26 / 35
第23話 恋は戦争
しおりを挟む夏の熱気がこもった薄暗い部屋に、水音と二人の荒い息が響いていた。外では相変わらず、しとしと雨が降っている。
「傷、グロいから」
その傷が一番グロい時、誰が治療してやってたと思ってんだ。
そう言いたくなるような言葉を落として、男は服をスルスル剥き、トンとうつ伏せに俺をソファーに押し倒した。
胸元にはお気に入りのふわふわクッション。今は見る影もなく、俺から出るあれこれでビチョビチョのぐちゃぐちゃになっちゃってるけど。
「……ぅ、あ」
「はーー……もうクソかわいい。何これ」
何これ。
それはこっちのセリフである。
なんだこれ。なにこれ。俺、なんでこんなになってんの。
これだけグズグズになっておいて嘘だろって思うけど、なんと、まだ何にも始まってない。それでこのぐちゃぐちゃっぷり。あれ、俺ってこんなキャラだったっけ。
「あ……ん、」
のし掛かるみたいに俺の後ろに覆いかぶさった男の素肌が、汗ばんだ背中に密着する。
大きな手のひらが俺の頭を宥めるように撫でている。指先が耳元をくすぐって、その度に声が出た。
「……ちょ、やだ…あっ」
背骨をなぞるみたいに薄い唇が下に下に降りていく。
尾てい骨がゾクゾク震えて背中がグッと丸くなる。
それを咎めるように、中の指がグッと俺の腹を押し込んでいいところを刺激するからもう堪らない。
「ヒ、あ、そこ……んん~っ」
「ん、ここ、ね」
「ぁ、クソ……や、あぁッ…」
グチュグチュ尻を掻き回されるたびに、腰がへこへこ揺れて。抱えたままのクッションにペニスを擦り付けてしまうのが嫌で、頭を振った。
「……も、いい、ぅ……も、いいから、あぁっ!」
「……もう少し我慢」
「……う、グスッ……ん、」
揺れてしまう尻を男が押さえつけるようにして、指を回す。後ろから、ぐぽ、と聞くに堪えない音がしてグズグズ鼻を鳴らした。男の動きに合わせて中が収縮する。そのたびに中で男の指の形を感じるのが嫌に生々しくて、頭を振るとパタパタ汗が飛び散った。
「こら、……ヤダヤダじゃないでしょ」
だって。だって自分がこんなふうになると思わなかった。
こんなのあんまりだ。
「は、あ、……ああぁ!」
グッと指を奥に押し込まれて、ガクンと頭が反る。
「きれーな顔、ぐちゃぐちゃ」
「あ……!あっ、あ、んぁ」
涙やら涎やらでベチャベチャになった俺の顔を振り向かせた男がぺろりと舐めた。そんな些細な刺激でさえ我慢できなくて、腰がピクと震える。
「あー、……、かわいい……」
「ん、や、……んん」
「うん、気持ちいいね」
うっとりと呟く男の掠れた声に、脳みそがグツグツ弱火で煮込まれているみたいに茹っていった。この夏散々聞いていた声なのに、聞いているだけで身をよじってしまうくらい気持ちが良い。
「あー、……もうぐちゃぐちゃだ…」
「ああ!まえ、……んぁ、まえ、だめ!あ、」
クッションで出来た空間に、手を差し込まれてペニスを扱かれる。
「あ、ああ、い、いく……ん、あ」
ビクンッと体が大きく跳ねた。
それすらも男の体の下で押さえつけられて、あまりの快感にポロと涙が溢れる。
