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第9話 ノーアポ訪問お断り
しおりを挟む休日。長閑な午後3時。
俺は玄関ドアの前で頭を抱え、うずくまっていた。
俺の人生の登場人物、なんで揃いも揃ってロクでもない奴らばっかりなんだろう。まともな奴が一人もいない。
こっそり、覗き穴を覗き込む。
2mはあるだろうか。もはや胸板が厚すぎて壁みたいになっている大男がドアのむこうでズーンと仁王立ちし、こちらを睨みつけている。
無理だろ。無理無理。あれに喧嘩を売るのは無理。一発もらっただけで俺の頭ぺちゃんこになっちゃうって。入院する時間も金もないんだぞこっちは。
「あ~~、まじで鬱陶しいよ~」
――せっかくの休日がどうしてこんなことになってしまったのか。そして扉の外のあの大男は誰なのか。
ことの始まりは今から数十分前に遡る。
月曜日の昼過ぎ。
俺はソファーの上にちょこんと正座をして、オセロ盤と顔を突き合わせていた。
休日の午後を一人オセロで潰す男。……いや、別にいいと思うけど、俺は別にそんなストイックな休日を過ごそうとしているわけではない。
そもそも一人暮らしで仕事詰め、家に招く友達もいない俺がオセロなんて持っているわけがないのだ。これは送られてきたものである。誰からってもちろんストーカーさんから。
ポピン。
『a1』
「……あ、角取られた」
この人、オセロまで強くね?
俺が買い出しから帰ってきたある日『ボードゲーム好きかなと思って』とかいうメッセージと共に、このオセロ盤がやってきた。
夕暮れの中、扉の前のオセロ盤としばらく見つめあった俺は、無言で両手に持っていたビニール袋を抱え直し、素直にソイツを部屋の中へと招き入れた。
なんで俺がボードゲーム好きなこと、知ってるんだ。
そんなことをあの人相手に今更尋ねるのは、野暮ってものである。
『シーナのことならなんでも知ってるよ』という彼(彼女?)の言葉通り、俺に関することなら本当に何もかも知っているんだからあの人。
たしかに俺は中学の頃、ボードゲーム部に所属していたのだ。
別にボードゲームが特別好きだったから入ったわけじゃなくて、俺の通っていた中学が、必ず何かしらの部活に参加しなくちゃならない面倒なタイプの学校だったからである。
ちょっぴりヤンチャな中学生だった俺は、幽霊部員でも許されるボードゲーム部に一応籍だけ置いて、時々気が向いた時に、メガネをかけた秀才っぽいボードゲームオタクたちと一戦交わしてはボロ負けをする。そんな男臭い青春を送っていたのだ。
『h1』
「あ、」
誰かとこんなふうに遊ぶのって久しぶりだ。スマホ越しだけど。
ストーカーさんとするボードゲームのおかげで寝てばかりだった休日がすっかり充実してしまっている。
オセロの前は将棋、その前はなんか海外の洒落たボードゲーム。そのまえは囲碁。今のところ俺の全敗。頭まで良いとかまじでこの人何者だよ。
『そういえばシーナ、この間ナンパされてたでしょ。それも結構しつこく。手も握られてた』
ギク。やっぱりバレてたか。
不自然に固まった動きが、きっとこの部屋のどこかに仕掛けられているカメラにばっちり映っていたんだろう。
すかさず次のメッセージが届く。
『呼んでよ。俺の出番じゃん』
そんな言葉に続くハサミとナスのポップな絵文字。
……絵文字でこんなに怖いことってある?
《ナンパ男とストーカー男が店で喧嘩し始めたら店長泣いちゃうから》
そう答えをぼかしながらゲームを進めて、なんとか話を逸らすことに成功する。ホスト男のホスト男が無事なことを祈るばかりである。
『a6。今日も俺の勝ち』
『これじゃ、ヒントはあげられないな』というメッセージを見て、俺は仰向けにゴロンと倒れ込んだ。
そう、このオセロ、ただのオセロゲームじゃない。ストーカーさんとの賭けオセロだったのだ。
俺が勝てればこの人が何をしている人か、ヒントを一つくれる。
向こうには何の得もない賭けをやけにすんなり受け入れた理由が今ならわかる。そりゃあこれだけ強かったら、賭けの条件がなんだって構わないに決まってる。
なんだか全部、相手の掌の上って感じがして気に食わない。
《……しょっちゅう俺とメッセージのやり取りしてるから、会社員じゃないな。自営業か在宅の仕事でしょ》
『ド、ドキッ!』
なんとか一矢報いたくて口に出した大したことない推理にあんまりいいリアクションが返ってきたものだから、つい口角が緩んだ。
当たってるってことだろう。わざわざ俺に分かるように「ドキッ」って文字にして打ってくれたんだ。笑える。ありがとう。
《もしかして、探偵とか?》
一番それっぽいのは探偵だろう。
時々尾行されてるらしいけど全然気づかないし。盗聴器とかの技術が謎にあるし。頭もいいし。
そんな知識、探偵業くらいしかまともな使い処が思い浮かばない。
変にハイスペックなんだよなこの人。
『残念、ハズレ』
「うーーん」
流石にこんな当てずっぽうじゃダメか。
そもそもこの人の情報、何にも知らないしな。俺のことは全部知られてるみたいなのに。なんかそれって不公平じゃないか?
