蝉時雨〜雪空の下。夏、さんざんと

鱗。

文字の大きさ
4 / 11

無垢なる告白

撮影会終わりの、渓谷からの帰り道。俺たちは、食べる予定もない捕まえた沢蟹を沢に放流してから、腹ごなしをする為に、渓谷の近くにある道の駅のレストランに立ち寄った。石臼挽きの蕎麦を使用した、温かい山菜蕎麦を注文すると、山菜の他に、地場野菜のクレソンも添えられていた。温かい蕎麦は歯切れも良く、寒さを忘れて箸を進める。久しぶりにこうして手応えのある撮影会をし、都会の喧騒を離れて、ゆっくりとした時間に身を置けた実感を得て、温かい食事にありつけて。

これ以上の幸せはないなぁ、なんて思っていたの、だけど。


「……本当に、いいんですか。僕が、モデルだなんて」


肝心かんじんの被写体である碧少年の情緒は、だいぶとすさんでしまった様だった。


「今更じゃない。大丈夫だよ。それに、本当に良い顔してる。初めてにしては、上出来だよ。あ、データだけだけど、見てみる?」

「え……いまのカメラって、撮影したやつ、すぐに見れるんですか?」

「見れるよ。てか、いまは、大抵がデジタル化されてるから、それが主流かな。ぶっちゃけ、普通の人にとってみたら使用感はスマホと同じ。性能はレンズと本体と撮影者の腕の掛け合わせで変わるから、スマホと仕上がりは全然違うけどね……見てみる?」


さっきから、緊張からか、口には出せないもやもやとした感情からか、食が全く進んでない碧君に、苦笑いをくすりとして。カメラをボディバッグから取り出して、碧君から見て、カメラの液晶画面が見える様に、それを傾ける。すると、その画面の中にいる自分を認めた碧君の、細めがちだった目が、まんまるに開かれて。しげしげと、それを観察し始めた。


「どう?ってのも変か。自分を見て感動するって、なかなか難しいだろうし。でも、俺は碧君と撮ったこの写真、凄く気に入ってるよ」

「………ありがとう、ございます」

「いーえー、気にしないで。こっちこそ、出逢ってから3日と空けずに予定合わせたりしてくれて、ありがとね」

「それは、僕からも頼んだ事ですから、気にしないで下さい」

「OK。じゃあ、そうするね」


自分としても、久しぶりに手応えを感じる写真が撮れた。賞やコンテストに投稿してみたいか、と聞かれたら頷くのは難しいけれど。何というか、不思議と、この写真を、自分の実家の部屋に飾りたいと思えたんだ。

写真を撮る事自体が好きなだけであって、コレクションしたいとか、飾りたいとか、そんな風に思える写真を、俺は、未だかつて、撮った試しがない。

この子の笑顔には、魅力がある。言葉では表現しきれないほどの、不思議な魅力が。

言わば、自然現象。

冬の寒さを一変させる、圧倒的な熱量を秘めた、その存在。

遅くやってきた、俺の夏を始めさせる、無色透明に光り輝く光源。

しかし、こんな素敵な笑顔ができる、圧倒的な存在感を秘めた子なのに。反面、死にたがりでもあるなんて、世の中どうなっているのやら。敢えて、どうしてあの日、あの桟橋で、蜃気楼や陽炎みたいに消え失せてしまいそうな危うさを孕んでいたのか、これまで、あまり踏み込み過ぎてはならないと思って、理由が聞きたくても、聞けなかったのだけれど。


「僕、いま、好きな人がいるんです」


俺の撮った写真は、被写体である碧少年の心情を揺さぶるに値する代物だったようだ。


「幼馴染で、昔からよく、この場所で遊びました。僕が、受験生になってからは、歳の差もあって、距離ができてしまって。会う頻度も、少なくなっていって……そんなある日、その子が、女の子とデートしている所を見かけて。その時になって、漸く、あの子に……おさむに、持ってはいけない感情を持っていたんだって、悟りました」


突然始まった独白を、止める手立ては、俺には無かった。ただ、この話を途中で遮る理由は無いと思った。

吐き出したい想いがあるなら、吐き出してしまえばいい。場所や状況をかんがみる必要なんて、一切ない。それで、君の身が、心が、軽くなるなら。君が、俺の目の前で自然体でいられる様になるのなら。俺は、それで、お釣りが出るくらいに満足だから。


「今更ですよね。分かってるんです。だけど、どんなに忘れようと思っても、後悔が付き纏って。勉強にも、集中できなくて。学校にも、自分の部屋にも、塾にも、居場所すら見つけられなくて。だって、それはいつも、あの子の隣だったから。いつだって、僕の居場所は、あの子の隣だったから」


