【完結】この胸に抱えたものは

Mimi

文字の大きさ
10 / 13

第10話 イシュトヴァーン・ミハン①

しおりを挟む
「アグネス・スローン嬢、綺麗になられたね!
 ノイエから貴女の名前を聞いて、会いたくて久々に社交の場に出たよ」

4年ぶりに会ったかつての教え子は、14歳になり。
夜会用のドレスを纏って、美しく成長していた。


「ご無沙汰しております。
 先生も……素敵になられて」

「これが未だに苦しくてね」


ストロノーヴァ・イシュトヴァーン・ミハンはそう言いながら、首元のブラックタイを緩めた。
今宵は春のデビュタントの夜会が、トルラキアの王城で開かれていた。

彼の甥のオルツォ・マルーク・ノイエの記念すべき夜。
甥のパートナーが、かつての教え子だと聞いて、久し振りにミハンは正礼装に袖を通した。


アグネスに会えるのも楽しみだったが、何より。
今朝、当代の祖父の所に挨拶にきたノイエから
『アグネス嬢が叔父上に会いたがっているが、何かを相談したいのではないかと思う』と、聞かされていたからだ。

自分でも、自分があまり社交的でないことは自覚していたから、ここはひとつ直接に本人を誘ってみようかと考えたのだ。


引きこもりの変人の息子の久々の晴れ姿に、彼の母は狂喜乱舞の一歩手前の、とにかく大騒ぎだった。


「やはりミハン、貴方まだまだいけるわ!
 希望は捨ててはいけないわ!」

まだまだいける、とは。
希望は捨てては、とは。


母の言わんとしていることは充分わかっていたが。
それには応えられそうもない。
ストロノーヴァ公爵家のミハンは変人。
もうそれでいいじゃないか。


いつまでも、今でも。
亡くなった恋人を忘れない男。
そうなることをアドリアナが最後に願ったのなら。


久し振りに社交界に顔を出したミハンには、次々と声がかけられた。

彼女が亡くなった時、遺された遺書に綴られたミハンとの愛の思い出を、そんなことは有り得ないと、彼女の家族に証言しようとしてくれていた友人達だった。
それを断ったのはミハンだったのに、彼等は今でも友人だと扱ってくれる。


今度は昼食会ででも、皆で集まろうと誘われて、ミハンは曖昧に微笑んだ。
友人達はそれを見て気付く。

未だにミハンが誰かと繋がることを、恐れていることに。
誰かから何かの感情を、個人的にむけられるのを恐れていることに。

そしてミハンは曖昧な態度のまま、離れていこうとして。
友人達はそれを見送るしかなかった。


誰だ、時が経てば解決すると言った奴は?
ミハンは何年経っても、回復していない。

当時、ミハンはアドリアナの家族から口々に罵られた。


『娘の人生を踏みにじりやがって!』

『妹は、お前のせいで死んだんだ!』

どっちがだ、ミハンの人生は踏みにじられて、彼の心は死んだも同然だ。


ミハンに片想いして、しつこく付きまとい、トルラキアにまで追いかけたのに相手にされずに、勝手に死んだアドリアナ・バウアー。

彼女の脳内では、ミハンは自分に運命を囁いて夢中にさせて、純潔を奪って、飽きたと棄てた男になっていて。
だが、真実の愛に気付いたミハンは再び彼女を求めてきて。
親が決めた男性と婚約していたアドリアナは、婚約者と運命で結ばれた恋人ミハンとのどちらも選べないから、死を選ぶと遺書にそれをしたためたのだ。


 ◇◇◇


「たまにアシュフォード殿下から便りをいただいていてね?
 今はリヨンにおられるんだったよね?」

「……はい、その様に伺っております」

「またお会いしたいと、お伝え願えるかな?
 もちろん、君も是非」

「はい、その時はどうぞよろしくお願い致します」


さりげなくノイエがアグネスから離れたので、ミハンはアグネスに聞いてみた。


「……何か、話があるのではないの、僕に」

「……」

「ノイエから君が僕に会いたがっていると、今朝聞いて」

「……」

「今度ゆっくり、邸に来て貰えたら」


どうしたのだろう、自分が知っていると思っていたアグネスという少女は、こんな感じだっただろうか。

確かに口に出せない何かを抱えていたようなところも見られたが、比較的自分には話してくれていたように思えたのに。


「……一昨年、姉が、クラリスが亡くなりました」
 

アグネスの姉が死んだ?
クラリス・スローンだ、彼女が死んだ?


今の今まで、特に思い出しもしなかったのに。
これからも特に思い出しもしないだろう名前だったのに。

その姿が一瞬で、鮮やかに甦ってきた。



何度か好きだと告白されて。
すげない態度を取っても、自由席の授業でいつも最前列に座っていた。

昼休みに図書室で時間を潰していると、顔を出して照れていた。
何か話したいのかと身構えても、彼女も本を出してきて。
会話を交わすより、ただ隣に座り、お互いに本を読んでいる時間の方が長かった。


その彼女が、亡くなった?
どうして亡くなったのかと聞けない自分の勇気の無さに、自分でも驚いた。


「……君にお悔やみを、お悔やみを言わないといけないのだけれど。
 申し訳ないけれど、少し……後にしてもいいかな」


それだけしか、言えなかった。
声が震えてしまっていたかもしれない。

こんなに彼女が死んだことに衝撃を受けるなんて。
病気か、事故か、頼むから自殺ではないと、言ってくれ。
だが、確認するのが怖くて。


ミハンはアグネスに背を向けた。
自分の態度を、彼女は不審に思っただろう。

姉とは一体、どんな関係なんだと。

アドリアナともクラリスとも、何の関係も持っていなかった。


自分を責めるアドリアナの家族の声が、耳にこだまする。

アグネスも、そんな風に自分を睨み付けて、大声で責めるのだろうか。
だから、俺に会いたいと。


『姉はお前のせいで死んだんだ!』と。


もうデビュタント会場には戻れなくて。
ミハンはそっと公爵家の馬車を呼んで。
一旦先に自分だけを送ってほしいと、頼んだ。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

リフェルトの花に誓う

おきょう
恋愛
次期女王であるロザリアには、何をどうやったって好きになれない幼馴染がいる。 その犬猿の仲である意地悪な男の子セインは、隣国の王子様だ。 会うたびに喧嘩ばかりなのに、外堀を埋められ、気付いた時には彼との婚約が決まっていた。 強引すぎる婚約に納得できないロザリアは……? ※他サイトで掲載したものの改稿版です

【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。 絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。 持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。 しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。 これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった

綾取
恋愛
伯爵令嬢エリシアは、幼いころに出会った優しい王子様との再会を夢見て、名門学園へと入学する。 しかし待ち受けていたのは、冷たくなった彼──レオンハルトと、策略を巡らせる令嬢メリッサ。 周囲に広がる噂、揺れる友情、すれ違う想い。 エリシアは、信じていた人たちから少しずつ距離を置かれていく。 ただ一人、彼女を信じて寄り添ったのは、親友リリィ。 貴族の学園は、恋と野心が交錯する舞台。 甘い言葉の裏に、罠と裏切りが潜んでいた。 奪われたのは心か、未来か、それとも──名前のない毒。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...