39 / 66
38 侍女の言葉にキレた俺
しおりを挟む
ここに至るまでも、随分待たされた。
寝室に籠っていた母が身嗜みを整えるまで、と応接間に通されず。
1時間近く玄関ホールの椅子に腰掛けたまま放置されたダニエルが
「やっぱり帰った方が……いい気がしてきた」と呟くのを、なだめて。
だが、口にはしなかったが、俺も腹を立てていた。
もてなしもせずに女性をひとりで玄関先で待たせるなんて信じられない。
こんな無礼な扱いを受けて、申し訳ないやら恥ずかしいやらで、どれだけ歯がゆかったか。
母とダニエルが無言で向かい合い、黙ってお茶を飲んでいる。
その沈黙に耐えかねたのか、父が到着する前に母が話しだした。
「その指輪……フィニアスには、いつか渡したいと想うひとが出来たら教えてね、と保管場所を話していました。
息子は居なくなる前に、それを持ち出していたんですね……
全然気付かなかった」
「わたくしもお母様の指輪だとお聞きして。
受け取って良いものか、ずいぶん悩みました」
「あの、フィニアスとは、一体いつからのお付き合いなのかしら?」
「この冬の年末休みの前からお付き合いを始めて、もうすぐ半年になります。
ご子息とは1年生の終わりに、大学の図書館で知り合って、それからは気の合う友人として仲良くさせていただいていました」
『俺達の出会い及び交際開始』は待たされている間に俺が決め、ダニエルに了承して貰った。
俺が彼女の事を知ったのは、借りた本を先に彼女が借りていたから、と言うのはダニエルには知られていないが。
この経緯なら学部の違う俺達が偶然知り合って、仲良くなっても不自然には思われないだろうからだ。
「まぁ、あの子が図書館に!?
読書をするような……大学に進学してからはどちらかと言えば、パーティーだの、何だのと昼夜問わず外に出てることが多くて。
昔は物静かに絵本を眺めていたようですが、今では家の図書室に行くことも無いように思っていましたわ。
また本を読むようになったのは、貴女の影響なのかしら」
「いえ、元々読書はお好きだったと思います。
その……大学生になってからパーティーだのと仰られているのは、フィニアスさんを慕う友人が多くて、集まりにはよく声をかけられていまして、義理で顔出しをされて、1時間ほどで帰ると有名でした。
ですので、わたくしが知るご子息は真面目に経営学を学んでおられて、決して昼夜問わずに遊ぶような方ではありません」
静かではあるが、きっぱりと否定してくれたダニエルの手に、俺は嬉しいの意味を込めて軽く触れた。
俺が中等学院の入試前から家で本を読まなくなったのは、冒険や魔法や伝奇の世界に憧れるようになったことで、父から
「そんなつまらない作り物に夢中になるな」と言われたからだ、と思い出す。
「もう子供ではないのだから、同じ読むのなら、ペンデルトンの経営に役立つビジネス書を読め」とも言われたな。
「そうなのですね……認めるのは辛い事ですが……
わたくしは息子の事を何も知ってはいなかったのですね……」
母親である自分よりも、いきなり現れた女学生の方が、息子の本当の姿を知っているように思えたのか、もうそれしか言えない母は小さく呟いて俯いた。
その母の両肩を背後から支えるように掴んだグレンダがダニエルを睨みつけた。
「どこからフィニアス様の事を聞きつけたのか、存じ上げませんが。
傷心の奥様につけ込むような真似はなさらないでくださいませ」
傷心につけ込むような真似?
家での俺と外での俺の姿が違うだけで、傷付いた様子を見せる母を、乳姉妹のグレンダが慰めたいのは理解できるが、ダニエルを攻撃するのは違うだろう。
「奥様はお優しい御方ですから、はっきり仰られませんから、わたくしが申し上げます。
前々からマッカーシー様はペンデルトンの後継者であるフィニアス様を狙っておられたのでしょう?
如何にもご自分は、フィニアス様の理解者であるかのような顔をして近付いて、どんな甘い言葉を囁かれたのです?
