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第三話 四角関係
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俺の傷心を癒す会という名目は何処に消えたのか、二軒目に向かう父親達を見送ると、俺と拓人さんは二人きりになった。相変わらずの放任主義は健在で、これで俺の恋愛に口出しして来なければ、男にとっては最高の父親の部類に属するんだけどな、と肩を竦めた。
「俺、これから親友(ダチ)と会う事になってるんだけど、お前どうする?飲み足りないなら、くる?」
「あー……」
『嗚呼』という言葉に含まれるニュアンスや感情の機微を捉えてくれれば、この人は最高の兄なんだけどな、と思いながら口にする。いつもそれは、結局願望に終わってしまうのだけど、今日ばかりはその鈍感さに救われた気持ちになった。拓人さんの友人関係に巻き込まれてきた今までに、良い思い出なんてまるで無いけれど、この人が齎す雑多に飲み込まれれば、日常に戻っても下らない閉塞感に囚われる可能性は少なくなるんじゃ無いかと多少なり期待したからだ。それに、この人なりに心配はしてくれているのだろうし。だから俺は、引き摺られる、とまでは行かないまでも、ある程度自ら進んで、拓人さんの後をついて行った。
しかし、拓人さんが待ち合わせ場所に指定していたオーセンティックバーで待ち受けていたのは。
「やぁ、拓人。時間より早かったじゃないか……おや、後ろにいるのは、もしかして、弘樹か?」
うげ、と言う、蛙の潰れた様な声が口の端から微かに漏れる。今一番会いたくない人物の一人である人間が目の前に座って、長い脚を一枚板のチークのカウンターの下で窮屈そうに組んでいるのだから、ある程度は仕方がない。
「こいつと知り合いだったんですか、真澄さん」
「あぁ、うちの店の常連さんでね。紅茶にも詳しくて、とてもスマートだし、気さくで、あんな好青年は見た事がないって、由依と良く話していたんだ。久しぶりだね、弘樹」
「………お久しぶりです」
隣に立つ拓人さんの顔が、見れない。視線は感じないけれど、今の流れで大体俺の状況は察している筈だ。
「くく………へぇ、こいつが紅茶にねぇ」
目当てのオンナの気を引く為に、付け焼き刃の知識を仕入れて知識人風吹かせてた事を、よりによって拓人さんに知られるなんて。来るんじゃなかった。あー、来るんじゃなかった。
「それで、あいつはいつ来るって言ってました?」
「もうすぐ着く筈だよ………久しぶりに君に会うからね、あの子も、はしゃいでいるんだ」
「いやぁ、そんな事ないでしょ」
「そんな事、あるんだよ」
どっこいせ、とおっさんの様な掛け声と共に、拓人さんが椅子を一人分空けて真澄さんの並びに座った。その一人分のスペースに誰が着くのか分からない俺ではないから、反射的に踵を返して、出入り口の深いカラメル色をした扉に向かって歩みを進めた。しかし、扉のドアノブに手を掛けたタイミングで、そのドアノブの重みが手の中からフッと消えた。扉が外側に向かって開いたと思ったら、目の前には由依さんが居て。驚きに目を見開いた彼と、ばっちり目が合ってしまった。
「……え?……弘樹?」
「………お久しぶりです」
「あ、うん……久しぶり」
こんなにも気不味い再会があるだろうか。あるにはあるだろうけど、俺は未だかつて、経験した事はない。下手をしたら、自分を振った相手に粘着している危ない奴だと思われかねないし、拓人さん繋がりでくっついて来たと知れたら、余計にヤバい奴認定されてしまう。それだけは避けたい、と思ってしまうくらいには、まだこの人に向けた好意というか、掛けて来た時間と手間暇に準じた情はあるので、そんな悲しい誤解を解く為にも、俺は由依さんと共に、店内にすごすごと戻った。
「拓人の幼馴染の弘樹って、君だったんだね。知らなかった……世間って、狭いね」
「はい、俺も本当に知りませんでした。でも、偶然って凄いですよね、ははは……」
『知らなかった』『偶然』を強調していく度に、自分の頭の中が白けていく。何処から見ても滑稽そのものに見えてしまって、本気で自分が何をやっているのか、何故自分がこの場にいるのか分からなくなった。ていうか、左から順に、真澄さん、由依さん、拓人さん、俺の、この並びって、一体何?どう考えても俺だけやっぱり、浮いてるんだよな……由依さんの誤解もある程度解けたら、さっさとこの場を退散しよう。飲み慣れないロックのウィスキーを傾けながら、そう思っていた。
「さて、明日の店の準備があるから、俺はそろそろお暇するよ。弘樹も顔が真っ赤だし、俺と一緒に出ないか?」
すると、それから暫くして、まさかの所から、俺に向けて助け舟が出された。驚きの余り、え?と小さく声を上げ、声のした方を振り向くと、提案者である真澄さんの、『どうかな?』という心の声が聞こえて来そうな穏やかな微笑みが目に映った。
「はい、じゃあ、俺もそろそろ……」
