【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第28話 アシュフォードside

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高等部1年の学年末試験が終り、結果も出て。
夏休みが始まるのを待つばかりになった。
この学年での最終成績は、俺は6位、クラリスは4位、レイは9位。
レイは多分アライアから俺の順位より程よく下位を死守するように、言われているんだと思う。


夏休み前の図書室は、長期の休みに備えて本を借りようとする生徒が多く通常より混んでる、らしい。
らしい、を付けたのは、俺は学園の図書室に来たことがなくて、通常も非常もわからないからだ。
貸出カウンターには係の図書委員が3人座っていて、借りたい本を何冊も積み上げて列を作り順番を待つ生徒を手早く捌いていく。


今日昼休みに俺がここに来たのは、夏休みに読む本を借りに来たのではない。
本なら王城の書物室に、数だけで言えば唸るほど所蔵されている。 

ここにはイシュトヴァーン・ストロノーヴァを見に来た。
チャンスがあれば、少し話してみたい。


「アグネスがストロノーヴァ先生と親しくなったみたいで。
 それでトルラキアに興味を持ち出したようなんです」

なんて、クラリスが言うから。
そんな事はありえないよな、と思いながらも、色んな事を想像してしまう俺。
反して俺を動揺させたクラリスは最近元気が良い。
理由を聞くと、アグネスのお陰でストロノーヴァに接近出来るから、と臆面もなく答える。


「火曜と金曜は初等部は午前中だけなので」

その日の昼休みに図書室に会いに行くそうだ。
『アグネスがお世話になりまして』
妹を理由にして、会いに行くそうだ。
気になるだろうに、妹の邪魔はしたくないから来ない日に行くと言われたら、俺もアグネスに曜日を合わせて、ここへは来れない。

そんな風に隣にレイが居ても隠さず話すから、横目で確認するとレイは微妙な顔をしていた。
気付いたな、諦めるかな。
ストロノーヴァの前では、乙女らしいぞ。


今日は火曜日なので初等部はもう下校している。
クラリスは委員会で呼び出されていて、図書室には来られない。
それで俺はレイと、こうしてやって来た。
毎日入れ替りで会いに来るスローン姉妹を夢中にさせている男の顔を見る為に。


俺は彼が教える伝承民俗学を選択していないし、レイも全て俺に合わせているから同様だ。
直接の教え子ではない俺達にストロノーヴァはどのような対応をするのだろうか。


手前の配架エリアから順にストロノーヴァの姿を探していく。
小説と掲示されている書架が並んだ箇所には中等部と高等部の幾人もの生徒達が居て、通りすがりに見るだけでは人物を判別出来ないのだが、この辺りにはいないと思う。

進む程に人は少なくなってきて、今日は来ていないのかな、と思って、最後からひとつ手前を覗いたら。  
直接床に座って読書に没頭しているストロノーヴァが居た。

図書室では私語厳禁だと聞いていたが、ひとり静かに読む生徒よりも、友人と連れ立ってきている人間の方が多くて、今日の図書室内は少し賑やかだった。
図書委員もそれに対して、うるさく注意する事も無かった。

だが、奥まったここにはストロノーヴァしか居なくて。
(厳密に言うと、夏休みの課題に必要なのか、本の背表紙を眺めていた上級生らしき男子生徒が居たが、俺に気付くと頭を下げて行ってしまった)

声をどうかけるか、考えていたのに。
静かすぎるこの場で……


「殿下、そこでずっと立っておられると、気が散ります。
 私にご用があるのでしたら、お伺い致します」


本の世界に入り込んでいたと思っていたのに。
ストロノーヴァは顔を上げて、読んでいた本を静かに閉じた。


 ◇◇◇


「アグネス・スローン嬢……
 夏にトルラキアへ行くと言うので、助けになればと国について説明などはしていますが。
 ……失礼ながら、殿下は姉のクラリス嬢とお付き合いをされていると、聞いておりました」


そうか……噂は生徒だけでなく、教師の間にも広がっているんだな。
そんな噂が流れているのは、知っている。
夜会に向けて、仲の良さを周知させる為に一緒に昼食もとった。
だが必ずレイを加えて、ふたりきりにはならないようにしていた。

無責任にリヨンの王女の噂を流した俺が、今度は噂される方になっていて。
『そんな関係ではない』と、レイとクラリスが周囲に言ってくれていたが、誰も俺には直接聞かない。
否定したくても、そんな環境を作ってきたのは俺自身で、レイ以外とは親しくしていなかったからだ。


「私とクラリス・スローン侯爵令嬢とは、その様な関係ではないのです」

『そうなんですね』と、あっさりとストロノーヴァは俺の言葉を受け入れた。
彼の、どちらでも構わないと言いたげな様子にクラリスの恋路も前途多難に見えた。


「あの、それで……」

「私は教師失格なんでしょうけれど」

ここでもまた、俺の言葉は遮られて。
ストロノーヴァが立ち上がった。


「バージニア王女殿下が気に入らない女生徒を、奥に連れ込んで、皆で泣かせている事は以前から知っていました」

バージニアがお茶会に招いた令嬢に、取り巻きを使って些細な意地悪をしている事には、うっすらと気付いていたが、まさか学園でもそんな真似をしているとは思ってもいなかった。


「頻繁にではありませんが、そういう事をしているなとは、ここからでもわかりますから」

ストロノーヴァが今居る場所より奥の方向を、くいくいと指差す。
一番奥の、誰も来ないような専門書が並ぶエリアで、アイツはそんな事を繰り返していたのか。


「ただ泣かせたいんだな、謝らせたいんだな、とわかるし、その目的が達成すると、すぐ解放するので。
 関わりたくなくて、いつもは声を掛けてなかったのですよ。
 軽蔑されるでしょうけれど、私は王家に関わる様な面倒が嫌いな、教師の出来損ないですからね」

「……」

「でも、あの日、アグネス嬢を囲んでいた様子がいつもと違っているように思えて。
 苛められている側のアグネス嬢からの違和感と言えば良いのかな、ここで聞いていた私でもそうなので、対峙していた王女はもっと感じていたんでしょう。
 このままにしていたらエスカレートすると思い、口を出しました」


妹の仕出かした事に怒りと恥ずかしさと。
そんな目に合わされた事を、アグネスは何故話してくれなかったんだ。
それであの日、あんなに無理した笑顔で俺に対応してたのか?


「普通の蝶よ花よと育てられている貴族令嬢ならば泣き出して、悪くはなくても謝る所なのに、彼女は言われるがままになっているだけでした。
 でもそれが却って、相手にされていないと王女の怒りを増幅させていた」

「アグネスは大人びていますから、バージニアの馬鹿げた文句なんか聞き流していたのでしょう」

「……いや、聞き流せないでしょうね。
 アグネス嬢は平気そうにしていても聞き流していないし、かと言ってそれを表に出すことも出来ない。
 あの年齢であれほど抑制が効いているのはどうしてでしょう?
 色んなものが彼女の中に蓄積されている気がします。
 大人びているだけではない、自分でも気付いていない問題を抱えているように見受けられました。
 私には医学的な知識はありませんが、殿下が彼女を大切に思うのであれば、気を付けて差し上げて下さい」

「……」

「氾濫した川をせき止める事は出来ませんから。
 クラリス嬢にも伝えましたが、早め早めに小出しで良いので、彼女の気持ちをちゃんと聞いて、汲んであげた方がいいと思いますよ」
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