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4.真実と好奇心と
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正直面食らった。てっきり人だと思っていたらまさか猫とは。ゲームなのだから、喋る猫くらいいても何ら不思議は無いと思うが、あまりにも唐突すぎた。
[もしかしたら特殊クエストの発生フラグか何かだろうか]
怪訝そうな顔をしていたせいだろうか、現れた主ー銀色の毛並みの猫は再度俺に向かって声をかけてきた。
「ふむ、妾の姿に見惚れて声も出ぬか。まあよい、まずは名乗ろうではないか。妾の名はミレニア。かつてもっとも古き知恵ある竜の一柱にして白銀竜と呼ばれし者よ」
胸?を張るようにしてどや顔をするミレニア。いや竜って、・・・どう見ても猫なんだけど。
「は、はぁ・・」
「なんじゃその気の抜けたような声は。妾の姿を見るのですら稀、ましてやこうして声をかけられるなど、国主ですら中々得られぬ名誉なのだぞ?」
「そうは言われても、どう見ても猫・・・」
目の前の存在と、自分の中にある竜のイメージが結びつかず、思わず声に出てしまった。
「だから言ったであろう。かつてもっとも古き知恵ある竜の一柱と。現在の身体は新たな転生体じゃよ」
「という事は、竜から猫に転生したと?」
「猫のように見えるかもしれんが、これでも竜の幼生体じゃよ」
俺はここ十数分の急展開に思考がついて行かず、もはやタメ口で話しかけてしまっていた。
「そんな事よりも、じゃ。・・・お主何者じゃ?」
と、唐突にミレニアの声音が変わり、鋭い眼光を突きつけてくる。
「俺はウォルフという新米冒険者で・・・」
「たわけ。そんな事を聞いているのではないわ。お主、この世界の生命体ではないな?」
・・・え?どういう事だ?確かにゲーム内の生き物ではないのだから間違ってはいない。けど、NPCがそんな発言をする必要があるのだろうか?
「どういう意味だ?確かに俺はゲームの世界の生き物ではないけど」
「げーむ?と言うのは良くわからんが、お主がこの世界とは別の世界の存在である事は間違いなかろう?」
意味が解らない。いや、言ってる事は解るのだけど、なぜそんな質問をされるのかが解らないのだ。少なくとも今までの経験から、このゲームの開発者の思想は理解しているつもりだ。だからこそ、NPCが自ら垣根を超えるような発言をするように設計するとはとても思えない。
[マスター!その対象は危険です!速やかな排除を必要とします!]
突然アインが強い口調で穏やかじゃない事を提起してきた。
[いやまてアイン。隠形スキルが高いのかマップには映らないけど、少なくとも友好的な対話が出来ているのだから危険という事は・・・]
[GMへ緊急連絡。警戒対象との遭遇!速やかな排除を要請します!]
[GMだって!?ちょっと待てアインどういう事だ!]
突然のアインの豹変ぶりと、俺の説得を無視した行動に思わず驚き戸惑う。
・・・そしてそれは現れた。
見た目は青の全身鎧、胸元には紋章のような意匠が施されている。フルフェイスタイプなので顔は見えない。腰に帯びた剣は流麗な造りをしており、騎士盾の前面には胸元にある紋章と同じデザインのペイント。初めて見るリーインカネイションオンラインのGMの姿だった。
「・・・ふむ。お主もこやつと同じ、別の世界の存在のようじゃの」
突如現れた青い騎士姿のGMに、ミレニアは一瞥をくれ、面倒くさそうに言い放った。
GMは何も答えず剣を抜く。その体捌きは明らかに上位の剣士の動きそのものだ。
「まあよい、少し遊んでから聞くとしよう」
ミレニアは剣呑な空気をその小さな身体に纏わせながら、GMの方へと向き直る。
・・・しばしの膠着。両者ともに動かない。いや、GMは動けないでいるようだった。
俺から見た限りでははっきりとした事は解らないが、GMが隙を伺っているのに対して、ミレニアの方は余裕たっぷりという様子だった。
「かかってこんのか?」
ミレニアがからかうようにGMへと声をかける。しかしGMは動かない、いや動けないでいた。
「・・・やれやれ、埒があかんのう」
ミレニアはそう言うと無造作にGMの元へと歩き出す。そしてその足元まで行ったところでGMが動いた。
手に持った剣を素早く掲げると、そのままの勢いでミレニアに向けて振り下ろす。とてもかわせるような速度ではない。
「ほれ」
しかし、ミレニアは迫り来る剣へと向かって軽い調子で息を吹きかけるように首を動かす。
バキャァァァンッ!
ミレニアの顔が向いた瞬間、高速で振り下ろされるGMの剣が砕け散った。
「おまけじゃ」
ついでとばかりに言い放ち、ミレニアの右前足が空を掻くような動作をする。すると、GMの左腕、盾を持つ腕が肩から斬り飛ばされた。
GMの肩から血のような液体が噴き出す。あれはアバター体の出血表現だ。実際にLPの減る状態異常、出血の演出。ただの切り傷程度なら自然治癒するが、片腕分の欠損ダメージとなると、急いで手当しなければLPが底をついてしまう。
GMは砕けた剣をミレニアに向かって投げ捨て、注意深く距離を取り、出血を止めるべく治癒の術をかける。
「まだ続けるかえ?」
ミレニアは甘く囁くような口調でGMに呼びかける。と、その時。
「いえ、これ以上はこちらの損失の方が大きいようです」
突如現れたスーツ姿の男に、俺の目は釘付けになる。
GMとは違い一般的なアバター体のように見える。しかし、服装は現実世界の黒のスーツ。あまりにもこの世界には似つかわしくない姿だ。
男はGMに許可を出し退席させると、ミレニアに向き直ってお辞儀をした。
「まずはこちらの非礼をお詫びいたします。どうやら貴方には包み隠さず全てお話した上で協力をお願いした方が良さそうですね」
「ふむ、その服装、初めて見る造りじゃな。お主らの世界では一般的な物なのか?」
「はい、私共の世界においてはごく普通の服装になります」
「ふむ、して、お主は何者で何を企んでおる?」
ミレニアがいたずらっぽく尋ねる。しかし纏っている空気はあくまでも剣呑としたものだ。もし害意があると看做せば、即排除するつもりなのだろう。
「まずは自己紹介を。私の名前は鷲尾 司、この世界とは別の次元にある、地球と言う星に存在する人類です。私達は偶然この世界の存在を観測し、この世界への渡航を試みました。しかしその計画は難航し、別の方法論を持ってこの世界の調査を行おうと言う結論に達しました」
鷲尾司・・・聞いた事がある。確かSC社の代表取締役。しかもこの世界への渡航って・・・、それじゃここはゲームの中ではなく、本当の異世界という事なのか・・・。
