【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第69話

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オルツォ・マルーク・ノイエ。
そう自己紹介をされました。
結局、相手役はお断りさせていただきました。
ヴィーゼル様を始めとして演劇部の方からは『貴女もイメージに合うのよ』と言っていただきましたが、2度程繰り返してお断りすると、ご納得してくださいました。
それというのも、私が相手役をするなら等と条件にされていたオルツォ様が、私無しでも主演を引き受けられたからでした。


それから何故か私はそのままオルツォ様に連れられて、ふたりでランチをする事になりました。
テーブルを離れる際に皆様に助けて、と目で合図をしたのに誰も応えてくださらず……微笑まれながら手を振られてしまいました。

既に、食堂の席は全て埋まっていたのに。
オルツォ様が近付くと、食事を終えて歓談されていたグループが席を立ち、テーブルを譲ってくださいました。


「君が相手役になるならと言えば、直ぐに連れてきてくれるだろうと思ってね。
 探す手間が省けて、俺は楽をさせて貰ったよ」

「……先生にお会い出来る条件はお断りしましたので、もうこれで、失礼致します」

「君、本当に俺自身には興味がないんだね?」


多分、オルツォ様は女生徒からとても人気のある方なのでしょう。
綺麗なお顔をされていて、部にも入っていないのに主役を望まれて。
条件などつけても反発されず、直ぐに代わりに動いてくれて。
遅れて行った食堂でも、席を探さなくても譲られる。
先生のご親族なら、きっとオルツォ家はこの国では有力で、将来はトルラキアの中央でご活躍されるような方なのだと思います。


「はい。全く、少しも」

オルツォ様には失礼な物言いになりますが。
はっきりとお伝えしようと思いました。
それなのに、おかしそうに笑顔を見せられるのです。


「はっきりと言うね?」

「トルラキア語の会話に、まだ慣れていないからです」

「バロウズに婚約者が居るとか?
 決まった相手が居るのかな」


決まった相手ではなく、決めたお相手が。
私の心の中心に居るのは、優しい紫の瞳をしたあの御方だけなのです。


「私の片想いですけれど」

「もしかして、叔父上じゃないよね?」


とんでもない事を言い出されて、いい加減この方とお話するのにも疲れてきて。


「先生ではございません、失礼致します」

「……わかったわかった、君は結構短気だよね?
 真剣に怒ってるね」 

「誰に対しても、ではありません。
 どちらかと言えば、穏やか、と言われます」

「じゃあさ、俺に対してだけなんだ?
 そういうのもいいね」

「……」



……初めて会った日は、怖いひとだと思ったけれど、今は面倒なひとだと思い始めていました。
このひとと居ると、いつもより周囲から見られている気がしました。
それも、ご一緒したくない理由のひとつでした。
昼食も取れていませんでしたがお財布を持っていないし、奢ってほしいのかと思われるのも業腹ですし、このまま教室に戻ろうと思いました。

歩きだした私の後ろに、オルツォ様が続きます。


「叔父上に会わせてあげるよ」

「結構です」


リーエに会って教えて貰えなければ、父の名前で手紙を出す事にしましょう。
手紙さえ読んでいただけたら、先生はお時間を取ってくださる。


「バロウズの関係者はなかなか叔父上には会えないよ。
 強引にあの国へ行った事を、ご当主は本音では許していないから」

「……」

「ガチガチの純血主義者でね、叔父上がバロウズで女性と付き合って、連れて帰って来るのを心配してた。
 5年後ひとりで戻ってきたから、親族全員が安心した。
 そこにスローンの名前を使って、若い君がひとりで現れたら、叔父上の立場はまずくなるかも」

「……」

「叔父上はあまり出掛けないし、外出時に捕まえようとしても、護衛が付いてるしね。
 ミハンは馬車の中、君には気付かない」

要するに、ご自分の協力が無いと、先生に会うことは叶わないとその説明を、私を追いかけて話されているのです。
だからと言って、私にはオルツォ様の力をお借りしてまで、先生に会うという選択は、まだございませんでした。

オルツォ様は私にとって、この時点では信用出来ない御方だったからです。
もし、先生に会えたとしても。
このひとはその場に居て、私達の再会を面白そうにご覧になるでしょう。
私には先生にお尋ねしたいことがあり、その為に会いたいのです。
他の方には聞かせたくない話をしたいのです。

オルツォ様のご協力など要らない。


「これから、お花を摘みに行くのです。
 トルラキアでも、この言い方で合っていますか?」

さすがにオルツォ様も、それを聞いてそこまでになさいました。


それからは何度かお会いする度に、毎回『お花を摘みに』を繰り返したので、お声をかけて来られることは無くなりました。
今から思うと、少し態度は悪かったかなと思いますが、この頃の私にはオルツォ様こそが、目の前に立ちはだかるストロノーヴァの障害のように思えたのでした。


 ◇◇◇


ストロノーヴァ先生にお会い出来ないのなら、頼みの綱はリーエでした。
恋人と約束があっても、私が会いに行けばいつも優先してくれるので、毎回約束無しにホテルへ遊びに行っていました。

それで週末の朝食の席で、祖母にこれからリーエに会いに行く予定だと伝えました。
祖母はリンゼイさんに渡して欲しい物があったから、用意するまで待っていてと言うので、庭園でぼんやり待っていると、メイド頭が箱を2つ抱えてこちらへやって来ました。
それを見て『誕生日の……』と、思いました。

4月には私の誕生日があり、それに合わせてアシュフォード殿下から毎年プレゼントをいただいていたからです。
今年はリヨンからこちらに送ってくださったのです。


大きな箱には後側だけ裾の長くなったシンプルなブルーのワンピース。
小さな方には、今履いている物より1サイズ大きなダンスシューズが。
今年は紫色の小さなリボンが付いていて去年よりも踵が高くなり、ほぼ普通のヒールに近くなっていました。
そして、あの薄紫色のカードが。

『お誕生日おめでとう
 練習はダンスの教師とだけにするように
 裾捌きはおばあ様に教えて貰ってください』


私のデビュタントまで、毎年靴を贈る。
その約束を今年も守ってくださった。
本当に……殿下はお優しい御方だと、思いました。

……私の心のなかなど、知りもしないで。
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