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3.森の中、遭遇したモノ

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 ノーテ東門を後にして進む事、約30分。左手沿いに鬱蒼と生い茂る木立が迫ってくる。
 [アレがナディーンの森かな?]
 視界にあるマップを確認すると確かにナディーンの森のようだった。 
 [さてそれじゃ探しますか]
 足元に注意しつつ、俺はナディーンの森の中に踏み込んだ。
 [へぇ・・・。ヨーロッパ辺りの森林みたいだな]
 ナディーンの森の植生は主に広葉樹のようで、落葉によって生まれた栄養たっぷりの土壌が森全体を育んでいるようだ。
 木々の間隔は思ったよりも広く、大地まで日の光が降り注ぎ、瑞々しくも色鮮やかな草花が生い茂っている。
 [物は解ってるとはいえ・・・。これは、結構大変かもしれないな]
 地面には意外に背丈の高い草なども時折り生えており、その中をかき分けて探すのは中々骨が折れそうだ。
 [うーん・・・。まてよ。アイン]
 ふとある事に思い至り、俺はアインを呼び出す。
 [はいマスター。どうしましたか?]
 [図鑑に登録されているアルカ草と同じ物を限定サーチできるか?]
 [可能です。サーチスキルを取得しました。以降はサーチしたいターゲットを指定する限定サーチ及び、範囲内簡易情報を獲得できるエリアサーチが使用可能です。限定サーチをかける場合はターゲット名プラスサーチのキーワードで、エリアサーチをかける場合は、キーワードのみで発動可能です]
 よし、予想通りターゲットを絞ってサーチする事が出来るようだ。
 [簡易情報ってのはどんな物だ?]
 [サーチエリア内に存在する物体について、生物、敵性生物、アイテム、素材、トラップと言ったカテゴリー区分程度の情報が獲得できます。詳しく知るためにはその物体単位でのアナライズが必要になります]
 なるほど、ざっくりとしたカテゴリー分けか。という事は。
 [例えば、アナライズとサーチを組み合わせて使った場合、カテゴリー単位での情報の獲得は可能か?]
 [はいマスター。限定サーチと同様に、カテゴリープラスアナライズサーチで、選択したカテゴリーの情報を切り出して獲得する事が可能です]
 おお、予想以上に便利だ。一応マップに映っているとはいえ、色分けされた丸だけじゃ、どんな敵かまでは解らないからなぁ。
 現在はマップ範囲に敵対キャラとおぼしき赤丸もないし、とりあえずこれで危機的状況に陥る事は回避できそうだ。
 さっそく俺は限定サーチを試してみる事にした。
 [アルカ草サーチ]
 キーワードを脳内で選択すると、周りの植物の間に白く切り抜いたように陰影が浮かび上がる。
 俺は目の前の草をかき分け、白い陰影に向かって進む。そこには確かにあの黄色いほうれん草に似た植物、アルカ草が生えていた。
 [おお、これは便利だ]
 ランクの低い駆け出し用のクエストなだけあって、アルカ草自体は見つけやすい。とはいえ、何時間も森の中をかき分けて探すのは少々骨が折れるので、このスキルは実に重宝した。
 ・・・あまりにサクサク手に入るものだからついやりすぎた。気がつけばストレージ内に刻まれた90個のアルカ草の表示。
 流石に取りすぎたかと思いサーチをかける。が、サーチエリア内には無数の反応、繁殖力高すぎないかねコレ。まあ、それだけの生命力があるからローポーションの材料に適しているのだろう。
 とりあえずこの辺りで一度切り上げて、ギルドでお金に変えよう。
 [その前に取り出しやすいようにまとめておくべきか]
 ストレージ内の容量に関しては無限に感じるほどあるのだが、取り出す時に1つずつと言うのは少々煩わしい。なのでその辺りに生えている背の高い植物を数本刈り取り、軽くもんで柔らかくしひも状にした物でアルカ草を10個単位で縛っていく。
 30分ほどで、90個のアルカ草をアルカ草10個の束9個に変え、ストレージに戻す。
 ・・・望んだ個数を一度に出せるのに気がついたのは、作業が終わる少し前だった。
 [さて、と。そろっと街に戻るか]
 忘れものの無いように辺りを確認していると、何やら視線のような物を感じる。
 俺は慌ててマップ内の光点を確認するが、そこには敵対キャラを表す赤丸はない。
 念のために敵性生物サーチをかけてみるが、こちらも反応はなし。
 [・・・気のせいか?それともたまたま野生生物の視線を感じただけなのかな?]
