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第5話
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約束の週末、スローン侯爵家にアシュフォード殿下がいらっしゃいました。
事前に伝えられていたご要望に合わせ、母は控えめに殿下をお迎えし、姉と兄は最初にご挨拶しただけで引き下がり、同席しようとはしませんでした。
庭には、殿下と私ふたりだけの茶席が設けられていて、初めて接待役を任された私は、朝から落ち着いていられませんでした。
父からの注意があったようにバックスと子犬達に大きなリボンは結ばれず、ごく自然な感じで
『第3王子殿下ご訪問』は、始まりました。
殿下の前に、私はバックスの5匹の子犬達を並べて見せました。
けれど、それは一瞬です。
子犬達は、それぞれが思い思いの方向へ直ぐに散ってしまうんですもの。
並べてお見せるのは無理だとわかりました。
殿下の護衛騎士様やアシュフォード殿下の手をお借りしながら、1号から捕まえて顔をお見せして、その子の説明をしていく事にしました。
バックスが産んだ5匹の子犬に、生まれた順から我が家では1~5号と名付けていました。
「1号はお兄ちゃんでしっかりしています」
「2号は少し要領がいい男の子、遅れてきても、ちゃんとおっぱいを貰っています」
「3号も男の子で、遠慮がちで直ぐに2号に場所を譲ってしまうんです」
「4号は……」
「5号は……」
バックスの妊娠中から子犬を欲しいと仰る沢山の方からの申し込みがありました。
ウチには女の子を1匹だけ残すと決めていて、他の子達も皆貰われていくだろうからと、敢えてウチでは名前を付けないように父が決めたのでした。
「抱かせて貰うだけ、と思っていたけれど。
やはり可愛いなぁ、連れて帰ったらダメだろうか?」
私が思っていた通り、殿下は子犬をご所望されました。
「そうですよね!この子達を抱いてしまったら、もう手離せないですよね!」
私がつい、前のめりで力説したので、殿下は笑っていらっしゃいました。
「殿下、どの子犬にするか、決まりましたか?」
「そうだね、どの子にしようかな?」
前々から申し出られていた他の方達には、大変申し訳無かったのですが、やはりアシュフォード殿下には、どの子がいいかの優先権がございます。
「そうだなぁ……私も3男だし、他人とは思えないから、3号を私の子にしようかな」
殿下は3号を壊れ物を扱うように優しく抱き上げました。
貰おうとか、連れていこう、ではなくて。
私の子にしよう、と言っていただけたのが嬉しくて。
「お前、ウチに来たら、遠慮なんかしなくていいからな」
何度も繰り返してしまうのですが。
私はまだ9歳で、10歳のご令嬢からも邪魔なチビ扱いをされてしまうような。
誰が見ても、紛れもなく子供でした。
それなのに、大切そうに抱かれた3号を見ていると何だかモヤモヤしてきたのです。
その初めてのモヤモヤが、1人前にも嫉妬なのだと自覚したのは、もう少し大人になってからでした。
◇◇◇
それは次のご訪問の時。
「疲れるからだよ」
私からの質問に、アシュフォード殿下がまず仰られたお返事は、この一言でした。
私は子供特有の遠慮の無さで、ずけずけと尋ねたのです。
『学園では、あまりお友達を作らないのですか?』
それから続けられたのが。
「あそこでは私個人よりも、肩書きが優先されるだろう?
学園では平等と言われているのに、誰も私を名前で呼ばない。
教師も上級生も、皆が私を殿下と呼ぶ。
兄上からは『お前は青い』と笑われたけれど。
男子生徒に親しげにされると、進路の為。
女子に近付かれると、何か父親から言われて、そうしているのかと、身構えてしまうんだ」
『王子という肩書きを、一番意識し過ぎている自分が嫌になる』
そう続けて仰ったのですが。
やはり、私には殿下の仰せになる事が、そこまで理解出来なくて。
「ごめんなさい、えーと、殿下は。
私も殿下と呼ばない方が、いいのですか?」
もし、そうなのだと言われたら。
名前で呼んでもいいの?
そう聞きたくて、口がムズムズしました。
「アグネスから殿下と呼ばれても、特に何とも思わないなぁ。
このまま殿下と呼んでくれてもいいよ」
アシュフォード様と、呼びたかったのに。
何だかおとなの女性みたいに。
ですから、殿下でいいよ、との返事にがっかりしました。
「次は城に招待するよ。
来月は私の誕生日があるんだ」
王城では来月、アシュフォード殿下の16歳のお誕生日のお祝い夜会が開かれるそうなのですが、デビュタント前の私は招待されません。
なので、それよりも前に小さなお祝いの席を設けてくださる、というのです。
「ふたりと言っても、付き添いでレディのお母上にも登城していただかなくてはいけないけどね」
いくら相手が子供の私でも、未婚の王子殿下が異性とふたりきりで食事を摂る事は避けないといけないらしいのです。
「後日、君だけの特別な招待状を届けさせますので、お祝いしていただけますか?」
「喜んで、お受け致します」
私は拙いカーテシーもどきを、殿下に披露しました。
それを見た殿下もとても……
とても、楽しそうに笑っていて……
事前に伝えられていたご要望に合わせ、母は控えめに殿下をお迎えし、姉と兄は最初にご挨拶しただけで引き下がり、同席しようとはしませんでした。
庭には、殿下と私ふたりだけの茶席が設けられていて、初めて接待役を任された私は、朝から落ち着いていられませんでした。
父からの注意があったようにバックスと子犬達に大きなリボンは結ばれず、ごく自然な感じで
『第3王子殿下ご訪問』は、始まりました。
殿下の前に、私はバックスの5匹の子犬達を並べて見せました。
けれど、それは一瞬です。
子犬達は、それぞれが思い思いの方向へ直ぐに散ってしまうんですもの。
並べてお見せるのは無理だとわかりました。
殿下の護衛騎士様やアシュフォード殿下の手をお借りしながら、1号から捕まえて顔をお見せして、その子の説明をしていく事にしました。
バックスが産んだ5匹の子犬に、生まれた順から我が家では1~5号と名付けていました。
「1号はお兄ちゃんでしっかりしています」
「2号は少し要領がいい男の子、遅れてきても、ちゃんとおっぱいを貰っています」
「3号も男の子で、遠慮がちで直ぐに2号に場所を譲ってしまうんです」
「4号は……」
「5号は……」
バックスの妊娠中から子犬を欲しいと仰る沢山の方からの申し込みがありました。
ウチには女の子を1匹だけ残すと決めていて、他の子達も皆貰われていくだろうからと、敢えてウチでは名前を付けないように父が決めたのでした。
「抱かせて貰うだけ、と思っていたけれど。
やはり可愛いなぁ、連れて帰ったらダメだろうか?」
私が思っていた通り、殿下は子犬をご所望されました。
「そうですよね!この子達を抱いてしまったら、もう手離せないですよね!」
私がつい、前のめりで力説したので、殿下は笑っていらっしゃいました。
「殿下、どの子犬にするか、決まりましたか?」
「そうだね、どの子にしようかな?」
前々から申し出られていた他の方達には、大変申し訳無かったのですが、やはりアシュフォード殿下には、どの子がいいかの優先権がございます。
「そうだなぁ……私も3男だし、他人とは思えないから、3号を私の子にしようかな」
殿下は3号を壊れ物を扱うように優しく抱き上げました。
貰おうとか、連れていこう、ではなくて。
私の子にしよう、と言っていただけたのが嬉しくて。
「お前、ウチに来たら、遠慮なんかしなくていいからな」
何度も繰り返してしまうのですが。
私はまだ9歳で、10歳のご令嬢からも邪魔なチビ扱いをされてしまうような。
誰が見ても、紛れもなく子供でした。
それなのに、大切そうに抱かれた3号を見ていると何だかモヤモヤしてきたのです。
その初めてのモヤモヤが、1人前にも嫉妬なのだと自覚したのは、もう少し大人になってからでした。
◇◇◇
それは次のご訪問の時。
「疲れるからだよ」
私からの質問に、アシュフォード殿下がまず仰られたお返事は、この一言でした。
私は子供特有の遠慮の無さで、ずけずけと尋ねたのです。
『学園では、あまりお友達を作らないのですか?』
それから続けられたのが。
「あそこでは私個人よりも、肩書きが優先されるだろう?
学園では平等と言われているのに、誰も私を名前で呼ばない。
教師も上級生も、皆が私を殿下と呼ぶ。
兄上からは『お前は青い』と笑われたけれど。
男子生徒に親しげにされると、進路の為。
女子に近付かれると、何か父親から言われて、そうしているのかと、身構えてしまうんだ」
『王子という肩書きを、一番意識し過ぎている自分が嫌になる』
そう続けて仰ったのですが。
やはり、私には殿下の仰せになる事が、そこまで理解出来なくて。
「ごめんなさい、えーと、殿下は。
私も殿下と呼ばない方が、いいのですか?」
もし、そうなのだと言われたら。
名前で呼んでもいいの?
そう聞きたくて、口がムズムズしました。
「アグネスから殿下と呼ばれても、特に何とも思わないなぁ。
このまま殿下と呼んでくれてもいいよ」
アシュフォード様と、呼びたかったのに。
何だかおとなの女性みたいに。
ですから、殿下でいいよ、との返事にがっかりしました。
「次は城に招待するよ。
来月は私の誕生日があるんだ」
王城では来月、アシュフォード殿下の16歳のお誕生日のお祝い夜会が開かれるそうなのですが、デビュタント前の私は招待されません。
なので、それよりも前に小さなお祝いの席を設けてくださる、というのです。
「ふたりと言っても、付き添いでレディのお母上にも登城していただかなくてはいけないけどね」
いくら相手が子供の私でも、未婚の王子殿下が異性とふたりきりで食事を摂る事は避けないといけないらしいのです。
「後日、君だけの特別な招待状を届けさせますので、お祝いしていただけますか?」
「喜んで、お受け致します」
私は拙いカーテシーもどきを、殿下に披露しました。
それを見た殿下もとても……
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