【完結】この胸に抱えたものは

mimi

文字の大きさ
上 下
9 / 13

第9話 レイノルド④

しおりを挟む
レイノルドは密かに国王陛下から呼び出され、下知を下されていた。
それはリヨン王国へ行く前の話だ。
アシュフォードとカランを通さず、国王陛下の子飼いから内密だと言われての呼び出しだった。


「辺境伯夫人を……
 夜会では目を離すなと、王弟殿下からも命じられております」


陛下から話せと、命じられたから。
緊張で乾いていた口を開いた。
レイノルドは、例の辺境伯夫人がアグネスに近付かないように、プレストン・スローンと共に見張っていてほしいと、アシュフォードから頼まれていた。
そして、それは今、重ねて陛下からも命じられて。


「アシュからはスローン侯爵令嬢に近付けさせるなと、命じられたのだろう?
 私の言う意味とは、反対だ」

アシュフォードは命令しない。
近付けないようにしてくれと、頼まれたのだ。
しかし、陛下からは命じられた。
反対? と言うことは……


「あの女が侯爵令嬢に近付いても、邪魔はするな」

「……」

「近付かないようなら、さりげなく誘導しろ」


さりげなく誘導、って。
レイノルドは耳を疑った。
それはつまり、弟の想いびとアグネスを危険な目に合わせると、いう……


「もちろん、スローンの娘を危険な目に合わせろと命じてはいない」

「囮、でしょうか」

レイノルドの言葉に陛下が、薄く笑った気がしたので、彼は後悔した。
口を滑らせてしまった。
ここからはいちいち反応せず、陛下のお言葉を聞くだけにしようと思った。


「辺境の女傑には、そろそろ退いて貰う。
 こちらには内密に、色々と動いていて、目障りだからだ。
 何を思って、辺境は王都には負けていないとほざいているのか」

「……」

「軍備に必要以上に予算をつぎ込んでいる。
 王家に対して謀反の疑いありと受け取れるほどに。
 そのくせ、情報に疎い。
 これからは情報を制するものが、というのが共通認識なんだが」

「……」

「辺境の頭を変えても良い時期だ。
 ジョセフとは話もついている。
 勇退なのか、蟄居なのか、母親の処分はジョセフには任せるが。
 王弟に対する度重なる不敬行為とするか、元王女の事故死の責任を自ら申し出た事にするか……
 理由は夜会後に考える」


レイノルドは国王陛下がジョセフと、辺境伯家の嫡男を呼ぶのを聞いて、改めて思い出した。
おふたりは同い年で、学園の同級生だった、と。

『初恋に狂っている以外は出来の良い男』、ジョセフ・バーモント。
人目を気にせず、イチャイチャと溺愛ぶりを見せつけて。
だが、それは『初恋を貫く男』とそう見せていただけだったら?
密かに辺境に居る家臣と繋がって、流血無しに母親の失態を待っていたのなら。


国王陛下が掲げる、『古いものを淘汰する』という言葉。
それは王家だけではなく、同じく辺境にも、貴族達にも、言えること。
陛下と勉学を共にしてきた世代が、徐々に目立たず家門の当主に代替わりを始めていることにも、今更気付く。

当時、学園に居た彼等は、教室で中庭で。
どんな夢を語り合ったのか。


「あの女が王城内でやらかすのは、止めないように。
 わかっているだろうが、これは他言無用だ」

「御意」


他言無用、それもアシュフォードには絶対に。
当時の王太子殿下が、バージニア元王女を辺境に押し付けたのはこの日の為だったと、知る必要はない。

退室しようとしたレイノルドに国王陛下が駄目押しをする。


「乳母だからと、いつまでも居座ろうとする女とは、君は違うと思っていた。
 独り者だったな?
 これからは情報を持つ女性と付き合うのを、薦める」


黙礼して静かに執務室の扉を閉める。
王城は確かに変わりつつある。
夜会の外で行われる、淫靡なものを排除したいと言えば、直ぐに要望は叶えられた。 

先日まで、一緒に同行していた護衛の近衛騎士達は文官の自分とは違い、強行な日程にも平気な顔をして、あれからも休まず変わらず勤務に従事している。
近衛達の選考基準も変わり、家柄、見た目より、体力や剣さばきに重点が置かれるようになって、日々の訓練も以前のものとは比べようもないと聞いた。
クリスチャンの様な軟派な近衛は、排除されたということなのか。

これが、若き国王陛下が標榜する『新しいバロウズ』か。

この場所から、母と共に落ちるわけにはいかない。


 ◇◇◇


そして、新年大夜会当日。
陛下の目論み通りに、早々に酒に酔った辺境伯夫人は侯爵令嬢に絡みに行き、王弟殿下に暴言を吐いた。
王弟殿下は怒りのあまり、侯爵令嬢への接触を許した側近の不可思議な行為を見逃していた。


