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第12話 振り回す人、振り回される人
しおりを挟むほんの数日前、"自分を長年ストーキングしているらしい男におバカなチンピラの襲撃から助けてもらう"なんて珍事件に巻き込まれていたとしても、俺は今日も今日とていつも通り仕事に向かう。
そう、例えその"長年俺をストーキングしている男"が、どうもカタギじゃないらしいと知ってしまった後であろうと同じこと。
なんたって、日々借金に追われている貧乏人なので。
「いってきまーす」
『いってらっしゃいシーナ。今日も仕事頑張ろうね』
……お仕事、お仕事か。ヤクザのお仕事って何だろうな。つい遠い目になる。いや、そんなこと知っちゃったら、色々大変なことになるんだろうけど。
衝撃の事実を知ったあと俺がしたことといえば、"とりあえずあんまり深く聞かないことにしよう"。そう心に決めることだった。自分で言うのもなんだけど、ものぐさな俺らしい選択である。
まあほら、冗談の可能性もあるし。
あとから『ああ、あれ?ジョークジョーク。シーナがあんまり突拍子もないこと言うから、ちょっとノっただけだよ』なんて、あの人なら言いかねないし。
ヤクザだということが本当だとしても、俺にできること何にもないし。あったとしてもするつもりがないし。
知らなかった頃と状況は何も変わっていないわけだし。
誰も聞いていない言い訳をツラツラと並べ立てながら、いつも通り財布と鍵だけ持って家を出た。
今日の天気はあいにくの雨。雨の日って嫌いだ。
ドアを閉めて、ポケットから慣れない鍵を取り出して、重厚な扉の高級そうな鍵穴に突き差す。……そう、あのチンピラのキックでは到底壊れそうにない、ズシンと重たい扉。
寝ている間に玄関扉が取り替えられていた、なんて店長が知ったら卒倒するに違いない。秘密にしておこう。
寝ぼけ眼で扉を見た俺が一番最初に思ったことが「鍵ないの仕事行く時困るな」だったなんてことももちろん言えない。間違いなく、危機感が足りないって怒られる。
新しい鍵はポストの中であっさり見つかった。キーチェーンには謎のキャラクターがぶら下がっている。俺が無くしものが多いだらしない人間だっていうことも、ストーカーさんにはバレているらしい。
ピカッと、黒い毛むくじゃらの中から覗く目玉が青く輝く。
独特なセンス。でも確かにストーカーさんって、こういう訳のわからないもの好きそうなイメージあるわ。
ふわふわした手触りのそいつを指先で転がしながら、アパートの階段を降りた。
《ストーカーさん、今、連絡しても大丈夫?》
俺がストーカーさんにそんなメッセージを送ったのは次の日。仕事から帰って来てすぐ後のことだった。
ポピン
『どした?』
ポピン
『何かあったの?』
ポピン
『今どこ?』
ポピン
『家か。すぐ向かうちょっと待ってて』
夜勤明けの眠気で欠伸をしている間に、一気に通知が溜まる。
この人、文字打つの早いんだよなあ。
《待って。早まらないで。俺、元気だし、本当に安全》
誰かさんの勝手に取り付けた分厚いドアのせいで。
国宝でも守ってるんですか、って感じのドアだもん。中にいるのは冴えないフリーターなのに。
《驚いた? ごめん。大した用じゃないのに突然連絡して》
ポピン
『……大した用もないのにシーナが俺に連絡くれたってこと? 記念日じゃん。七月四日ね。毎年花火あげてお祝いしよ』
《やめて》
すかさず止める。
ストーカーさんが言うとシャレにならないんだよ。
『それで、どうかしたなにか困りごと? 俺に全部任せて。シーナのためなら例え火の中、水の中、銃弾の中』
ヤクザジョーク。そう、ジョークだ。そっと目を逸らす。
時々言うこと怖いんだよな、この人。……やることも大概怖いか。あれ、じゃあ俺なんでそんな人と呑気にメッセージのやり取りしてるんだっけ。だめだ、ストーカーさんウイルスに汚染されて正常な判断ができなくなっている気がする。正気を保たなくては。
《待って。追いつかないから。一回止まって》
まだ用件何も言えてない。
『はい』
連投されていたメッセージがピタリと止まる。えらい。従順なタイプのストーカー。
《ありがと。あのさ、全然大したことない用事なんだけど、今時間ちょっとだけ貰えたりする?》
『シーナの用事が俺にとって大したことないとかない。何でもするから何でも言って』
《うん、あのさ、ストーカーさんの好きな食べ物って何?》
『……、ん?』
あ、ストーカーさんがあっけに取られてる。珍しい。いつも俺が振り回される側なのに。
《いや、その前に。ストーカーさんって人の作った料理大丈夫な人? 苦手だったら全然言ってもらって良いんだけど》
――そう、料理。料理である。
今までストーカーさんに色々助けてもらって。この間はあんな暴力沙汰に巻き込んで。小さい傷とはいえ怪我までさせて。
日々、冷たいだの心がないだの散々言われる俺でもさすがに申し訳なくなったというか。ちょっとそろそろ、何かお礼させてもらわないとソワソワむずむずするフェーズに入ったというか。
それで俺のできるお礼って何かなって必死に考えた結果が、料理。
わかる。笑えるよな。お礼が手作り料理? 母の日の小学生なの? いい大人の言うことじゃないだろ。
自分でもそう思ったけど、なんせ俺は貧乏なフリーターボーイ。
運転手付き高級車を乗り回している人が喜ぶような物、俺に買えるはずがない。じゃあ、とりあえず気持ちだけでも受け取ってもらうしかないよね。
《あれ、メッセージ見てる? 好きな食べ物は? 人の手料理ってあり? 和食派? 洋食派?》
『……和食、強いて言うなら』
《あ、そうなんだ、意外》
和食の方が得意だし助かるわ。そこそこなもの作れる。
母さんがカップラーメンも作れないような人だったから、子供の頃から料理は俺の担当だった。人に振る舞っても恥ずかしくない程度のものは作れる。はず。
《アレルギーとかは?》
『なんでも食べます』
《えらいね。俺は魚卵系ぜんぶ苦手》
『うん、知ってる』
それに話に聞くストーカーさんの食生活、昔の俺に負けず劣らず終わってるし。『俺が作るとカップ焼きそばさえ不味くなるから。もはやデバフがかけられてるとしか思えないんだよね』とボヤいているのも聞いてるし。外食ばっかりしてるらしいし。
あれじゃん。コンビニ飯とか外食ばっかり食べてると、人の手料理ってだけでめちゃくちゃ美味しく感じたりするじゃん。
俺の大したことのない手料理でもバフがかかればそこそこいけるんじゃないか? そんなことない?
《……ストーカーさん?》
……あれ、返事がない。
やっぱり、成人男性のお礼が手料理とかキツかっただろうか。
ごめん。いや、もう、尽くされ慣れてないから、俺ずっと混乱してるんだよ多分。何か、何かお返ししなきゃって強迫観念に駆られ始めているというか。クズ男ばっかりと付き合ってきた哀れな男の醜態だと思って笑ってやって。
無言でキモがられるのキツイから。
ポピン
『……ごめんシーナ』
その返事を見て、ああ、やっぱり、と頭を抱えたくなった。
ストーカーさん、手料理ダメなタイプの人だったか。それとも流石に男の手料理なんかいらねえわってなったかな。完全に余計なことしようとして空回りした。恥ずかしい。
《あ、オッケー。ダメならダメでなにか別の……》
なにか別のお礼を………、
ポピン
『ごめん。俺に都合の良すぎる幻覚が見え始めたから、つい車の窓に頭打ち付けたら割れちゃって。返信遅くなった』
……なんて?????
車の窓に頭打ち付けたら割れた?どっちが?車の窓が?ストーカーさんの頭が??
この間、遠目に見た立派な車を思い出す。防弾ガラスに全部代えてますって言われても納得しそうなイカツイ車だったけど。
《……一応聞くわ。ちなみに、どんな幻覚だった?》
『シーナが俺に手料理作ってくれようとしてる幻覚』
――いや、それ、幻覚じゃないんですよ。
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