53 / 66
52 切り込まれて敗走する俺
しおりを挟む
俺が今までのガキくさい反抗心とちっぽけなプライドを捨てて、父に助けて欲しいと申し出た夜。
夕食後に母からこれまでの経緯を教えて欲しいと頼まれていたので、食事を終えた両親と合流して3人で父の書斎へ移動した。
因みに夕食は、俺の分だけ書斎に届けて貰うように事前に父に頼んでいた……と言うのも。
ダイニングルームには事情を教える使用人だけを出入りさせるから、貴方は何も気にしなくて大丈夫、と母から一緒に食べようと誘われたのだが。
慌てて、俺の事を話すのは料理長だけにして欲しい、と止めた。
だって、そうだろう?
最近の母の様子は、周囲から見たら危ない人だ。
普段からフラフラしてる大学生の息子が帰ってこないと1人で騒いで、悪魔祓いで邸中に聖水を撒き、霊能者を呼んで大金を散財し、そのまま部屋に籠もり、今日は出てきたと思ったら客が来ているにも拘らず応接間で暴れた(母本人が、わたくしが暴れた事にしましょうと言った)。
そんな人が「姿は見えないけれど息子が帰ってきた」と言い出して、夫婦2人だけの夕食に、息子の料理も並べるように申し付けてくる。
これでは、もう奥様は壊れ始めているのかも、と思われても仕方が無い。
皆が皆、俺の事情を理解してくれる訳じゃないしな。
何処で何を食べていたのか分からない息子に、久しぶりに美味しい食事をとらせてあげたい、と言う母の心情は嬉しく思うけど。
それが想像出来て、俺はひとり遅れて食事をする事にした。
そんな訳で、昔から居る料理長のバネッサにだけなら事情を話しても、彼女の胸1つに収めてくれる気がするし、と父に頼んだ。
これで現状を知る使用人は、俺の雑事を引き受けてくれたサミュエルと、リネン類の交換等のメイドの代わりをするグレンダ、そして食事を用意してくれるバネッサの3人だけで済む。
「1番辛い本人にこんな質問は酷だけれど、その身体はいつになったら戻るのかしらね?」
フレディから誘われて参加したパーティー以降から今日までの経緯を書いたノートを読んだ母が涙を拭いながら、ハンバーガーを頬張る俺に尋ねる。
軽食にして欲しいと伝えて書斎に運ばせたのは、それを夜食で食べるのは父だと思わせるためで、運んで来たのはサミュエルだ。
母の目には俺も、俺が手にしているハンバーガーも見えていない。
俺は座っているソファーの座面部分を2回続けて叩いた。
これで、『俺も分からない』と返事をしたつもり。
午後に父にはこれまでの全て(ダニエルの力とモーリス卿の任務の事は伏せている)を、ノートに時系列に沿って詳細に書いて見せたが。
父はそれを母には話していないようで、初見のような顔をして一緒になって、再びノートに目を通していた。
母に読ませたのは、父が最初に読んだものとは違い、母には知られたくない黒魔法についての部分は除いている。
逃亡した外れのメイトリクスを世界の果てまでも追いかけて捕まえて。
それでやっと本人もしくは奴の魔力を喰った魔法士にしか解術出来ない事なんかは、母が知る必要は無いと思ったのだ。
……ただ心配させるだけだから。
それを知らないから、息子はいつか元に戻るのだと。
それまでの辛抱だと母は思って、俺にいつになったら戻るのだと聞いてくる。
それでいいんだ、そう思っていてくれれば。
俺がメイトリクスを追うために、父に魔法士を雇って欲しい、と頼んだ事なんて、母は知らなくていい。
今夜は嬉しくて、いつもよりワインを飲んでしまった、と眠そうな母が先に出て寝室へ向かうのを父が送り届けて、書斎へ戻ってくるなり、俺に尋ねた。
「お前が頼んできた魔法士の件だが。
魔法庁に依頼して、派遣して貰うのは駄目なのか?」
毎度思うことだが、母の前での父の表情と声は、俺に見せるものとは全然違う。
ダニエルに接していた時も、また違う人間みたいで、俺もいずれはそういった術を身に付けないと駄目なんだろうな。
─ 公的機関を使うと、申請だの調整だので時間もかかりますよね
─ 俺は早く解決したいです
「それはどうとでもなるから、気にするな。
だが、魔法庁に登録もしていない個人で動く魔法士を雇ってこの件を依頼したら、それこそ後々ややこしくなる事も覚悟していた方が良い」
─ 後々ややこしい、と言うのは、依頼内容を使って
─ 俺が脅迫される可能性もある、と言うことですか?
