白馬の王子様を探していたら現れたハイスペストーカー男に尽くされてる

チャトラン

文字の大きさ
9 / 35

第8話 誰がダメ男ホイホイだ

しおりを挟む


「……で、どんなストーカー?」

カウンターに肘をついてそう尋ねる店長の目は、普段のヘラヘラふにゃふにゃした性格が嘘みたいに真剣だった。
仕事中につい漏らした言葉を今まで気にしてくれていたらしい。
時々、俺に寄ってくる奴の中に笑えないヤバいタイプの人間がいることを、付き合いの長い店長は知ってくれているからだろう。店を巻き込んだこともあるし。……その節は大変ご迷惑をお掛けしました。なんでこの人俺のことまだ雇ってくれてるんだろうね。

「いや、それがちょっと珍しいタイプのストーカーでですね……」

こうして心配をかけるんだから、黙ったままでいればよかったのに。出勤前「変な客に絡まれたら俺に教えてね」と言われたそばから、厄介なナンパをされたものだからつい口に出してしまった。
こうなってしまっては、変に隠す方が迷惑になるだろう。

そう思って後ろポケットからゴソゴソスマホを取り出した俺は、ストーカー男とのやりとりを見せながら、店長に今までの経緯を説明した。
最初はキリッとした顔でウンウン話を聞いてくれていた店長が、「え、やだあ、怖すぎ……」と口を覆い次第に青ざめていく。
あれ。何これ!とか言って笑うと思ってたんだけどな。クズ男と関わりすぎて感覚が変になってるのかもしれない。比較的一般的な感性を持っているはずの店長がこんなに怯えてるってことは、もしかしてこれ、ちょっとヤバいんだろうか。

「そんなにヤバいですかね」

「ヤバイわ。これは確実にヤバい」

ヤバいのゲシュタルト崩壊。俺と付き合いが長いせいで、最近少しずつトラブル耐性がつきつつある店長が(ごめん)青ざめた顔でスマホを見つめながらブンブン頷いた。え、そんなに?

「……そいつになんかされた?」

なんか?

「なんかとは?」

「その、なんか嫌なこと」

シーナの様子を見るに今のところはされてないんかな、とは思うんやけど。あ、いや。シーナの意見はあんまり当てにならんか。と、店長が付け加える。

……当てにならない。そうなのかもしれない。

女ができたからと家を放り出されたり(ちなみに俺の家)、こっそりベランダで怪しげな草を栽培されててガサ入れが入ったり。
そんなことがあった日でも何食わぬ顔で「お疲れ様です」と出勤したら、やや引き気味な店長から「いや、流石に休みな?ね?有給にするから」と家に送り返されたことが、多分もう4、5回はある気がする。……何回も言うけど、なんでこの人俺をクビにしてないんだろう。

「シーナはその辺ぶっ壊れてるからな。一般的な物差しで考えて?」

「……一般的な物差しで」

一般的な嫌なことってなんだろう。日用品とか食品とか差し入れられるのは一般的にも嫌なことじゃないよな。
頭上の薄暗いライトを見上げながら、俺はここ数週間を鮮明に思い出そうと頭を捻った。いや、色々あったんだよ、本当。
蛍光灯を替えておいてくれたことと、シャンプーを買ってきてくれたこと。あと、歯磨き粉もそろそろ絞り出すのは限界だなと思ってたらいつのまにか新しいのに替えられてたこと(それもちゃんと俺の嫌いなミントの味がしないやつに)。
男の一人暮らしに似合わないスキンケアセットのおかげで、最近肌艶が良くなってきたこと。
食生活がまともになったおかげで立ち上がるたびに眩暈がしなくなったこと。

「え、待って。シーナが最近、イケメンっぷりに磨きかけてんのそのストーカー男のせいなん?」

「体の調子は前より良いですね」
 
「"体の調子は前より良いですね"じゃないわ。ストーカーに貰ったもの素直に使う奴があるか」

「俺はてっきりシーナにも春が来たんだとばかり」と、頭を抱える店長を横目にまた思考へ戻る。

毎日「いってらっしゃい」と「おかえり」が送られてくるのも嫌じゃない。
それから「おはよう」と「おやすみ」、「仕事お疲れさま」も。

仕事が特別忙しくてフラフラで帰った金曜日には、『シーナの好きなチョコケーキ買ってあるよ』なんてメッセージが届いていた。
一人暮らし用の小さな冷蔵庫(薄~い麦茶しか入ってない)を開けて覗き込むと、真ん中でポツンと照らされているお洒落なケーキ屋の箱。中身は俺の大好きなチョコケーキだった。それもちょっとほろ苦くて、ブランデーがたっぷり効いたやつ。
これが好きだって誰かに言ったことあったっけ。俺はそう首を傾げながら、ワンルームの小さな部屋で、一人おいしくケーキをいただいた。
人からケーキを買ってもらうなんて、本当に小さい頃以来だ。これも嫌なことじゃない。

