とルーシーから止められてしまい、ちゃんと話を聞くことが出来ていなかった。
それで、これだ。
やはり、ミルドレッドはウィンガムに置いてくるべきだった。
実家のお嬢様暮らしから、夫に囲われるようにして生きてきた妹は、男に対して警戒心が無さ過ぎる。
特にイアンのような口八丁手八丁の輩には。
◇◇◇
ディナーは特に問題なく済んだ。
給仕やメイドが周囲で動く場での話題は、ジャーヴィスとイアンの学生時代の話だったり、現在の王都の様子だったりした。
そんな風に和やかに食事が終わり、3人は社交室へと移動した。
食後は煙草とブランデーやカードを必要とする男性は多いが、ジャーヴィスもイアンもそのタイプではなく、男性同士の交流手段として嗜む程度だった。
ミルドレッドは、そこに例の貴族名鑑を持ち込んだ。
イアンが帰ってから、もう一度見直して判明したことがあり、それを早く彼に話したかった。
そんな彼女の様子にジャーヴィスとイアンが気付かないはずはなく。
苦虫を噛み潰したような表情のジャーヴィスを無視して、イアンはミルドレッドに話を振った。
「あれから、何かお気付きになられたようですね?」
「はい、あの……兄様、わたしからギャレット様にお話をしてもいいでしょうか?」
「……どうぞ」
一応、妹は自分を気遣っているので、よしとしようと思うジャーヴィスだ。
「ウィラード様と同じ年に亡くなっているアダムス一族の男性達は、同じ家から何人も出ていました。
ギャレット様が仰られた通り、年齢は幅広く、その家の当主や子息……つまり後継者やその子供達も。
これはウィラード様の死去に併せての粛清を受けたのではないか、と。
その家の数はおよそ、レイウッド領内のアダムス一族の半数」
「……その通り」
そう答えたのは、イアンではなくジャーヴィスだった。
イアンは何も言わずに微笑んでいるだけだ。
それでジャーヴィスは分かった。
きっと今日の午後、ふたりはこの話をしていて、ジャーヴィスがスチュワートに遠慮して、はっきりとは口に出せなかったアダムス一族の過去を。
イアンは自分で見つけ出せとミルドレッドに、何かしら発破をかけたのだろう。
「つまり……双子のウィラード様とエルネスト様は後継者争いをして、敗れた長男のウィラード様は亡くなり、彼を支持した家は、老人から幼児を除く少年まで男性は、次男のエルネスト様によって粛清されてしまった。
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