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1巻webおまけ(ツララ視点)
交渉(ツララ視点)
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宿に戻った時は薄暮が迫っていた。大通りを行く人々はどこか足早で、はす向いの薬屋は閉店の作業をしている。
朝、考えていた予定ではお昼過ぎにはここへ戻っている予定だったけれど、城の中でのあれこれや、その後にお店を3軒も回ったこともありこんな時間になってしまった。
予定が狂うのは面白く無かったが、それに見合うだけの対価はあった。
腕の中から私を見つめる瞳に微笑んで、古びたドアを押す。
「おかえり」
宿屋の中に入ると間髪入れずに言葉が飛んできた。
声の聞こえた方に目を遣ると、丸椅子に腰かけて画用紙に向き合うツクネ――この宿の管理人――の後ろ姿があった。
どうやら『絵師』モードの様ね。
ツクネはこの宿の管理人をする傍ら、ああして絵を描いている。
最も、管理といっても昼間の内は殆どそこのカウンターで突っ伏して居眠りをしており、日が暮れてからもそもそと動き出し、筆をとる……これまで見かけた姿から判断するに、そんな生活を繰り返している。
ツクネ曰く、「本当の職業は『絵師』」とのことだが、そんな職業あるのだろうか。これまで他に、そんな職は聞いたことが無い。私としては、宿の雑務さえちゃんとしてもらえば、どちらでも構わないのだけれど。
「ただいま」
まだ慣れない返事をすると、トレードマークのキャスケット帽がくるりと回った。
「あれ、ツララだったの」
ツクネが意外そうな眼差しを向ける。
帰って来たのが私だとは思っていなかった様子。
「遅かったね」
「予定が狂っただけ」
「ふーん」
ツクネは興味の無さそうな返事をして画用紙へと視線を戻す。
私としても余計な詮索をされるよりは、そちらの方が都合が良い……そう思い、足早にツクネの背後を横切ろうとした。
しかし、ちょうどツクネの真後ろまで進んだところで、彼女は「ん?」と首を傾げた。
「……んん?何それ」
「何って、見れば分かるでしょ。猫よ。名前はユキ」
のっそり振り返ったツクネに向けて、ユキの顔を見せる。
ツクネが『旅行者』であることは既に聞いている。
まさか、猫を知らないということは無いだろう。
「そういうことじゃなくて……何故ここに猫がいるの?この世界には居ないはずだよ」
「召喚されたみたいね、私達と同じように。何でそうなったのかは、分からないけれど」
「ふーん。おかしなこともあるんだね。それで、どうするの、その子?」
「私が預かることになったから、ここで飼うわ」
ピクッとツクネの肩眉が上がった。
「ちょっと困るな。そういうのはちゃんと言ってくれないと。管理人として把握しておきたいから」
「……それもそうね」
「でしょ」
「確かにあなたには言っておくべきだったわ。万が一があっては困るし」
「ん……万が一?」
ツクネの言う通り、ここは洗いざらい話をしておいた方が良いだろう。
後になって五月蠅く言われても困るから。
「この子は職業持ちの猫でね……『フリーランス』って言うのだけれど……魔法が使える。小さな槍を創り出し、自由に飛ばす魔法。それで、捕まえに来た兵士達を尽く返り討ちにしていたの。安易に近づくと、串刺しにされるから注意が必要」
「……え?何だか色々疑問はあるけど、とりあえず……串刺しってどういうこと?」
「安心して。まだ推測の域を出ないのだけれど、その魔法はこの世界の人に対して発動してしまうようなの。恐らく匂いで判別してるのでしょう。私達『旅行者』には発動しない。だから、あなたは大丈夫よ」
「ちょっと待って。確かにあなたの言う通り、私は大丈夫かもしれないけど、他のお客さんが――」
「話は最後まで聞きなさい。私がしているこの黒いペンダント……これを通して、ユキにかけてある白いペンダントに魔力を送って、魔法の発動をコントロールできるわ。私がいる限り、誰に対しても攻撃はさせない。私がこの子をおいて外へ出る時は、部屋に鍵をかけておくから、他のお客さんには絶対に危害を加えさせない」
「いや、でも、そもそもペットが――」
「ペットの何が問題なの?賃貸契約した時にはそんな話は無かったはずよ」
「そんな人今まで居なかったからね……部屋に傷とかついちゃうと困るな」
「もし傷をつけた場合は修繕費を払うわ。家賃も二人分支払う。850マークの二人分で、1700マーク。これで良い?」
「うーん、でもなー」
煮え切らない様子のツクネに苛立ちが募る。
私は早く2階に行きたい。部屋で、ユキの柔らかな毛並みを堪能したいの。
「なら条件を提示しなさい。どうしたらこの子が飼えるのか。その条件を」
「条件……」
「出せないようなら、宿を変える。それだけよ」
「それは困るなぁ。お客さん、3人しかいないんだし。ツララに出て行かれると、困るよ」
「なら、良く考えるのね」
ツクネはしばらく唸ってから、顔を上げた。
「じゃ、一つだけ」
「何?」
「絵のモデル、やってくれない?」
「……モデル?」
「そう」
まさか、そんな条件を出されるとは思わなかった。全く想定外の条件に、頭を一度リセットして考える。黙って、ただ、考える。そして、イメージする……。
「……脱がないわよ」
「私、そういうの書かないから」
