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第23.5話 店長の受難
しおりを挟む「もしもし? 弟さん? お兄さんのこと人質に取ったんですけど、これから店まで来れます?」
天国にいる親父へ。
元気ですか。
あなたの長男は今、人質にとられています。
人質になるのは親父が生きていた7歳の頃以来。
親父は覚えてらっしゃいますか。親父の愛人がトチ狂って起こしたあの誘拐事件です。
――将来は絶対親父のような男にならん。清く正しいカタギの男になって普通に生きるんや。
お気に入りのズボンをションベンで濡らし、そう決めたあの日から早二十数年。
まさか仕事が終わるや否やかわいい弟分兼仕事仲間に縄でぐるぐる巻きにされるとは思いもしてませんでした。
良好な関係を築けてると思っていたのは俺だけだったのでしょうか。
片手でカミソリを弄びながら、ものすんごい良い笑顔で弟に電話をかけてるこの子が、こんなことをしでかすとは。
てか、あの晩何があったんでしょう。初恋の実った幸せいっぱいのシーナが出勤してくると俺は思っていたんですが。
『そ、その声は、シ、シーナさん? ……ん、え、人質? に、にいちゃんを!?』
「そう。シーナさんがにいちゃんを人質に取りました。まず10分ごとに、にいちゃんが毎日30分かけて整えてるお髭を剃り落としていきます。その次は眉毛。その次は下の毛を剃ります。最終的には全部かわいいハートマークに整える予定です」
…ねえ、親父。
普段おとなしいやつほどキレるとやばいんや、気いつけや。
そう言っていたのはあなただったでしょうか。
あなたは本当にクソみたいな親父でしたが、時々鋭いことを言う人でしたね。
「イヤー!! やめてー!! バカおとうとーー!! 助けてー!!」
『にいちゃーーん!!!』
――ブツッ。
「「……………」」
閉店後の暗いバーに、ツーツーと。無情にも電話が切られた音が、不気味に響いた。
明かりをほとんど落としてしまった店の頼りは、棚にずらりと並んだボトルを照らす間接照明だけ。
シーナの白く痩せた横顔に長い睫毛の影が落ちている。
彼は電源を落としたスマホを無言でカウンターの上に放り投げ、俺の横をすたすたと通り過ぎると、バックヤードに戻って行ってしまった。
「…………、シ、シーナ、さん?」
「黙っとけ」と無言で寄越された視線の鋭さに「ひぐ、」と喉から情けない音が出た。……ダサいのは分かっとる。でもな、普段怒らん人間のブチギレの怖さを知っているやつだけ俺にビビリやと後ろ指を指せ。
椅子にぐるぐる縛り付けられたまま、「スミマセン…」と蚊の鳴くような声を絞り出す。
――あの温厚なシーナがここまで怒る事態。
正直心当たりは腐るほどあった。
……いや、でもだって。俺に選択肢なんかなかったんやもん。
シーナに正直に何もかもを話すか、あの男に文字通り頭吹き飛ばされるかしか選択肢がなかった。
怖くて決断を後回しにしていた結果がこれだ。
かわいい猫ちゃんやと思ってたらスヤスヤ眠っているいい子の虎ちゃんで、俺はまんまとその尾っぽを踏んでしまったわけである。
……いや、でも、前門の虎、後門の狼状態やったわけやし。
そんなんどっちにもいい顔したくなるやん。
ゴソゴソ、バックヤードから聞こえて来るビニール袋を漁るような物音に冷や汗が噴き出る。何。どんな恐ろしいものを持ってこようとしてんの。
「あった……」
「はわ………」
シーナの手の中に握られていたものに危うく色々漏らしそうになった。
ブルーのパッケージのそれを掲げたシーナが「安心してください」とそれはもう可愛らしい笑顔で微笑む。
よりにもよってこんな場面でそんな可愛い満面の笑みを披露してくれんでも……。
「シェービング用の石鹸、ちゃんと買ってきたので」
「ハート型は嫌やーー!!!」
「兄弟愛を信じましょ」
「はよ来んか弟ー!!」
シーナがとんでもない迫力でバーに飛び込んできて、「店長、ヤクザの身内、います?」なんて聞かれたあの日。
背中にビッショビショに汗かきながらなんとかシラを切って。予想外に起こったその後のゴタゴタでなんやかんや誤魔化し切れたと思っていたのに。
「なんでバレたんや……」
「……いや、確証なかったんでさっきの電話でカマかけましたよ、俺」
「え、」
縛られた椅子ごとジッタンバッタン暴れていた脚がピタリと止まる。
「カマ……?」
さっきの電話の会話を思い出して、サーーと血の気が引く。
――や、やられた。
いつも通りバーの仕事をそつなくこなして、閉店作業が終わるなり突然、「さて」とさわやかな笑顔で俺をグルングルン縛り上げてきたシーナに完全に気が動転していたのだ。
バッグからガチャガチャ機械なんか取り出して。
店中歩き回って、コンセントなんかから見つけた謎の黒い四角に向かって「バーカ!」と子供みたいに叫んだ後ガチャンと踏み潰して。
それから俺のスラックスのポケットをゴソゴソ探って。
「いや! シーナのえっちー!」
「黙っててください。誤解だったら土下座して謝るんで」
そして取りあげられたスマホを「あのヤクザの親戚の電話番号どれです?……あ、"バカ弟"。これかな」と、ポチポチ弄られ。
苗字や名前が並ぶ中、ポツンと浮かぶ"バカ弟"への連絡先があっという間に見つかり。
そこに電話をすれば、まんまと、シーナにとっても聞き覚えのある関西弁ヤクザへと繋がってしまった。
"カマ"かけられるにも程があるやろ。
バカ弟も俺のこと思いっきり「にいちゃん」と呼んでしまっていたし。
俺はもうぐるぐる巻きだし。
まさに袋のネズミ。
まな板の上の鯉。
もはや、はぐらかしようがない。
「……は、はわ………」
目の前でシャカシャカ泡立てられていく石鹸を青ざめた顔で見つめる。
あ、ちゃんとお肌が荒れない優しい成分の石鹸を買ってくれたんやね……ありがとね……。
「……そもそも、おかしいとは思ってたんですよね」
泡に水を足しながらシーナが呟く。
ふわふわの泡がもこもこ膨らむ。
この子、こんなことまで器用なんやな。てか、あの床屋で見るような本格的な道具はどこで手に入れてきたんやろな……。
「……な、何がおかしかったんでしょうか」
何を考えているのか読めない、きれーな色の瞳にひたりと見据えられて背筋が凍った。
「俺が店長にストーカーの話をした日。メッセージが届いてましたよね」
「………届いてました」
「すごく動揺してたので覚えてました。店長こう言ったんです。『"アイツ"やりおったんか』」
シャカシャカ……。
シェービングブラシがまた動き出して、顔が引き攣る。
「婚約者の人が来た時は、なんて言ったか覚えてます?『シーナ、絶対"アイツ"のこと好きやん!』」
「………、」
気分は探偵に追い詰められるアホな犯人である。
シーナの視線はもはやこちらを向いてもいない。
シェービングブラシを上げたり下ろしたりしながら、完成した泡の具合を確かめている。
「たしかに店長の目の前で色々話しましたけど。会ったこともない人のこと"アイツ"って言うかなって違和感があったんです。話の中で出てきた男を指す時俺なら"アイツ"じゃなくて"ソイツ"って言うなあって。あの時はそれどころじゃなかったから何も言いませんでしたけど」
「…………」
……その上、付き人が俺にそっくりのヤクザやったと。
そりゃバレるはずだ。
カタン。泡の入ったボウルを置いた音に過剰に肩が跳ねる。
俯いていたシーナの顔が上がる。アーモンド型の綺麗な瞳が三日月型にキュッと細まって俺を見据えた。
「………クズ男ばっかりひっかけるバカ男ですからね俺。簡単に騙しきれると思ってました?」
め、
「滅相もないです………」
バカ弟、早くにいちゃんを助けて……。
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