誰かの涙を、綺麗だと思ったのは、生まれて初めての経験だった。

それを自らの言動で、態度で、本心から止めてあげたいと思ったのも。


「彼女がいたら、告白したらいけないの」

「………え?」


だけど、簡単に泣き止んで欲しく無いとも思った。

何故だか、妙に。

手が掛かる方が助かると、嬉しいと、思ってしまう。この子が、俺に対して『申し訳ない事をした』という感情を持て余す、重荷になりたいとすら考えてしまう。

この感覚は、感情は、なんだろう。


「相手に彼女がいても、碧君の気持ちが変わるわけじゃ無いなら、当たって砕けるのも、悪くないんじゃない?君なら、今後の禍根に残る様な真似はしないだろうし」

「でも、……困らせたくないし、友達だし」

「その気持ちは分かるけどね」


でも、そのままだと君、またあやうい存在になっちゃうでしょ。俺としても、君が告白に敗れて玉砕するなりなんなりしてくれてから骨を拾っていった方が、予後が軽く済みそうな気持ちがあるんだよね。何というか、これまで、様々な生き方をしてきた個人を相手に写真を撮って生きてきた人間の、勘というか、感覚というか。

そこまで面倒見がいい人間ではないんだけど。被写体となる人間の、心理カウンセリングから始まる撮影の経験も、なくはなかったし。だから、その経験がいま、感覚となって表面化しても、自分としては、なんら不思議ではなかったのだけど。

本当の意味で、情緒が不安定なのは、目の前にいるこの子ではなく、自分の方なんだと悟った俺は、あまり言動に責任を持たない言葉を、口から発していた。


「どちらか一方が、相手に恋愛感情を抱いたからって、友情まで崩れるとは限らないでしょ。相手の立場に立って、言葉や態度に気をつければ、時間は掛かっても、それは過去にできる。大人になったとき、笑って話せる関係性が維持できているかは分からないけれど、このまま自分の身を滅ぼすほど悩み続けるよりかはマシなんじゃない?」


言葉にしておきながら、なんて無責任な人間なんだ、という考えが頭をよぎる。けれど、純粋な気持ちを、けがれなき想いを持ち合わせていた碧少年の胸に、それらは思いの外、響いた様で。


「本当に、友情を壊さずに告白なんて出来るんでしょうか?」


お兄さん、ちょっと心配になっちゃった。


「不安なら、試しに、俺を練習台にしてみたら?」


こんな悪い大人の口車に簡単に乗ってしまう君を、危ういと思って。


「告白しても、相手にとって、君が重い存在にならない様に」


こんな好都合な状況、なかなか無いよなぁ、だなんて、何処どことなく、そう思って。


「言ってごらん、好きって」


年端も行かない少年を、言葉巧みに丸め込むなんて、造作も無いのに。


「俺の、何処が好きなの、『碧』」


あぁ、俺は、この子に手こずりたいんだなと、ようやく、思い至れた。


「教えて、いつから好きでいたのか」


手こずらせて。

簡単に、俺の、他の誰かの、手元に落ちてこないで。

純粋でいて。
穢されないでいて。
そのままの君でいて。

こんな、厄介で仕様もない大人に。
どっぷりと、首元まで、依存して。

嗚呼、どうか、どうか。

この少年の告白が、上手くいきませんように。


「ねぇ。本当は、俺もずっと貴方が好きだったって言ったら、『碧』は、どうする?」

感想 4

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

過労で倒れかけの騎士団長を「カツ丼」で救ったら、なぜか溺愛され始めました。

水凪しおん
BL
王都の下町で、亡き両親が残した小さな食堂をたった一人で切り盛りする青年、ルカ。 孤独な日々の中で料理だけを生きがいにする彼の店に、ある冷たい雨の夜、全身を濡らし極限まで疲弊した若き騎士団長、レオンハルトが倒れ込むようにやってきた。 固形物さえ受け付けないほど疲労困憊の彼を救うため、ルカが工夫を凝らして生み出したのは、異世界の食材を組み合わせた黄金色の絶品料理「カツ丼」だった。 その圧倒的な美味しさと温もりに心身ともに救われたレオンハルトは、ルカの料理と彼自身に深く魅了され、足繁く店に通うようになる。 カツ丼の噂はまたたく間に王都の騎士たちや人々の間に広がり、食堂は大繁盛。 しかし、その人気を妬む大商会の悪意ある圧力がルカを襲う。 愛する人の居場所を守るため、レオンハルトは権力を振るって不正を暴き、ルカもまた自らの足で立つために「ルカ商会」を設立する決意を固める。 美味しいご飯が傷ついた心を癒やし、やがて二人の絆を「永遠の伴侶」へと変えていく。 胃袋から始まり、下町の小さな食堂から王都の食を支える大商会へと成り上がる、心温まる異世界お料理&溺愛ファンタジー!

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

αに軟禁されました

雪兎
BL
支配的なαに閉じ込められたΩ。だがそれは、愛のはじまりだった――。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。