【完結】まだ誰も知らない恋を始めよう

Mimi

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7 超常現象は専門外のわたし

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 その可能性を考えて、ぞっとしたわたしの肩を、早く聞けとばかりにフィンがつつく。


「あの……さっきのフィニアス・ペンデルトンの話だけど。
 ……ステラは彼と親しかったの?」

「んー、会えば話をするくらいだけどね。
 学部は違うけど、フィニアスとは友達だから」

 その答えを聞いたフィンは、またわたしの耳元に顔を寄せて囁いた。


「嘘だよ、今日初めて、この人に会ったんだ。
 本人を目の前にして、どうして嘘をつくんだろうね?
 僕の友人達は皆、僕をフィニアスではなくフィンと呼ぶ」

「……」


 わたしはフィンにもステラにも、何と言えばいいのか分からなくて。
 残したままの食べていなかったハムサンドを無意識に手に取った。
 サラダしか食べていなかったから空腹のはずなのに、美味しくない。


 もそもそと食べ始めたわたしに、一瞬の優しい表情を見せて。
 可愛い嘘をつくステラが立ち上がった。
 
 
「そろそろ、わたし行くね。
 まだ時間残ってるから、昼食はちゃんと残さず食べなきゃ、駄目よ?
 じゃあ、休み明けにまた会おうね」

「あ、うん……ステラも連休楽しんで。
 荷物を見ててくれてありがとね」

 何も知らないステラは手を振って、わたしと(見えない)フィンを置いて行ってしまった。
 連休はロジャー・アボットと過ごすのだろうか。
 連休前の最後の授業に向かうステラの足取りは軽い。
 
 共に去りゆく彼女を見送って、フィンが満面の笑顔をわたしに向けた。


「どう? これで君も信じる気になった?
 僕の姿が見えるのは、自分だけなんだ、って」

「……」

「そーゆーことだから、絶対に君を逃がさないよ?」


 普通だったら、フィンのような男性から
「絶対に君を逃がさない」なんて言われたら、うっとりするんだろうけれど。


 そんな風に言われて肩を抱かれたって、この男が透明人間だと知ったからには、冷たいようだが逃げるの一択しか無い。

 フィンが大変な状況に陥っているのは、本当にお気の毒だと思う。
 だからこそ、彼は何も出来ないわたしにくっつくのではなくて、現状を解決出来そうな術を持つ人を頼るべきだ。


 だって、わたしにどうしろと?
 超常現象は専門外、ホラージャンルは小説だって読まない、と決めている。
 それに肝心なことだから、何度も言う。
 わたしとフィニアス・ペンデルトンは、元々は知り合いでさえないのだ。



「えー、では……では、わたしもこれから午後の授業がありますので。
 それでは……では、ごきげんよう……」

 周囲に聞こえないよう、隣に座ってる彼にお別れを言う。


「あ、そう? 僕も付き合うよ。
 何の授業?」

「……中央棟の宗教概論2、だけど……
 いや、でも、ここでお別れ……しませんと……」

「宗教概論か、実は僕も履修したかったけど、時間が被って取れなかったんだよね。
 丁度いいな、受講してみよう。
 一緒に行くよ、ダニエル」

 この耳元でささやくように話すのは、そろそろやめて欲しかった。
 他の人には、フィンの声が聞こえないんだから、こんな近くで小声で話さなくてもいいよね?

 必要以上に近いフィンから上体を反らしながら立つ。


「いやいや、被ってるなら、本来の講義に出席するべきですよ?
 それにですね、確かこういった不可思議な現象が大好物の、奇天烈な衆が集うミステリー研究会なる会が存在すると聞いておりますから、そちらに行かれた方が解決は早いのではないかと!
 故に専門外のわたしとは、ここでお別れ致しましょう! ではでは!」

「待て待て」

 フィンもわたしに合わせて立ち上がり、またもや身を寄せて来て、わたしの腕を掴んだ。
 彼は透明人間なのに、何故かわたしを捕まえることが出来る。

 彼のような類いの存在は、身体をすり抜けて掴めない設定とかなかった? と今になって気付く。


「ひとりでしゃべったら駄目だ、って何度も言ってるよね。
 焦って『ではでは』を奇天烈に連発する君は僕にとっては可愛い人だけど、お隣さん達が不審者を見る目で見てるよ」

 またもや耳元で話すので、思わず耳を押さえて、ついでに隣のテーブルを伺えば。
 男女混合4人グループが何とも言えない目をして、わたしを見ていた。

 自分では小さな声で話していたつもりなのに、授業にまで付いてくると言うフィンに対して、徐々に声が大きくなってしまっていたのに気付かなかった。
 不覚だ! 恥ずかし過ぎる……

 
 彼等は自分達のテーブルに顔を向けて、ひとりで誰かと話している危ない女を引き気味に見ていたようで、わたしと目が合った女性は、慌てて下を向いた。
 初めて会った人達だし、ここの学生は多くて、わたしのことなど特定は出来ないと思うけれど、そそくさとその場から逃げるように離れた。


 明日から大学が休みに入るのが、不幸中の幸いと言えた。
 同じような年頃の人間が大勢集まっている大学のキャンパスでは、有名人のフィンとは違って、わたしは目立たない平凡な一般人。
 9連休明けに彼等とすれ違っても、わたしのことなんて忘れているはずだ。

 そうだそうだ、その通り、現にわたしだって、もう彼等の顔なんて覚えていないもの。
 ……そう思わないとやってられない。



 再びフィンはわたしの手を掴んで、中央棟へと颯爽と歩く。
 時々振り向いて、わたしに爽やかな笑顔を向ける。

 本当に一緒に受講する気なんだ。
 彼は本気で、わたしを逃がすつもりは無いみたい。
 この手を掴む彼の力加減が、それをわたしに教える。


 ああぁ、どうして……
 あの時追いかけて、声なんて掛けなければ。


 今更、後悔しても遅いけど。

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