――そんなことを考えながら呑気に天井を見上げていた、その時だ。
ドンドンドン!!という、けたたましい音がして、完全に気を抜いていた俺はソファーから飛び上がった。
「シーナ! シーナ! いるんやろー!!」
ドンドンドン!
玄関扉を叩きながら(多分ほとんど殴ってる)そう叫ぶ男の声。
「シーナ!」
おいおい、なんだなんだ。
突然のことに早鐘を打ち始めた心臓を抑えて、俺は咄嗟にスマホを布団の中に隠した。ストーカーさんからメッセージがきても、外の連中に通知音が聞こえないようにだ。
それから慎重に立ち上がって、こっそり玄関に近づいた。
「おい! メーター回ってんの見えてるで!!」
ドンドンドン!!!
玄関扉を叩く音がだんだんと大きくなる。
ドアスコープを覗くのはまずい。
こういう時のため塞がずに取っておいたキッチンの横にある小さな穴の前に向かう。こういうことがあるから古いアパートも捨てたもんじゃない。仮り詰めしていた紙を取り出して、こっそり外を覗き込む。
「シーナ! 頼むから出てこいって!!」
外にいたのはスキンヘッドの強面と、クラブのセキュリティみたいな大男。見知った顔、金融会社の連中だ。
「…………」
俺はそっと紙を元に戻し、ゆっくりと床にしゃがんだ。
一体何しにきたんだアイツら。今月分はちゃんと払った。何年もかけて借金の大半を返済して、残額もほとんど残っていない。
「シーナぁ、いるんやろ? 頼みがあるんよ。俺ら長い付き合いやんかぁ、出てきてくれやぁ!」
「…………今月分は払ったけど」
「シーナぁぁん!!!!」
扉越しに声を返すと、酒焼けた男の声が媚びるように高くなった。気持ち悪いからやめてほしい。
「それがな、今月のシノ……仕事がな、全然うまくいってないんやわ。お前がさ、残りの金サッと払ってくれたら、俺らめっちゃ助かるんよ。お前なら稼ごうと思えば稼げるやろ? 頼むわ、な? な?」
「………俺の払った金はどうしたんだよ」
扉に背中を預けたままつい返事する。
「パチでスった」
……なんて?
「いけると思ってん。上の偉ーい人がな、最近関西から帰ってきてな、たーくさん稼いで目かけてもらいたくてな」
それで、パチンコに行って、全額スったと??
「………後ろの人は何やってたの」
「こいつは競馬でスった」
……アホしかいないのかここには。
くらっと眩暈がして頭を抱えた。なんで仕事で集めた金をギャンブルで増やそうなんてクソみたいな考え実行しちゃうんだよ。金が足りないなら今行くべきところは俺のところじゃないだろ。
「……他所の会社にでも借りなよ。俺関係ないし、知らね」
俯いたまま呻くと、ガン!と突然扉が蹴られて、扉にもたれていた体が前に倒れた。ペタ、と床に手をついて信じられない気持ちで振り返る。……は? 今俺蹴られるようなこと言った?
「……お前さあ、せっかく綺麗な顔してるんやから風俗でさっさと稼いで、さっさと完済しろや!」
白々しい猫撫で声が、耳障りな怒声に一瞬で切り替わる。
ストーカーさん見ていますか、これがクズ男の必殺技、"自分の行動を棚に上げた逆ギレ"です。
「何をカマトトぶってチンタラしとんねん!金持ちのおっさん10人くらい適当に相手すれば簡単にもらえる額やろが!俺ら馬鹿にするんも大概にせえよ!」
足が折れないだろうかってくらいの力で、扉が蹴り付けられる。扉に預けた背中が衝撃の度大きく跳ねた。
今日ばっかりはこの薄いドアが憎い。あとあのバカでアホのクソ男も憎い。
走って包丁でも取りに行った方がいいだろうか。蛍光灯を見上げながらぼんやり考えた。あんな大男に殴られて死ぬよりは刑務所に入る方がマシな気がする。あ、でも刑期中の利子が……。
扉もいよいよ壊れるなってぐらいにガタつき出して、俺が殺人を犯す覚悟を決めかけていた時。
それまでずっと鳴り響いていた音や怒鳴り声がピタリと止んだ。
「……ん?」
え、何?
突然の静寂があまりに不穏すぎて、扉から後ずさるように離れる。
「え…? どした……?」
誰か助けてくれ。
まじでさっきから何が起こってんの。
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