【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第52話 アシュフォードside

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葬儀が終わり、王城へ戻る馬車の中。
往路は機嫌が良くなったり、悪くなったりと、にぎやかだったバージニアも、驚く程静かだった。
黙って、外の景色が流れていくままに眺めているように見えているが、その頭の中は何を思うのか。

もう、あの鬱陶しいストロノーヴァはいない。
週明け、また取り巻きを使って、初等部にいる生意気なキリンのアグネスを何処かへ連れ込む算段でもしているか、それとも。



翌日午前に、週末であるにも拘わらず緊急に王太子の名の元に、伯爵位以上の貴族議会が召集された。
国王陛下には事前の連絡はなく、ご立腹のご様子だったが。
それでもそんな事を理由に欠席する事はさすがに出来ず、出席するにはするが決して本意ではない、という顔はされていた。

近年、自分を差し置いて勝手な真似をする王太子に文句を付けたいのに、ことごとくそれが上手く運ぶ様子に何も言えず。
それを何度か繰り返す内に、王国の主だった貴族は自分より王太子の言葉に重きを置いている、その事実をなかなか受け入れられずにいるのだ。

前夜遅くに使者をたてて、緊急と翌日に集められたのは初めてだったし、あまりにも強引過ぎると反発したそうな何人かは、議会会場に普段は出席しない俺、第3王子がこの場に、第2王子の隣の席に居た事で、口を閉ざした。

第3王子が出席していると言うことは今回の議題は、あれだろう。
スローン侯爵家の馬車の……


 ◇◇◇


「本格的に調査が始まるのは葬儀後だと、何人かに漏らして貰ったのは正解だったな」


葬儀から戻り、その報告で執務室に顔を出した俺に王太子が言った。
漏らして貰った? 
そうするように、侯爵に命じたのだろうに。
これは俺にも伝えてくれなかったから、想像するしかないが。

昨日の親しい家門だけを招いての、お別れの会。
この中で、少し口の軽い何人かに
『第3王子が明日の葬儀が終われば、事故の調査をしてくださる』
そう漏らしてくれと、あの書状で命じていたのだろう。
侯爵本人が、家族と共に居る俺に顔を向けながらそう言ったとしたら。
聞かされた相手はそれを真実だと思い、侯爵家の様子を尋ねてきた者にそれを話す。


「俺を陽動に使いましたね?」

「お陰で、こっちは動きやすかった、助かった」 

いけしゃあしゃあ、というのはこの事だ。
俺は王太子と対峙して、実感した。


完全に暗くなる前に、少人数で王城を出た俺を何人もの貴族が見ていた。
その日は午後から2度、侯爵家から当主の財務大臣の元に早馬が到着していた。
『侯爵家で何かあった』それは皆が感じていて。
その後、強い雨が降っているのにも関わらず、侯爵は馬車ではなく馬で下城した。
以降の全ての予定をキャンセルするように命じてだ。

この行動が広まらない訳がない。
きちんとした報告で王太子にまで上がらなかったが、口々に噂はしていただろう。

『侯爵のあの慌てぶりは普通じゃない、家族に何かあった』と。 

そして夕方になり、顔色の悪い俺が王太子に呼び出され。
その後側近や腕利きの近衛、若いのによく診る典医を連れて城を出る。
ここから恋人の家の危機に、第3王子殿下が陣頭指揮を取りたいと王太子に直談判した、と噂は変換されたのだ。

そして何時間かして戻ってきた第3王子は、夕食も取らず、着替えもせず。
側近と護衛1人と、今度は側近の馬車で出かけ、夜中まで戻らなかった。
翌日になり、侯爵の夫人と長女の訃報が王城を、貴族街を駆け巡った。
親しい何人かは取るものもとりあえず侯爵家に向かい。
そこで、家族のような顔をして嫡男と並ぶ第3王子の姿を見た。
昨夜からの行動と結び付いたそれは、事故を調べているのは第3王子だと強く印象付けるのに成功して。

