白馬の王子様を探していたら現れたハイスペストーカー男に尽くされてる

チャトラン

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第27話 きみの一番の味方に

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人間にほとほと嫌気が差していた。
人生にもすっかり疲れ切っていた。
だから、もうどうにでもなれ。と、半ばやけっぱちで金を盗んで逃げ出した。

うまくいったら、物価が安くて人間の少ない南の島にでも高跳びしよう。
贅沢な暮らしじゃなくていい。
海の見える小さな家でも買って。休日にはボンヤリ海を眺めながら本でも読んで呑気に暮らしたい。
人間なんかうんざりだ。爺さんになるまでのんびり気ままに生きるのだ。

……うまくいかなかったら? もう、その時はその時。
殺されたって臓器売られたって正直構わない。どうだっていい。こんなゴミ溜めみたいな人生をダラダラ続けるよりは、バラバラの臓器になってどこかの誰かの役に立つ方がよっぽど良い気がする。

それは、能動的な自殺みたいなものだった。
案の定、バタンとどこかの路地裏に行き倒れた。
ザックリやられた脇腹がドクドク脈打って、血が流れ出していく。
運が悪いことにこんな日まで雨。俺の人生っていつも雨模様。気持ちよく晴れたことなんて一度もない。きっと親から与えられたこの呪いみたいな名前のせいだ。
俺の周りには誰かの捨てたゴミやガラクタが散乱していて。
なるほど、似合いの死に場所だ、と俺は素直に瞼を閉じた。



「………死んでる?」

冬の朝みたいなシンと静かな声がして、それまで俺にザーザー降りかかっていた雨がピタリと止んだ。

「うちの前で死なれたら困るんだけど」

ああ、なるほど。それは悪いことをした。
心の中で素直にそう思った。
警察に連絡するにしても、第一発見者は何かと時間を取られて面倒だろう。
放置するにしたって、この雨とこの蒸し暑さじゃ2日もしないうちに死体の匂いが気になり始めるに違いない。
俺は薄らと目を開けた。
なんてことない。気まぐれだ。
俺の最期にたまたま居合わせることになった運の悪い人間を、一目拝んでおこうと思ったのだ。

「……」

ソイツはヒンヤリとした声にピッタリな美しい形をした男だった。
すんなりと細い首。白い肌。冷たそうな整った顔。
不思議なブルーの瞳が、温度のない色でこちらをじっと見下ろしていた。
俺に見られていることにも気づかず、ソイツは何故か傘を置いて去っていく。土砂降りの雨があっという間にソイツを濡らした。

――あーあ。どうせ死ぬやつにこんなことしたって意味ないのに。
そんなことも分からないバカには見えなかったけど。

ただ、普段なら「バカなお人好しだな」と鼻で笑うような行動が、その時の俺にはめちゃくちゃ染みた。
だって、本当にクソみたいな人生送ってきたから。
なんの裏もない、シンプルな優しさみたいなものが、最期に突然気まぐれに降ってきて、ぐわーっと何かが込み上げてきたのだ。
初めて優しくされた。本当にそれだけ。
鳥の刷り込み現象みたいな。

とにかく、俺はもうこれだけでいいやって気持ちになったのだ。
家の横で死んでる傍迷惑な男のことを憐れんで、自分は濡れて帰ってくれるようなやつに最期に会えた。それだけでなんか充分幸せな気分だった。
どうせなら、名前くらい聞いておきたかったかもしれない。
最初で最後。俺に優しくしてくれたやつ。





だから、なぜか目を覚まして、目の前にあるきれーな顔を見た時。俺はもうなんだかどうしようもなく泣きたくなって、一気にソイツのことが好きになってしまったのである。
こんなんでも一目惚れってことで良いんだろうか。
なんせ恋なんかしたことがない。しかもこんな特殊すぎる状況で。

「………お前、誰」

腹の傷が馬鹿みたいに痛んで、身体中熱くて苦しくて。あーこりゃいずれ死ぬわ。そう思ったから、なんとか言葉を搾り出した。

「あんたが倒れてた目の前のアパートの住人」

ヒンヤリとした瞳と視線が絡む。
体の熱がスーッと引いて、トロリと瞼が下がる。
………そういうことを聞いたんじゃないんだけど。
ああ、クソ。せっかくまだ生きてたのに。
名前聞くチャンスだったのに。
ぼやけていく視界の中で、死ぬかもしれない状況で。最後に後悔したのがそんなことなんだから、もうこれは恋。俺がそう決めた。これは恋だよ。運命の人は、最期に思い出す人って言うだろ。これが恋じゃなかったら、何が恋だっていうんだよ。






天使に保護されたおかげか、何なのか。
結局、俺は死に損なった。
多分、今までの不運な人生で貯金してた運を全部ここで使ったんだと思う。
初めて好きになった相手と突然の同居生活。ボーナスイベントが降ってきたとしか思えない。

「カップ麺は2分がおいしいんだよなあ」

変なところで几帳面なシーナが、タイマーをぽちぽちセットする姿をぼーっと眺める。なんだろ。このかわいい生き物。

「俺4分経って汁吸ったやつが好き」

「……は? 4分?」

「うん」

「普段4分で食べてんの?」

「うん」

「……地獄行きだわ。罪が重すぎる」

「わはは」

十字を切るシーナにケラケラ笑う。そんなことで地獄行きになら俺とかどこに行くの。日本じゃ滅多に見ない仕草がやけに様になっているのも面白かわいい。海外ドラマみたい。

好きな相手と呑気な会話して、流れてるバラエティにワイワイ文句言いながら、カップラーメン啜る生活。

――俺もしかしたらとっくに死んでるのかも。

ザーザー雨の降る、あの1Kのアパートで過ごした1ヶ月。
俺はしょっちゅうそんなことを考えていた。
昭和な感じの古い扇風機がカラカラ回っていて。
時々する風鈴の音以外は雨の音しか聞こえない。
続く雨のせいで気温の上がらない、青くて冷たい夏だった。

「この女優、きれいだけど演技下手だね」

テレビを見ながらそんなことを呟くシーナの横顔を俺はいつも眺めていた。いくら観察してもよく分からない。不思議な生き物。
俺の知ってるどの人間とも違う。
冷たくてきれいな生き物だ。
シーナの横顔を見ている時は、きれいな熱帯魚を見ている時とちょっと気持ちが近い。
シーナのことを水槽で飼えたら良いのにな。
窓を雨粒が伝う四角い部屋の中は水槽みたいで、よくそんなことを俺に思わせた。
完璧に整えた澄んだ水の中で、ゆらゆら気持ちよさそうに泳いでいる綺麗な生き物を眺めているだけで満たされる感覚。そこにいてくれるだけでいい。
ついつい触りたくなるけど。
俺が触っても火傷するだけ。
シーナにいいことなんて一つもない。
そう、良いことなんてひとつもない。

だから最後の日。
最後に思い出を貰えたら俺、これから一生頑張れるなーって、そんな冗談で言ったお誘いを、シーナに受け入れてもらった時。
繋がったシーナに好きだと言われた時。
心の中で囁く甘えた自分をなんとか押し殺して、あの居心地の良い水槽を一人で出ていくことができた。

まさか、シーナが俺のことを好き? ありえない。
朝の暗い街をあてどもなく一人で歩きながら、心臓がドキドキいっているのを聞いていた。
だってあんなきれいな生き物が、俺なんかのこと好きになってくれるわけないじゃん。
だってさ。俺、あんなヤバい奴らに命狙われてるチンピラ崩れだよ。
仕事もないし家もないし。盗んできた金しか持ってない。
そばにいてもシーナが不幸になるだけ。
ああ、でも俺とくだらない話をしてる時、いつもかわいい顔で笑ってくれてたな。
冷たそうなきれいな形の目がふにゃりととろけて。
眉尻を下げて困ったみたいな顔して笑うんだよな。
あんな顔、ずっと見てられたらそれだけで幸せだろうな。
寂しくてきれいな生き物。味方がいないなんて言って、母親に捨てられて、自分でも気づかないまま傷ついている。そんなところを俺につけ込まれて。

「………、」

ピタリと足が止まった。
人生の目的を、見つけた瞬間がこれだった。
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