17 / 41
16 番がお飾りに勝った何よりの証拠
しおりを挟む
その声は、皆が居るフロアから見上げる位置にある王族席からだった。
後ろに付いている女官の制止も無視して、王太子の番マリツァ・ダエフが立ち上がっていた。
「わたしに、子供が出来たの!
王座を継ぐ御子よ?
このタイミングで赤ちゃんが出来るなんて!
ねぇラシィ、番の愛がお飾りに勝った、何よりの証拠ね?」
それは可愛い、マリツァらしいと言えば、らしい……
可愛い悋気からだったのだろう。
これまでなら王太子殿下の番として有名だった彼女は、1番に彼と踊れた。
つまり、後回しにされた事など無かった。
政略上の、愛されない正妃など怖くもなかった。
何故なら、自分はクラシオンの番で。
この10年間、彼の愛情を独り占めしてきたのだから。
それなのに。
後から仕方なしに娶られて来たくせに、歓迎夜会まで開いて貰って。
彼にエスコートされて。
目の前でファーストダンスを踊られた。
嫉妬で胸焼けがしてきた。
ダンスに関しては、我慢が出来なくて。
ずっとクラシオンとの言い争いは続いていて、珍しく彼が折れてくれないので、この3日間は泣いてばかりなのに。
お飾りの生涯で、最初で最後の彼とのダンス?
そんな事は、わたしには関係無い。
ラシィの方からお飾りの侍女に色まで聞いて揃えて、なんなの?
とにかく番が他の女に触れるのが辛くて、我慢出来ないのに、どうしてそれを分かってくれないのか。
あの女もわたしを舐めてる。
「きちんと敬え」と言われたくせに、お飾りの分際で目立ちやがって。
マリツァの怒りの矛先は、クラシオンやガートルードだけではなく、全てに向く。
あの女のドレスが揺れる度に、それを目で追う女達にもムカついて。
今、目の前で踊っている、この曲はもう聴きたくないからこれからは絶対に演奏させないで、と今夜ラシィに言ってやる。
あぁ、もう吐きそう。
何もかもぶちまけてやりたい。
あの女の。お飾りの女の。
その前でしか子供が出来た、と言ってはならない、と。
ラシィからは何度も言い聞かされてきたけれど、どうしてわたしが貴方の子を産む、と言ってはいけないの?
お飾りには一生閨はしない、と言ってやったわよね?
王太子の子供を産めるのは、これからもわたしだけでしょ?
それをここで発表して、皆に祝って貰いたいの。
そうすれば、居場所の無いお飾りは、退場して……
怒りで、頭の中が沸騰する。
嫉妬で、胸が焦げる程に熱い。
もう、これ以上我慢出来ない。
本当に吐きそうだから。
だから……
「わたしに、子供が出来たの!」そう叫べば。
一斉に、皆がこちらを見て。
あんなに辛かったマリツァの痛みと吐き気は、治まった。
◇◇◇
ガートルードの隣で、まだ彼女の手を握ったままだったクラシオンが舌打ちをしたが、彼は動かなかった。
重い空気が辺りを包み、指揮者の手は止まり、次の音楽が奏でられることは無い。
それは一瞬だったのかも知れないが、長い間だったのかも知れない。
とにかく、誰も動かず。
誰も声を上げなかった。
立ち上がって、自分の妊娠を叫んだマリツァさえ、今は力が抜けたように、腰を下ろして。
その顔色は白く、気分が悪そうに見えた。
安定期に入る前に、懐妊を本人が口走るとは想像もしていなかったのだろう、宰相クイーネは口元を押さえ次の指示を出せないように見えたし。
肝心の赤子の父親である夫も、立ち尽くしていたので。
クラシオンの手をほどき、彼から間を取ったガートルードは誰よりも早く、夫と側妃に向かって拍手をした。
「王太子殿下、マリツァ妃、ご懐妊おめでとうございます!」
大きくはないが、よく通る声で正妃が夫と側妃に祝いを述べたので。
我に返った貴族達は口々に、クラシオンとマリツァに拍手と共に祝いの言葉を送った。