「そうだ、だがお前個人ではなく、ペンデルトンが、だ」
俺が思い描いた、メイトリクスに同じ魔法士を使う、と言う方法は、そんなに危うい事なのか……
「確かに、私が正攻法ではない裏ルートを使ってトラブルを解決する事案も少なくないが、それには裏とは言え、専門の組織を使い、決してフリーの人間は使わない。
何故なら、何処にも属さない野良はその時その時で、自分に利がある方へ傾き、裏切りも厭わない者が多いからだ」
こんな風に静かに説明されると、反論のしようがない。
俺から見た祖父と父は目的のためなら手段を選ばない人間で、表も裏もそれに応じて使い分けていると思っていた。
「お前が魔法庁に依頼したくない理由は、ダニエル嬢か?」
いきなり切り込まれて、息を呑む。
「お前達が恋人同士だと私が信じたと思ったか?
ルディアが納得しそうな理由を上手く持ち出してきた事は褒めてやる。
だが、彼女にだけお前が見えているのは愛の力ではなくて、マッカーシーの何の力なのか、正直に言え」
その問いにまともに答えられるはずもなく。
─ 何の力かなんて、知らないし
─ 彼女は正真正銘、俺の恋人
何も知らないふりを装うしかなく。
父には小さく舌打ちをされたが、動揺した姿を見られないだけましだ。
それ以上は何も言われなかったので、俺も疲れたから寝ると書斎を出たが……
父が誤魔化そうとする俺を、今回は見逃してくれただけなのは、分かった。
夕食後に母からこれまでの経緯を教えて欲しいと頼まれていたので、食事を終えた両親と合流して3人で父の書斎へ移動した。
因みに夕食は、俺の分だけ書斎に届けて貰うように事前に父に頼んでいた……と言うのも。
ダイニングルームには事情を教える使用人だけを出入りさせるから、貴方は何も気にしなくて大丈夫、と母から一緒に食べようと誘われたのだが。
慌てて、俺の事を話すのは料理長だけにして欲しい、と止めた。
だって、そうだろう?
最近の母の様子は、周囲から見たら危ない人だ。
普段からフラフラしてる大学生の息子が帰ってこないと1人で騒いで、悪魔祓いで邸中に聖水を撒き、霊能者を呼んで大金を散財し、そのまま部屋に籠もり、今日は出てきたと思ったら客が来ているにも拘らず応接間で暴れた(母本人が、わたくしが暴れた事にしましょうと言った)。
そんな人が「姿は見えないけれど息子が帰ってきた」と言い出して、夫婦2人だけの夕食に、息子の料理も並べるように申し付けてくる。
これでは、もう奥様は壊れ始めているのかも、と思われても仕方が無い。
皆が皆、俺の事情を理解してくれる訳じゃないしな。
何処で何を食べていたのか分からない息子に、久しぶりに美味しい食事をとらせてあげたい、と言う母の心情は嬉しく思うけど。
それが想像出来て、俺はひとり遅れて食事をする事にした。
そんな訳で、昔から居る料理長のバネッサにだけなら事情を話しても、彼女の胸1つに収めてくれる気がするし、と父に頼んだ。
これで現状を知る使用人は、俺の雑事を引き受けてくれたサミュエルと、リネン類の交換等のメイドの代わりをするグレンダ、そして食事を用意してくれるバネッサの3人だけで済む。
「1番辛い本人にこんな質問は酷だけれど、その身体はいつになったら戻るのかしらね?」
フレディから誘われて参加したパーティー以降から今日までの経緯を書いたノートを読んだ母が涙を拭いながら、ハンバーガーを頬張る俺に尋ねる。
軽食にして欲しいと伝えて書斎に運ばせたのは、それを夜食で食べるのは父だと思わせるためで、運んで来たのはサミュエルだ。
母の目には俺も、俺が手にしているハンバーガーも見えていない。
俺は座っているソファーの座面部分を2回続けて叩いた。
これで、『俺も分からない』と返事をしたつもり。
午後に父にはこれまでの全て(ダニエルの力とモーリス卿の任務の事は伏せている)を、ノートに時系列に沿って詳細に書いて見せたが。
父はそれを母には話していないようで、初見のような顔をして一緒になって、再びノートに目を通していた。
母に読ませたのは、父が最初に読んだものとは違い、母には知られたくない黒魔法についての部分は除いている。
逃亡した外れのメイトリクスを世界の果てまでも追いかけて捕まえて。
それでやっと本人もしくは奴の魔力を喰った魔法士にしか解術出来ない事なんかは、母が知る必要は無いと思ったのだ。
……ただ心配させるだけだから。
それを知らないから、息子はいつか元に戻るのだと。
それまでの辛抱だと母は思って、俺にいつになったら戻るのだと聞いてくる。
それでいいんだ、そう思っていてくれれば。
俺がメイトリクスを追うために、父に魔法士を雇って欲しい、と頼んだ事なんて、母は知らなくていい。
今夜は嬉しくて、いつもよりワインを飲んでしまった、と眠そうな母が先に出て寝室へ向かうのを父が送り届けて、書斎へ戻ってくるなり、俺に尋ねた。
「お前が頼んできた魔法士の件だが。
魔法庁に依頼して、派遣して貰うのは駄目なのか?」
毎度思うことだが、母の前での父の表情と声は、俺に見せるものとは全然違う。
ダニエルに接していた時も、また違う人間みたいで、俺もいずれはそういった術を身に付けないと駄目なんだろうな。
─ 公的機関を使うと、申請だの調整だので時間もかかりますよね
─ 俺は早く解決したいです
「それはどうとでもなるから、気にするな。
だが、魔法庁に登録もしていない個人で動く魔法士を雇ってこの件を依頼したら、それこそ後々ややこしくなる事も覚悟していた方が良い」
─ 後々ややこしい、と言うのは、依頼内容を使って
─ 俺が脅迫される可能性もある、と言うことですか?