……うん。なにもされてないな。
むしろ俺、ストーカーさんにお中元とか送った方がいいのかもしれない。
俺がウンウン唸って首を傾げていると、店長が「何かなくなった物とかは?」と、助け舟を出してくれる。

「……あ、」

「やっぱり! なんや、下着か、歯ブラシか!」

キッ!と細い眉を吊り上げた店長が身を乗り出す。

「光熱費の請求書が無くなってました」

「せ、せいきゅうしょ?」

「請求書」

ふにゃふにゃと店長の眉が下がる。

「ニュータイプすぎる……請求書盗って何に使うん……」

たしかに、光熱費の請求書を盗っていくストーカーって新しいなって俺も思った。

「『推しの生活を直接支えてる実感があって興奮する』だそうです」

「キッショ」

「鳥肌立ったわ」と店長が腕を摩る。
ストーカーさんにこれを聞いた時、なるほど、お互いwin-winでいいな、と思った俺は粟立った店長の腕からソッと目を逸らした。

……そうか。これはキモがらなくちゃならないところなのか。
下着とか持っていかれるのは困るけどさ。光熱費払ってくれる分には、なんの損もないし。こっちも助かる、向こうもよく分かんないけどなんか喜んでる。ならいいじゃん。って思ってたんだけど。
……あれ、だめなのか。

「てかシーナ普通にメッセージのやり取りしてしまってるやん。ストーカーとメル友になる被害者とか聞いたことないで」

「特に実害もないし、いいかなって。あとなんか俺がメッセージ送るだけですごい喜ぶし。ケーキ買ってくれるし」

「弄んでるやんストーカーを。やばい奴に慣れ過ぎやねん。もうちょっと危機感持って」

正論に次ぐ正論。ぐうの音も出ないとはこのことである。
確かに、ちょっと冷静になって考えたらストーカーと呑気に朝の挨拶してるのってかなりおかしいのかもしれない。

「……それで、そのストーカーどうする気なん?」

――どうしましょうかね。
ヘラッと笑った俺に、店長のおもた~いため息が落とされる。
危機感が足りてない自覚はあるんだけど。あまりにも存在が助かりすぎて。

「……とりあえず様子見??」

ポピン。

その時、俺の返答を見計らったみたいなタイミングで聞き慣れた通知音が開店前の薄暗い店内に響いた。
バーにいる時にメッセージが届いたのは初めてだ。
バッとはじかれたように自分のスマホを見下ろす。俺のスマホの画面は暗いまま。……あれ。じゃあ、今の俺のじゃないのか。

顔を上げると、スマホの画面を見下しながら真っ青になった顔を引き攣らせている店長がいた。
何か悪い知らせでも届いたんだろうか。

「え、嘘やろ。アイツなにしとん……。うわ……まじ……?」という呟きを聞くに、相手は店長の知り合いらしい。

深爪気味に整えられた指が、ポチポチと文字を打つ。
店長の友達、何しでかしたんだろう。

「……大丈夫ですか?」

そう聞くと、「ハハハ」と空笑いをしながら店長が顔を上げた。うわ、顔色悪。

「……シーナさ、いつも言っとるけど、もしやばいことになったらすぐ俺に言ってな。本当に。マジで」

話題が突然戻ったらしい。ちょっと呆気に取られながらこくんと頷く。

「はい。ありがとうございます。今のところ大丈夫そうですけど」

「シーナはなあ、いつもそう言って大丈夫じゃないんよなあ……」

「はは、まあ、なんやかんやあっても五体満足で元気に生きてるんで」

「……とりあえず、"大丈夫"のラインの擦り合わせからしとこうか、俺ら」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。 平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。

俺がイケメン皇子に溺愛されるまでの物語 ~ただし勘違い中~

空兎
BL
大国の第一皇子と結婚する予定だった姉ちゃんが失踪したせいで俺が身代わりに嫁ぐ羽目になった。ええええっ、俺自国でハーレム作るつもりだったのに何でこんな目に!?しかもなんかよくわからんが皇子にめっちゃ嫌われているんですけど!?このままだと自国の存続が危なそうなので仕方なしにチートスキル使いながらラザール帝国で自分の有用性アピールして人間関係を築いているんだけどその度に皇子が不機嫌になります。なにこれめんどい。

処理中です...