それを受けつつ、貼り付いたような笑顔を見せるクラシオンを救ったのは、急遽部屋に現れ、宰相に駆け寄った伝令だった。
伝令からの知らせに何度も頷いたクイーネは、聞き終えると王太子夫妻に近付いた。
この場の全員が宰相含む3人に注目していて、今では誰も側妃を気にしていなかった。
「……王妃陛下が……見罷られました」
聞くなり、クラシオンは右手を上げ、静かに事情を説明して、周囲に向かって閉会を告げた。
そして、そのまま正妃にも側妃にも声を掛けず、宰相と共に会場を後にした。
ガートルードは、彼等を見送って、今一度。
動揺してこちらを見ている皆に、頭を下げた。
「葬儀の日程など、決まり次第に布令を出しますので、お待ちくださいませ。
本日は、お集まりくださいまして、誠にありがとうございました」
それ以外に言うべき言葉も見つからず。
彼女も女官に誘導されて、会場を出た。
アストリッツァ王族の葬儀の一通りの流れなどはまだ教えられてはおらず。
慌てて動くより、部屋で大人しく指示を待つことにした。
取り敢えず夜会用の化粧や香水は落とさなくてはならない。
頭のなかで段取りを思い浮かべながら、番にほっておかれたマリツァの方を見やれば。
彼女もまた、女官に手を取られて立ち上がったところだった。
アストリッツァでは葬儀関連行事で、どのように妊娠中の妃が扱われるのかは知らないが。
母国カリスレキアでは、一般的に妊婦は葬儀には参列出来なかった。
こちらでも同様の決まりがあるのなら、次に彼女の姿を見るのは、王妃の葬儀が全て終わってからだろう。
マリツァはガートルードより5歳上の女性だが、いつも守ってくれていた番が隣に居ない不安に揺れる彼女の姿は。
自分よりもずっと幼い少女に見えた。
後ろに付いている女官の制止も無視して、王太子の番マリツァ・ダエフが立ち上がっていた。
「わたしに、子供が出来たの!
王座を継ぐ御子よ?
このタイミングで赤ちゃんが出来るなんて!
ねぇラシィ、番の愛がお飾りに勝った、何よりの証拠ね?」
それは可愛い、マリツァらしいと言えば、らしい……
可愛い悋気からだったのだろう。
これまでなら王太子殿下の番として有名だった彼女は、1番に彼と踊れた。
つまり、後回しにされた事など無かった。
政略上の、愛されない正妃など怖くもなかった。
何故なら、自分はクラシオンの番で。
この10年間、彼の愛情を独り占めしてきたのだから。
それなのに。
後から仕方なしに娶られて来たくせに、歓迎夜会まで開いて貰って。
彼にエスコートされて。
目の前でファーストダンスを踊られた。
嫉妬で胸焼けがしてきた。
ダンスに関しては、我慢が出来なくて。
ずっとクラシオンとの言い争いは続いていて、珍しく彼が折れてくれないので、この3日間は泣いてばかりなのに。
お飾りの生涯で、最初で最後の彼とのダンス?
そんな事は、わたしには関係無い。
ラシィの方からお飾りの侍女に色まで聞いて揃えて、なんなの?
とにかく番が他の女に触れるのが辛くて、我慢出来ないのに、どうしてそれを分かってくれないのか。
あの女もわたしを舐めてる。
「きちんと敬え」と言われたくせに、お飾りの分際で目立ちやがって。
マリツァの怒りの矛先は、クラシオンやガートルードだけではなく、全てに向く。
あの女のドレスが揺れる度に、それを目で追う女達にもムカついて。
今、目の前で踊っている、この曲はもう聴きたくないからこれからは絶対に演奏させないで、と今夜ラシィに言ってやる。
あぁ、もう吐きそう。
何もかもぶちまけてやりたい。
あの女の。お飾りの女の。
その前でしか子供が出来た、と言ってはならない、と。
ラシィからは何度も言い聞かされてきたけれど、どうしてわたしが貴方の子を産む、と言ってはいけないの?
お飾りには一生閨はしない、と言ってやったわよね?
王太子の子供を産めるのは、これからもわたしだけでしょ?