それよりも彼は、傷付けられたアグネスの気分高揚に腐心していた。
アシュフォードとアグネスが早い時間からあの場に居るので、他の者達は遠慮してテラスには行こうとしていなかったが、当人達はそれさえも気付いていないだろう。


近衛に連れていかれた辺境伯夫人の後ろ姿を見ていたレイノルドに声をかけてきたのは。
元妻のリリアンだった。


「マーシャル様は相変わらず、ですのね」と。



元妻のリリアンも相変わらず、着ているドレスのデザインは控え目なのに、何故か派手に見えて美しい。


「春にご結婚をされると聞いていました。
 お相手は確か……」

確か、彼女の再婚相手は15歳以上年上だと、聞いた。


「……ご存じですわね。
 私は春に結婚するのが夢だと、何度かお話ししましたものね?」


春に結婚するのが夢だと、かつてリリアンが言ったから。
レイノルドはそれに同意して。
……そして約束を破った。

慌ただしい秋の結婚式だった。
1ヶ月後に彼女を置いて、彼は異国へ旅立った。
……弾む心を見せないようにしながらだったが、恐らく彼女にはお見通しだった。

だから、翌年夏にバロウズ新国王陛下の即位式で一時帰国した際には、
『このままリヨンに戻らないで』と言われて、考える振りもせずに無理だと返事をしたら、リリアンは何も話さなくなった。
そして、それからは子作りを拒否されたのだ。


その一度だけしか、彼女は懇願しなかった。
その一度だけを、彼は断った。
彼女は実家に戻り、離婚の手続きを始めた。


秋になり、母からの手紙がリヨンのレイノルドに届けられた。
中身はリリアンからの離婚申し立て書だった。
レイノルドは必要事項を書き込んでサインをして、母に送り返した。
もう、リリアンは手紙さえ。
直接に彼に送ろうとはしなかった。




「私、年上の男性の方が相性がいいのだと、知ることが出来ましたの」


多分、今夜はリリアンと顔を合わすだろうと、覚悟はしていた。
どうなじられようとも我慢しないといけない、と。


「とても素敵で、お優しくて、何より側に居てくださって」

「……そう、ですか。
 それは、その、何より……」


何か言わなくてはと思った。
御祝い的な何かを。
これからも貴女の幸せを祈っています、とか。
あの頃はお互いに若くて、私も余裕がなくて、とか。
とにかく、何かしら良い言葉を。


「あれはあれで、良い思い出なんて、仰らないでくださいませ。
 私にとっては嫌な、忘れたい思い出なんですもの」


リリアン・ロイズナーは派手な見た目で誤解を受けやすいが、本人はとても真面目で、優しい女性だった。
そんな彼女が、ここまで言うとは。
そんな彼女に、ここまで言わせたとは。


「私、忘れてあげませんから。
 貴方が忘れてほしいとお願いしても、一生恨んで忘れませんから」


喫煙室から婚約者が戻ってきたのだろう、お別れの挨拶も無しに、リリアンは離れていった。


恨み言をぶつけられただけだと、人は言うだろう。
だが、レイノルドの心は喜びに満たされた。


自分には忘れられないひとが居るが、それは多分彼女がもう亡くなっていて、嫌な想いに上書きされないからだ。
彼女は永遠に18歳だった。
だから、自分は忘れない。
自分は忘れない側の、置いていかれる側の人間だと思っていた。


ところがリリアンは一生恨んで忘れないと、言ったのだ。
誰かが自分を一生許さないと思い出してくれる。

それを嬉しく思うレイノルドだった。




スローン侯爵が戻ってこない娘を気にして、テラスを覗きに行こうとして、それをプレストンが止めている。
そろそろと、殿下に耳打ちしに行こうか。 

新しいテラスです、皆楽しみにしていましたよ。
貴方が独占しています。
他の奴にも、ここを譲ってあげてください、と。

人の良い殿下は直ぐ様、立ち上がるだろう。
アグネス嬢の手を引いて、慌ててホールへ戻ってくるだろう。


リリアンから相変わらずと言われた様に。
俺は今日も明日もこの先も。
アシュの支えになれるよう、この王城で右往左往していこう。



本当に、うちの王子様ときたら。



ランタンの蝋燭からは花の香りがして。

……朝からの、雨の匂いを消してくれただろうか。



レイノルドはテラスへ続くガラス扉を開けた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:227pt お気に入り:584

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,256pt お気に入り:307

処理中です...