フィニアス様にはその地位に相応しい女性をご両親がご用意されるのですから、世間知らずの坊っちゃんを騙して手に入れた、その指輪はお返しなさいませ!」
「グレンダ! 勝手に何を言ってるの!?」
母が口出しをしてきたグレンダに、声を上げた。
ダニエルが名前を告げて俺達が玄関ホールで待たされた1時間の内に、親父がウチの調査部にダニエルや実家の子爵家の事を調べさせたか。
そして彼女の現状を、つまり母親が亡くなり、父親が不在にしてる事、奨学金で大学に通っている事等を調べ上げて。
その結果、世間知らずな俺を騙した、と?
「勝手に何をって、奥様。
坊ちゃんの考えが甘いのをいい事に騙したに違いありません。
うちの財産狙いのこの手の女には、はっきりと引導を渡してわからせなくては……」
どれだけダニエルを貶める!?
もう我慢出来ない。
たかが母の侍女であるだけのグレンダが、立場を超えてダニエルを貶める途中で俺は立ち上がり、応接室の隅に飾られていた花瓶を落とした。
それも手荒く、出来るだけ派手に割れろ、と怒りを込めて。
床に叩きつけるように。
寝室に籠っていた母が身嗜みを整えるまで、と応接間に通されず。
1時間近く玄関ホールの椅子に腰掛けたまま放置されたダニエルが
「やっぱり帰った方が……いい気がしてきた」と呟くのを、なだめて。
だが、口にはしなかったが、俺も腹を立てていた。
もてなしもせずに女性をひとりで玄関先で待たせるなんて信じられない。
こんな無礼な扱いを受けて、申し訳ないやら恥ずかしいやらで、どれだけ歯がゆかったか。
母とダニエルが無言で向かい合い、黙ってお茶を飲んでいる。
その沈黙に耐えかねたのか、父が到着する前に母が話しだした。
「その指輪……フィニアスには、いつか渡したいと想うひとが出来たら教えてね、と保管場所を話していました。
息子は居なくなる前に、それを持ち出していたんですね……
全然気付かなかった」
「わたくしもお母様の指輪だとお聞きして。
受け取って良いものか、ずいぶん悩みました」
「あの、フィニアスとは、一体いつからのお付き合いなのかしら?」
「この冬の年末休みの前からお付き合いを始めて、もうすぐ半年になります。
ご子息とは1年生の終わりに、大学の図書館で知り合って、それからは気の合う友人として仲良くさせていただいていました」
『俺達の出会い及び交際開始』は待たされている間に俺が決め、ダニエルに了承して貰った。
俺が彼女の事を知ったのは、借りた本を先に彼女が借りていたから、と言うのはダニエルには知られていないが。
この経緯なら学部の違う俺達が偶然知り合って、仲良くなっても不自然には思われないだろうからだ。
「まぁ、あの子が図書館に!?
読書をするような……大学に進学してからはどちらかと言えば、パーティーだの、何だのと昼夜問わず外に出てることが多くて。
昔は物静かに絵本を眺めていたようですが、今では家の図書室に行くことも無いように思っていましたわ。
また本を読むようになったのは、貴女の影響なのかしら」
「いえ、元々読書はお好きだったと思います。
その……大学生になってからパーティーだのと仰られているのは、フィニアスさんを慕う友人が多くて、集まりにはよく声をかけられていまして、義理で顔出しをされて、1時間ほどで帰ると有名でした。
ですので、わたくしが知るご子息は真面目に経営学を学んでおられて、決して昼夜問わずに遊ぶような方ではありません」
静かではあるが、きっぱりと否定してくれたダニエルの手に、俺は嬉しいの意味を込めて軽く触れた。
俺が中等学院の入試前から家で本を読まなくなったのは、冒険や魔法や伝奇の世界に憧れるようになったことで、父から
「そんなつまらない作り物に夢中になるな」と言われたからだ、と思い出す。
「もう子供ではないのだから、同じ読むのなら、ペンデルトンの経営に役立つビジネス書を読め」とも言われたな。
「そうなのですね……認めるのは辛い事ですが……
わたくしは息子の事を何も知ってはいなかったのですね……」
母親である自分よりも、いきなり現れた女学生の方が、息子の本当の姿を知っているように思えたのか、もうそれしか言えない母は小さく呟いて俯いた。
その母の両肩を背後から支えるように掴んだグレンダがダニエルを睨みつけた。
「どこからフィニアス様の事を聞きつけたのか、存じ上げませんが。
傷心の奥様につけ込むような真似はなさらないでくださいませ」
傷心につけ込むような真似?
