【完結】この胸に抱えたものは

Mimi

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第8話 レイノルド③

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雪に変わるかもしれないと心配されていた雨は、昼過ぎに止んだ。

レイノルドは昼食後から、新年大夜会の会場設営に立ち会っていた。
アシュフォード王弟殿下に付いて、流行の発信国のリヨンで3年過ごした事で、レイノルドは洗練された男と思われていて、色々とアイデアを求められた。


設営は彼の仕事ではないのに、外周りを確認してほしいと頼まれて、だからこそ雨が止んでからが忙しくなった。
リヨンではこんな感じだったと、言っただけなのに。
責任者のように言われて、納得出来なかったが。
それでも動いてしまうのがレイノルド・マーシャルという男だった。
彼は自分の働きがアシュフォードへの評価に繋がる事を知っている。


昨年中に、ホールに面したテラスに焚き火台を幾つも設置して、それを囲むようにソファーを並べることを指示していた。
ソファーの側の、グラスを置く為の小テーブルの上には、水を張り花を浮かべたガラスのボールを乗せていて、そこに大輪の花を形どった蝋燭を浮かせる事も。
そしてテラス全体に等間隔に、火を灯すと良い香りがする蝋燭を入れたガラス製のランタンを置いた。

これまで、テラスは男女の密会場所の印象が強くて、暗い邪な場所だった。
間隔を広くとってふたりで座る長椅子が何脚か置いてあり。
夜が深くなると、そこは取り合うように使用され、もっと盛り上がると何部屋か用意された休憩室に移動する。
他に人が居ても、ここでならと、理性を飛ばして睦み合うのを許された場所。
それを明るく照らして、誰もが気軽に同性同士でも休憩に使えるテラスにしようと提案して実現した。

風紀の乱れは国の乱れだと。
自分達の世代では、王城からその様な場所は無くしていくと、国王陛下は考えていたので、その提案は通りやすかった。


会場全体の設営責任者に、蝋燭と焚き火に火を着ける時刻を確認していると、カランが来た。
夜会の前に軽食を食べようと、誘いに来たと言う。



「王弟殿下のご体調はいかが?」

レイノルドはわざと軽く尋ねた。
アシュフォードが帰城して、国王陛下に報告後そのまま部屋に籠っている事をカランから聞いていて心配していた。


「昼前に起きられていたのですが……」

起きているのは察せられたのに、呼鈴は鳴らされず、その連絡がカランにも来て、彼が寝室の扉をノックしたらしい。
リヨン往復の心身の疲労がピークに達したのか。
それとも……


3年間のリヨンへの派遣を労って、珍しく国王陛下は戻ってきた一行に長い休暇を与えた。
レイノルドもカランも、そしてアシュフォードにも。
それは例外なく与えられて、アシュフォードはアグネスが暮らすトルラキアへ向かった。
同行しようと言ったレイノルドを断って。


その時にきっと何かあったのだろうと、約1ヶ月の休暇を終えて帰国したアシュフォードの様子から推察していたのだった。
3年ぶりに愛しいひとに会えて笑顔満開になる筈だった彼は落ち込んでいたが、執務だけは変わらずこなしていた。

しばらくすると、週末にスローン侯爵の邸へ通うようになり、また平日も何度か侯爵の大臣執務室へ顔を出す様になっていた。
何をふたりで話しているのか知りたくて、財務事務官をしている友人に聞いてみたのだが、何の成果も得られなかった。

『少しの時間にお越しになっているだけだろう』としか、言わない友人だったが、その表情は何故か明るくて。
3年前に財務大臣を襲った悲劇の後、侯爵と直接顔を合わせている執務室の面々は一様に沈んで居た様だったのに。

こちらには、何の用事で王弟殿下がいらっしゃるのか話したくないのがわかった。
ここからは大した情報は入手出来なかったが、アシュフォードも元気になってきたので安心していたら、急にリヨンへ行く話になった。

それも潜入の様に、アシュフォードとレイノルドと護衛が4名で、カランの同行は無し。
偽名の旅券に、髪を染めた。

そして現地に2泊の強行日程。
リヨンの王宮へ王配のクライン殿下に会いに行ったアシュフォードの表情は硬く、戻ってきた彼はぴりぴりした空気を纏っていた。


だが、本人からは何も聞いていないので、こちらからは尋ねられなかった。
乳兄弟とは言え、相手は主だ。
アシュフォードだから、彼からの言葉は命令ではなく、相談になり、連絡になる。

しかしもう、学生の頃とは違う。
自分達は同列には並べない。
主と臣下、その関係がこの先ずっと続く。

短い期間の精神的な浮き沈みが、アシュフォードの健康にも影響を与えているのだろうか。
出来るだけ、王弟には持ちこたえて貰わなければならない。
カランと誓い合っていた。
3人は一蓮托生、アシュフォードが沈めば自分達も浮き上がれないし。
……それよりも。


「昼食の食事量は少々。
 帰城後、どんどん量が減っていますね。
 今は湯浴みをされていて、お召し替え後にお迎えへ行かれます」


お迎えとはアグネス・スローン侯爵令嬢だ。
アシュフォードは7年、この夜を待っていた。 
それはレイノルドも、カランもだ。
彼女が気持ちに応えてくれたら、アシュフォードの支えにどれだけなるだろう。
申し込む場所はテラスがいい。
だから、16になる乙女が好みそうに設えた。


 ◇◇◇


3年ぶりに顔を合わせたアグネスは、思春期を迎えて明らかに姉とは違って見えた。
顔立ちは変わっていないから親しくスローン姉妹と接していなければ、似ていると思っただろうが。
レイノルドから見たら、アグネスはクラリスに、もう似てはいなかった。
纏う雰囲気、浮かべる表情が違う。


レイノルドは開場時間まで、別室に通されたアグネスの相手をアシュフォードから頼まれていた。
護衛騎士をこの場に付けているとは言え、美しく成長したアグネスと個室にふたりきりを許したのは、自分に対する信頼の現れだとレイノルドは嬉しかった。

クラリスへの片想いを拗らせていた自分に、似ていると言われているアグネスを預ける事を厭わなかった主に、これからも仕えるぞと、気持ちを新たにする。

これからの段取りを説明し終わると、アグネスから結婚の御祝いと披露宴に出席しなかった事を謝罪されたので、離婚した事を伝えた。

レイノルドからしたら、単にアシュフォードが言わなかっただけなのに、かわいそうな程、アグネスは慌てていて、しどろもどろになっていた。

外見は大人びていても、やはり中身は子供だなと、こちらが気を遣う。
反対にアグネスが気の毒になり、場の雰囲気も微妙になったので、早めに夜会会場へ向かった。


幸いにも、彼女の兄のプレストンを見つけたので、妹を預けた。
アグネスには気付かれないように、辺境伯夫人の動きをお互いに追うことを確認した。


アシュフォードに報告しようと会場から出て、王族の間に向かうと、丁度部屋から出てきた主と会う。
さっき、入れ違いに顔を見た時よりももっと顔色が悪く、廊下に置かれていた椅子に座らせた。

吐き気がするのか、口元と胃の辺りに手を当てていた。
典医を呼ぼうとして止められる。


……今夜は長くなりそうなのに。
うちの王子様は無事に乗りきれるのか?
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