【完結】最愛から2番目の恋

Mimi

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16 番がお飾りに勝った何よりの証拠

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 その声は、皆が居るフロアから見上げる位置にある王族席からだった。
 後ろに付いている女官の制止も無視して、王太子の番マリツァ・ダエフが立ち上がっていた。


「わたしに、子供が出来たの!
 王座を継ぐ御子よ?
 このタイミングで赤ちゃんが出来るなんて!
 ねぇラシィ、番の愛がお飾りに勝った、何よりの証拠ね?」



 それは可愛い、マリツァらしいと言えば、らしい……
 可愛い悋気からだったのだろう。


 これまでなら王太子殿下の番として有名だった彼女は、1番に彼と踊れた。
 つまり、後回しにされた事など無かった。

 政略上の、愛されない正妃など怖くもなかった。
 何故なら、自分はクラシオンの番で。
 この10年間、彼の愛情を独り占めしてきたのだから。

 それなのに。
 後から仕方なしに娶られて来たくせに、歓迎夜会まで開いて貰って。
 彼にエスコートされて。
 目の前でファーストダンスを踊られた。
 嫉妬で胸焼けがしてきた。


 ダンスに関しては、我慢が出来なくて。
 ずっとクラシオンとの言い争いは続いていて、珍しく彼が折れてくれないので、この3日間は泣いてばかりなのに。

 お飾りの生涯で、最初で最後の彼とのダンス?
 そんな事は、わたしには関係無い。
 ラシィの方からお飾りの侍女に色まで聞いて揃えて、なんなの?

 とにかく番が他の女に触れるのが辛くて、我慢出来ないのに、どうしてそれを分かってくれないのか。 
 あの女もわたしを舐めてる。
「きちんと敬え」と言われたくせに、お飾りの分際で目立ちやがって。


 マリツァの怒りの矛先は、クラシオンやガートルードだけではなく、全てに向く。
 あの女のドレスが揺れる度に、それを目で追う女達にもムカついて。
 今、目の前で踊っている、この曲はもう聴きたくないからこれからは絶対に演奏させないで、と今夜ラシィに言ってやる。

 あぁ、もう吐きそう。
 何もかもぶちまけてやりたい。


 あの女の。お飾りの女の。
 その前でしか子供が出来た、と言ってはならない、と。
 ラシィからは何度も言い聞かされてきたけれど、どうしてわたしが貴方の子を産む、と言ってはいけないの?


 お飾りには一生閨はしない、と言ってやったわよね?
 王太子の子供を産めるのは、これからもわたしだけでしょ?
 それをここで発表して、皆に祝って貰いたいの。
 そうすれば、居場所の無いお飾りは、退場して……


 怒りで、頭の中が沸騰する。
 嫉妬で、胸が焦げる程に熱い。
 もう、これ以上我慢出来ない。
 本当に吐きそうだから。
 だから……


「わたしに、子供が出来たの!」そう叫べば。


 一斉に、皆がこちらを見て。

 あんなに辛かったマリツァの痛みと吐き気は、治まった。


  ◇◇◇


 ガートルードの隣で、まだ彼女の手を握ったままだったクラシオンが舌打ちをしたが、彼は動かなかった。

 重い空気が辺りを包み、指揮者の手は止まり、次の音楽が奏でられることは無い。
 それは一瞬だったのかも知れないが、長い間だったのかも知れない。

 とにかく、誰も動かず。
 誰も声を上げなかった。


 立ち上がって、自分の妊娠を叫んだマリツァさえ、今は力が抜けたように、腰を下ろして。
 その顔色は白く、気分が悪そうに見えた。


 安定期に入る前に、懐妊を本人が口走るとは想像もしていなかったのだろう、宰相クイーネは口元を押さえ次の指示を出せないように見えたし。
 肝心の赤子の父親である夫も、立ち尽くしていたので。
 
 クラシオンの手をほどき、彼から間を取ったガートルードは誰よりも早く、夫と側妃に向かって拍手をした。


「王太子殿下、マリツァ妃、ご懐妊おめでとうございます!」

 大きくはないが、よく通る声で正妃が夫と側妃に祝いを述べたので。
 我に返った貴族達は口々に、クラシオンとマリツァに拍手と共に祝いの言葉を送った。
 それを受けつつ、貼り付いたような笑顔を見せるクラシオンを救ったのは、急遽部屋に現れ、宰相に駆け寄った伝令だった。


 伝令からの知らせに何度も頷いたクイーネは、聞き終えると王太子夫妻に近付いた。
 この場の全員が宰相含む3人に注目していて、今では誰も側妃を気にしていなかった。
 

「……王妃陛下が……見罷られました」

 聞くなり、クラシオンは右手を上げ、静かに事情を説明して、周囲に向かって閉会を告げた。
 そして、そのまま正妃にも側妃にも声を掛けず、宰相と共に会場を後にした。


 ガートルードは、彼等を見送って、今一度。
 動揺してこちらを見ている皆に、頭を下げた。


「葬儀の日程など、決まり次第に布令を出しますので、お待ちくださいませ。
 本日は、お集まりくださいまして、誠にありがとうございました」


 それ以外に言うべき言葉も見つからず。
 彼女も女官に誘導されて、会場を出た。
 アストリッツァ王族の葬儀の一通りの流れなどはまだ教えられてはおらず。
 慌てて動くより、部屋で大人しく指示を待つことにした。


 取り敢えず夜会用の化粧や香水は落とさなくてはならない。
 頭のなかで段取りを思い浮かべながら、番にほっておかれたマリツァの方を見やれば。

 彼女もまた、女官に手を取られて立ち上がったところだった。

 
 アストリッツァでは葬儀関連行事で、どのように妊娠中の妃が扱われるのかは知らないが。
 母国カリスレキアでは、一般的に妊婦は葬儀には参列出来なかった。
 こちらでも同様の決まりがあるのなら、次に彼女の姿を見るのは、王妃の葬儀が全て終わってからだろう。


 マリツァはガートルードより5歳上の女性だが、いつも守ってくれていた番が隣に居ない不安に揺れる彼女の姿は。
 
 自分よりもずっと幼い少女に見えた。

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