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爆ぜる
「暑い」
「そりゃそうよ、常夏の国に来たんですもの」
「違う、距離。貴方と僕の、距離を言ってるの」
「だって、ベッド一つだし」
「……そうだけど」
「プールも海も入って、疲れたし」
「だ、け、ど!!」
「うわ、なに、びっくりしたぁ」
「態とらしい。びっくりしたのは、こっちの方なんだからね」
「えー……」
びっくりしたのは本当なのに、そこ否定されたら、流石のお兄さんも困っちゃうんだけど。それに、長距離フライトと、ついさっき一緒に入った海とプールとで疲れてるのはお前も同じだろうに、何をそんなにいきり立つかね。
それとも、俺の撮った、お前をモデルにした写真のフォトコンテストでの金賞受賞と、お前自身の18才の誕生日おめでとうも兼ねての旅行先で、昼間っからへばってクタクタになった俺を見て、幻滅でもしたりした?身体は割りかし鍛えてるけど、持久力は無さそうに見えたりした?
そんな想像を膨らませては萎ませて、そんな分かりやすい反応示されたら、今すぐにでも期待に応えたくなっちゃうじゃないですか。
お兄さん、まだまだ全然、ただお前にくっついていたいだけなんですけど。その辺りまで説明しないと駄目かなぁ。ちょっと恥ずかしいんだけれども。
手持ち花火や線香花火まで用意しておいたのに、無駄になるのかな、其れも。
てかさ、話変わるけど。
やっぱり、肌膚、綺麗だね。
どこもかしこも、艶々と。
君は、眩しいくらいに、綺麗だね。
「シャンプー同じの使うの、いいね」
「耳元で囁くの、やめて」
「擽ったい?」
「……それこそ態とらしい」
「あはは、うん、これは態と」
抱きしめるのも。
首元に顔を埋めて香りを確かめるのも。
秘め事の様に、唇を啄むのも。
去年の君の、17歳の誕生日の日以外、したことがなくて。
「だから、ごめんねのキス、してもいい?」
戸惑いや緊張が無い筈がないって、俺にも分かるけど、そんなに身構えられても、対処に困るというか。
なんていうの、これ。
「聞かないでよ、馬鹿」
「うん。じゃあ、今度からは、聞かなくてもするね」
非日常を日常にしていく、快感。
夏を知らせる、淡紅色の合歓の花。満開を迎えたその樹の下で、聖なる愛を秘めた時計草の種子が、君の無垢な手で、俺の左胸に、俺たちの足元に、植えられて。
ぱちん、ぱちんと。
淡く、でも確かに爆ぜる、そんな気持ち。
俺の心に吹き荒ぶ冬を終わらせる、圧倒的な夏の気配。
夏風。
「こっち向いてよ。いつまで臍曲げてるの」
「だって、そっち向いたら……キスしちゃうじゃん」
「そうだねぇ、しますねぇ」
「だ、から……まだ無理」
「いつまで無理そう?」
「わかんないけど……」
「うん」
「まだ、夕ご飯食べた後、歯も磨いてないし」
「それは俺もだよ。あぁ、最初はミント味がいい?俺は、どっちでもいいから、自分のタイミングで応えて」
「……ごめん、やっぱりいまは」
「隙あり」
身体の力を程よく抜いて、つまりは僅かに安堵を覚えて、こちらに体勢を許したその隙を狙って、上から覆い被さる様にして、唇を奪う。目を白黒させた君を至近距離で見つめると、かちりと合った視線で、お互いの感情を読み合った。
俺からは『YES』を。
君からは『NO』を。
なら、続きはまた明日にしようかな、なんて思いつつも、行動には繋がらない、仕様も無い自分。
こんな風にがっつくつもり、無かったんだけどなぁ。大人の余裕とか、初夜に持ち込んでこそなんぼだろうに。何を焦っちゃってるんだか。
やっぱり、空港で見送りに来てくれた家族とか、お前の中でも、一応は俺の中でも、プレッシャーになっていたりするんだろうか。
式すら挙げてないけど。
俗にいう逃避行でもなく。
温かい家族に囲まれて。
歳の差だって、性別の壁だってあるのに。
その事実は、俺たちの気持ちに、様々な化学変化を齎したのでしょうか。
それとも、この南国の、一つ島での、初旅行も。
1年ぶりの、このキスも。
君の意思や神聖性を大事にしたかった俺の、エゴだったのかな。
でもさ、待ったよ。
あれから365日。
偉くない?偉いよね?
でもやっぱり、キス一つで、俺はこんなにも、情けない人間になれてしまう。
狡いよなぁ、なんて。どっちがだよ、ってな話ですよね。
ごめんね、俺、こんなで。
夫がこんなで、ごめんなさい。
「碧、ごめんね。俺さ……俺さ」
「うん。庄司さん、ごめん。僕こそ、ごめんね。したいよ、僕も。ちゃんとしたい。だから、泣かないで」
「こんなんで、一回りは違う年上とか、マジでダサいよな。ごめんね、でも、悲しいとかじゃないんだ。逆なんだ。だから、大丈夫だから」
「うん、分かってる。でも、ほっとけない」
「なら、抱き締めて。ギュッて。もう、どこにも行かないって、俺に思い知らせて」
「……分かった」
君の手で左胸に植えられた時計草の、聖なる愛の種子が、また一つ、ぱちん、と爆ぜる。
太陽見上げ。
時を刻む。
自分だけの時を。
芽吹く。艶やかに。伝う。伸びる。蔓延る。生い茂る。成る。咲く。散る。実る。
再び、今度は、大きな音を立てて。
ばちん、と。
爆ぜる。
君が触れた場所全部が、ぱちぱちと、初めて出逢ったあの日の、クリームソーダの炭酸みたいに、淡く弾ける。
夢みたいだ。
夢じゃないんだ。
現実なんだ。
俺たちは、これを日常にしていくんだ。
「準備、本当は出来てるんだ。だから、庄司さんさえよければ、僕、いつでも大丈夫だから」
優しい言葉。優しい気遣い。分かってはいたけど、本当に、君はいい人だ。だけど、あのね、俺を君の身体に迎え入れる準備をしてくれていたこと自体は嬉しいんだけどさ。君の中に、他の男の余韻が残ってる事実は、まだまだ俺でも、受け入れ難いんだ。
それこそ、前の男と別れてから一年という時間が経っていても、それは同じで。この世に蔓延る問題は、時間が解決する問題ばかりじゃないんだな、なんて思ってしまう自分が嫌になったよ。
でも、でもさ。
「碧、俺ね、お前が思ってる以上に、心が狭いから。あんまり、他の男の痕跡とか、付けられた癖とか、見せられるとさ。自分がコントロール出来ないっていうか、お前に無茶な事しそうで、怖いんだ」
「庄司さん……」
「でもさ、もしそれを見つけたり、察知したら、それはそれで……なんていうか、男として、負けてらんないなって思うからさ。無茶はしないようにするけど、その辺、覚悟しといて」
「………分かった」
俺の正面に立ち塞がった相手はたった一人の男なのに。たった一人だからこそ、そこにこだわりを持つ。これから一週間あるうちの、何回あるか分からない『其れ等』で、どれだけ前の男に付けられた手垢をこそぎ落とせるかは分からないけれど。努力だけはしていきたい。
だから。
君は、そのままであればいい。
そのままの君であればいい。
例え、間違えて前の男の名前を呼んでも構わない。俺の背中に、いくらでも爪を立ててくれても構わない。久しぶりの感覚に戸惑って、シーツの海で溺れそうになったら、その時は俺の手に、腕に、胸に、耳に、首に、顔に、肌膚が露出した部分の全てに、引っ掻いたり噛み付いたりしたっていい。
だから。
君は、そのままであればいい。
そのままの君であればいい。
「碧、お前を見てると、いつも思ってるんだけどさ」
「ぁ、な……なに?」
「俺は、お前以上に綺麗な人間に出逢ったことない。お前を初めて見た時、透明に透き通ってみえたのは、きっと俺の目の錯覚じゃなかった」
間接照明も消し、夜の海の静かな漣をBGMとして、まんまるの月と星々が齎らす淡い灯りを頼りに、君の線という線を、指先で辿る。
例えこの先、何十年と年月が流れ、自らが盲目になったとしても、何処までも無色透明な君の形を覚えていられる様に。
君への信仰を深めるかの様に。
「いまだって、お前以上に透き通った人間には出逢った事がない。お前が、世俗に穢れず、人として真っ当に生きてきたから、俺は、お前に、これまでずっと指先を伸ばさずにいられたんだ。だから……俺と出逢ってくれて、ありがとう」
波の音は、静かに地球の鼓動を砂浜に届ける。月の灯りは夜の空を明々と照らし、星々は暗闇に散りばめられたスワロフスキーの様に鮮やかだ。
だけど、その全ての音が、色が、灯りが。
俺の目には、ただただ、君という存在を彩る背景にしか映らない。
「……庄司さんとのセックスは、擽ったい」
「物足りない?」
「そういうんじゃないけど……まるで自分が、ガラス細工になったみたいな気分になる」
「激しい方が好みなら、そうしようか?」
「そういうんじゃな、……ぁ、ちが、待って」
「あのさ。お互いの性癖とかは、これから知っていく部分だからなんとも言えないんだけどね」
「ぁ、ッあぁ、しょうじ、さ、ん…ッぁん、」
「比べんなよ、乳くせぇ餓鬼と」
「ごめん、ごめんなさ、ぁっあぁ……ッい、あっ、」
灼熱を宿した焼印を押し当て、自らの刻印を君の肌膚に施す様な、散々な結末だけは迎えない様にしたい。前の男がどんな感情を持ってして『其れ』を扱ったかは知らないけれど、『其れ』は、子供同士のおままごとの域を抜け出せていない人間の持つ玩具でしかないのだと、君の身体に、脳内に、深く刻み込みたい。
絡み付きたい、雁字搦めに。
深いキスと、芳醇な快楽で。
俺たちだけの、時を刻んで。
「一年間、他の誰かを相手にしなかったのはさ、何もお前だけじゃないわけよ。そこんとこ分かる?」
「ひ、ぁん……ッ、そこばっか、まって、ぇ」
「お前のこと大事にしたいだけなんだから、下手に煽るなって。じゃないと、このままシャワーじゃなくて朝日を浴びる様な羽目になるよ?……それとも、それ狙ってる?」
「もぅ、しないから、ゆるしてぇ……ッごめんなさ、あ、ァッ……狙ってない、違うからぁ」
「分かった分かった。じゃあ、昔馴染みの餓鬼の事はさっさと忘れて、夫夫同士仲良くしようね」
二人きりの夜を、これから何度となく、共に越えていく。その度に俺達は、互いの想いを深めていく。
「先ずは、仲直りのキスの仕方から教えるから、一から覚え直して」
たまに喧嘩して、仲直りのキスをして。夜になったら、一緒にシーツの海を回遊しよう。
涙は砂埃の所為にしよう。
夏風に晒して、消してしまおう。
草笛の音が聞こえたら。
一緒に、同じ家に帰ろう。
生きよう、共に。
そんな未来を、終わりなき夏を、生きよう。
「頭から追い出して、全部。俺以外」
戻れぬあの時が。
僕の心を、強くする。
今、手の内にあるものが。
全てで、何が悪かろう?
「そりゃそうよ、常夏の国に来たんですもの」
「違う、距離。貴方と僕の、距離を言ってるの」
「だって、ベッド一つだし」
「……そうだけど」
「プールも海も入って、疲れたし」
「だ、け、ど!!」
「うわ、なに、びっくりしたぁ」
「態とらしい。びっくりしたのは、こっちの方なんだからね」
「えー……」
びっくりしたのは本当なのに、そこ否定されたら、流石のお兄さんも困っちゃうんだけど。それに、長距離フライトと、ついさっき一緒に入った海とプールとで疲れてるのはお前も同じだろうに、何をそんなにいきり立つかね。
それとも、俺の撮った、お前をモデルにした写真のフォトコンテストでの金賞受賞と、お前自身の18才の誕生日おめでとうも兼ねての旅行先で、昼間っからへばってクタクタになった俺を見て、幻滅でもしたりした?身体は割りかし鍛えてるけど、持久力は無さそうに見えたりした?
そんな想像を膨らませては萎ませて、そんな分かりやすい反応示されたら、今すぐにでも期待に応えたくなっちゃうじゃないですか。
お兄さん、まだまだ全然、ただお前にくっついていたいだけなんですけど。その辺りまで説明しないと駄目かなぁ。ちょっと恥ずかしいんだけれども。
手持ち花火や線香花火まで用意しておいたのに、無駄になるのかな、其れも。
てかさ、話変わるけど。
やっぱり、肌膚、綺麗だね。
どこもかしこも、艶々と。
君は、眩しいくらいに、綺麗だね。
「シャンプー同じの使うの、いいね」
「耳元で囁くの、やめて」
「擽ったい?」
「……それこそ態とらしい」
「あはは、うん、これは態と」
抱きしめるのも。
首元に顔を埋めて香りを確かめるのも。
秘め事の様に、唇を啄むのも。
去年の君の、17歳の誕生日の日以外、したことがなくて。
「だから、ごめんねのキス、してもいい?」
戸惑いや緊張が無い筈がないって、俺にも分かるけど、そんなに身構えられても、対処に困るというか。
なんていうの、これ。
「聞かないでよ、馬鹿」
「うん。じゃあ、今度からは、聞かなくてもするね」
非日常を日常にしていく、快感。
夏を知らせる、淡紅色の合歓の花。満開を迎えたその樹の下で、聖なる愛を秘めた時計草の種子が、君の無垢な手で、俺の左胸に、俺たちの足元に、植えられて。
ぱちん、ぱちんと。
淡く、でも確かに爆ぜる、そんな気持ち。
俺の心に吹き荒ぶ冬を終わらせる、圧倒的な夏の気配。
夏風。
「こっち向いてよ。いつまで臍曲げてるの」
「だって、そっち向いたら……キスしちゃうじゃん」
「そうだねぇ、しますねぇ」
「だ、から……まだ無理」
「いつまで無理そう?」
「わかんないけど……」
「うん」
「まだ、夕ご飯食べた後、歯も磨いてないし」
「それは俺もだよ。あぁ、最初はミント味がいい?俺は、どっちでもいいから、自分のタイミングで応えて」
「……ごめん、やっぱりいまは」
「隙あり」
身体の力を程よく抜いて、つまりは僅かに安堵を覚えて、こちらに体勢を許したその隙を狙って、上から覆い被さる様にして、唇を奪う。目を白黒させた君を至近距離で見つめると、かちりと合った視線で、お互いの感情を読み合った。
俺からは『YES』を。
君からは『NO』を。
なら、続きはまた明日にしようかな、なんて思いつつも、行動には繋がらない、仕様も無い自分。
こんな風にがっつくつもり、無かったんだけどなぁ。大人の余裕とか、初夜に持ち込んでこそなんぼだろうに。何を焦っちゃってるんだか。
やっぱり、空港で見送りに来てくれた家族とか、お前の中でも、一応は俺の中でも、プレッシャーになっていたりするんだろうか。
式すら挙げてないけど。
俗にいう逃避行でもなく。
温かい家族に囲まれて。
歳の差だって、性別の壁だってあるのに。
その事実は、俺たちの気持ちに、様々な化学変化を齎したのでしょうか。
それとも、この南国の、一つ島での、初旅行も。
1年ぶりの、このキスも。
君の意思や神聖性を大事にしたかった俺の、エゴだったのかな。
でもさ、待ったよ。
あれから365日。
偉くない?偉いよね?
でもやっぱり、キス一つで、俺はこんなにも、情けない人間になれてしまう。
狡いよなぁ、なんて。どっちがだよ、ってな話ですよね。
ごめんね、俺、こんなで。
夫がこんなで、ごめんなさい。
「碧、ごめんね。俺さ……俺さ」
「うん。庄司さん、ごめん。僕こそ、ごめんね。したいよ、僕も。ちゃんとしたい。だから、泣かないで」
「こんなんで、一回りは違う年上とか、マジでダサいよな。ごめんね、でも、悲しいとかじゃないんだ。逆なんだ。だから、大丈夫だから」
「うん、分かってる。でも、ほっとけない」
「なら、抱き締めて。ギュッて。もう、どこにも行かないって、俺に思い知らせて」
「……分かった」
君の手で左胸に植えられた時計草の、聖なる愛の種子が、また一つ、ぱちん、と爆ぜる。
太陽見上げ。
時を刻む。
自分だけの時を。
芽吹く。艶やかに。伝う。伸びる。蔓延る。生い茂る。成る。咲く。散る。実る。
再び、今度は、大きな音を立てて。
ばちん、と。
爆ぜる。
君が触れた場所全部が、ぱちぱちと、初めて出逢ったあの日の、クリームソーダの炭酸みたいに、淡く弾ける。
夢みたいだ。
夢じゃないんだ。
現実なんだ。
俺たちは、これを日常にしていくんだ。
「準備、本当は出来てるんだ。だから、庄司さんさえよければ、僕、いつでも大丈夫だから」
優しい言葉。優しい気遣い。分かってはいたけど、本当に、君はいい人だ。だけど、あのね、俺を君の身体に迎え入れる準備をしてくれていたこと自体は嬉しいんだけどさ。君の中に、他の男の余韻が残ってる事実は、まだまだ俺でも、受け入れ難いんだ。
それこそ、前の男と別れてから一年という時間が経っていても、それは同じで。この世に蔓延る問題は、時間が解決する問題ばかりじゃないんだな、なんて思ってしまう自分が嫌になったよ。
でも、でもさ。
「碧、俺ね、お前が思ってる以上に、心が狭いから。あんまり、他の男の痕跡とか、付けられた癖とか、見せられるとさ。自分がコントロール出来ないっていうか、お前に無茶な事しそうで、怖いんだ」
「庄司さん……」
「でもさ、もしそれを見つけたり、察知したら、それはそれで……なんていうか、男として、負けてらんないなって思うからさ。無茶はしないようにするけど、その辺、覚悟しといて」
「………分かった」
俺の正面に立ち塞がった相手はたった一人の男なのに。たった一人だからこそ、そこにこだわりを持つ。これから一週間あるうちの、何回あるか分からない『其れ等』で、どれだけ前の男に付けられた手垢をこそぎ落とせるかは分からないけれど。努力だけはしていきたい。
だから。
君は、そのままであればいい。
そのままの君であればいい。
例え、間違えて前の男の名前を呼んでも構わない。俺の背中に、いくらでも爪を立ててくれても構わない。久しぶりの感覚に戸惑って、シーツの海で溺れそうになったら、その時は俺の手に、腕に、胸に、耳に、首に、顔に、肌膚が露出した部分の全てに、引っ掻いたり噛み付いたりしたっていい。
だから。
君は、そのままであればいい。
そのままの君であればいい。
「碧、お前を見てると、いつも思ってるんだけどさ」
「ぁ、な……なに?」
「俺は、お前以上に綺麗な人間に出逢ったことない。お前を初めて見た時、透明に透き通ってみえたのは、きっと俺の目の錯覚じゃなかった」
間接照明も消し、夜の海の静かな漣をBGMとして、まんまるの月と星々が齎らす淡い灯りを頼りに、君の線という線を、指先で辿る。
例えこの先、何十年と年月が流れ、自らが盲目になったとしても、何処までも無色透明な君の形を覚えていられる様に。
君への信仰を深めるかの様に。
「いまだって、お前以上に透き通った人間には出逢った事がない。お前が、世俗に穢れず、人として真っ当に生きてきたから、俺は、お前に、これまでずっと指先を伸ばさずにいられたんだ。だから……俺と出逢ってくれて、ありがとう」
波の音は、静かに地球の鼓動を砂浜に届ける。月の灯りは夜の空を明々と照らし、星々は暗闇に散りばめられたスワロフスキーの様に鮮やかだ。
だけど、その全ての音が、色が、灯りが。
俺の目には、ただただ、君という存在を彩る背景にしか映らない。
「……庄司さんとのセックスは、擽ったい」
「物足りない?」
「そういうんじゃないけど……まるで自分が、ガラス細工になったみたいな気分になる」
「激しい方が好みなら、そうしようか?」
「そういうんじゃな、……ぁ、ちが、待って」
「あのさ。お互いの性癖とかは、これから知っていく部分だからなんとも言えないんだけどね」
「ぁ、ッあぁ、しょうじ、さ、ん…ッぁん、」
「比べんなよ、乳くせぇ餓鬼と」
「ごめん、ごめんなさ、ぁっあぁ……ッい、あっ、」
灼熱を宿した焼印を押し当て、自らの刻印を君の肌膚に施す様な、散々な結末だけは迎えない様にしたい。前の男がどんな感情を持ってして『其れ』を扱ったかは知らないけれど、『其れ』は、子供同士のおままごとの域を抜け出せていない人間の持つ玩具でしかないのだと、君の身体に、脳内に、深く刻み込みたい。
絡み付きたい、雁字搦めに。
深いキスと、芳醇な快楽で。
俺たちだけの、時を刻んで。
「一年間、他の誰かを相手にしなかったのはさ、何もお前だけじゃないわけよ。そこんとこ分かる?」
「ひ、ぁん……ッ、そこばっか、まって、ぇ」
「お前のこと大事にしたいだけなんだから、下手に煽るなって。じゃないと、このままシャワーじゃなくて朝日を浴びる様な羽目になるよ?……それとも、それ狙ってる?」
「もぅ、しないから、ゆるしてぇ……ッごめんなさ、あ、ァッ……狙ってない、違うからぁ」
「分かった分かった。じゃあ、昔馴染みの餓鬼の事はさっさと忘れて、夫夫同士仲良くしようね」
二人きりの夜を、これから何度となく、共に越えていく。その度に俺達は、互いの想いを深めていく。
「先ずは、仲直りのキスの仕方から教えるから、一から覚え直して」
たまに喧嘩して、仲直りのキスをして。夜になったら、一緒にシーツの海を回遊しよう。
涙は砂埃の所為にしよう。
夏風に晒して、消してしまおう。
草笛の音が聞こえたら。
一緒に、同じ家に帰ろう。
生きよう、共に。
そんな未来を、終わりなき夏を、生きよう。
「頭から追い出して、全部。俺以外」
戻れぬあの時が。
僕の心を、強くする。
今、手の内にあるものが。
全てで、何が悪かろう?
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