「ほう、別の次元とな。妾もこの世界の成り立ち、理を知る者ゆえ、別の世界という物が存在する事は理解しておったが。まさか垣根を超え訪れる者がおるとはの。しかしその身体、そこな小僧もそうじゃが、この世界の生命体ではあるまい?」
「お察しの通り、この身体は我々の本来の身体ではありません。かと言ってこの世界の生命体という訳でもありません。先ほどの説明の中にありましたように、渡航技術そのものは完成の目途がが立っておらず、代わりにこの世界にある元素から組成した仮の身体を用いて、そこに魂を分けるように移し、我々は自身の世界にいながら仮の身体を動かし、こちらの世界を調査するための足掛かりとしました」
おそらくは、アバター体と量子コピー技術を解りやすい例えに置き換えているのだろう鷲尾の説明は、ミレニアにとって理解しやすい説明だったようで、納得したように言葉を返す。
「なるほどのう。お主らの発する気配が妙な理由に納得がいったわ。それはともかくとしてじゃ、この世界の調査とはどう言う意味かのう?侵略でも仕掛けるつもりかえ?」
ミレニアのアイスブルーの瞳が、その真意を探るべく鷲尾を捕らえて放さない。
「お疑いになられるのはごもっとも。しかしご安心を。私達は言わば知識の探究者であり、我々の住む世界とは全てが違う、この世界の事を知りたいと考えているのです」
鷲尾はミレニアの視線を真っ直ぐに見返し、しかし真摯な態度で真意を語る。
「ちょっと待ってくれ。つまりこれはゲームのβテストではないって事なのか?」
俺はたまらず話に割って入った。確かに今思えば色々とつじつまが合う部分がたくさんある。開発者の妙にリアル志向な設計なのではなく、別の世界のリアルであったのだから。しかし、それならば逆に解らない事もある。何故自分達がテスターとして選ばれたのかという点だ。
「はい、藤村さんーいえ、この世界ではウォルフさんでしたね。確かに我々は新作ゲームのβテストという名目で人を集めました。しかしそれはわが社の人員だけではない、より多くの感性によってこの世界を観察し、体感した様々なデータを求めたからです。ですが、この世界に対して害意を抱く可能性のある人物は、テスト応募時点より調査を行い予め排除させて貰っています。」
「テスターの人間性をどうやって調べたかはこの際どうでもいい、しかし人は変化する」
そう、長年いくつものオンラインゲームを渡り歩いてきた経験から、俺はプレイヤーが悪い方向へと変化する事があると知っている。しかし鷲尾は続ける。
「その為のサポートAI、そしてGMです。今回貴方のサポートAIは、根底を覆す可能性の排除という想定される中で最大の危機的状況と判断し、GMへの通知を行いました。まあ、結果はご覧の通りなのですが・・・。本来のGMの役割としては、この世界への問題行動など、プレイヤーの行った行為に対する罰則が原則になっております。我々はディメンションギアとサポートAIを通し、随時モニタリングを行い、データの収集と共にプレイヤーの皆さんの行動を監視し、サポートAIの判断によって回避できる場合を除き、極力介入をしないようにしております」
「そちらの考えは理解したが、聞いていてあまり気分のいい話ではないな」
ミレニアに対してた時とは打って変わり、話の方向性が一気にきな臭くなる。
「ええ。その点は重々承知しております。本来であればプレイヤーの皆さんが知るはずのない裏話ですから。ウォルフさん、それを敢えて貴方にお話しした意味を理解していただけますか?」
「つまりそれは、俺が排除されるか、・・・協力者になるかという意味か?」
本来であれば即刻排除されるのであろう。仮に元プレイヤーがSC社の陰謀などと銘打ってタレコミを行おうとも、ただのヨタ話として扱われるのがオチだからだ。ならばと、即刻排除ではなく裏話を打ち明ける真意を改めて考え、協力者という結論に至る。
「ご名答。・・・テスト開始その日に、この方のような存在と遭遇する可能性は一体どれほどの確率なのか。それを踏まえて考えた場合、貴方には事情を全て打ち明け、協力を仰ぐ事が最良だと判断しました」
そう言って鷲尾は頭を下げる。それを見て俺は、先ほど鷲尾が語った知識の探究者という言葉を思いだす。彼らにとってこの世界の情報を得られる事こそ優先されるべき事であり、今回のような特殊なケースを体験するような人物には協力を申し出る事が最良。もし協力を得られるのであれば、下げられる頭などいくら下げても構わないくらい重要な案件という事なのだろう。
・・・それに、俺自身も興味がある。異世界を題材にした作品はいくつも読んできたが、まさか自分自身にそれが訪れるなんて思いもしないからだ。
もっとこの世界を冒険してみたい。つまりそれが、俺の中に沸き起こった本心だった。
「・・・解りました。協力させて貰ます」
俺は笑顔で手を差し出してきた鷲尾に歩み寄りその手を握る。契約成立だ。
「つきましては、貴方のサポートAIの設定を我々と同じ段階へと引き上げます。これによりゲームとしてのサポートではなく、ドゥニアでの調査活動を基礎とした判断基準へとシフトします」
すでに俺の選択を予測していたのだろう。ディメンションギアが低くうなり、何やらデータのダウンロードを行っている。
「ふむ、話はまとまったようじゃな。では妾はこの小僧について行くとしよう」
成り行きを見守っていたミレニアが突然声を上げ、それどころか俺についてくると宣言する。
「ちょっと待って。それは一体どういう理屈で?」
もはやすっかりタメ口ではあるが、先ほど垣間見た戦闘力を思い出し、恐る恐る尋ねる。
「一つは妾ーこちらの世界からの監視じゃな。お主が言うたように人は変化するものゆえ、こちらの世界からの監視者も必要であろうて」
確かにその通りだ。ミレニアの言っている事は筋が通っている。・・・見た目猫だけど。
「もう一つは小僧、お主について行った方が面白そうだからじゃよ。妾に気に入られるなど神の祝福も同義じゃ、全身で喜びを表しても構わんぞ」
クフフといたずらっぽく俺を見上げてくる。・・・要は退屈してたところに飛び込んだオモチャですかそうですか。
「では私はこれで。直接会う事は今後ないと思いますが、貴方方の事は常にモニタ―させて貰っていますので」
そう言って鷲尾は俺とミレニアそれぞれに会釈し、その場から消えた。
「してお主は何しにこの池まできたのじゃ?」
「おっと、そうだった。そう言えば水質調査に来たんだった」
あまりにも一遍に色々な事が起こりすぎて、本来の目的をすっかり忘れていた。
俺は清水の玉をストレージから取り出すと、池の水にそっとつける。
「やっぱり原因はゴブリンの投げていた物だったか」
水から引き揚げた玉が変色しているのを確認し、一言つぶやく。
「ふむ、こやつらここで漁をしておったようじゃからの」
ずっと見てたのか。やっぱり暇だったんじゃ・・・?