あくまで平坦なその言葉とは裏腹に、キラキラと輝くツクネの瞳。
今まで見せた事の無いその表情にげんなりしつつ頷いた。
「わかったわ」
朝、考えていた予定ではお昼過ぎにはここへ戻っている予定だったけれど、城の中でのあれこれや、その後にお店を3軒も回ったこともありこんな時間になってしまった。
予定が狂うのは面白く無かったが、それに見合うだけの対価はあった。
腕の中から私を見つめる瞳に微笑んで、古びたドアを押す。
「おかえり」
宿屋の中に入ると間髪入れずに言葉が飛んできた。
声の聞こえた方に目を遣ると、丸椅子に腰かけて画用紙に向き合うツクネ――この宿の管理人――の後ろ姿があった。
どうやら『絵師』モードの様ね。
ツクネはこの宿の管理人をする傍ら、ああして絵を描いている。
最も、管理といっても昼間の内は殆どそこのカウンターで突っ伏して居眠りをしており、日が暮れてからもそもそと動き出し、筆をとる……これまで見かけた姿から判断するに、そんな生活を繰り返している。
ツクネ曰く、「本当の職業は『絵師』」とのことだが、そんな職業あるのだろうか。これまで他に、そんな職は聞いたことが無い。私としては、宿の雑務さえちゃんとしてもらえば、どちらでも構わないのだけれど。
「ただいま」
まだ慣れない返事をすると、トレードマークのキャスケット帽がくるりと回った。
「あれ、ツララだったの」
ツクネが意外そうな眼差しを向ける。
帰って来たのが私だとは思っていなかった様子。
「遅かったね」
「予定が狂っただけ」
「ふーん」
ツクネは興味の無さそうな返事をして画用紙へと視線を戻す。
私としても余計な詮索をされるよりは、そちらの方が都合が良い……そう思い、足早にツクネの背後を横切ろうとした。
しかし、ちょうどツクネの真後ろまで進んだところで、彼女は「ん?」と首を傾げた。
「……んん?何それ」
「何って、見れば分かるでしょ。猫よ。名前はユキ」
のっそり振り返ったツクネに向けて、ユキの顔を見せる。
ツクネが『旅行者』であることは既に聞いている。
まさか、猫を知らないということは無いだろう。
「そういうことじゃなくて……何故ここに猫がいるの?この世界には居ないはずだよ」
「召喚されたみたいね、私達と同じように。何でそうなったのかは、分からないけれど」
「ふーん。おかしなこともあるんだね。それで、どうするの、その子?」
「私が預かることになったから、ここで飼うわ」
ピクッとツクネの肩眉が上がった。
「ちょっと困るな。そういうのはちゃんと言ってくれないと。管理人として把握しておきたいから」
「……それもそうね」
「でしょ」
「確かにあなたには言っておくべきだったわ。万が一があっては困るし」
「ん……万が一?」
ツクネの言う通り、ここは洗いざらい話をしておいた方が良いだろう。
後になって五月蠅く言われても困るから。
「この子は職業持ちの猫でね……『フリーランス』って言うのだけれど……魔法が使える。小さな槍を創り出し、自由に飛ばす魔法。それで、捕まえに来た兵士達を尽く返り討ちにしていたの。安易に近づくと、串刺しにされるから注意が必要」
「……え?何だか色々疑問はあるけど、とりあえず……串刺しってどういうこと?」
「安心して。まだ推測の域を出ないのだけれど、その魔法はこの世界の人に対して発動してしまうようなの。恐らく匂いで判別してるのでしょう。私達『旅行者』には発動しない。だから、あなたは大丈夫よ」
「ちょっと待って。確かにあなたの言う通り、私は大丈夫かもしれないけど、他のお客さんが――」
「話は最後まで聞きなさい。私がしているこの黒いペンダント……これを通して、ユキにかけてある白いペンダントに魔力を送って、魔法の発動をコントロールできるわ。私がいる限り、誰に対しても攻撃はさせない。私がこの子をおいて外へ出る時は、部屋に鍵をかけておくから、他のお客さんには絶対に危害を加えさせない」
「いや、でも、そもそもペットが――」
「ペットの何が問題なの?賃貸契約した時にはそんな話は無かったはずよ」
「そんな人今まで居なかったからね……部屋に傷とかついちゃうと困るな」
「もし傷をつけた場合は修繕費を払うわ。家賃も二人分支払う。850マークの二人分で、1700マーク。これで良い?」
「うーん、でもなー」
煮え切らない様子のツクネに苛立ちが募る。
私は早く2階に行きたい。部屋で、ユキの柔らかな毛並みを堪能したいの。
「なら条件を提示しなさい。どうしたらこの子が飼えるのか。その条件を」
「条件……」
「出せないようなら、宿を変える。それだけよ」
「それは困るなぁ。お客さん、3人しかいないんだし。ツララに出て行かれると、困るよ」
「なら、良く考えるのね」
ツクネはしばらく唸ってから、顔を上げた。
「じゃ、一つだけ」
「何?」
「絵のモデル、やってくれない?」
「……モデル?」
「そう」
まさか、そんな条件を出されるとは思わなかった。全く想定外の条件に、頭を一度リセットして考える。黙って、ただ、考える。そして、イメージする……。
「……脱がないわよ」
「私、そういうの書かないから」
あくまで平坦なその言葉とは裏腹に、キラキラと輝くツクネの瞳。
今まで見せた事の無いその表情にげんなりしつつ頷いた。
「わかったわ」
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