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第三話 俺なんかに台無しにされないで。
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「見た目は昔と全然違うし、お前が僕に気付いてないのは知ってたけど……自分から話すのも恥ずかしいというか、情け無いでしょ」
「……すみません」
「謝って欲しいとかじゃなくてさ」
「……ごめんなさい」
近場にある喫茶店に引き摺られる形で来店し、入り口から一番遠くにある店の隅の四人掛けのソファー席に座り、本日のコーヒーとして提供されているマンデリンをお互いの目の前に置いて飲み頃を逃しながら、再会を果たしてから何度目か口にした謝罪の後、呆れた様に溜息を吐かれた。だけど、俺には他に仕様が無かったから、それ以外の言葉を尽くせなくて。見た目が変わったから、服装が違うから、太陽みたいな笑顔を見せなくなったから、弾ける様な笑声を上げなくなったから、真っ黒に日焼けしていた肌が、陶磁器の様に白くなってしまったから。そんな物、この人の存在にずっと気付かなかった理由になんてならないと分かっていたから。言い訳なんて、全部空虚にしか感じられなくて、ただ口を噤んだ。
「……がっかりした?いまの僕、昔と全然違うから」
濃褐色の液体で満たされたカップに溢された本音は、力無く。それが聞きたいが為に、この場所に連れて来られたのか、という程に、微かに震えていた。口を噤んでばかりいられない。何か、目立った反応を見せなくては、この人に誤解を与えてしまう。前のめりになった。テーブルの上にあるカップが、かちゃん、と硬質な音を立てて、俺の動揺を表していた。
「ちが、……っ先輩は、確かに見た目、は、変わりました、けど……でも、ガッカリとか、は……ありません」
必死になって言葉を尽くす。俺が、あなたにガッカリするなんて、ある筈がない。確かに、見た目は昔と全然違う。相棒みたいに身に付けていたコバルトブルーのピアスだって無いし、蜂蜜色した髪も真っ黒で、真面目を絵に描いた様な、そんな姿になってしまったけれど。それで人間の本質が変わるなら、誰も苦労なんてしない。例えば俺が前髪をバッサリ切って、髪をピンク色に染めて、ピアスをジャラジャラ付けて、腕にタトゥーを入れたとしても、その内面がゴッソリと変わる訳ではないんだ。人に与える印象は変わるだろう。だけど、人の本質は、一朝一夕には、変えられないと、そう思う。
「見た目が変わっても、あなたは、俺の憧れてた、未来先輩のままです」
「忘れていた癖に」
「忘れてなんて、いません」
「うそ。僕、何回もお前の本の貸し出し、担当したよ?」
「人の顔なんて、まじまじ見てませんから」
「そう。なら、変わったのは、僕じゃなくて、お前かもしれないね」
言われた事の意味が分からなくて。自分の手元にあるコーヒーカップの湖面に向けて下げていた視線を上げると、未来先輩は、何処か寂しげな笑みを浮かべていた。
「僕、お前の、人の目を真っ直ぐに見て話すところ、好きだったんだ」
どくり、と、胸を打つ、心臓が。肺に空気を送り込む、気道が。ギュッと押し潰された様な錯覚。懐かしくも切ない痛み。世界中にあって、この人だけが、俺に齎す痛み。それは、あなたが相手だったからだと、口に出せない痛み。
「卒業式の日に呼び出して、告白だけして、返事もさせずにいなくなるとか、本当に勝手」
林檎は、そのまま齧った方が美味しい。馬鈴薯なんかと一緒にされて、台無しにされたら可哀想だから。あなたは、そのままでいてくれたら、それで良かった。それだけが、俺の望みだった。
「好きです、でも、俺に振り向かないで下さいってさ。何それ」
不本意だ。あなたが、俺に振り向く未来なんて。
不条理だ。あなたが、俺の物になる現実なんて。
「遅いよ、ばか。好きだよ、ずっと」
お願いだから。
俺なんかに、台無しにされないで。
「見た目は昔と全然違うし、お前が僕に気付いてないのは知ってたけど……自分から話すのも恥ずかしいというか、情け無いでしょ」
「……すみません」
「謝って欲しいとかじゃなくてさ」
「……ごめんなさい」
近場にある喫茶店に引き摺られる形で来店し、入り口から一番遠くにある店の隅の四人掛けのソファー席に座り、本日のコーヒーとして提供されているマンデリンをお互いの目の前に置いて飲み頃を逃しながら、再会を果たしてから何度目か口にした謝罪の後、呆れた様に溜息を吐かれた。だけど、俺には他に仕様が無かったから、それ以外の言葉を尽くせなくて。見た目が変わったから、服装が違うから、太陽みたいな笑顔を見せなくなったから、弾ける様な笑声を上げなくなったから、真っ黒に日焼けしていた肌が、陶磁器の様に白くなってしまったから。そんな物、この人の存在にずっと気付かなかった理由になんてならないと分かっていたから。言い訳なんて、全部空虚にしか感じられなくて、ただ口を噤んだ。
「……がっかりした?いまの僕、昔と全然違うから」
濃褐色の液体で満たされたカップに溢された本音は、力無く。それが聞きたいが為に、この場所に連れて来られたのか、という程に、微かに震えていた。口を噤んでばかりいられない。何か、目立った反応を見せなくては、この人に誤解を与えてしまう。前のめりになった。テーブルの上にあるカップが、かちゃん、と硬質な音を立てて、俺の動揺を表していた。
「ちが、……っ先輩は、確かに見た目、は、変わりました、けど……でも、ガッカリとか、は……ありません」
必死になって言葉を尽くす。俺が、あなたにガッカリするなんて、ある筈がない。確かに、見た目は昔と全然違う。相棒みたいに身に付けていたコバルトブルーのピアスだって無いし、蜂蜜色した髪も真っ黒で、真面目を絵に描いた様な、そんな姿になってしまったけれど。それで人間の本質が変わるなら、誰も苦労なんてしない。例えば俺が前髪をバッサリ切って、髪をピンク色に染めて、ピアスをジャラジャラ付けて、腕にタトゥーを入れたとしても、その内面がゴッソリと変わる訳ではないんだ。人に与える印象は変わるだろう。だけど、人の本質は、一朝一夕には、変えられないと、そう思う。
「見た目が変わっても、あなたは、俺の憧れてた、未来先輩のままです」
「忘れていた癖に」
「忘れてなんて、いません」
「うそ。僕、何回もお前の本の貸し出し、担当したよ?」
「人の顔なんて、まじまじ見てませんから」
「そう。なら、変わったのは、僕じゃなくて、お前かもしれないね」
言われた事の意味が分からなくて。自分の手元にあるコーヒーカップの湖面に向けて下げていた視線を上げると、未来先輩は、何処か寂しげな笑みを浮かべていた。
「僕、お前の、人の目を真っ直ぐに見て話すところ、好きだったんだ」
どくり、と、胸を打つ、心臓が。肺に空気を送り込む、気道が。ギュッと押し潰された様な錯覚。懐かしくも切ない痛み。世界中にあって、この人だけが、俺に齎す痛み。それは、あなたが相手だったからだと、口に出せない痛み。
「卒業式の日に呼び出して、告白だけして、返事もさせずにいなくなるとか、本当に勝手」
林檎は、そのまま齧った方が美味しい。馬鈴薯なんかと一緒にされて、台無しにされたら可哀想だから。あなたは、そのままでいてくれたら、それで良かった。それだけが、俺の望みだった。
「好きです、でも、俺に振り向かないで下さいってさ。何それ」
不本意だ。あなたが、俺に振り向く未来なんて。
不条理だ。あなたが、俺の物になる現実なんて。
「遅いよ、ばか。好きだよ、ずっと」
お願いだから。
俺なんかに、台無しにされないで。
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