【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第30話 アシュフォードside

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話が長くなりそうだと、気を利かせたレイが控え室で待つウチの御者に話に行ってくれた。
ついでに、スローン侯爵家の御者にもクラリスが少し遅くなることを伝えてあげる、とレイが言うと
『委員のお仕事で遅くなるとお伝えくださいませ』と彼女は頼んだ。

俺の理由はレイ任せ。
適当な理由をもっともらしく話すのは、レイの得意分野だから。


夏休みの学生食堂は食事は出来ないが、何故か15時まで飲み物は頼めた。
最初の一杯は3人とも既に飲み終わっていたので、控え室まで走ってくれたレイの分も注文する為に俺は立ち上がった。 

クラリスとふたりだけでテーブルは囲めない。
登校日に仲良くお茶をしていた、なんて噂の上書きは要らない。


食堂の職員が、用意してテーブルにお届けします、と言ってくれるのを断り、急がなくていいですよと声をかけて、その場で待つ。
しばらくすると、レイが戻ってきたのでカップを3つ受け取り、トレイに乗せテーブルまで慎重に運ぶ。


俺の武器になるもの。
『こぼさずにテーブルまで運べる』じゃ、侯爵に鼻で笑われるな。
でも、初めてなんだ、うまく運べたと思う。


「母が唯一、自分の手で育てる事が出来たのがアグネスなんです。
 私と弟は、母の初乳は飲みましたが、その一度きりなんです」

「……」

初乳、って何だ?
クラリスの言っている意味がよくわからないが、俺もレイも黙っていた。
この場ではまず、クラリスに話させよう。
侯爵夫人の話には興味はないのだが、何でか語りたがっている。


 ◇◇◇


私は最初の子供だったので、当時当主夫人だった父方の祖母が育てる、と言い張って。
祖母が選んだ乳母や侍女、吟味した服。
母には口出しする事は許されませんでした。
母は18歳でしたから頼りなく思ったか、次は男児を産んで貰おうと、赤ん坊にかかりきりにならない様に配慮があったのかも知れないですけれど……
赤ん坊に乳を与えないと次の子供が出来やすいから、と祖母は母に言ったそうですの。

それから3年後が嫡男のプレストンですね。
結婚5年目の待望の男児だったので、今度は先代当主の祖父が選定した乳母をつけて、教育はこの先生に、と自分の管理下に置きました。

それについて母の意見など無視されていたのでしょうけれど、嫡男の誕生を機に侯爵家当主の座を渡された父は領地に、仕事に、引き継ぎで多忙になり、祖父に一任してしまったのです。

弟は身体が弱くて、何度も発熱を繰り返しましたが、母は看病を止められて、部屋にさえ入れて貰えなかったと聞きました。
私には弟の代わりの後継者教育が与えられるようになり、再び母から引き離されました。

両親には次の男児の出産が期待されたのですが、産まれたのは妹でした。
この時ばかりは母も手放す事を拒みまして、父に泣いて訴えるので、その様に取り計らおうと父は決めたのでしたが、次女の妹に対しては、先代達もそれ程興味はなく。

ですから、母が自分の手でちゃんと子育て出来た子供はアグネスのみなのです。
母方の祖母、えぇ今妹を連れてトルラキアへ行ってる、あちらの祖母にしても、自由に会えて、思うだけ可愛がる事が出来たのはアグネスだけですから甘くもなります。

例の妹から奪った殿下へのプレゼントにしても、母なりに妹を想ってなんですけれど……ちゃんと伝えなかったから。
母はたとえ何年かかっても、妹からの信頼を取り戻す、と決めています。
だから、辺境になんかアグネスを取られたくないと必死なんです。


 ◇◇◇


これで終わりなのか、それとも一旦休憩か。
クラリスが飲み物を口にした。
それで俺は質問する事にした。

侯爵家の子育てが、どうのこうの俺にはわからない。
俺だって、王妃陛下ではなくアライアに育てられた。
レイは生後5ヶ月で、母親を俺に取られている。

王族や高位貴族は乳母に育てられるのが普通だと思っていたけれど……
夫の侯爵だって、そう育ってきたはずだ。
俺達には侯爵夫人の悲しみ?は、わからない。


「あの俺へのプレゼントからアグネスと侯爵夫人はぎくしゃくしているんだろ?
 母なりに想って、って何なの?」

「プレゼントって、どんどんエスカレートしていくのです。
 殿下がもしアグネスに首飾りを贈ったとします。
 翌年には何を贈りますか?
 チョコレートにはなりませんよね?
 前に贈った以上の品を贈ろうとされるでしょう?」

「それは……そうだな、そうなる」

「想いが通じ合った後ならば、詩を贈ったり手作りだったり購入出来る物とは違う意味合いのものを贈り合うこともあるでしょうけれど……
 アグネスはお金を借りて、あの贈り物を購入しようとしたのです」

「……そんな無理をさせるつもりは」

「存じています、殿下がお求めになったのではない、と。
 でも、今回それを認めてしまえば、まだ子供なのに来年再来年はどうなるの、と母は思ったんでしょう」

黙った俺に気遣って、レイが代わりに言う。


「それはわかるけれど、君のプレゼントにしたのは違うよね?」

「確かに仰る通りだと思います。
 私も親交の無い殿下への贈り物を渡せと言われて、考えるのが面倒だな、と思って。
 奪う形になってアグネスには申し訳ないことをして、泣かせてしまいました。
 母が殿下に私を薦めようとして謀ったのは、本当に殿下に対しても不敬でした」

やはり侯爵夫人は姉を妹の代わりにしようとしてたんだ。


「それもやはり愚かとしか言えなくて。
 王家に妹を取られたくなかったんでしょう。
 臣籍降下と言えども、国王陛下と仲のよろしいアシュフォード殿下の扱いは依然として王族のままになるでしょう。
 その殿下に望まれたら、こちらから断ることは出来ません。
 王族同等の公爵夫人になると、母からは妹や子供になかなか会えなくなります。
 母は嫁に出しても尚、妹と離れたくなかったのです」

「そんな先の事まで?」


俺は娶ったからと言って、実家との繋がりを断つ様な真似はしない。
だが侯爵夫人にとっては、俺は愛娘を奪っていく男に見えたのか。


「でもそれじゃ、お母上は君なら……」

言わなくてもいいことを口にしようとしたレイを黙らせようと、俺は手を上げたが。


「私は繊細なアグネスとは違って、図太い女ですから。
 母には、王城へ上がっても充分やっていける、と思われていたのです」

淡々と語るクラリスに、俺は先日ストロノーヴァ先生(もう呼び捨てはしない) から注意された話を思い出した。

母親の先回りしていく歪な愛情から、自分の気持ちを出せなくなったアグネスと。
母親の思い込みから、弱さを見せられないクラリスと。


クラリスをちゃんと見て助けてやってくれ、と先生に頼みたかった。


先生の言う通り、俺はアグネスを守るから。


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