「ぐ……ん、ひぃ……ん…」
首をのけぞらせたまま、必死で呼吸をしていたら、あの冴え冴えとした黒い目で俺を見下ろすようにしていた男が、俺の頬をそっと持ち上げ、口に蓋をするみたいにキスをした。喉の奥にトロトロ流れ込んでくる唾液ですらこの男のものなら気持ちがいい。舌をジュと吸われてまた腰がみっともないくらいに跳ねる。
「…ん、…舌吸われてイッた?やらし……」
「………ん、、ぃ、うるさ……あぁ!」
後ろから指が抜かれる感覚に、つま先がグッと丸くなった。
「……ひ、うぅ」
「ああ、ほら。泣かないで」
男が宥めるみたいに俺の頭を優しく撫でた。リップ音を立てて頸から背中に何度もキスが落とされる。
俺はグズグズ鼻を鳴らしながら、背中に降り注ぐ男のキスを受け入れた。どうかこの間に収まってくれって祈ったけど、散々なぶられ続けたソコの熱が少しも冷めない。くぱりと口を開けて痙攣を続けている。じんじんと腰が疼く。やめろ、やめろ。とどんなに抑えようとしても、発情期の動物みたいにゆっくり腰が上に上がって、男の方に擦り付けるようにして揺れる。
「……、ねえ、シーナはどうして欲しい?」
「……は、……ん、」
尻と太ももの間にぬるりと熱いものが滑り込んできたのがわかって喉が震える。優しくて穏やかで、ちょっと気を抜いたら身も世もなく縋り付いてしまいたくなるような声。きっと悪魔がいたらこんな声だ。
「シーナ。ねえ、シーナ。……俺のこと、欲しがって」
そしたら、全部あげるから。
そんな言葉に頭がビリビリ痺れた。
ねえ、そんなのずるいじゃん。
肩口にある頭が甘えるみたいに擦り付けられる。
ズルリと脚の間を抜き差しされるそれは焼けるみたいに熱くて大きい。じわじわと腰が疼いて。俺は堪らず、肩口にある男の顔を引き寄せて、その綺麗な目を見つめ懇願した。
「欲しい。ねえ、良いから。……ぜんぶ、ぜんぶほしい。ぜんぶちょうだい……ん、あ…」
「シーナ、シーナ、……」
……ってさ、こんな夜過ごしたら、誰だって幸せいっぱいで目覚めるじゃん?
起きたら、どんな話をしよう。
また抱きあってキスをして、それから。
まだここにいてほしいと言ってみよう。
そんなことを思いながら幸せな気持ちで眠った翌日。目を覚ますと男はいなくなっていた。
誰もいなくなったソファーの上で、がらんとした部屋を眺める。
肩から男が使っていたブランケットがずり落ちて、あいつが吸っていたタバコの匂いが香った。
「……、」
誰もこの時の俺の気持ちなんてわからない。
数日後。
扉のポストの中に、質素な茶封筒が入っていた。中には分厚い札束。こんな大金どうしたのか。ああ、そうだ。そういえばあいつ、半グレから金を盗んでボコられたんだっけ。
「……なんだこれ」
これで終わりってこと?
大金を前にして最初に思ったのはそれだけだった。
誰がどう考えても手切れ金じゃんか。これ。
死にかけたところを他人に助けられて。
非日常の中でちょっと気持ちが盛り上がって。
うっかり手を出しちゃった。色々初めてもらっちゃったけど、一夏の火遊びでした。ごめんねって?
