【完結】まだ誰も知らない恋を始めよう

Mimi

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52 切り込まれて敗走する俺

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 俺が今までのガキくさい反抗心とちっぽけなプライドを捨てて、父に助けて欲しいと申し出た夜。


 夕食後に母からこれまでの経緯を教えて欲しいと頼まれていたので、食事を終えた両親と合流して3人で父の書斎へ移動した。
 

 因みに夕食は、俺の分だけ書斎に届けて貰うように事前に父に頼んでいた……と言うのも。
 ダイニングルームには事情を教える使用人だけを出入りさせるから、貴方は何も気にしなくて大丈夫、と母から一緒に食べようと誘われたのだが。
 慌てて、俺の事を話すのは料理長だけにして欲しい、と止めた。


 だって、そうだろう?  

 最近の母の様子は、周囲から見たら危ない人だ。
 普段からフラフラしてる大学生の息子が帰ってこないと1人で騒いで、悪魔祓いで邸中に聖水を撒き、霊能者を呼んで大金を散財し、そのまま部屋に籠もり、今日は出てきたと思ったら客が来ているにも拘らず応接間で暴れた(母本人が、わたくしが暴れた事にしましょうと言った)。 

 そんな人が「姿は見えないけれど息子が帰ってきた」と言い出して、夫婦2人だけの夕食に、息子の料理も並べるように申し付けてくる。
 
 これでは、もう奥様は壊れ始めているのかも、と思われても仕方が無い。
 皆が皆、俺の事情を理解してくれる訳じゃないしな。


 何処で何を食べていたのか分からない息子に、久しぶりに美味しい食事をとらせてあげたい、と言う母の心情は嬉しく思うけど。
 それが想像出来て、俺はひとり遅れて食事をする事にした。

 
 そんな訳で、昔から居る料理長のバネッサにだけなら事情を話しても、彼女の胸1つに収めてくれる気がするし、と父に頼んだ。
 
 これで現状を知る使用人は、俺の雑事を引き受けてくれたサミュエルと、リネン類の交換等のメイドの代わりをするグレンダ、そして食事を用意してくれるバネッサの3人だけで済む。


 
「1番辛い本人にこんな質問は酷だけれど、その身体はいつになったら戻るのかしらね?」

 フレディから誘われて参加したパーティー以降から今日までの経緯を書いたノートを読んだ母が涙を拭いながら、ハンバーガーを頬張る俺に尋ねる。

 軽食にして欲しいと伝えて書斎に運ばせたのは、それを夜食で食べるのは父だと思わせるためで、運んで来たのはサミュエルだ。
 母の目には俺も、俺が手にしているハンバーガーも見えていない。


 俺は座っているソファーの座面部分を2回続けて叩いた。
 これで、『俺も分からない』と返事をしたつもり。



 午後に父にはこれまでの全て(ダニエルの力とモーリス卿の任務の事は伏せている)を、ノートに時系列に沿って詳細に書いて見せたが。
 父はそれを母には話していないようで、初見のような顔をして一緒になって、再びノートに目を通していた。


 母に読ませたのは、父が最初に読んだものとは違い、母には知られたくない黒魔法についての部分は除いている。

 逃亡した外れのメイトリクスを世界の果てまでも追いかけて捕まえて。
 それでやっと本人もしくは奴の魔力を喰った魔法士にしか解術出来ない事なんかは、母が知る必要は無いと思ったのだ。
 ……ただ心配させるだけだから。


 それを知らないから、息子はいつか元に戻るのだと。
 それまでの辛抱だと母は思って、俺にいつになったら戻るのだと聞いてくる。

 それでいいんだ、そう思っていてくれれば。
 俺がメイトリクスを追うために、父に魔法士を雇って欲しい、と頼んだ事なんて、母は知らなくていい。



 今夜は嬉しくて、いつもよりワインを飲んでしまった、と眠そうな母が先に出て寝室へ向かうのを父が送り届けて、書斎へ戻ってくるなり、俺に尋ねた。


「お前が頼んできた魔法士の件だが。
 魔法庁に依頼して、派遣して貰うのは駄目なのか?」

 毎度思うことだが、母の前での父の表情と声は、俺に見せるものとは全然違う。
 ダニエルに接していた時も、また違う人間みたいで、俺もいずれはそういった術を身に付けないと駄目なんだろうな。



─ 公的機関を使うと、申請だの調整だので時間もかかりますよね

─ 俺は早く解決したいです

「それはどうとでもなるから、気にするな。
 だが、魔法庁に登録もしていない個人で動く魔法士を雇ってこの件を依頼したら、それこそ後々ややこしくなる事も覚悟していた方が良い」

─  後々ややこしい、と言うのは、依頼内容を使って

─ 俺が脅迫される可能性もある、と言うことですか?

「そうだ、だがお前個人ではなく、ペンデルトンが、だ」


 俺が思い描いた、メイトリクスに同じ魔法士を使う、と言う方法は、そんなに危うい事なのか……


「確かに、私が正攻法ではない裏ルートを使ってトラブルを解決する事案も少なくないが、それには裏とは言え、専門の組織を使い、決してフリーの人間は使わない。
 何故なら、何処にも属さない野良はその時その時で、自分に利がある方へ傾き、裏切りも厭わない者が多いからだ」

 こんな風に静かに説明されると、反論のしようがない。
 俺から見た祖父と父は目的のためなら手段を選ばない人間で、表も裏もそれに応じて使い分けていると思っていた。


「お前が魔法庁に依頼したくない理由は、ダニエル嬢か?」

 いきなり切り込まれて、息を呑む。


「お前達が恋人同士だと私が信じたと思ったか?
 ルディアが納得しそうな理由を上手く持ち出してきた事は褒めてやる。
 だが、彼女にだけお前が見えているのは愛の力ではなくて、マッカーシーの何の力なのか、正直に言え」


 その問いにまともに答えられるはずもなく。
 
    
─  何の力かなんて、知らないし 

─  彼女は正真正銘、俺の恋人
 

 何も知らないふりを装うしかなく。
 父には小さく舌打ちをされたが、動揺した姿を見られないだけましだ。


 それ以上は何も言われなかったので、俺も疲れたから寝ると書斎を出たが……


 父が誤魔化そうとする俺を、今回は見逃してくれただけなのは、分かった。

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