「何か言うたか?」
「いや何も!」
怖っ!凄まじく勘が鋭い。少なくとも失礼な事は考えない方が無難なようだ。・・・まさか心を読めるってんじゃないと思いたいが、ありえそうだからこれ以上考えるのはよそう。
「こやつらの使う毒なら、この水流であれば二日もかからず元に戻ろう。念のための証拠として毒とこやつらの耳を削いで持っていくと良かろう」
耳を削ぐとか何それ怖い。いやまあ、戦国時代にも打ち取った敵軍の耳の数で褒賞と交換していたと言う話は知っているが、まさか自分がソレを行う事になるとは。
「うへぇ・・・」
これがゲームではなく異世界という現実だと知ったからか、忌避感が凄い。とは言え他に証明になるものも無いからやるしかない。
都合3つの耳を削ぎ落し、近くの大きめの葉っぱに包んでストレージに収納する。それとは別に革袋に入った毒も収納する。
「この死体どうするかな・・・」
今までほったらかしにしていた、ゴブリン3匹分の死体の処分に悩む。ゲームであればエフェクトと共に消えてしまうんだろうが、現実である以上そうもいかない。
「気にせずとも、その辺りに並べておけば肉食の獣が食らい尽くすであろうよ」
いつの間にか俺の肩に乗っていたミレニア事も無しという感じでサラッと告げる。・・・やっぱり熊とか野犬みたいなのがいるのかね。というかゴブリンとか食べてお腹壊さないのだろうか。
「さて、調査も済んだし街に戻って報告するか」
ゴブリンの死体を森の木立の間に並べて終えると、そう言って軽く伸びをする。
「またんか。馬鹿者」
と、頭の横からお叱りを受ける。
「なんだ、どうかしたのか?」
「どうかしたのか?ではないわ。妾に礼をすると言うた事よもや忘れておるまいな?」
あ。完全に忘れてた・・・。そりゃアレだけ一遍に色々な事が起こればキャパシティオーバーしますよミレニアさん。
「あ、ああ。大丈夫忘れてない。忘れてない。頼むから頭の横で剣呑な空気を醸し出さないでくれ。いや、下さい」
じとーっとねめつけるミレニアさんの視線を浴びながら、俺は素早くストレージ内からオーロックの塊肉を取り出す。
「お礼と言ってもこんな物しかないんだけどさ。街へ戻ればもっと他にも色々・・・」
「良い良い。中々旨そうな肉ではないか。これが妾への貢ぎ物で相違ないな?」
「勿論、好きなだけ食べてくれ」
塊肉を地面に置き促すと、ミレニアは素早く飛びつき無心で頬張る。
「うむ、中々美味であった。褒めて遣わそう」
ほんの1分かそこらで、500グラムはあろう塊をあっという間に食べつくし、ミレニアはすました様子で肉汁まみれになった口元を舐め繕っている。
「では参るかのう」
身支度を整えたミレニアがまたしても俺の肩に乗り、進むように促してくる。
俺は呆れとおかしさの複雑な感情を腹に納め、依頼の終了報告をするべくノーテへと向かって歩き出した。
「なあミレニア、お前さんこのまま街に入って大丈夫なのか?」
「なんじゃ?藪から棒に」
俺の問いかけにミレニアが怪訝そうな口調で尋ねてくる。
「いや、お前さん、自分の姿を見せる事もほとんどしなかったんだろう?見た目は猫っぽいのに街の中で普通に喋ってたら怪しまれるんじゃないか?」
主に俺が。という部分は飲みこむ。事実怪しいのは間違いないし、余計な波風を立てる事もないだろう。
「ふむ、人型にもなれん事はないが、まだ幼生体ゆえに幼子と言った風貌になってしまうのだがの」
「他に方法はないのか?」
俺は慌てて尋ねる。喋る猫と幼女ならまだ喋る猫を連れている方が社会的にマシだ。
「ならば、心話ならどうじゃ?」
「心話?」
聞きなれない言葉に俺は思わず首を傾げる。
[つまりこういう事じゃよ]
これは、アインとのやり取りと同じ志向性の意思会話、他者とだからテレパシーと言ったところだな。
[おお、これなら慣れてる。人前ではこっちで会話しよう]
[ふむ、ではそのようにいたそう]
お互いに納得のいく妥協点を見出し、改めて街への道行きに戻る。
ややあって、俺達は冒険者ギルドへと戻ってきた。途中、東門で衛兵にミレニアの姿を見咎められ、モンスターの疑いを晴らすのに猫のフリをして貰ったり、心話で文句を言われたりしたが、概ね問題なく到着だ。街行く親子連れに指をさされなったのは僥倖だろう。
俺はさっそくギルドに入り、依頼終了の報告の為に窓口へと向かう。今回は調査だったから採取の納品窓口と同じようだ。
・・・と、道中ギルド内が何やら賑やかしい事になっていると気付く。それも俺を・・・いや、正確にはその肩にいるモノを中心として。
[騒がしいのぅ。・・・吹き飛ばしてくれようか]
ミレニアが心話で危険極まりない事を宣う。いや、冗談になってないから止めて下さいマジで。
「あの、ウォルフさん。その子は一体どうしたんですか?」
救いの女神現る。騒ぎを聞きつけたセレンが俺の元へと駆け寄って、俺とミレニアを交互に見比べる。俺はこのチャンスを活かすべく、少し大きめな声で周りに聞こえるように話し返す。
「さっき東門の衛兵にも同じ事を聞かれたんだけどね。依頼受けてナディーンの森に行ったら、池のそばにこの猫がいてね。ゴブリンに襲われているところを助けたら懐かれたから、そのまま連れてきたんだけど」
「え!?ゴブリンがいたんですか!?」
セレンはオレンジ色の瞳を大きく広げ、驚きの声を上げる。
「うん、水質変異の原因はゴブリンが漁に使ってる毒だったみたいだ」
そう言って俺は、ストレージから葉っぱに包んだゴブリンの耳と、毒の入った革袋を取り出す。
「ちょっと待ってて下さいね」
セレンはそれを受け取ると急ぎ事務室の方へと消えていく。先ほどまでのざわめきは、俺の言葉が耳に届いたのか別種の雑多な喧騒へと変わっていた。
「お待たせしました」
数分の後、その手に先ほどとは別の革袋を手にしたセレンが事務室から戻ってくる。
「まず調査依頼お疲れ様でした。水質調査の報酬は銅貨200枚になります。それとは別にゴブリン討伐の証をお持ちいただいたのでそちらも合わせてお支払いしますね。ゴブリンは1体に付き銅貨500枚になるので、3体で銀貨1枚と銅貨500枚、両方合わせて銀貨1枚と銅貨700枚になります」
これは思いがけない収入になった。命がかかってる分、討伐系の依頼は他に比べると高額になる。つまり、実力が伴わない内は手を出すべきじゃないジャンルという事だ。
今回はミレニアのおかげもあり、運よく切り抜ける事が出来たが、そう毎回うまく行くものではないだろう。LVは少し上がったが熟練度はまだまだ低い。覚えておきたいスキルがあるし、ゲームではないと解った以上、自身の強化の為にしばらくは熟練度上げを行うべきかもしれない。
俺が報酬を受け取りながらそんな事を考えていると、セレンが声を潜め話しかけてきた。
「それでですねウォルフさん。ゴブリンの件について、ギルドマスターが事実確認を行いたいと言うので、こちらへと来ていただけますか?」
セレンはそう言うと俺を事務室の方へと促す。ゴブリンくらいでギルドマスターが出てくるのはちょっと予想外だが、トップにはトップなりの何か考えがあるのだろう。
俺はセレンの後に続いて歩き出し、そのまま事務室の奥から通じているギルドマスターの応接室へと向かう事になった。
「失礼します。ウォルフさんをお連れしました」
セレンが扉をノックし部屋の主へと声をかける。そして扉を開けると中に入るよう促す。
「失礼します」
俺は部屋に入る前にミレニアを肩から降ろす。流石にギルドマスターにまで変人扱いはご免だ。
「君がウォルフ君だね。まあ、そう緊張せずともいい。そこへかけてくれ」
部屋の中で俺を待ち構えていた人物、セレンと同じオレンジの髪と目をした男はそう言って、俺をソファーへと促す。
俺がソファーに座ると同時に、膝の上にミレニアが乗ってきたのを見て、一瞬男の顔が微笑みかけたが、ゴホンと一言咳払いをして調子を戻した。
「セレン、ご苦労だった。職務に戻っていい」
「はい、何か御用がありましたらお呼び下さい」
セレンは一礼すると扉を閉め、事務室の方へと戻って行った。
「さて、まずは自己紹介と行こうか。ワシの名前はバルザック。見ての通りこのノーテで冒険者の取り纏めをしている。ギルドとしてはノルウェジアン王国支部の責任者と言ったところだ」
この国はノルウェジアン王国というのか。ノーテが首都で王国内ではここが本部になるが、各国に跨る組織の冒険者ギルド内の立ち位置としては、この王国担当の支部という事だろう。
「ご丁寧にありがとうございます」
ギルドマスターであるわけだから、当然王国内の冒険者達のトップであろうバルザック。しかしその対応は決して居丈高という事はなく、どこかざっくばらんな人当りの良さを感じさせた。
「さっそくだが本題に入ろう。君は今回ナディーンの森の水質調査を受けてくれたという話だが、ゴブリンが毒餌漁を行っていたのを目撃。都合3匹を討伐しギルドに報告したと、間違いないかな?」