何にも知らないガキは、好きだのかわいいだの言われてまんまと本気になったけど。
「……馬鹿じゃん、俺」
結局、俺は家を手放さずに済んだ。
男の置いていった大金のおかげだ。
だけど、がらんとした部屋は無駄に広くて、居心地の悪いくらいに静かで。
帰ってきても、ソファーの上で膝を抱えてテレビを見ている男がいない。顔を上げて、「おかえり」とあの穏やかな声で手をあげてくれる男がいない。
せっかく手放さなくてもよくなった家に、あまり帰らなくなった。
初めて彼氏を作ったりして、そいつの家に入り浸った。
本気になった方の損。そんなことを考えたり、好きでもないやつと付き合うようになったのも、あの男がいなくなった後からだった。
そう。
それでなくても、母親が運命の男なる奴と姿をくらませて恋愛に良い印象を持っていなかったのに。よりにもよってあんな、普通じゃない男に初恋と初体験を捧げてしまったせいで。
俺は見事に恋愛観を拗らせてしまったのだ。
「………う、」
夢現。もはや黒歴史として丁重に鍵をかけ、記憶の奥底に葬られていた記憶が、溢れ出すみたいにして浮かび上がってくる。
車の中で見た横顔が夢の中の包帯まみれの傷だらけの顔と急速に重なった。
瞼が切れて腫れた目と。整った形の唇と。あとは湿布と包帯と絆創膏。
俺が知っている姿とは随分変わっていた。
弱った動物みたいな。放っておけない少し頼りない男が、いつのまにかあんなかっこいい大人の男になっていた。
声も少し低くなって。
だけど、あのサラサラとした綺麗な黒髪と、つるりとした澄んだ黒い瞳。高い身長と、穏やかな喋り方には、確かに覚えがあった。
……ああ、俺は二度も、同じクズ男に恋をしてしまったらしい。
「……俺、バカじゃん!」
ガバッと起き上がった時、俺はいつものソファーに横たわらされていた。
咄嗟に周りを見渡す。
誰もいない。
車の中で眠ってしまった後、ここに寝かされたんだろう。
「あのクズ男……」
あの男、また俺のこと置いてくつもりだ。
頭がぐわわーっと熱くなる。
散々優しくして、仲良くなって。自分を好きになった頃に置いていく。
それも一度じゃない。
忘れた頃にもう一度現れてわざわざ同じこと繰り返しやがった。
「てかなんでアイツヤクザになってんだよ!」
ボフン!とクッションをソファーに投げつける。
話が違うじゃん!
まともな生活送りたくて、腹刺されてまで金持ち逃げしたんじゃなかったのかよ!!
ってか俺のこと捨てといてなんで護衛とかしてんだよ!!!
「ムカつく……マジでムカつく!」
念のため家中の扉という扉を開けて見て回るが、男の姿はない。
男の姿がないことを確認するたびに、かつてないくらいの怒りが湧いてきてドスドス足を踏み鳴らした。
足音がうるさかったんだろう下の階からドン!と天井を突き上げられて「うるせー!!」と叫び返す。八つ当たりだ。
まじでなんのつもりだ。あの男。サイコパス? サイコパスなのか?
あいつの思考回路がまっっったく理解できないが、最早そんなことどうだっていい。
まんまと同じ男好きになって同じ失敗を繰り返そうとしている自分が情けなくもあるが、そんなことも隅に放り投げておく。
捨てた相手にまた気を持たせて弄んでいたにしろ、俺のことを本気で好きだったにしろ、そんなの、もう、関係ないのだ。
ガチャン!
最後に開け放した浴室のドアの向こう。
パチリ、と洗面台の鏡に映った自分と目があった。
「、」
王子様に逃げられてメソメソ可愛く泣けるタイプなら、俺も今頃他の男と幸せになれてたんだろうか。
残念。俺のことをかわいいなんて言う奇妙なやつはこの5年間でたった一人しかいなかった。その言葉も今や本当か嘘か分からないけど。
「………あいつ、俺が欲しがったら全部くれるって言ってたよな」
……ならありがたく全部もらおうじゃん。
ふん!と浴室のドアを無駄に勢いよく閉めて、俺は身支度……いいや戦争準備を始めた。
73
あなたにおすすめの小説
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
俺がイケメン皇子に溺愛されるまでの物語 ~ただし勘違い中~
空兎
BL
大国の第一皇子と結婚する予定だった姉ちゃんが失踪したせいで俺が身代わりに嫁ぐ羽目になった。ええええっ、俺自国でハーレム作るつもりだったのに何でこんな目に!?しかもなんかよくわからんが皇子にめっちゃ嫌われているんですけど!?このままだと自国の存続が危なそうなので仕方なしにチートスキル使いながらラザール帝国で自分の有用性アピールして人間関係を築いているんだけどその度に皇子が不機嫌になります。なにこれめんどい。
【完結】逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。
しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです…
本当の花嫁じゃないとばれたら大変!
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる