【完結】この胸が痛むのは

Mimi

文字の大きさ
24 / 102

第24話

しおりを挟む
話し終わると、レニーは部屋を出ていきました。
夕食前なので、彼女の仕事は多く、いつまでも私の相手などしていられません。

レニーが部屋を出ていったので、私はライティングビューローの引き出しから文箱を取り出して、中から4通の手紙を手に取りました。
全て薄い紫色の封筒でした。

小振りの2通の封筒の中身は、初めてアシュフォード殿下からいただいたカードと、王城へ招いてくださったお食事会の招待状でした。
普通の大きさの封筒には、家に帰す為に書かれた手紙と、父から渡された、約束をした週末に会えない理由を綴られていた手紙が入っていました。

それらにもう一度目を通して、文箱の上部に大切に仕舞っていたその4通を、今度は一番下に押し込みました。


もし季節が冬で暖炉に火が入っていたなら4通とも躊躇無く、くべていたと思います。
それぐらい、もう目にしたくない物になったのです。

でも季節は、もうすぐ夏になろうとしていて。
夏になる前の気持ちのいい時期なのに、暖炉に火が欲しいと思いました。
心のどこかが冷たくなっていたからで、身体も冷えていたからでした。

もう私は泣いていませんでした。
アシュフォード殿下が姉に、自分の瞳の色のブレスレットを贈ったと知った時は『騙された』と、カッとなった私でしたが、今は……
ただ、寂しく悲しいだけ。


当時の私はその気持ちの変化を自分でも理解出来なかったし、言葉でちゃんと表現する事も出来ませんでしたが。 
……今なら、私はそれを説明出来そうな気が致します。

『騙す』という行為を行うのは、それによって何かを得られるからするのだと思うのです。
そう考えると、確かに殿下からいただいた手紙の内容は真実ではありませんでしたが、殿下が私なんかを騙して、何の得がありましょう。

いつになっても戻らない私を帰宅させる為、クラリスが頼んだのだと思います。
殿下はそれで、あの手紙を書いた。
愛する姉から頼まれたからか、幼い私を心配してくれたからか。 
その両方からだと思いました。
クラリスの妹への『優しさ』なのだと思いました。
騙そうなんて、殿下は思っていなかった。


……今なら、今ならそうわかるけれど。
当時の私は泣くより悲しい、それだけでした。
『アシュフォード殿下は姉が好き』
ただ、それだけ。
それを受け入れようと思いました。


 ◇◇◇


「殿下へお渡しするクッキーですが、自然の甘さを感じる胡桃を入れてみましょうか?」

「よくわからないから、お任せしてもいい?」

なかなか相談してこない私に痺れを切らして、料理長から尋ねられました。

クッキーが食べたいと仰ってくださったので、私は料理長に手伝ってもらって、クッキーを焼きます。
クッキーだけを作ります。
もう、他のお菓子も、と……欲張ってあれこれ調べたりしません。


ガーランドから戻られた殿下からは、アールを連れて週末に行くから、とお手紙をいただきました。
いただいたお手紙は一度だけ読んで、文箱の一番底に入れます。
私なんかとの約束をちゃんと守ってくださる殿下は、なんとお優しい御方でしょう。
何度も読み返したりしません。
一度読めば充分です。


アールを連れて、殿下が来られました。
この前会った時から今日までのお話をしてくださいました。
リヨンの王女様の事故があり、王太子殿下とガーランドへ行かれていた事は父からも聞いていました。

夜会に出席されていた王女殿下がお帰りになる途中で、海で遭難されたと説明されたので、
『その方がクジラと言われていた王女様なのですか?』と、尋ねたら。
殿下のお顔から微笑みが消えて、しばらく黙ってしまわれたので。

しまった、と思いました。
畏れ多くも、リヨンの王女殿下にクジラだなんて、なんて無礼な事を言ってしまったのでしょう。
殿下はお気を悪くされたのだと思いました。


「フォンティーヌ王女の事は、いつか君には話さなくてはいけないと思っているんだけど……
 恥ずかしくて愚かな私の話だ。
 何も、姉上からは聞いていない?」

殿下が仰る意味はわかりませんが、クラリスからは何も。
何ひとつ聞かされていない。
あの、貴方が姉に渡した……


「ブレスレット……」

思わず、呟いていました。


「ブレスレット? あぁ、あれか……
 侯爵に取り上げられたんだって?」

殿下はとても楽しそうに笑っていらっしゃいました。
姉の話をすると、本当に楽しそうにされるのね。


「……姉からお聞きになりましたか?」

「渡したくなくて抵抗したけど、駄目だった、ってね。
 夜会の翌日には王妃陛下に侯爵が返しに来たしね。
 王妃陛下は返さなくてもいい、と仰せだったけれど、君のお父上はそういうところをきっちりされたい方だからなぁ」


姉との仲は王妃陛下も公認されていると、いう事なのだと、改めて知りました。

もうこれで、決まった。
アシュフォード殿下とクラリスは結ばれる。



「アグネス、どうしたの?
 今日はあまり話さないね?」

お優しい殿下が私にお尋ねになります。
私達の目の前では、兄のプレストンが投げたボールをバックスが追いかけて、その後ろをアールと元4号のルビーが楽しそうに駆けています。


殿下とふたりきりは嫌だったので、兄に同席してと無理矢理頼み込んだ私でした。
当然、その前には姉にも頼んだのですけれど。


「ごめんなさい、お姉様は今日はお友達のところに行かれてて」

「え? ……あぁ、聞いているよ。
 ライト伯爵令嬢のところでお茶会らしいね」


そうですよね、私から聞かなくても。
姉の事ならご存知ですよね。


「アグネスの都合を教えて欲しいんだけど、夏休みに、王家の別荘に招待をしたいと思ってるんだけど……」

それは私も、姉と一緒にご招待してくださる、ということなのでしょうか?
残念ですが、お断り致します。
私は祖母のところへ行きますね。


「祖母が旅行へ連れて行ってくださるそうなんです」

祖母からは夏休みには旅行に行きましょう、貴女の好きなところへ連れていってあげる、と言って貰っていたのです。
母はまた反対するかも知れませんが、サマーシーズンは社交が盛んに行われるので、母は王都から離れられません。
父からの反対はないと思います。


「旅行へ? 何処へ?」

確定も、祖母にお願いさえしていない旅行の話をしなくてはいけなくなって。
咄嗟に頭に浮かんだ場所は。


「トルラキア……トルラキアへ行って……」

「トルラキア? それじゃクラリスも?」

殿下はやはり、姉の事を気にしていらっしゃる。
ここははっきり否定しましょう。


「いいえ、私と祖母と祖母の世話役のご婦人と」

多分、後は護衛のような男性がひとり、それとメイドや荷物持ちの下男が加わるぐらいでしょうか。
祖母は先代の伯爵夫人ですので、ふたりきりという事にはなりませんから。


「じゃあ、どうしてトルラキアなの?
 あの国は、あの、女の子が行きたがりそうな感じじゃないよね?」

女の子……。
お誘いを断り、吸血鬼や悪魔や死人が棲む国へ行こうとする女の子を心配するなんて、本当に本当に。
殿下はお優しいひと。


「子供は怖いものが好きですから」

私がにっこり笑ってそう言うと、殿下は少しだけ困ったように微笑みました。
しおりを挟む
感想 336

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

全部私が悪いのです

久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。 姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。 世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。 *全18話完結となっています。 *大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。 *後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。 *この作品は他誌にも掲載中です。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

処理中です...