「ええ、その通りです」
バルザックは報告した調査の詳細を読み上げ、俺に確認を取ると、少し考え込むように顎髭をさする。
「君は今日冒険者として登録したばかりなので知らないかと思うが、首都にほど近いナディーンの森には、元来ゴブリンの集落は存在していなかったのだよ。あの森は肥沃な土壌が生み出す植生によって得られる果物などの恵みを摘みに行く人々や、野獣を減らすのを目的とした衛兵の訓練、そして君のように新米冒険者の稼ぎ場でもある。つまり、比較的安全な条件の整った土地という事だ」
俺はバルザックが森本来の生態系から離れた生物、ゴブリンの出現に違和感を覚えているのが理解できた。おそらくバルザックの知る範囲で、今回のような報告が上がってきた事自体初なのだろう。でなければ新米冒険者がギルドマスターとの謁見などあり得ない。
「という事は、どこかから森にゴブリンが流入してきたのですか?」
もしくは俺が詐称報告をしたのを疑ってるのか。後者の疑問はもちろん口には出さない。
「一般的にゴブリンの生息地として有名なのは、ノーテより北上したところにあるニデミア森林。しかし、馬ですら10日はかかるような距離を、誰に悟られる事もなく、ナディーンの森まで南下して来れるとは思えん」
バルザックは脳内の地図と照らし合わせながら、ゴブリンの移動順路を想像し、考えうる可能性を検討していく。
「ゴブリンの集落単位ではなく、小集団、斥候という可能性は?」
俺も一緒になって考えを巡らせる。バルザックと俺の思考的な違いは、この世界への常識量に左右されるものだ。ならば逆に、自分達の世界ならどうかという発想の元で考えを巡らせる。
「斥候か、確かにゴブリンにも多少の知恵者はいるが・・・」
「ナディーンの森で俺と対峙したゴブリンの1匹は、完全に気配を断った状態で矢を放ってきました。そういう技術を持つ者が索敵しつつ進めば、小集団ならほぼ見つからずに移動可能なのではないでしょうか?」
俺は、完全なステルス状態のゴブリンレンジャーが放った矢、それを避けた時の事を思いだしつつ話す。
「それは・・・!こう言ってはなんだが、良く生きていられたな」
バルザックは驚き、俺を凝視する。自分で言うのも何だが、新米冒険者がそんな状況で生き残れる可能性など皆無だろう。
「それは・・・」
「妾がおらねば死んでおったな」
突然聞こえてきた声に、バルザックが警戒のこもった視線を向けてくる。
声の主ーミレニアは、面倒くさそうに顔を上げバルザックを見据える。
「面妖な・・・、これはどういう事だ?」
バルザックの警戒が一層強まる。まるでミレニアの強さを直感的に見抜いているように。
「妾はミレニア。白銀竜と言えばお主にも解ろう」
「なっ!?」
バルザックの目が見開かれ、驚愕に固まる。まるで超常現象にでも遭遇したような様相だ。
「白銀竜ミレニア様・・・。六大賢竜の一柱、まさか拝謁賜る日が来るとは」
「フン。六大賢竜とな。人の子らの間では、いつの間にやらそんな呼び名が生まれておったか」
平伏しているバルザックを尻目に、ミレニアはバルザックの言った六大賢竜と言う言葉を不機嫌そうに吐き捨てる。
[なんだよ格好いい呼び名じゃないか]
俺は心話でミレニアに呼びかける。平伏してるバルザックさんの前で、タメ口でミレニアと話すのが憚られたからだ。
[妾は誇り高き白銀竜、もっとも古き知恵ある竜じゃ。例え同じ知恵ある竜とはいえ、他の竜共と同列に並べられて喜ぶわけがなかろう。特にあ奴などと・・・]
何やら確執めいたモノを匂わせるミレニア。俺は、触らぬ神に祟りなしってこういう時に使う言葉だなと実感した。
「ともかく面を上げよ。話難うて敵わぬわ」
ミレニアはずっと平伏しているバルザックに声を掛け、顔を上げさせる。
「こやつの言っている事も当たらずとも遠からずじゃ。妾が見かけた限りでも、10匹程度の小鬼共が森を徘徊しておったわ」
ずっと見てたんですかミレニアさん。まあ、ミレニアクラスの考え方だと、自分に影響がなければ手出ししないって程度の事なのだろう。
「10匹ですと・・・。集落としてははるかに少ない個数。確かに斥候だとすれば納得が行く」
ミレニアの言葉を聞き、バルザックは考えを改めて、今後起こり得る事態を予測し始める。
「小鬼共の考えではなかろうて。奴らに何ぞ入れ知恵した痴れ者がおるやもしれんのう」
ミレニアはそう言うと姿勢を崩し、また俺の膝の上で丸くなる。
「ミレニア様、お知恵をお貸し頂きありがとうございます。ウォルフ君、君が何故この方と一緒にいるのかは今は聞かないでおこう。今重要なのは君が遭遇したゴブリン共の居た場所だ」
バルザックはミレニアに感謝の意を述べると、王都周辺地図を取り出し俺を見据えた。
俺はマップを操作し、極力正確な位置になるよう気を付けながら、広げられた地図に池の位置と記号を書き込んでいく。
それを真剣な眼差しで見ながら、バルザックはゴブリンの潜んでいそうな場所、退路、集落単位での移動が起きた場合の進路などを細かく書き込んでいく。
「ありがとうウォルフ君。君の持ち帰ってくれた情報はこれ以上ないほど重要なものだ。ワシはこれからこの情報を元に調査隊を編成し、場合によってはゴブリン共の襲撃に対応せねばならん。もしワシに出来る事があれば今ここで聞かせて貰いたいのだが」
地図を丸め握りしめると、バルザックは俺の顔を見ながら微笑んだ。
「それでは、各ギルドのギルドマスターの方への紹介状をいただけますでしょうか?ただし、ミレニアの事は伏せた状態でお願いします」
「ふむ、確かに各ギルドマスターとの縁を築く事が出来れば色々と融通が利くだろう。フッフッ中々抜け目が無いな。解った、紹介状を書いてあげよう。しかし、ミレニア様の事を伏せるのはどういう事だね?」
俺の裏の意図まで見抜きながらも、紹介状を書くと快諾してくれるバルザック。しかし、ミレニアの事を伏せる意図までは思い至らなかったようだ。
「簡単な事です。第一に、ミレニア自身が見世物になるような事を嫌います。第二に、王侯貴族にすら伏せている白銀竜の存在を、簡単に打ち明ける訳にはいかないと言う点です。今回素性を明らかにしたのは、おそらく状況を鑑みての特別なのだと思います。そして第三に、これは単純な話です。怒らせると国が滅びます」
ミレニアにそんな意図があるかどうかは知らない。今の身体でどこまでの力を発する事が出来るのかも未知数だが、ミレニアの逆鱗に触れるような事態は極力避けたい。何より、俺自身が目立ちたくない。
「あ、ああ。解った。ミレニア様の事は伏せて、有能な若者という事で各ギルドマスターへの紹介状を書こう」
若干恐怖に顔を引きつらせながら、人形のようにコクコクと首を動かすバルザックさん。・・・ちょっと脅しがキツ過ぎたかな。
この後の予定に早く取り掛かりたいバルザックは、急ぎ紹介状を書き上げ。俺に渡してくる。
「これを各ギルドの受付に渡せば、ギルドマスターへと取り次いでくれるはずだ」
「ありがとうございます。ゴブリンの件よろしくお願いします」
流石に戦力になりえないと自覚している俺は、バルザックに紹介状のお礼と、事後の処理を託し部屋を後にした。
[もしかしたら特殊クエストの発生フラグか何かだろうか]
怪訝そうな顔をしていたせいだろうか、現れた主ー銀色の毛並みの猫は再度俺に向かって声をかけてきた。
「ふむ、妾の姿に見惚れて声も出ぬか。まあよい、まずは名乗ろうではないか。妾の名はミレニア。かつてもっとも古き知恵ある竜の一柱にして白銀竜と呼ばれし者よ」
胸?を張るようにしてどや顔をするミレニア。いや竜って、・・・どう見ても猫なんだけど。
「は、はぁ・・」
「なんじゃその気の抜けたような声は。妾の姿を見るのですら稀、ましてやこうして声をかけられるなど、国主ですら中々得られぬ名誉なのだぞ?」
「そうは言われても、どう見ても猫・・・」
目の前の存在と、自分の中にある竜のイメージが結びつかず、思わず声に出てしまった。
「だから言ったであろう。かつてもっとも古き知恵ある竜の一柱と。現在の身体は新たな転生体じゃよ」
「という事は、竜から猫に転生したと?」
「猫のように見えるかもしれんが、これでも竜の幼生体じゃよ」
俺はここ十数分の急展開に思考がついて行かず、もはやタメ口で話しかけてしまっていた。
「そんな事よりも、じゃ。・・・お主何者じゃ?」
と、唐突にミレニアの声音が変わり、鋭い眼光を突きつけてくる。
「俺はウォルフという新米冒険者で・・・」
「たわけ。そんな事を聞いているのではないわ。お主、この世界の生命体ではないな?」
・・・え?どういう事だ?確かにゲーム内の生き物ではないのだから間違ってはいない。けど、NPCがそんな発言をする必要があるのだろうか?
「どういう意味だ?確かに俺はゲームの世界の生き物ではないけど」
「げーむ?と言うのは良くわからんが、お主がこの世界とは別の世界の存在である事は間違いなかろう?」
意味が解らない。いや、言ってる事は解るのだけど、なぜそんな質問をされるのかが解らないのだ。少なくとも今までの経験から、このゲームの開発者の思想は理解しているつもりだ。だからこそ、NPCが自ら垣根を超えるような発言をするように設計するとはとても思えない。
[マスター!その対象は危険です!速やかな排除を必要とします!]
突然アインが強い口調で穏やかじゃない事を提起してきた。
[いやまてアイン。隠形スキルが高いのかマップには映らないけど、少なくとも友好的な対話が出来ているのだから危険という事は・・・]
[GMへ緊急連絡。警戒対象との遭遇!速やかな排除を要請します!]
[GMだって!?ちょっと待てアインどういう事だ!]
突然のアインの豹変ぶりと、俺の説得を無視した行動に思わず驚き戸惑う。
・・・そしてそれは現れた。
見た目は青の全身鎧、胸元には紋章のような意匠が施されている。フルフェイスタイプなので顔は見えない。腰に帯びた剣は流麗な造りをしており、騎士盾の前面には胸元にある紋章と同じデザインのペイント。初めて見るリーインカネイションオンラインのGMの姿だった。
「・・・ふむ。お主もこやつと同じ、別の世界の存在のようじゃの」
突如現れた青い騎士姿のGMに、ミレニアは一瞥をくれ、面倒くさそうに言い放った。
GMは何も答えず剣を抜く。その体捌きは明らかに上位の剣士の動きそのものだ。
「まあよい、少し遊んでから聞くとしよう」
ミレニアは剣呑な空気をその小さな身体に纏わせながら、GMの方へと向き直る。
・・・しばしの膠着。両者ともに動かない。いや、GMは動けないでいるようだった。
俺から見た限りでははっきりとした事は解らないが、GMが隙を伺っているのに対して、ミレニアの方は余裕たっぷりという様子だった。
「かかってこんのか?」
ミレニアがからかうようにGMへと声をかける。しかしGMは動かない、いや動けないでいた。
「・・・やれやれ、埒があかんのう」
ミレニアはそう言うと無造作にGMの元へと歩き出す。そしてその足元まで行ったところでGMが動いた。
手に持った剣を素早く掲げると、そのままの勢いでミレニアに向けて振り下ろす。とてもかわせるような速度ではない。
「ほれ」
しかし、ミレニアは迫り来る剣へと向かって軽い調子で息を吹きかけるように首を動かす。
バキャァァァンッ!
ミレニアの顔が向いた瞬間、高速で振り下ろされるGMの剣が砕け散った。
「おまけじゃ」
ついでとばかりに言い放ち、ミレニアの右前足が空を掻くような動作をする。すると、GMの左腕、盾を持つ腕が肩から斬り飛ばされた。
GMの肩から血のような液体が噴き出す。あれはアバター体の出血表現だ。実際にLPの減る状態異常、出血の演出。ただの切り傷程度なら自然治癒するが、片腕分の欠損ダメージとなると、急いで手当しなければLPが底をついてしまう。
GMは砕けた剣をミレニアに向かって投げ捨て、注意深く距離を取り、出血を止めるべく治癒の術をかける。
「まだ続けるかえ?」
ミレニアは甘く囁くような口調でGMに呼びかける。と、その時。
「いえ、これ以上はこちらの損失の方が大きいようです」
突如現れたスーツ姿の男に、俺の目は釘付けになる。
GMとは違い一般的なアバター体のように見える。しかし、服装は現実世界の黒のスーツ。あまりにもこの世界には似つかわしくない姿だ。
男はGMに許可を出し退席させると、ミレニアに向き直ってお辞儀をした。
「まずはこちらの非礼をお詫びいたします。どうやら貴方には包み隠さず全てお話した上で協力をお願いした方が良さそうですね」
「ふむ、その服装、初めて見る造りじゃな。お主らの世界では一般的な物なのか?」
「はい、私共の世界においてはごく普通の服装になります」
「ふむ、して、お主は何者で何を企んでおる?」
ミレニアがいたずらっぽく尋ねる。しかし纏っている空気はあくまでも剣呑としたものだ。もし害意があると看做せば、即排除するつもりなのだろう。
「まずは自己紹介を。私の名前は鷲尾 司、この世界とは別の次元にある、地球と言う星に存在する人類です。私達は偶然この世界の存在を観測し、この世界への渡航を試みました。しかしその計画は難航し、別の方法論を持ってこの世界の調査を行おうと言う結論に達しました」
鷲尾司・・・聞いた事がある。確かSC社の代表取締役。しかもこの世界への渡航って・・・、それじゃここはゲームの中ではなく、本当の異世界という事なのか・・・。
「ほう、別の次元とな。妾もこの世界の成り立ち、理を知る者ゆえ、別の世界という物が存在する事は理解しておったが。まさか垣根を超え訪れる者がおるとはの。しかしその身体、そこな小僧もそうじゃが、この世界の生命体ではあるまい?」
「お察しの通り、この身体は我々の本来の身体ではありません。かと言ってこの世界の生命体という訳でもありません。先ほどの説明の中にありましたように、渡航技術そのものは完成の目途がが立っておらず、代わりにこの世界にある元素から組成した仮の身体を用いて、そこに魂を分けるように移し、我々は自身の世界にいながら仮の身体を動かし、こちらの世界を調査するための足掛かりとしました」
おそらくは、アバター体と量子コピー技術を解りやすい例えに置き換えているのだろう鷲尾の説明は、ミレニアにとって理解しやすい説明だったようで、納得したように言葉を返す。
「なるほどのう。お主らの発する気配が妙な理由に納得がいったわ。それはともかくとしてじゃ、この世界の調査とはどう言う意味かのう?侵略でも仕掛けるつもりかえ?」
ミレニアのアイスブルーの瞳が、その真意を探るべく鷲尾を捕らえて放さない。
「お疑いになられるのはごもっとも。しかしご安心を。私達は言わば知識の探究者であり、我々の住む世界とは全てが違う、この世界の事を知りたいと考えているのです」
鷲尾はミレニアの視線を真っ直ぐに見返し、しかし真摯な態度で真意を語る。
「ちょっと待ってくれ。つまりこれはゲームのβテストではないって事なのか?」
俺はたまらず話に割って入った。確かに今思えば色々とつじつまが合う部分がたくさんある。開発者の妙にリアル志向な設計なのではなく、別の世界のリアルであったのだから。しかし、それならば逆に解らない事もある。何故自分達がテスターとして選ばれたのかという点だ。
「はい、藤村さんーいえ、この世界ではウォルフさんでしたね。確かに我々は新作ゲームのβテストという名目で人を集めました。しかしそれはわが社の人員だけではない、より多くの感性によってこの世界を観察し、体感した様々なデータを求めたからです。ですが、この世界に対して害意を抱く可能性のある人物は、テスト応募時点より調査を行い予め排除させて貰っています。」
「テスターの人間性をどうやって調べたかはこの際どうでもいい、しかし人は変化する」
そう、長年いくつものオンラインゲームを渡り歩いてきた経験から、俺はプレイヤーが悪い方向へと変化する事があると知っている。しかし鷲尾は続ける。
「その為のサポートAI、そしてGMです。今回貴方のサポートAIは、根底を覆す可能性の排除という想定される中で最大の危機的状況と判断し、GMへの通知を行いました。まあ、結果はご覧の通りなのですが・・・。本来のGMの役割としては、この世界への問題行動など、プレイヤーの行った行為に対する罰則が原則になっております。我々はディメンションギアとサポートAIを通し、随時モニタリングを行い、データの収集と共にプレイヤーの皆さんの行動を監視し、サポートAIの判断によって回避できる場合を除き、極力介入をしないようにしております」
「そちらの考えは理解したが、聞いていてあまり気分のいい話ではないな」
ミレニアに対してた時とは打って変わり、話の方向性が一気にきな臭くなる。
「ええ。その点は重々承知しております。本来であればプレイヤーの皆さんが知るはずのない裏話ですから。ウォルフさん、それを敢えて貴方にお話しした意味を理解していただけますか?」
「つまりそれは、俺が排除されるか、・・・協力者になるかという意味か?」
本来であれば即刻排除されるのであろう。仮に元プレイヤーがSC社の陰謀などと銘打ってタレコミを行おうとも、ただのヨタ話として扱われるのがオチだからだ。ならばと、即刻排除ではなく裏話を打ち明ける真意を改めて考え、協力者という結論に至る。
「ご名答。・・・テスト開始その日に、この方のような存在と遭遇する可能性は一体どれほどの確率なのか。それを踏まえて考えた場合、貴方には事情を全て打ち明け、協力を仰ぐ事が最良だと判断しました」
そう言って鷲尾は頭を下げる。それを見て俺は、先ほど鷲尾が語った知識の探究者という言葉を思いだす。彼らにとってこの世界の情報を得られる事こそ優先されるべき事であり、今回のような特殊なケースを体験するような人物には協力を申し出る事が最良。もし協力を得られるのであれば、下げられる頭などいくら下げても構わないくらい重要な案件という事なのだろう。
・・・それに、俺自身も興味がある。異世界を題材にした作品はいくつも読んできたが、まさか自分自身にそれが訪れるなんて思いもしないからだ。
もっとこの世界を冒険してみたい。つまりそれが、俺の中に沸き起こった本心だった。
「・・・解りました。協力させて貰ます」
俺は笑顔で手を差し出してきた鷲尾に歩み寄りその手を握る。契約成立だ。
「つきましては、貴方のサポートAIの設定を我々と同じ段階へと引き上げます。これによりゲームとしてのサポートではなく、ドゥニアでの調査活動を基礎とした判断基準へとシフトします」
すでに俺の選択を予測していたのだろう。ディメンションギアが低くうなり、何やらデータのダウンロードを行っている。
「ふむ、話はまとまったようじゃな。では妾はこの小僧について行くとしよう」
成り行きを見守っていたミレニアが突然声を上げ、それどころか俺についてくると宣言する。
「ちょっと待って。それは一体どういう理屈で?」
もはやすっかりタメ口ではあるが、先ほど垣間見た戦闘力を思い出し、恐る恐る尋ねる。
「一つは妾ーこちらの世界からの監視じゃな。お主が言うたように人は変化するものゆえ、こちらの世界からの監視者も必要であろうて」
確かにその通りだ。ミレニアの言っている事は筋が通っている。・・・見た目猫だけど。
「もう一つは小僧、お主について行った方が面白そうだからじゃよ。妾に気に入られるなど神の祝福も同義じゃ、全身で喜びを表しても構わんぞ」
クフフといたずらっぽく俺を見上げてくる。・・・要は退屈してたところに飛び込んだオモチャですかそうですか。
「では私はこれで。直接会う事は今後ないと思いますが、貴方方の事は常にモニタ―させて貰っていますので」
そう言って鷲尾は俺とミレニアそれぞれに会釈し、その場から消えた。
「してお主は何しにこの池まできたのじゃ?」
「おっと、そうだった。そう言えば水質調査に来たんだった」
あまりにも一遍に色々な事が起こりすぎて、本来の目的をすっかり忘れていた。
俺は清水の玉をストレージから取り出すと、池の水にそっとつける。
「やっぱり原因はゴブリンの投げていた物だったか」
水から引き揚げた玉が変色しているのを確認し、一言つぶやく。
「ふむ、こやつらここで漁をしておったようじゃからの」
ずっと見てたのか。やっぱり暇だったんじゃ・・・?
「何か言うたか?」
「いや何も!」
怖っ!凄まじく勘が鋭い。少なくとも失礼な事は考えない方が無難なようだ。・・・まさか心を読めるってんじゃないと思いたいが、ありえそうだからこれ以上考えるのはよそう。
「こやつらの使う毒なら、この水流であれば二日もかからず元に戻ろう。念のための証拠として毒とこやつらの耳を削いで持っていくと良かろう」
耳を削ぐとか何それ怖い。いやまあ、戦国時代にも打ち取った敵軍の耳の数で褒賞と交換していたと言う話は知っているが、まさか自分がソレを行う事になるとは。
「うへぇ・・・」
これがゲームではなく異世界という現実だと知ったからか、忌避感が凄い。とは言え他に証明になるものも無いからやるしかない。
都合3つの耳を削ぎ落し、近くの大きめの葉っぱに包んでストレージに収納する。それとは別に革袋に入った毒も収納する。
「この死体どうするかな・・・」
今までほったらかしにしていた、ゴブリン3匹分の死体の処分に悩む。ゲームであればエフェクトと共に消えてしまうんだろうが、現実である以上そうもいかない。
「気にせずとも、その辺りに並べておけば肉食の獣が食らい尽くすであろうよ」
いつの間にか俺の肩に乗っていたミレニア事も無しという感じでサラッと告げる。・・・やっぱり熊とか野犬みたいなのがいるのかね。というかゴブリンとか食べてお腹壊さないのだろうか。
「さて、調査も済んだし街に戻って報告するか」
ゴブリンの死体を森の木立の間に並べて終えると、そう言って軽く伸びをする。
「またんか。馬鹿者」
と、頭の横からお叱りを受ける。
「なんだ、どうかしたのか?」
「どうかしたのか?ではないわ。妾に礼をすると言うた事よもや忘れておるまいな?」
あ。完全に忘れてた・・・。そりゃアレだけ一遍に色々な事が起こればキャパシティオーバーしますよミレニアさん。
「あ、ああ。大丈夫忘れてない。忘れてない。頼むから頭の横で剣呑な空気を醸し出さないでくれ。いや、下さい」
じとーっとねめつけるミレニアさんの視線を浴びながら、俺は素早くストレージ内からオーロックの塊肉を取り出す。
「お礼と言ってもこんな物しかないんだけどさ。街へ戻ればもっと他にも色々・・・」
「良い良い。中々旨そうな肉ではないか。これが妾への貢ぎ物で相違ないな?」
「勿論、好きなだけ食べてくれ」
塊肉を地面に置き促すと、ミレニアは素早く飛びつき無心で頬張る。
「うむ、中々美味であった。褒めて遣わそう」
ほんの1分かそこらで、500グラムはあろう塊をあっという間に食べつくし、ミレニアはすました様子で肉汁まみれになった口元を舐め繕っている。
「では参るかのう」
身支度を整えたミレニアがまたしても俺の肩に乗り、進むように促してくる。
俺は呆れとおかしさの複雑な感情を腹に納め、依頼の終了報告をするべくノーテへと向かって歩き出した。
「なあミレニア、お前さんこのまま街に入って大丈夫なのか?」
「なんじゃ?藪から棒に」
俺の問いかけにミレニアが怪訝そうな口調で尋ねてくる。
「いや、お前さん、自分の姿を見せる事もほとんどしなかったんだろう?見た目は猫っぽいのに街の中で普通に喋ってたら怪しまれるんじゃないか?」
主に俺が。という部分は飲みこむ。事実怪しいのは間違いないし、余計な波風を立てる事もないだろう。
「ふむ、人型にもなれん事はないが、まだ幼生体ゆえに幼子と言った風貌になってしまうのだがの」
「他に方法はないのか?」
俺は慌てて尋ねる。喋る猫と幼女ならまだ喋る猫を連れている方が社会的にマシだ。
「ならば、心話ならどうじゃ?」
「心話?」
聞きなれない言葉に俺は思わず首を傾げる。
[つまりこういう事じゃよ]
これは、アインとのやり取りと同じ志向性の意思会話、他者とだからテレパシーと言ったところだな。
[おお、これなら慣れてる。人前ではこっちで会話しよう]
[ふむ、ではそのようにいたそう]
お互いに納得のいく妥協点を見出し、改めて街への道行きに戻る。
ややあって、俺達は冒険者ギルドへと戻ってきた。途中、東門で衛兵にミレニアの姿を見咎められ、モンスターの疑いを晴らすのに猫のフリをして貰ったり、心話で文句を言われたりしたが、概ね問題なく到着だ。街行く親子連れに指をさされなったのは僥倖だろう。
俺はさっそくギルドに入り、依頼終了の報告の為に窓口へと向かう。今回は調査だったから採取の納品窓口と同じようだ。
・・・と、道中ギルド内が何やら賑やかしい事になっていると気付く。それも俺を・・・いや、正確にはその肩にいるモノを中心として。
[騒がしいのぅ。・・・吹き飛ばしてくれようか]
ミレニアが心話で危険極まりない事を宣う。いや、冗談になってないから止めて下さいマジで。
「あの、ウォルフさん。その子は一体どうしたんですか?」
救いの女神現る。騒ぎを聞きつけたセレンが俺の元へと駆け寄って、俺とミレニアを交互に見比べる。俺はこのチャンスを活かすべく、少し大きめな声で周りに聞こえるように話し返す。
「さっき東門の衛兵にも同じ事を聞かれたんだけどね。依頼受けてナディーンの森に行ったら、池のそばにこの猫がいてね。ゴブリンに襲われているところを助けたら懐かれたから、そのまま連れてきたんだけど」
「え!?ゴブリンがいたんですか!?」
セレンはオレンジ色の瞳を大きく広げ、驚きの声を上げる。
「うん、水質変異の原因はゴブリンが漁に使ってる毒だったみたいだ」
そう言って俺は、ストレージから葉っぱに包んだゴブリンの耳と、毒の入った革袋を取り出す。
「ちょっと待ってて下さいね」
セレンはそれを受け取ると急ぎ事務室の方へと消えていく。先ほどまでのざわめきは、俺の言葉が耳に届いたのか別種の雑多な喧騒へと変わっていた。
「お待たせしました」
数分の後、その手に先ほどとは別の革袋を手にしたセレンが事務室から戻ってくる。
「まず調査依頼お疲れ様でした。水質調査の報酬は銅貨200枚になります。それとは別にゴブリン討伐の証をお持ちいただいたのでそちらも合わせてお支払いしますね。ゴブリンは1体に付き銅貨500枚になるので、3体で銀貨1枚と銅貨500枚、両方合わせて銀貨1枚と銅貨700枚になります」
これは思いがけない収入になった。命がかかってる分、討伐系の依頼は他に比べると高額になる。つまり、実力が伴わない内は手を出すべきじゃないジャンルという事だ。
今回はミレニアのおかげもあり、運よく切り抜ける事が出来たが、そう毎回うまく行くものではないだろう。LVは少し上がったが熟練度はまだまだ低い。覚えておきたいスキルがあるし、ゲームではないと解った以上、自身の強化の為にしばらくは熟練度上げを行うべきかもしれない。
俺が報酬を受け取りながらそんな事を考えていると、セレンが声を潜め話しかけてきた。
「それでですねウォルフさん。ゴブリンの件について、ギルドマスターが事実確認を行いたいと言うので、こちらへと来ていただけますか?」
セレンはそう言うと俺を事務室の方へと促す。ゴブリンくらいでギルドマスターが出てくるのはちょっと予想外だが、トップにはトップなりの何か考えがあるのだろう。
俺はセレンの後に続いて歩き出し、そのまま事務室の奥から通じているギルドマスターの応接室へと向かう事になった。
「失礼します。ウォルフさんをお連れしました」
セレンが扉をノックし部屋の主へと声をかける。そして扉を開けると中に入るよう促す。
「失礼します」
俺は部屋に入る前にミレニアを肩から降ろす。流石にギルドマスターにまで変人扱いはご免だ。
「君がウォルフ君だね。まあ、そう緊張せずともいい。そこへかけてくれ」
部屋の中で俺を待ち構えていた人物、セレンと同じオレンジの髪と目をした男はそう言って、俺をソファーへと促す。
俺がソファーに座ると同時に、膝の上にミレニアが乗ってきたのを見て、一瞬男の顔が微笑みかけたが、ゴホンと一言咳払いをして調子を戻した。
「セレン、ご苦労だった。職務に戻っていい」
「はい、何か御用がありましたらお呼び下さい」
セレンは一礼すると扉を閉め、事務室の方へと戻って行った。
「さて、まずは自己紹介と行こうか。ワシの名前はバルザック。見ての通りこのノーテで冒険者の取り纏めをしている。ギルドとしてはノルウェジアン王国支部の責任者と言ったところだ」