それをここで発表して、皆に祝って貰いたいの。
そうすれば、居場所の無いお飾りは、退場して……
怒りで、頭の中が沸騰する。
嫉妬で、胸が焦げる程に熱い。
もう、これ以上我慢出来ない。
本当に吐きそうだから。
だから……
「わたしに、子供が出来たの!」そう叫べば。
一斉に、皆がこちらを見て。
あんなに辛かったマリツァの痛みと吐き気は、治まった。
◇◇◇
ガートルードの隣で、まだ彼女の手を握ったままだったクラシオンが舌打ちをしたが、彼は動かなかった。
重い空気が辺りを包み、指揮者の手は止まり、次の音楽が奏でられることは無い。
それは一瞬だったのかも知れないが、長い間だったのかも知れない。
とにかく、誰も動かず。
誰も声を上げなかった。
立ち上がって、自分の妊娠を叫んだマリツァさえ、今は力が抜けたように、腰を下ろして。
その顔色は白く、気分が悪そうに見えた。
安定期に入る前に、懐妊を本人が口走るとは想像もしていなかったのだろう、宰相クイーネは口元を押さえ次の指示を出せないように見えたし。
肝心の赤子の父親である夫も、立ち尽くしていたので。
クラシオンの手をほどき、彼から間を取ったガートルードは誰よりも早く、夫と側妃に向かって拍手をした。
「王太子殿下、マリツァ妃、ご懐妊おめでとうございます!」
大きくはないが、よく通る声で正妃が夫と側妃に祝いを述べたので。
我に返った貴族達は口々に、クラシオンとマリツァに拍手と共に祝いの言葉を送った。
それを受けつつ、貼り付いたような笑顔を見せるクラシオンを救ったのは、急遽部屋に現れ、宰相に駆け寄った伝令だった。
伝令からの知らせに何度も頷いたクイーネは、聞き終えると王太子夫妻に近付いた。
この場の全員が宰相含む3人に注目していて、今では誰も側妃を気にしていなかった。
「……王妃陛下が……見罷られました」
聞くなり、クラシオンは右手を上げ、静かに事情を説明して、周囲に向かって閉会を告げた。
そして、そのまま正妃にも側妃にも声を掛けず、宰相と共に会場を後にした。
ガートルードは、彼等を見送って、今一度。
動揺してこちらを見ている皆に、頭を下げた。
「葬儀の日程など、決まり次第に布令を出しますので、お待ちくださいませ。
本日は、お集まりくださいまして、誠にありがとうございました」
それ以外に言うべき言葉も見つからず。
彼女も女官に誘導されて、会場を出た。
アストリッツァ王族の葬儀の一通りの流れなどはまだ教えられてはおらず。
慌てて動くより、部屋で大人しく指示を待つことにした。
取り敢えず夜会用の化粧や香水は落とさなくてはならない。
頭のなかで段取りを思い浮かべながら、番にほっておかれたマリツァの方を見やれば。
彼女もまた、女官に手を取られて立ち上がったところだった。
アストリッツァでは葬儀関連行事で、どのように妊娠中の妃が扱われるのかは知らないが。
母国カリスレキアでは、一般的に妊婦は葬儀には参列出来なかった。
こちらでも同様の決まりがあるのなら、次に彼女の姿を見るのは、王妃の葬儀が全て終わってからだろう。
マリツァはガートルードより5歳上の女性だが、いつも守ってくれていた番が隣に居ない不安に揺れる彼女の姿は。
自分よりもずっと幼い少女に見えた。
1,459
あなたにおすすめの小説
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
運命の人ではなかっただけ
Rj
恋愛
教会で結婚の誓いをたてる十日前に婚約者のショーンから結婚できないといわれたアリス。ショーンは運命の人に出会ったという。傷心のアリスに周囲のさまざまな思惑がとびかう。
全十一話
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?
おしどり夫婦の茶番
Rj
恋愛
夫がまた口紅をつけて帰ってきた。お互い初恋の相手でおしどり夫婦として知られるナタリアとブライアン。
おしどり夫婦にも人にはいえない事情がある。
一話完結。『一番でなくとも』に登場したナタリアの話です。未読でも問題なく読んでいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる