フィクションですか?いえ、ノンフィクションです。

みーくん

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その種を握り潰す

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――――朝 目覚めたら そこは異世界でした



 そんな漫画の題名がふと頭に浮かんだ。


 昨日は空の家に泊まってソファで寝たはずなのに、目が覚めるとふかふかの布団の中に・・・しかも目の前にはイケメンの顔が・・・。これ絶対に異世界だと思うだろ。寝顔がイケメンってどんだけだよ!!


・・・あっ。イケメン様のお目覚めです。


「おはよう。愛斗起きたの?」

「お、おはよう。空って寝顔もイケメンだな。」

「ぷっ。愛斗は寝顔も可愛かったよ。」


 ぐむむ。どうしてベッドに寝ているのかという疑問が吹っ飛んで行った。いくら俺が年下だからって一つしか違わないんだからな!!

 昨日から異世界気分を味わっていたものの、現実に戻れば今日からまた連載の締切に追われる日々が始まるのだ。


「空、泊めてくれてありがとう。俺、仕事があるから帰るね。」

「愛斗って大学生じゃないの?ここには家族と住んでるんじゃないの?」

「ん・・・・両親はもういない。ここには一人で住んでるんだ。因みに大学生でもない。」

「仕事・・・何してるの?」

「・・・フリー・・・。」


 内心ドキドキしながらも曖昧に答えた。大きな嘘はついていない。

 一人で住んでる事にとても驚いていたけれど、一人暮らしにはもう慣れているんだぞ。

 空の事も気にはなったが、これ以上仕事の話を続けると墓穴を掘りそうなので適当に流すことにする!おそらく空は若い起業家なんだと思う。大学に行っている感じもない。学生ではなく働く男って感じだ。IT関係かな?本棚にそれらしき本があったのを見た。でも、この歳でこのマンションに住めるくらい稼いでいるのは凄いと思う。成功してるんだな。


 帰る前にメッセージアプリのIDを交換した。


 それからというもの、空は頻繁にメッセージを送ってきたり、可愛いスタンプを送ってくれるようになった。『ご飯は食べた?』『おはよう。今日は天気が良いね。』『また愛斗と話したい。』『早く愛斗に会いたい。』とかそんな他愛もない事。でも俺も凄く楽しくて、会いたいとか言われたら心臓が飛び出るほど嬉しくてドキドキしてしまう。


 ある日、空からメッセージが届いた。


『愛斗。今日の夜暇?うちにご飯食べにおいでよ。』


!!!!!!!!

 行く!行く行く!!!行きたい!!!!・・・あっ待てよ。今日の作業は何処まで進んでる?短編集のネームはもうすぐ完成するか。田中さんの作業も順調だし大丈夫かな。


「蒼先生。どうしたんですか?急にソワソワして。」


 話しかけてきたのは唯一のアシスタントの田中さんだ。田中さんは45歳の女性で3人の男の子のお母さん。子供たちも大きくなりアシスタントのパートをしてくれている。松永さんからの紹介で、母親程歳の離れた田中さんと一緒に上手くやっていけるか不安もあったが、とても穏やかで作業も丁寧だ。母を亡くした俺にとっては心を許せる相手になった。


「ん?今日の夜さ、友達にご飯食べに来ないかって誘われた!」

「あら、本当に友達ですか?先生のイ・イ・ヒ・トじゃないの??」

「えっ!ち、ちがうよ。男友達だよ!」

「ふふふ。携帯電話を見ている先生の顔が恋する乙女の顔だったから、てっきり彼氏かと思いましたよ。ふふふっ。」


 こっ恋する乙女っ!!!なんじゃそりゃ!!!どんな顔だよ。

 しかし、確かに田中さんのいう事も一理あるのだ。あの初対面の日から空の事を考えるとポワンとした気分になるし、メッセージアプリのピロンッという通知音が鳴るだけでドキッとして誰からかを直ぐに確認してしまうのだ。