家での俺と外での俺の姿が違うだけで、傷付いた様子を見せる母を、乳姉妹のグレンダが慰めたいのは理解できるが、ダニエルを攻撃するのは違うだろう。
「奥様はお優しい御方ですから、はっきり仰られませんから、わたくしが申し上げます。
前々からマッカーシー様はペンデルトンの後継者であるフィニアス様を狙っておられたのでしょう?
如何にもご自分は、フィニアス様の理解者であるかのような顔をして近付いて、どんな甘い言葉を囁かれたのです?
フィニアス様にはその地位に相応しい女性をご両親がご用意されるのですから、世間知らずの坊っちゃんを騙して手に入れた、その指輪はお返しなさいませ!」
「グレンダ! 勝手に何を言ってるの!?」
母が口出しをしてきたグレンダに、声を上げた。
ダニエルが名前を告げて俺達が玄関ホールで待たされた1時間の内に、親父がウチの調査部にダニエルや実家の子爵家の事を調べさせたか。
そして彼女の現状を、つまり母親が亡くなり、父親が不在にしてる事、奨学金で大学に通っている事等を調べ上げて。
その結果、世間知らずな俺を騙した、と?
「勝手に何をって、奥様。
坊ちゃんの考えが甘いのをいい事に騙したに違いありません。
うちの財産狙いのこの手の女には、はっきりと引導を渡してわからせなくては……」
どれだけダニエルを貶める!?
もう我慢出来ない。
たかが母の侍女であるだけのグレンダが、立場を超えてダニエルを貶める途中で俺は立ち上がり、応接室の隅に飾られていた花瓶を落とした。
それも手荒く、出来るだけ派手に割れろ、と怒りを込めて。
床に叩きつけるように。
100
あなたにおすすめの小説
真夏のリベリオン〜極道娘は御曹司の猛愛を振り切り、愛しの双子を守り抜く〜
専業プウタ
恋愛
極道一家の一人娘として生まれた冬城真夏はガソリンスタンドで働くライ君に恋をしていた。しかし、二十五歳の誕生日に京極組の跡取り清一郎とお見合いさせられる。真夏はお見合いから逃げ出し、想い人のライ君に告白し二人は結ばれる。堅気の男とのささやかな幸せを目指した真夏をあざ笑うように明かされるライ君の正体。ラブと策略が交錯する中、お腹に宿った命を守る為に真夏は戦う。
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
怖がりの女領主は守られたい
月山 歩
恋愛
両親を急に無くして女領主になった私は、私と結婚すると領土と男爵位、財産を得られるからと、悪い男達にいつも攫われそうになり、護衛に守られながら、逃げる毎日だ。そんなある時、強い騎士と戦略を立てるのが得意な男達と出会い、本当に好きな人がわかり結婚する。
ゆるめなお話です。
モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました
みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。
ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。
だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい……
そんなお話です。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった
綾取
恋愛
伯爵令嬢エリシアは、幼いころに出会った優しい王子様との再会を夢見て、名門学園へと入学する。
しかし待ち受けていたのは、冷たくなった彼──レオンハルトと、策略を巡らせる令嬢メリッサ。
周囲に広がる噂、揺れる友情、すれ違う想い。
エリシアは、信じていた人たちから少しずつ距離を置かれていく。
ただ一人、彼女を信じて寄り添ったのは、親友リリィ。
貴族の学園は、恋と野心が交錯する舞台。
甘い言葉の裏に、罠と裏切りが潜んでいた。
奪われたのは心か、未来か、それとも──名前のない毒。
【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)
隠された第四皇女
山田ランチ
恋愛
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる