蝉時雨〜雪空の下。夏、さんざんと

鱗。

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独占欲

いつもの場所。いつもの席。いつものアイスココア。眉間に皺を寄せた、この店の店主。


「なに、柄にもなく落ち込んでんだ、お前は。店が辛気臭しんきくさくなるから、早く飲んでとっとと出て行きやがれ」

「一応、待ち合わせに使ってるんで、そこまで邪険にしないでよ、巴さん」

「ッチ、なら、せめてその態度をどうにかしろ。気が散って仕事に集中出来ないだろうが」

「いやぁ、これでも申し訳ないとは思ってるんですけどね。あの子が来るまでの間だから、ちょっとだけ勘弁して」

「あの子って……また、いつもの?」

「はい、そうです。一ノ瀬 碧君、高校二年生の、16才」

「相変わらず犯罪じみてやがるな、その字面」

「自分でも分かってるんで、傷口に塩を塗らないで下さい」

「傷口?……お前、まさか」

「あ、その顔ウケる。ごめんなさいねぇ」


俺も、自分の事はくずだって、これでも自覚してるんだから、少しは多めにみてくれないでしょうか。でも、相手が巴さんだからなぁ。それは難しいか。


「いやね、自分でも分かってますよ。どれだけ俺が、身の程知らずかは」


出逢って、半年。つまりは、初夏。碧君、もとい、碧は高校二年生の、ぴかぴかな16才に。俺は、何処に出しても恥ずかしいアラサー成人男性29才(独身)に。時間とは、誰しもに平等だ。

平等に、残酷に、過ぎていく。


「今日、付き合って半年記念日らしいんで、ちょっとだけ遅れるって言われたんですけど、それでも来てくれるんですって。優しいよね」


碧の告白は、上手くいった。俺が練習台になった成果かと言われたら、首を傾げる内容ではあるけれど。相手の返答は、俺の目論見通り、殆ど俺と同じ形を成していた様で。

そんな勘ばかりが働いてしまう自分が、心底嫌になった。

だってねぇ。あの子が本気で告白して、落ちないオトコノコの方が少ないでしょうよ。相手のオトコノコの気持ちは、だから、痛いほど分かってるつもり。

だからって、告白という一手から逃れつつ、あの子を振り向かせる為に、擬似彼女を作るだなんて暴挙に出るオトコノコの行動にまで理解が及ぶかは、別の話になっちゃうんだけれど。

まぁ、でも。あんなにも相手の好意に鈍いあの子を振り向かせる為なら、なりふり構っていられないよな、とは思う。行動は屑だけど。俺も似たり寄ったりか、それ以上の屑だから分かるよ。相手のオトコノコの気持ちだけは。

会ったこともないのに、親近感。


「一応聞くが……手は出してないんだよな?」

「してませんよ。てか、そんな欲求を抱く相手じゃないので。あの子は、俺の前で、ただ生きていてくれたら、それで充分なんです。俺はそれ以上を、あの子に望んだりはしてません」

「ふぅん……なんていうか、それはそれで、難儀だな」 

「こんな年だけ食った大人を、恋愛であれ学業であれ、相談相手にしてくれるのは嬉しいですよ」

「身を削り過ぎだろ。いつかすり減って、お前自身が消えて失せるぞ」

「それはそれで、いいかなぁ、とか」

「は、末期だな」

「あれぇ、やっぱり心配してくれてるの、巴さん」

「折角作ったアイスココアの氷が溶けたら、味が薄くなるから辞めて欲しいだけだ。早く飲んで、さっさと二杯目にしろ」

「えー……」


悲しいかな、嘘泣きはこの人には通じない。だから、肩をガックリと落としてから、ずるずると薄くなったアイスココアを啜った。

元々が濃いめだし、これはこれでアリなんじゃない?とか思う味なんだけど。

味を台無しにされるのは嫌だとか、やっぱり提供する商品に対するこだわりはあるんですね、巴さんあの方にも。

こだわり。こだわりかぁ。

人には見えなくても、言わなくても、あるよね。プロなら当然。

つまりは、こんな俺にも。


「遅くなって、ごめんなさい」

「いーえー。こちらこそ、時間作ってくれて、ありがとうね。良かったの、こんな大切な日に、相手放り出して。無理してない?」


制服姿のまま、肩で息を吐く碧の頬が、耳が、朱に染まる。走ってきたから、とか、そんな反応じゃなくて。お兄さんは、勘が働いてしまいました。


『そんなに慌てて、制服に皺とか付いてない?』
『けどまぁ、離してくれて、良かったね』
『腰とか、身体とか、大丈夫?』
『だって、ハジメテだったんでしょう?』


とか、聞いたら無粋というか、単純に、下品というべきか。あーやだ。怖い怖い。

本音って、いつだって、恐ろしいなぁ。


「もともと、こっちの予定が先だったから、しぶしぶ折れてくれました。ちょっと、無理矢理だったけど」

「後で揉めない?大丈夫?」

「揉めるとは、思いますけど……」


まぁ、それ以上に、こちらの方を優先してくれたわけだから、あんまり突き回すのは辞めておこう。ありがたいのは、本心なんだから。

でも、ごめん。これだけは言わせて。本当には言わないけど、心の中でだけは言わせて。

せめて、せめてね。

その首元にべったりと付けられた朱色の所有印マーキングを隠す格好で、来て欲しかったかな。

こうして、待ち合わせしていた俺に対する、気遣いとして。

でも、それって、どんな気遣い?って聞かれたらね。俺としては、答えようが、無いんだけれども。

こだわり。こだわりねぇ。
あったんだなぁ、俺にも、それが。

完璧たる被写体俺の運命の人に、勝手にマーキングすんじゃねぇよ。みたいな。

これって、この感情って、なんていうんだっけ。


「座って。飲み物は、いつもクリームソーダで良い?」

「いや、あの、実はもう、決めていて」


ああ、あれだ。


「あれ、そう。何?」

「その……アイスコーヒーを、と」


"独占欲"


「まだ、ブラックでは難しいかなと思うんですけど。修に揶揄われて……飲んでみようかと」


出逢ってから、半年。季節は巡って、初夏。君の成長は、著しい。夏に向けて、枝葉を伸ばす、樹々や真夏に開花を迎える植物の様に。


「初めてが、俺の前でいいの?」


この柔和な言葉や態度の裏にある棘に、刺激臭に、気がついて欲しいような、そうでもないような。

君の前で俺はいつも、自分の腹の底で生まれた毒々しい感情を持て余してしまう。

だから。


「告白も、庄司さんに付き合って貰えたから、必要以上に、怖がらずに出来たし……だから、『初めて』は、庄司さんがいい」


言葉選びは、もっと慎重にした方がいいよ、碧。


「……そう」

「あ、聞いて貰えますか?どうにも嬉しかったから……あの子に、半年記念日のプレゼントをしてきました。庄司さんに教えて貰った香水。高いから小さいボトルだったけど。あの子、喜んでましたよ。だから、相談に乗ってくれて、ありがとう、庄司さん」


俺が日頃から付けてる香水を。

君の好きな男にまとわせる意図を。

純真無垢な君が、気が付かないでいてくれることを、願う。

相手のオトコノコにだけ、俺の意図が伝われば、それでいいと。

本心から、そう願う。


「前に通った渓谷にも、また、一緒に行けるようになったんです。夏休みになったら、初めて、デートとして行くことになって……それも、凄く、嬉しかった」

「うん。良かったね」


願う。病むほどに。


「背が伸びて水着のサイズが変わったから、新しいの買わなくちゃ……庄司さんは、どこのブランド使ってますか?参考にしようと思って」

「俺もこだわりはないよ。いつも誰かにプレゼントされたものを、相手に合わせて履いてる」


"嫉妬されたい"とか。


「そうなんだ……やっぱり、庄司さんはモテるからなぁ」

「いいことばっかりじゃないよ。プレゼントしてくれた人の前じゃないと着れないし」


"振り向いて欲しい"とか。


「そういうものですか?」

「そういうものだよ。モテるのを維持するのも大変なの、気遣いが」

「僕には、真似できないなぁ……」


自分の中に僅かばかり残った幼さに紛れて。
馬鹿な真似をして、辟易へきえきとする。


「しなくていいよ、俺の真似なんて」


しなくていいよ、『俺達』みたいな、屑の真似なんて。

例えその身を暴かれても。
君は、純粋なまま。
何者にも、穢されぬまま。

ただ、そこに在ればいい。

でも知ってるんだ。それが君にとって、どれだけ求められ過ぎている内容かどうかを。


「水着、みてあげようか」


この"独占欲"という、一匹の雄の持つどす黒い感情に。

どうか君が、気が付きませんようにと。

乞い願う。

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