この国はノルウェジアン王国というのか。ノーテが首都で王国内ではここが本部になるが、各国に跨る組織の冒険者ギルド内の立ち位置としては、この王国担当の支部という事だろう。
「ご丁寧にありがとうございます」
ギルドマスターであるわけだから、当然王国内の冒険者達のトップであろうバルザック。しかしその対応は決して居丈高という事はなく、どこかざっくばらんな人当りの良さを感じさせた。
「さっそくだが本題に入ろう。君は今回ナディーンの森の水質調査を受けてくれたという話だが、ゴブリンが毒餌漁を行っていたのを目撃。都合3匹を討伐しギルドに報告したと、間違いないかな?」
「ええ、その通りです」
バルザックは報告した調査の詳細を読み上げ、俺に確認を取ると、少し考え込むように顎髭をさする。
「君は今日冒険者として登録したばかりなので知らないかと思うが、首都にほど近いナディーンの森には、元来ゴブリンの集落は存在していなかったのだよ。あの森は肥沃な土壌が生み出す植生によって得られる果物などの恵みを摘みに行く人々や、野獣を減らすのを目的とした衛兵の訓練、そして君のように新米冒険者の稼ぎ場でもある。つまり、比較的安全な条件の整った土地という事だ」
俺はバルザックが森本来の生態系から離れた生物、ゴブリンの出現に違和感を覚えているのが理解できた。おそらくバルザックの知る範囲で、今回のような報告が上がってきた事自体初なのだろう。でなければ新米冒険者がギルドマスターとの謁見などあり得ない。
「という事は、どこかから森にゴブリンが流入してきたのですか?」
もしくは俺が詐称報告をしたのを疑ってるのか。後者の疑問はもちろん口には出さない。
「一般的にゴブリンの生息地として有名なのは、ノーテより北上したところにあるニデミア森林。しかし、馬ですら10日はかかるような距離を、誰に悟られる事もなく、ナディーンの森まで南下して来れるとは思えん」
バルザックは脳内の地図と照らし合わせながら、ゴブリンの移動順路を想像し、考えうる可能性を検討していく。
「ゴブリンの集落単位ではなく、小集団、斥候という可能性は?」
俺も一緒になって考えを巡らせる。バルザックと俺の思考的な違いは、この世界への常識量に左右されるものだ。ならば逆に、自分達の世界ならどうかという発想の元で考えを巡らせる。
「斥候か、確かにゴブリンにも多少の知恵者はいるが・・・」
「ナディーンの森で俺と対峙したゴブリンの1匹は、完全に気配を断った状態で矢を放ってきました。そういう技術を持つ者が索敵しつつ進めば、小集団ならほぼ見つからずに移動可能なのではないでしょうか?」
俺は、完全なステルス状態のゴブリンレンジャーが放った矢、それを避けた時の事を思いだしつつ話す。
「それは・・・!こう言ってはなんだが、良く生きていられたな」
バルザックは驚き、俺を凝視する。自分で言うのも何だが、新米冒険者がそんな状況で生き残れる可能性など皆無だろう。
「それは・・・」
「妾がおらねば死んでおったな」
突然聞こえてきた声に、バルザックが警戒のこもった視線を向けてくる。
声の主ーミレニアは、面倒くさそうに顔を上げバルザックを見据える。
「面妖な・・・、これはどういう事だ?」
バルザックの警戒が一層強まる。まるでミレニアの強さを直感的に見抜いているように。
「妾はミレニア。白銀竜と言えばお主にも解ろう」
「なっ!?」
バルザックの目が見開かれ、驚愕に固まる。まるで超常現象にでも遭遇したような様相だ。
「白銀竜ミレニア様・・・。六大賢竜の一柱、まさか拝謁賜る日が来るとは」
「フン。六大賢竜とな。人の子らの間では、いつの間にやらそんな呼び名が生まれておったか」
平伏しているバルザックを尻目に、ミレニアはバルザックの言った六大賢竜と言う言葉を不機嫌そうに吐き捨てる。
[なんだよ格好いい呼び名じゃないか]
俺は心話でミレニアに呼びかける。平伏してるバルザックさんの前で、タメ口でミレニアと話すのが憚られたからだ。
[妾は誇り高き白銀竜、もっとも古き知恵ある竜じゃ。例え同じ知恵ある竜とはいえ、他の竜共と同列に並べられて喜ぶわけがなかろう。特にあ奴などと・・・]
何やら確執めいたモノを匂わせるミレニア。俺は、触らぬ神に祟りなしってこういう時に使う言葉だなと実感した。
「ともかく面を上げよ。話難うて敵わぬわ」
ミレニアはずっと平伏しているバルザックに声を掛け、顔を上げさせる。
「こやつの言っている事も当たらずとも遠からずじゃ。妾が見かけた限りでも、10匹程度の小鬼共が森を徘徊しておったわ」
ずっと見てたんですかミレニアさん。まあ、ミレニアクラスの考え方だと、自分に影響がなければ手出ししないって程度の事なのだろう。
「10匹ですと・・・。集落としてははるかに少ない個数。確かに斥候だとすれば納得が行く」
ミレニアの言葉を聞き、バルザックは考えを改めて、今後起こり得る事態を予測し始める。
「小鬼共の考えではなかろうて。奴らに何ぞ入れ知恵した痴れ者がおるやもしれんのう」
ミレニアはそう言うと姿勢を崩し、また俺の膝の上で丸くなる。
「ミレニア様、お知恵をお貸し頂きありがとうございます。ウォルフ君、君が何故この方と一緒にいるのかは今は聞かないでおこう。今重要なのは君が遭遇したゴブリン共の居た場所だ」
バルザックはミレニアに感謝の意を述べると、王都周辺地図を取り出し俺を見据えた。
俺はマップを操作し、極力正確な位置になるよう気を付けながら、広げられた地図に池の位置と記号を書き込んでいく。
それを真剣な眼差しで見ながら、バルザックはゴブリンの潜んでいそうな場所、退路、集落単位での移動が起きた場合の進路などを細かく書き込んでいく。
「ありがとうウォルフ君。君の持ち帰ってくれた情報はこれ以上ないほど重要なものだ。ワシはこれからこの情報を元に調査隊を編成し、場合によってはゴブリン共の襲撃に対応せねばならん。もしワシに出来る事があれば今ここで聞かせて貰いたいのだが」
地図を丸め握りしめると、バルザックは俺の顔を見ながら微笑んだ。
「それでは、各ギルドのギルドマスターの方への紹介状をいただけますでしょうか?ただし、ミレニアの事は伏せた状態でお願いします」
「ふむ、確かに各ギルドマスターとの縁を築く事が出来れば色々と融通が利くだろう。フッフッ中々抜け目が無いな。解った、紹介状を書いてあげよう。しかし、ミレニア様の事を伏せるのはどういう事だね?」
俺の裏の意図まで見抜きながらも、紹介状を書くと快諾してくれるバルザック。しかし、ミレニアの事を伏せる意図までは思い至らなかったようだ。
「簡単な事です。第一に、ミレニア自身が見世物になるような事を嫌います。第二に、王侯貴族にすら伏せている白銀竜の存在を、簡単に打ち明ける訳にはいかないと言う点です。今回素性を明らかにしたのは、おそらく状況を鑑みての特別なのだと思います。そして第三に、これは単純な話です。怒らせると国が滅びます」
ミレニアにそんな意図があるかどうかは知らない。今の身体でどこまでの力を発する事が出来るのかも未知数だが、ミレニアの逆鱗に触れるような事態は極力避けたい。何より、俺自身が目立ちたくない。
「あ、ああ。解った。ミレニア様の事は伏せて、有能な若者という事で各ギルドマスターへの紹介状を書こう」
若干恐怖に顔を引きつらせながら、人形のようにコクコクと首を動かすバルザックさん。・・・ちょっと脅しがキツ過ぎたかな。
この後の予定に早く取り掛かりたいバルザックは、急ぎ紹介状を書き上げ。俺に渡してくる。
「これを各ギルドの受付に渡せば、ギルドマスターへと取り次いでくれるはずだ」
「ありがとうございます。ゴブリンの件よろしくお願いします」
流石に戦力になりえないと自覚している俺は、バルザックに紹介状のお礼と、事後の処理を託し部屋を後にした。
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侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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