「そうだ、だがお前個人ではなく、ペンデルトンが、だ」
俺が思い描いた、メイトリクスに同じ魔法士を使う、と言う方法は、そんなに危うい事なのか……
「確かに、私が正攻法ではない裏ルートを使ってトラブルを解決する事案も少なくないが、それには裏とは言え、専門の組織を使い、決してフリーの人間は使わない。
何故なら、何処にも属さない野良はその時その時で、自分に利がある方へ傾き、裏切りも厭わない者が多いからだ」
こんな風に静かに説明されると、反論のしようがない。
俺から見た祖父と父は目的のためなら手段を選ばない人間で、表も裏もそれに応じて使い分けていると思っていた。
「お前が魔法庁に依頼したくない理由は、ダニエル嬢か?」
いきなり切り込まれて、息を呑む。
「お前達が恋人同士だと私が信じたと思ったか?
ルディアが納得しそうな理由を上手く持ち出してきた事は褒めてやる。
だが、彼女にだけお前が見えているのは愛の力ではなくて、マッカーシーの何の力なのか、正直に言え」
その問いにまともに答えられるはずもなく。
─ 何の力かなんて、知らないし
─ 彼女は正真正銘、俺の恋人
何も知らないふりを装うしかなく。
父には小さく舌打ちをされたが、動揺した姿を見られないだけましだ。
それ以上は何も言われなかったので、俺も疲れたから寝ると書斎を出たが……
父が誤魔化そうとする俺を、今回は見逃してくれただけなのは、分かった。
60
あなたにおすすめの小説
真夏のリベリオン〜極道娘は御曹司の猛愛を振り切り、愛しの双子を守り抜く〜
専業プウタ
恋愛
極道一家の一人娘として生まれた冬城真夏はガソリンスタンドで働くライ君に恋をしていた。しかし、二十五歳の誕生日に京極組の跡取り清一郎とお見合いさせられる。真夏はお見合いから逃げ出し、想い人のライ君に告白し二人は結ばれる。堅気の男とのささやかな幸せを目指した真夏をあざ笑うように明かされるライ君の正体。ラブと策略が交錯する中、お腹に宿った命を守る為に真夏は戦う。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
怖がりの女領主は守られたい
月山 歩
恋愛
両親を急に無くして女領主になった私は、私と結婚すると領土と男爵位、財産を得られるからと、悪い男達にいつも攫われそうになり、護衛に守られながら、逃げる毎日だ。そんなある時、強い騎士と戦略を立てるのが得意な男達と出会い、本当に好きな人がわかり結婚する。
ゆるめなお話です。
腹違いの姉妹は、母の言う通りに玉の輿に乗っても幸せになれずに見捨てられましたが、母たちも幸せになる方法を知らなかったようです
珠宮さくら
恋愛
ルシンダ・フラムスティードとアミーリア・エンフィールドは、腹違いの姉妹だったがとても仲が良かった。
それが、ある本に出会い、母の願いを叶え、お互いが思う幸せについて願ったのだが、そんなことを願ったことも、2人は仲良くしていたことも忘れることになる。
ただ願いが叶うまで突き進むことをやめられないとも知らず、更には母の願う通りになったのにあっさりと見捨てられたことで、自分たちの幸せの中に母がいなくてもいい存在になっていることに気づくことはないまま、各々が求める幸せを求め続ける。
【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった
綾取
恋愛
伯爵令嬢エリシアは、幼いころに出会った優しい王子様との再会を夢見て、名門学園へと入学する。
しかし待ち受けていたのは、冷たくなった彼──レオンハルトと、策略を巡らせる令嬢メリッサ。
周囲に広がる噂、揺れる友情、すれ違う想い。
エリシアは、信じていた人たちから少しずつ距離を置かれていく。
ただ一人、彼女を信じて寄り添ったのは、親友リリィ。
貴族の学園は、恋と野心が交錯する舞台。
甘い言葉の裏に、罠と裏切りが潜んでいた。
奪われたのは心か、未来か、それとも──名前のない毒。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる