白馬の王子様を探していたら現れたハイスペストーカー男に尽くされてる

チャトラン

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第16話 最後くらいツラ見せろ

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婚約者?
……婚約者ってなんだったっけ?

「婚約者"候補"な」

「あら、でも私以外に候補がいないんだもの。実質婚約者よ」

呆然とした俺を見かねたのか、それまで黙って成り行きを見守っていたオジサンが付け加えた。美女がそれにフンと鼻を鳴らして長い髪を肩の後ろに払う。

「あら、ごめんなさい。脅かしすぎちゃったかしら」

「……あなたが、婚約者?」

「ええ。そう、婚約者」

意味がわからない。
あの人、婚約者がいるのに俺をストーキングしてたってこと?
つまりなに? ゲイじゃないの? じゃあなんで俺のこと追いかけ回してんの? あれだけシーナ、シーナって尻尾振って騒いでたのは?

「私、別にあなたのこといじめに来たわけじゃないのよ。ただ、あの人にフラフラ軽い気持ちで近づかれたら困るってだけ」

「そうじゃないみたいだけど」と、鋭い目が俺を品定めするみたいにじっと見つめる。

「本当にあなた、なんなの? 確かにあなた綺麗だけど。綺麗な子なんてあの人の周りにいくらでもいるのに。どうしてあの人はあなたのことだけ特別扱いするの?」

「…………」

そんなこと俺が一番知りたい。
最近、あまり考えないようにしていたそんな疑問が俺の胸の内でむくむくと膨らむのがわかった。
婚約者がいたとか聞いてない。こんなに綺麗な人放っといて何してんだあの人。一人ぼっちの寂しい男を気まぐれに世話して甘やかしてみて、暇つぶしでもしてたんだろうか。ああ、今、俺すごく嫌な気分だ。なんだこれ。

こんなことになるなら、最初の頃にもっとちゃんと問いただしておくべきだった。……いいや、だってあの時はこんなに長く関係が続くと思っていなかったし。

「ちょっと」

怪訝そうに俺を見上げる綺麗な顔。本当に綺麗な人だ。白い肌。大きな目。俺みたいな男とは違う細いだけじゃない華奢な体。あかぎれのない白魚みたいな指先。

「具合が悪いの?」

ああ、今、余計具合が悪くなったよ。
お姉さんの目は、もうさっきみたいな敵意がなくなっていた。それどころか、気遣わしげに「虐めすぎたかしら。ごめんなさい。これ、私まだ飲んでないから」と、チェイサーの水を差し出される始末だ。
婚約者の周りをフラフラ彷徨く怪しいゲイに釘を刺しに来たんじゃないのかこの人。せめて嫌な女であってくれよ。
それか、俺の情けない態度を見て、こいつは自分の敵にならないと思われたのかも。
……いや、その通りだろ。こんな優しい美人と俺とか比べ物にならないじゃん。何言ってんの俺。

「……まあいいや。なんかあなたそんなに害なさそうだし。あの人の気まぐれに振り回されてるだけってことでしょ。お互い苦労するわね。ご愁傷様。私、もう帰るわ。お仕事中邪魔してごめんなさいね」

お姉さんがそう言って席を立つ。オジサンが「お、」と言って残りのウイスキーをグイッと飲み干し慌てて立ち上がった。
二人が扉の方へ歩いていく。……

「あの、!」

本当に一つだけ、思い当たることがあった。
ストーカーさんの職業を知った時まさか、と一瞬考えたこと。ただ、それを知った時にはもう聞く勇気が湧かなくなっていたこと。
今聞かなくちゃずっと聞けないままだ。そう思って、声を張り上げた俺に二人が驚いた様子で振り返った。

「あなた達の……その、"会社"ってなんていう名前ですか?」

二人が顔を見合わせる。

「そんなこと知ってどうするの?」

「ただ、興味本位です。別にいいですよね。もう俺、あなた達がどういう人なのかは知ってますし。俺みたいなのに教えたところで何もならないでしょ」

お姉さんが「どうする?」と言うようにオジサンの方を見る。オジサンが「まあいいんじゃないの」という風に肩をすくめたのを見て、お姉さんが口を開いた。



「喜田組」



ああ、なんだ。そーゆーこと。
教えてもらった名前を聞いて、俺はもうぜ~~んぶを理解した。
自分のドキドキざわざわしていた胸の中がさーっと冷めていくのがわかった。

……なんだ。俺てっきり、ストーカーさんは俺に好意を向けてくれてるんだと思ってた。思い上がりも甚だしいじゃん。
向こうから見たらすごい滑稽だったろうな俺。
最初はちゃんと俺なんかに無償でそんなことしてくれるはずない。何か狙いがあるんだって思えてたのに。いつのまにか絆されて、信用して、そんなのすっかり忘れて。何もお返しできないのに申し訳ない、とか考えるようになって。バカじゃん、俺。バカだろ。

「そうですか、ありがとうございます」

女の人が「じゃあ」と言って出ていく。その後を追いかけたオジサンが一瞬、俺の顔を気遣わしげに振り返った。そんなに酷い顔してたんだろうか。

「……………」

二人が去って、店内がシンと静かになって初めて、そういえば今日他の客が一人も来ていないことに気づいた。入口を塞がれでもしていたんだろうか。ああ、俺のせいでまた店に迷惑をかけてしまった。

「……店長すみま、」

「驚いた……」

すみません。そう謝ろうとした俺の声を動揺した様子の店長が遮った。
そういえば、この人がいるの忘れて全部色々話しちゃったな。ついため息がもれる。態度わる。あーもう、どうしよ。俺、今そういうのちゃんと説明する余裕ない。首突っ込まれて怒られたりしたら、八つ当たりしそう。
顔を伏せて、ふーと深呼吸する。

「シーナ、今ショック受けてる?」

「は?」

予想外すぎる言葉に、俺は咄嗟に顔を上げて目を見開いた。なんて?