 これは恋なのだろうか・・・教えて田中さん。

  田中さんは知っている。俺の性的マイノリティを。

 それでも、気にせずアシスタントとしても人生の先輩としても俺を助けてくれる。


 正直に言うと空の事はイイなとは思っている。でも、好きになるほど相手の事を知らないし、おそらく彼はノーマルな人間だろう。気になる人ができた時も好きな人が出来た時も、愛斗の心に入り込むのはいつもノーマルな人間。そもそもゲイがホイホイと身近に何人もいる訳がないのだから。

 ゲイがノンケに恋をして両想いになりました!なんて漫画や小説の世界だけ。現実はそう甘くない。分かってるよちゃんと。

 空とは気が合うし肩の力を抜いて付き合える貴重な存在。友達として失いたくない。好きになったら苦しい思いをするだろう。そうすれば傍にはいられなくなり関係も終わってしまう。もし、万が一にでも付き合えたとしても男同士の恋愛は本当に難しいから結局は別れが訪れ関係が終わると思う。その点『友情』は余程の事が無い限り失われない。


 という事で、あやうく芽が出そうだった恋の種をバキッと握り潰し、友情の芽の方を大切にしようと思う。


 そう決意して一分でも早く仕事が終わるように、過去一番の集中力で作業を進めた。

 約束の時間は十九時。

 現在十八時。

 めちゃくちゃ早く終わった。ギリギリになるのを覚悟していた作業は、稀にみる集中力で予定より早く終わった。田中さんは仕事が早く終わったから旦那さんとデートに行くらしい。子ども達が巣立ってからも仲のいい夫婦っていいよね。両親も凄く仲が良かった。

 仕事も終わり空に電話をして行きつけのスーパーに向かった。飲み物だけ頼まれたという事は、どうやら夕飯は準備してくれているらしい。空は料理が好きなのかな。初めて会った時のパスタも美味かった。

 ウキウキした気分でマンションへ帰っていると、お馴染み担当者の松永さんから着信があった。締切間近でもないのに珍しい。


「もしもし?仕事も終わって愛斗に戻った蒼ですが。どーしたの松永さん。」

『あっ愛斗君?ごめんごめん!プライベートな時間に。今ちょっと時間大丈夫かな?』

「はい。いいですよ。」

『ちょっと・・・落ち着いて聞いてね。あの!マジで落ち着いて!!』

「いや。俺は落ち着いてるよ。で、どーしたんですか?」


 俺は充分落ち着いてる。一体どうしたんだ???


『蒼の漫画の・・・実写映画化が決まった!!!!』


 ・・・・は?


「えっ?俺、何も聞いてないよ?そういうのって初めに俺の許可とかいらないの??」

『許可はいるよ!でも愛斗君・・・いや、蒼先生は断らないだろ?』


 松永さんは俺が絶対に断らないと信じて疑わない。まぁ、断らないけど。


「でも、どの作品なの?」

『ああ、ごめん。それ言い忘れてた!《それを人は恋という》だよ。」


 その作品は代表的な恋愛漫画で半年前に連載を終えた作品だ。高校生がじれったい両片思いを拗らせながらも、最終的にはハッピーエンドを迎えるという何ともベタベタなストーリーだが、それが中高生にガッツリとハマったらしく単行本の売上は凄まじい勢いだと編集長に感謝されたのを覚えている。


『しかもね蒼先生。主演の二人は、今一番人気の井上真奈美いのうえまなみちゃんと若手俳優一のイケメンかい君だよ!!』

「んーーー。分からない。」

『そっか。愛斗君はテレビ観ないんだったね。』

「観ないんじゃなくて、観る時間がないんですよ。」

『まあいいや。詳細はまた後日で!今日はゆっくり休んでね。』


 あーーー。実写映画化かぁぁぁぁ。嬉しいような恥ずかしいような何とも言えない気分だな。でももちろん少し浮かれてしまう程度には嬉しい。自分の作品が認められるのは嬉しい。

 こんな時に嬉しさを共有できる人が居ればもっといいのになと思った。

 
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