つまり、俺は目を引き付けておく為の陽動。
その間に影を使って王太子は動いていたんだ。 


「お前が出してくれたリストも役立ったし、各家門の位置確認もしてくれたので、その手間は省けたし。
 だからこその、この早さの解決だ」  

事件当日、侯爵夫人とクラリス、御者の3人を連れ帰る前のダウンヴィル伯爵から、およそのかかる時間を聞いて、それに合わせて少し遅れてスローン侯爵家に行かせて貰おうと思った。
それまで侯爵家で、使用人達も含め皆で、ふたりを出迎える準備を、心の準備を整えて貰い、お別れの時間を持って貰いたかった。

滑落現場の坂道、関所の役人からの証言。
それを終えても、まだ時間に余裕があったので、5人で手分けして、王城から坂の始まりまでに存在する邸の持ち主を調べた。
門番には王太子の名前を出して主にも内密にしなければ……と、脅して。
主の帰宅時間と使用した馬車の車輪の太さを確認した。

『必要な時には、俺の名前を自由に使え』と、王城を出る前に言われていたからだ。
実は冷酷であると有名な、その名前を出すと。
各邸の門番は協力的だった。
主には決して何も漏らしません、と。

その中でも気になる家門があり、その疑惑と共に王太子に見せたのが、以前俺が渡して貰った簡単なリストだった。
そのリストを作成して、俺に渡してくれたのは……



あいつの目が俺ばかりを気にしている間に、王太子は証人も証言も手に入れていた。
葬儀の後にしか俺は動かないと安心して、証人を片付ける事を先送りしたあいつが家族を連れて参列している間に。
何故なら立場上、葬儀に参列しないと怪しまれてしまうかもしれないから、それで本当は来たくもなかった葬儀に顔を出した。

その間に疑心暗鬼になっていた実行犯に、あいつに口を塞がれて消されると思い込ませて、王城に助けを求めて自首するように仕向けた。


ここ、王太子の執務室は、俺と王太子だけ。
今だけ、兄弟の顔に戻ろうと思ったのだ。


「兄上は後悔はしないですか?」

兄上、と呼び掛けたのは何年振りだ……昔過ぎて覚えていない。


「ついでに古いものを淘汰することか?
 予定より早まったが、この国に必要な事なら、躊躇しない。
 後悔はそうだな……死ぬ前にいつか、全部まとめてするかな」

もうユージィンは兄の顔をしていない。
王太子が、次代の国王陛下が、切り捨てたのは家族の情。


「明日は朝早くから動いて貰うし、ここ2、3日はちゃんと休めてなかったろ?
 今夜は早く寝ろよ」

珍しく、俺に気遣いの言葉を掛けて、執務室を出るように促す。
これからまだ、打ち合わせがあるのだろう。
王太子は多分、今夜は眠らない。
それを確信してた。



 ◇◇◇


そして今朝、あいつの邸を急襲して、娘を連行した。
今日から調査が始まるのだろうと考えていたあいつは、娘の連行に反抗した。


「貴殿の言い分は、今日の貴族会議で聞こう。
 実行犯の御者から証言は得ているし、使用した馬車を私は確認した。
 会議までに己の処し方を考えておくように」 


グレイシー伯爵は会議までに、殺人犯として連行されていく次女のローラを、自分を、どうするか考えなくてはいけない。
15歳の娘を切り捨てたら、自分が退いたら、家門は生き延びられるのか?
咄嗟には決められぬまま、伯爵は俺に向かって叫んだ。


「娘を罪に問うのなら、王家だからといって、逃げられませんよ!
 娘には理由を問われたら、正直に話せと言い聞かせました。
 それでもいいんですか!」

「全く問題はないな」

俺の返事に伯爵は驚いた顔をして、やがて諦めたように膝を付いた。


第1王女バージニアの罪を。
それを叱ることなく庇い続けた父親、国王陛下の罪を。

王太子は王国の貴族会議の場で晒すことに決めたのだ。
古いものを淘汰する為に。

    
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