「シーナ、今あの女の人の話聞いて、めっちゃショック受けてなかった?」

てっきり、眉間に皺を寄せた表情が待っていると思っていた俺は、口をぱくぱく開いたり閉じたり繰り返す。大変間抜けである。
いや、でもだって。この人満面の笑みなんだもん。この状況で。
……え、何。俺店長にそんなに嫌われてたの? 俺がショック受けてるの見たら満面の笑みになられちゃうくらい? かなりきついんだけど。

「今もさ、すごい取り乱してるよな。え、うそ。そういうこと?ヤバ」

店長が片手で口を覆って声を昂らせる。
俺、ストーカーさんに利用されてたって気づいた直後に、店長に嫌われてたことにまで気づかなきゃならないの? そりゃたくさん迷惑かけてきたけどさ。

……ああ、もうやだ。
子供みたいに、その場にしゃがみ込んでしまいたいような気分になった。
流石に限界。ちょっと今はもう無理だ。今すぐここ飛び出してどこか遠くに逃げたい。もう借金とか仕事とかどうでもいい。本当に無理。一人になりたい。ひとりになってとにかく落ち着きたい。なんで俺ばっかこんな目に遭わなくちゃいけないわけ。



「シーナ、絶対あいつのこと好きやん!!!」

「…………は?」



……………は????

「"は?"じゃないやろ! そんなポカンとしとる場合………あれ、待って。やだ。これ、シーナの初恋ってことになるん?! 今、これが初恋? それでまだ自分で気づいてへんの!?」

待って。待ってくれ。話に全然ついていけない。
突然、少女漫画のように目をキラキラさせて興奮し始めた30代男性に気圧けおされて後退りする。何?なんて?初恋?

「……なに言ってるんですか?」

「いや、だって!!シーナ今まで何されても全然気にしたことなかったやん!婚約者が現れたくらいで動揺するたまじゃないやろ、なのに今めっちゃ動揺してショック受けとるやん!」

「いや、ちょ……落ち着いて……」

店長を宥めつつ、俺もあれ、と思った。あれ、確かに俺、なんでこんなにショック受けてんだろ。
そりゃあ、たった今いろいろ判明したところだけど、普段の俺ならそのくらい「あーまたか」ってアッサリ流せるじゃん。そもそもあの人とは付き合ってすらないし。ショックうける筋合いも。……あれ。でも俺今すごい悲しくて。

「……あれ?」

ぐしゃと髪を掴んで首を傾げる。
俺を見る店長の目がやたらと生暖かい。

「……はーー、俺のかわいいシーナについに春が来たかあ。いやしかしよりによって初恋の相手がヤクザ者なんがなあ、もう流石と言うしかないわなあ……」

はーー、と言いながら店長がわっしと陳列棚の上の方にあったワインを掴み取る。
え、ちょ、それバカ高いやつじゃん。
ナイフを手にした店長を止める暇もない。
ポン、と小気味良い音を立ててコルクが開けられた。

「あーー、めでた。いや、めでたいんかな、これは。なんか切ないわあ」

「いや、ちょ、まだ俺好きとか一言も……」

何この人一人で盛り上がってるんだよ。
そもそも俺がショックを受けてるからって、それがなんだって言うんだよ。そんなこと、あの人に恋をしているなんて証明にはならないはずだ。
好きにも色々種類があるだろ。友人としての好きでも、利用されていたことにショックを受けるのはおかしくないはず。……婚約者がいたことにショックを受けるのはちょっと違うけど。

店長がワイングラスにどぼどぼワインを注ぐ音で俺の声がかき消される。

「もうさ、自分で直接確かめに行ったらいいやん」

……さっきからこの人は何を言っているんだろう。
俺が恋をしたのがそんなに嬉しいのか、何かハイになってしまっている店長に呆れた視線を送る。

「会って話してみたら自分がどういう気持ちかぐらい分かるやろ」

「……どうやって分かるんですか」

「そんなんつら見て殴りたくなったら好きってことや」

「………は???」

「シーナが好きになるくらいやもん。よっぽど思わせぶりなことされてきたんやろ?それなのに婚約者がおるーなんて話になってるんやから、好きやったらそりゃ一発ぶん殴ってやりたくなるやろ」

………たしかに。

「まあ、恋愛なんてバカのやることやって感じやったシーナがさ、そんな可能性考えてる時点で、もう確定やと思うけどな俺は」

グビ、と店長がワインを煽る。

「まあとにかく今日はもう上がりや。仕事どころやないやろ。さっさと思わせぶりストーカー男見つけて問いただしておいで。俺も気になるし」

そうだ。
どうせこれで最後になるなら、一回くらい顔を拝んでやっていいのかもしれない。よくも俺を騙して、利用してくれたなって直接言ってやりたい気もする。どうだろう。何、お前本気になっちゃったの?とか言って笑われたら、それこそもう立ち直れないような気がするけど。
なんにせよ、この状態でいつも通り働ける自信ないし。とりあえず、一人で色々考えたいし。

色々考えた結果、俺は店長のありがたい言葉にコクリと頷いた。
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