 釈然としないものを感じつつも、とりあえず飲みこみ、俺は街への帰路につく。
 現実の時間ではそろっと夕方、ドゥニアの方は昼くらいと言ったところか。
 [街に着いたら何か食べてみるか]
 せっかく味覚や嗅覚があるのだから、ドゥニアの料理も食べてみたいと考えるのはいたって自然な事だろう。屋台からもいい匂いが漂ってた事だし。
 冒険者ギルドに戻り採取系クエストの納品窓口へと向かう。
 今回の窓口はセレンさんのところとは別の窓口だ。名前の通り納品専用の窓口。受付には青い髪、青い瞳の女性が担当していた。
 「すいません。アルカ草の納品なんですけど」
 「はい、こちらで承ります」
 女性は上品な雰囲気を纏ってこちらに微笑んでくる。
 「これって1回に10束だけの納品になるんですかね?」
 ふと連続納品が可能なのか気になったので訊ねてみる。せっかく多めに持ってきたのだし、どうせなら一気に納品してしまいたいものだ。
 「はい、お持ちいただいたアルカ草が10束以上あるのでしたら、10束を1単位として単位事のお支払いで引き取らせて頂きます」
 願ったりだ。俺はストレージからとりあえず40束を取り出し納品した。
 「あら、お客様は魔法の鞄の所有者なんですね。大変高価な物と聞き及んでおります。窃盗などに充分気を付けて下さいね」
 ウェストバックからポンポンとアルカ草の束が出てくるのを見て、受付の女性は軽く驚きつつも、注意を促してくれた。
 [ああそうか、何気なくストレージから取り出したけど、設定的には魔法の鞄というアイテムになるのか]
 リアル志向な開発者の妙なこだわりにまた触れ、受付の女性には内心を悟られぬよう、注意に対するお礼を伝えた。
 実際のところウェストバックとストレージに繋がりはない。というより、ストレージに収納するのであれ、取り出すのであれ、選択すれば一瞬で出たり消えたりする。
 つまりウェストバックを経由して取り出す風を装ったのは一種の雰囲気作りだ。
 俺はなんだかんだでこの開発者とは波長が合うような気がしてる。つまり世界観に準じたロールプレイを楽しんでいるのだ。
 「では、アルカ草40束で銅貨400枚ですね」
 そう言って受付の女性は銅貨の入った麻袋を渡してくる。
 お礼を言いつつそれを受け取ると、そのままウェストバック経由でストレージに収納する。
 メニュー画面には確かに銅貨400枚の数字が刻まれていた。
 ストレージに入れた瞬間に計測してくれるらしい。わざわざ数えなくていいのは実に楽である。
 残りの50個ー5束に関しては必要に応じて納品するか、せっかくなのでポーションの作成に使いたいところだ。
 とはいえ、スキルも機材もないので、取り敢えずは納品に回す事になりそうだ。
 [取り敢えず当座の資金も出来たし、屋台で何か買って、その後防具の新調でもするか]
 そう考えながら俺はギルドを出て、東門の方へと歩き出した。
 東門への通りを途中で北に進路を変えると、そこには様々な屋台や露店のひしめき合う活気のある通りにでた。
 ひしめき合う人の流れ、威勢のいい呼び込みの声、鼻をくすぐる香しい匂い。まさにそこは日頃見る事のない、異国情緒あふれる市場の姿だった。
 [おー!予想以上に活気がある市場だな。もしかしたらギルド区に近いからかもしれないな] 
 人の流れに逆らわないよう歩きながら、俺は市場の中を見物して進む。
 [お、さっきから漂ってたのはこれの匂いか]
 市場の3分の1程度進んだところで、串焼きのような肉を焼いている屋台に通りかかる。
 「へいらっしゃい!うちの串焼きは今朝さばいたばかりのオーロックの肉を使ってるよ!」
 正直オーロックというのがどんな生き物か解らないのだが、自信満々な笑顔で接してくる屋台のご主人を見る限り、それなりに美味しいのだろう。
 [アナライズ]
 どこまで解るかは不明だが、一応アナライズで調べてみる。 
 
 【オーロックの串焼き・料理・オーロックの肉を塩で焼いた物・買値銅貨3枚・売値銅貨1枚】

 肝心のオーロックが知りたかったんだけど、料理から元素材を知る事は出来ないのかな?もしかしたら熟練度が上がればもう少し詳しく解るようになるかもしれない。アナライズの使用は常に心掛けて、早めに熟練度を上げて行った方が良さそうだな。
 「んじゃ串焼き1本貰おうか」
 「あいよ!銅貨3枚ね!」
 言うが早いか、屋台のご主人は焼きたての串焼きを渡してくれた。
 「うまっ!」
 さっそく串焼きにかじりついた俺の口の中に広がる牛肉に似た味わい。噛みしめるほどに溢れてくる肉汁、しかしその味はクドくなく、むしろコクがあるのにさっぱりとしている。塩だけで味付けしているからか、肉本来の味を存分に楽しませてくれる。
 屋台のご主人はいたずらっぽく笑いながら、そうだろう、そうだろうと頷いている。 
 「ご主人、この肉の生の塊は売ってもらえるんだろうか?」
 まだ料理スキルは持っていないが、これは手に入れておくべきだと思い立ち、屋台のご主人に交渉してみる。
 「はっはっは!あんちゃん相当気に入ってくれたみたいだな!もちろん扱ってるぜ。むしろ生肉を買ってもらう為の実演販売って奴だからな!」
 屋台のご主人は豪快に笑うと、大きな葉っぱに包まれた肉の塊を一つ手渡してくる。
 「ほらよ!こいつは銅貨7枚だ!」
 サイズ的には500グラムくらいあるだろう肉の塊を受け取り支払いを済ませる。アナライズしてみると、この葉っぱには防腐作用があるらしい。昔の日本で使われていた竹の葉や柿の葉のような物なのだろう。
 屋台のご主人に礼を言うと、肉をストレージにしまい、再び市場の散策へと戻る。
 [そうだアイン。ストレージ内の食品の劣化はあるのか?]
 せっかく買った肉が傷んでしまったら勿体ないのでアインに確認を取る。
 [いいえ、基本的にストレージ内の物体については、保管時点の状態を維持するようになっています。なのでストレージ内にある限り状態の変化は起こりません]
 これはありがたい。ゲームによっては、所持している素材などが経過時間で劣化していくなんてシステムもあるから管理に苦労した事があったのだ。これならギルドの依頼品なども取れたての鮮度で納品できるだろうし、ポーションなどの回復薬の素材も新鮮な状態で使えるだろう。
 今後の運用計画を色々考えながら、次の目的、装備品の店を探して歩く。
 [うーん、お守りみたいなのや、皮革素材は売ってるけど、肝心の装備品はないのか]
 各屋台を物色しつつ市場の外れまで歩いてきたが、装備品を取り扱ってる屋台が無かった。
 [もしかしたら、装備品の販売には認可証みたいな物が必要なのかもしれないな。もしそうならちゃんとした作りの店舗があるはず]
 そう結論に達し、俺は元来た道を戻るように市場を通り抜けギルド区の方へと戻る。
 ギルド区に戻ると冒険者ギルドに向かいセレンに確認を取る。
 やはり予想した通り、装備品の販売は認可証が必要であり、その手のお店はギルド区から北へ向かう通りに建っている事が解ったので早速向かう。
 [なるほど、専門店街か]
 道中建ち並ぶお店にかけられた壁掛け看板を見て思わず納得した。
 剣の看板、盾の看板、鎧の看板、弓の看板などなど。そう、つまり取り扱う装備によって店舗が分かれているのだ。
 確かに装備品と言っても、使う素材や形状によって加工技術は変化する。それだけじゃなく、店舗内の展示スペース的な問題もあるだろう。武器全般を1店舗で取り扱うとなれば、品数を減らすか大型の店舗でなくてはすぐに在庫切れしてしまうだろう。防具なども同じだ、むしろ必要なスペースが大きい分武器よりも展示量が減る。
 商品自体は、生産系ギルドから商業ギルドを通して卸されていると考えられるが、店舗サイズを考えれば理に叶った販売形式と言えるだろう。買う側からしても、欲しい装備品の店に直行出来ると言う利点がある。 
 色々と見て回りたいところだが、手持ちの金額を考えるとまず防具優先にするべきだろうと考え、俺は鎧の看板のかかったお店に向かう。
 「・・・いらっしゃい」
 店に入ると不愛想というより寡黙という風体の店主に一言挨拶を貰う。中々渋いおじさんだ。
 「ちょっと見せてもらいます」
 「好きにしな。解らなかったら聞くといい」
 店主に一言断って俺は店の中に展示されている防具を見て回った。
 店内にはレザー系、金属系、部分鎧や全身鎧と言った防具が、カテゴリー別に整頓され陳列されている。置き方には秩序があるように見え、店主の人となりを何となしに感じられる。
 [今装備してるのが胸当てだから、最低でも手甲と脛当て、できれば鎖帷子か上半身を覆う胴鎧かな。佩楯はいだて草摺りくさずりはあまり好みじゃないし、丈夫な革を当て込んだズボンでもあればいいけど]
 展示してある防具にアナライズをかけつつ、求める防具を探していく。
 [結構いい品が揃ってるみたいだ。今の手持ちじゃ買えない防具がいくつもある。・・・ん?全身鎧にアナライズかけたら、要重鎧スキルって出たな]
 買う予定はなくとも、アナライズのスキル熟練度を上げる為に片っ端から使っていた為、防具にもスキルが存在する事を発見した。
 「すいません。ちょっとこの全身鎧を付けてみたいのですが」
 「かまわんが、見たところアンタの技量じゃこいつは無理じゃないか?」
 「あ、いえ。将来的な目標として一度着てみたくてですね」 
 「ふむ・・・」
 店主は身の丈に合わない防具の試着を頼む俺を訝しそうに見るが、理解してくれたのか全身鎧の装着を手伝ってくれた。
 [重鎧スキルを取得しました]
 うん、予想通り、全身鎧を装備したらスキルを得られたみたいだ。これで金属製の防具でもうまく立ち回れるようになるだろう。取り敢えずはお財布に優しいレザー製品を買うとしても。
 「ありがとうございました。ついでと言ってはなんですが・・・」
 俺は店主に自分の求めている装備と予算を伝え、近い物が無いか選んで貰う事にした。
 餠は餅屋と言うし、ここはプロに任せた方が何かとうまくいくだろう、うん。
 ややあって、店主が店の中から各種防具を見繕って来てくれた。
 「これなら予算の範囲でアンタの望む物に近くなるはずだ」
 そこには、肩当は無いが革の胴鎧と肩口や肘を丈夫な革で補強したシャツ、指が動かしやすいようにグローブ型になっている革の手甲、やはり腰から腿を丈夫な革で補強したズボンと革の脛当てという、かなり望みに近い形の物が置かれていた。
 「ありがとうございます。助かりました」
 俺は店主にお礼を言いつつ防具の代金を支払った。結局残ったのは銅貨50枚になったが、これで防御力が上がったのだし命あっての物種だろう。
 「どれ、教えてやるから自分で着てみろ」
 店主はそのままの流れで防具の装備の仕方を教えてくれた。これからは自分で装備できるようになるようにという店主の心遣いだろう。寡黙だが優しい御仁だ。
 ちなみに兜は買わなかった。予算内で手に入る物がないというのもあるが、正直好みじゃないからだ。そして、それまで装備していた胸当ては、予備の防具としてストレージに収納する。
 [軽鎧スキルを取得しました]
 と、突然のアナウンス。重鎧スキルがあったからあるだろうとは思ってたけど、兜を装備してないから取れないかと思っていたが問題なかったようだ。
 一通り防具の用意が整ったので、一度ログアウトして食事にしようと思う。
 [アイン、確か説明ではログアウトしてもアバターは自主的に行動しているんだったよな?]
 ログアウトする前に、念のためにもう一度アインに確認を取る。
 [はいマスター。ログアウト中はアバター体は自律的に活動を行い、再度ログインした時にマスターへと情報のフィードバックが行われます]
 [解った。んじゃちょっとログアウトするから頼む]
 そう言って俺は食事を取るために一度ログアウトした。
 ・・・1時間後。食事を終えて再度ログインした俺が最初に体験したのは、アバターの行動と記憶だった。
 [不思議な感覚だな。ログアウト中のリアルの自分の記憶とゲーム内の記憶両方がある]
 違和感は全くない。むしろ自分で行動した記憶としてしっかり根付いている。しかし、リアルでの自分の生活の記憶もある。その多重経験がぶつかり合う事なく同居している。
 俺がログアウトしている間、アバターはストレージからアルカ草を20束納品し、手持ちの銅貨を少し戻して、ギルドの食堂で黒パンと干し肉、水の入った革袋ー水筒を購入し、新しいクエスト、ナディーンの森の水質調査を受けていた。
 クエスト情報によれば、ナディーンの森の中には小川が流れ、ところどころ池を形成しているのだが、最近その小川を水源とした畑の作物だけが枯れるという事態が起きたので、調べて欲しいとの事だった。
 そして現在、ログインした俺は東門のすぐ近くにやって来ていた。
 [水質を調べるためのマジックアイテムか]
 俺はギルドから預かり、ストレージ内に入れてある清水きよみずの玉というアイテムを確認する。
 このアイテムは水質に問題がある場合、本来透明な玉の色が黒く変色するというもので、主に毒見などに用いられる事が多いと言う。マジックアイテムだが、比較的安価に手に入り何度も使えるので、冒険者が飲み水を確保する時に重宝しているという話だ。
 そんな事を考えながら街道を進み、森へと到着する。取り敢えずはマップ上に見えている小川と池に向かう予定だ。
 草木をかき分け進む事20分、第一目的の小川へと到着した。森の中の池は、この小川の流れに沿って点在しているので、あとは小川沿いに進むだけで全ての池を調べられるという訳だ。
 ひとまず俺は、清水きよみずの玉を小川に付けてみる。説明通りなら水質に問題があった場合、即座に色が変質するそうだが、この小川には問題が無いようで、透明なままだった。
 [小川の方は問題無さそうだな。すると池のどれかに問題が発生しているのか]
 俺は玉をストレージに戻すと小川に沿って下流へと向かった。
 マップには移動した分だけ地形が表記されて行く。2つ目の池を調査し終えた時には、すっかり森の全体図が映し出されていた。
 マップ上に表示されている池の数は4つ。中でも3つ目の池は森の中心に近く、他の池よりも二周りくらい大きいようだ。
 更に進む事1時間、3つ目の池の近くまで来る。結構な距離を歩いたが、疲労感を感じる事が無いのはありがたい。しかし、スタミナは少々減っていたので、手ごろな切り株の上に座り休憩を取る事にした。 
 俺はさっそくストレージから干し肉と水筒を取り出す。干し肉は、塩漬けのオーロックの肉を薄切りにし、乾燥させたもの。水筒の中身は水だが、しっかりとした革で作ってあるおかげでぐらつく事もなく、意外に飲みやすかった。
 軽い小休止を取っていると、スタミナゲージが戻っていくのが見て取れた。完全に回復したら3つ目の池の調査を開始しようと考えていると、マップに赤い丸が表示された。
 [赤丸、これは確か敵性キャラの表示だったな]
 ドゥニアに来て初めて見る敵性表示に、俺は気持ちを引き締める。現在の状態は点灯、点滅ではないので見つかってはいないようだ。
 俺は身をかがめ、草陰に隠れるようにして赤丸の方へと近づいていく。
 [隠形スキルを取得しました]
 隠れながら進んでいたのでスニーキングに該当したらしく、新たにスキルを取得した。
 なおも見つからないように注意深く進み、敵性キャラが見える位置まで来た。
 [あれは・・・、もしかしてゴブリンか?]
 そこにいたのは薄汚れた腰巻きをつけ、頭から一本角を生やした緑色の肌の生物。小鬼ーゴブリンだった。そしてそのゴブリンは池に何かを投げ入れている。
 [・・・もしかして、毒を使って魚を取ってるのか?]
 俺は現実世界の熱帯地方に、毒を使って魚を取るという漁法がある事を思い出した。現実世界の漁法は人体に影響の無いよう、魚を痺れさせる程度の毒だったが、相手はモンスター、人とは毒への耐性も違うだろう。
 [アナライズ]
 俺は池に何かを投げているゴブリンに対して、アナライズを試みる。

 【ゴブリンワーカー・種族・小鬼・LV3】

 アナライズの結果を確認して、その名前に違和感を覚える。
 [ワーカー・・・?ああ、なるほど労働者って事か。既存のゲームじゃ見かけない職種だな。・・・そうか、一般的にゴブリンにもファイターやソーサラーがいるのだから、逆に考えればそれ以外はみんなワーカーって事になるのか]
 相変わらず面白いこだわりを持つ開発者だと、俺は妙に納得する。
 [見える範囲には1匹。マップ上には赤丸2個表示されてるけど、念のために索敵しておくか]
 マップの表示範囲はそこそこ広いので見落としは無いと思うが、念のためにアナライズサーチでゴブリンを指定探査する。
 [アナライズサーチでもワーカーが2匹、どちらもLV3か。LV的には格上だけど、奇襲をかければ1匹くらいなら1撃で倒せそうだな]
 幸いな事にゴブリン同士の位置は離れており、池に何かを投げている方のそばまでなら隠れながら進めそうだった。
 [よし、慎重に間合いを詰めて・・・] 
 ゴブリンの真後ろの草陰まで距離を詰めると、俺は静かに剣の柄を握り、草をかき分け一気に間合いを詰める。
 [いける!]
 いまだ気付かずにいるゴブリンの首筋に狙いを定め、腰に帯びた剣を抜き放つ。
 勢い良く抜き放たれた剣は、真っ直ぐにゴブリンの首筋へと吸い込まれ、その繋がりを断ち切る。 支えを失った頭部はそのまま転がり落ち、胴体の方の斬り口からは紫色の奔流が勢い良く噴き上げる。
 [暗殺スキルを取得しました。アバター体ウォルフのLVが2になりました。]
 いやまあ確かにスニーキングキルだから暗殺と言えばそうだが、改めて聞くと中々に物騒な名前のスキルを覚えたもんだ。とは言えLVも1つ上がったし良しとしよう。
 そんな事を考えていると気配を気取られたのか、種族間の繋がりによるものか、離れたところにいたもう1匹のゴブリンが、こちらの方に向かって近づいてくるのがマップ上に見て取れた。表示は赤点滅、敵対状態である。 
 [こっちは正面から戦うしかなさそうだな]
 軽く剣を振り、正眼に構え、近づいてくるゴブリンへと向き直る。
 「ギィィーッ!」
 現れたゴブリンの手には鉈のような物が握られており、こちらに向かって刺さるような殺気を放ってくる。
 [流石に本気になったモンスターの放つ殺意は尋常じゃないな。というか殺気まで再現してるのかこのゲームは・・・] 
 数値的な変換の出来ない殺気、言わば気配を肌に感じるという、日常生活では考えられない体験を目の当たりにし、思わず身体に力が入る。
 [気を抜けば殺される・・・。]
 そんな予感が頭をよぎるほどの強烈な害意。明らかに人のそれとは異なる意思を宿す、充血した視線を投げつけてくる存在。自分は間違いなくモンスターと呼ばれる存在と対峙しているのだと、強烈に理解する。
 [相手の腕力は未知数だが、武器はショートソードより短い。懐に入られなければ勝算はある]
 呼吸を整えながら再度気を引き締め、冷静に敵の戦力を分析する。
 睨み合う事数瞬ー、痺れを切らしたのかゴブリンが飛びかかってくる。
 思いがけず高く飛び上がったゴブリンの跳躍力に一瞬驚きながら、迫り来る鉈の軌道に合わせ、剣を構え受け流しに入る。
 [ぐっ!予想より重い、けどガリオンさんの一撃よりは遥かに軽い!]
 頭を目がけて振り下ろされる鉈の一撃を掲げた剣に沿わせて左へ流す。と同時に身体を半歩捌き、鉈が剣の切っ先から流れ落ちた瞬間に合わせて勢い良く振り下ろす。
 [ギガ・・・ッ!]
 鉈の一撃を受け流す事によりゴブリンの隙を作り、同時に剣にかかった負荷を利用して勢いを増した斬撃は、背を向けたゴブリンの右肩から深く入り込み、胴体の中ほどまで達していた。
 そして、ドサッと湿った重い音を起ててゴブリンの身体が地面に投げ出された。 
 [・・・ふう。なんとかなったか]
 LPゲージを確認し、ゴブリンが絶命している事を理解した俺は剣を軽く振り、残心を解く。
 「後ろじゃ!馬鹿者!」
 突然響き渡った声に励起され、無意識のうちに身体を捻る。そして側頭ギリギリをかすめて行く矢に戦慄した。
 [なっ!?サーチにもマップにも敵表示は2だけだったはず!]
 驚く俺にアインのアナウンスが聞こえてくる。
 [隠形スキルを使用した敵性存在がいた場合、アナライズもしくはサーチの熟練度が規定値に達していなければ発見できません。それと、今の行動により回避スキルを取得しました]
 やってくれる。一見万能そうに見えたアナライズもサーチも、それを上回る熟練度の隠形には対処出来ない仕組みのようだ。
 俺は慌てて矢の飛んできた方向へ向き直り、アナライズサーチを試みる。

 【ゴブリンレンジャー・種族・小鬼・LV4】

 たまたまなのか、最初から潜んでいたのか。隠形スキルを使いこなすゴブリンがその木陰に存在していた。攻撃した事により隠形はすでに解けている。
 俺は飛んできた2本目の矢を避け、3本目の矢をギリギリまで引き付け、矢が放たれたと同時に大地を蹴りつけゴブリンの元へ肉薄する。
 「ギャブッ!」
 慌てるゴブリンにその勢いのまま剣を突き出し、そのノド元へと突き立てる。
 [アバター体ウォルフのLVが3になりました]
 痙攣するゴブリンから剣を引き抜き、残心しつつアインのアナウンスを聞く。
 「警戒を解いて良いぞ。もうおらぬよ」
 先ほど俺を窮地から救ってくれた声が再び響き、俺は剣を軽く振り残心を解く。そして声のした方へと向かい、声の主を探す。
 不思議な事にマップ上には何の表示もない。少なくとも敵意が無いのは間違いないが、ならば何故表示されないのか。やはり隠形スキルの高い存在がいるのだろうかと、俺は辺りを見回し声をかける。
 「危ないところを助けていただきありがとうございます。お礼をしたいので、出来れば姿を見せていただけないでしょうか?」
 声の感じでは女性のような気がした。なので警戒されないよう相手の出方を伺う。
 「ふむ、礼とは中々殊勝な心掛けじゃな。未熟なりに思い至るところがあったかの」
 なんか凄い小馬鹿にされてる気がするのは気のせいじゃないだろう。しかし、あの時の一言で窮地を脱したのは事実だから甘んじて受け入れる。
 「はてさて、どのようなもてなしを受けられるやら楽しみよの」
 そう言いながら木々の上から舞い降りて現れたのは、銀色の毛並みを持つ1匹の猫だった。
  
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黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

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