良く理由は分からないけれど、真澄さんの言葉に従った方が良い気がして。俺は拓人さんと由依さんに、それじゃあ、また、と一言告げてから、席を立つ真澄さんに続こうとした。
「真澄さん、まって」
すると、由依さんが真澄さんの服の裾を掴んで、何処か必死に縋り付いている様な雰囲気を醸し出し始めた。いつも穏やかな由依さんらしくない反応に、こんな顔も出来る人なんだな、と意外に思った。
「もう、大丈夫だよ。俺がいなくても、大丈夫だ」
「駄目、だめだよ、僕。だって、まだ……だから、一緒に居て」
「由依………すまない、これ以上は、もう」
「駄目。いて。真澄さんは、ここに居なくちゃ駄目なの」
子供の駄々とは違う、どちらかと言うと、強制力を伴う様な由依さんの口調に、再び驚く。いつも、接客中している時や、仕事上の業務連絡を交わしている二人しか見た事が無かったから、その仕事場の関係性がそのまま引き継がれているのだとばかり考えていた。しかし、今のやり取りで、二人の関係性の強弱をそこに見てしまった。だから俺は、これまでずっと、この人達の表面しか見ていなかったんだな、としみじみ思った。
「真澄さんを困らせるなよ、由依」
「でも、だって……」
「それが難しいっていうなら、もう俺は、お前には会えない」
ハッ、と拓人さんを振り返り、沈痛な面持ちで唇を噛み締め、由依さんはゆっくりと俯いていった。それを見て、由依さんは、拓人さんに絶対に逆らえない関係性にあるのだという事を知った。嘘が付けない拓人さんが親友と紹介したからには、間違いなく二人は親友なんだろう。しかし、これだけ絡れた関係性を見せつけられては、言葉にされなくても理解できてしまう。
由依さんは、拓人さんが好きなんだ。
俺の傷心を癒す会という名目は何処に消えたのか、二軒目に向かう父親達を見送ると、俺と拓人さんは二人きりになった。相変わらずの放任主義は健在で、これで俺の恋愛に口出しして来なければ、男にとっては最高の父親の部類に属するんだけどな、と肩を竦めた。
「俺、これから親友(ダチ)と会う事になってるんだけど、お前どうする?飲み足りないなら、くる?」
「あー……」
『嗚呼』という言葉に含まれるニュアンスや感情の機微を捉えてくれれば、この人は最高の兄なんだけどな、と思いながら口にする。いつもそれは、結局願望に終わってしまうのだけど、今日ばかりはその鈍感さに救われた気持ちになった。拓人さんの友人関係に巻き込まれてきた今までに、良い思い出なんてまるで無いけれど、この人が齎す雑多に飲み込まれれば、日常に戻っても下らない閉塞感に囚われる可能性は少なくなるんじゃ無いかと多少なり期待したからだ。それに、この人なりに心配はしてくれているのだろうし。だから俺は、引き摺られる、とまでは行かないまでも、ある程度自ら進んで、拓人さんの後をついて行った。
しかし、拓人さんが待ち合わせ場所に指定していたオーセンティックバーで待ち受けていたのは。
「やぁ、拓人。時間より早かったじゃないか……おや、後ろにいるのは、もしかして、弘樹か?」
うげ、と言う、蛙の潰れた様な声が口の端から微かに漏れる。今一番会いたくない人物の一人である人間が目の前に座って、長い脚を一枚板のチークのカウンターの下で窮屈そうに組んでいるのだから、ある程度は仕方がない。
「こいつと知り合いだったんですか、真澄さん」
「あぁ、うちの店の常連さんでね。紅茶にも詳しくて、とてもスマートだし、気さくで、あんな好青年は見た事がないって、由依と良く話していたんだ。久しぶりだね、弘樹」
「………お久しぶりです」
隣に立つ拓人さんの顔が、見れない。視線は感じないけれど、今の流れで大体俺の状況は察している筈だ。
「くく………へぇ、こいつが紅茶にねぇ」
目当てのオンナの気を引く為に、付け焼き刃の知識を仕入れて知識人風吹かせてた事を、よりによって拓人さんに知られるなんて。来るんじゃなかった。あー、来るんじゃなかった。
「それで、あいつはいつ来るって言ってました?」
「もうすぐ着く筈だよ………久しぶりに君に会うからね、あの子も、はしゃいでいるんだ」
「いやぁ、そんな事ないでしょ」
「そんな事、あるんだよ」
どっこいせ、とおっさんの様な掛け声と共に、拓人さんが椅子を一人分空けて真澄さんの並びに座った。その一人分のスペースに誰が着くのか分からない俺ではないから、反射的に踵を返して、出入り口の深いカラメル色をした扉に向かって歩みを進めた。しかし、扉のドアノブに手を掛けたタイミングで、そのドアノブの重みが手の中からフッと消えた。扉が外側に向かって開いたと思ったら、目の前には由依さんが居て。驚きに目を見開いた彼と、ばっちり目が合ってしまった。
「……え?……弘樹?」
「………お久しぶりです」
「あ、うん……久しぶり」
こんなにも気不味い再会があるだろうか。あるにはあるだろうけど、俺は未だかつて、経験した事はない。下手をしたら、自分を振った相手に粘着している危ない奴だと思われかねないし、拓人さん繋がりでくっついて来たと知れたら、余計にヤバい奴認定されてしまう。それだけは避けたい、と思ってしまうくらいには、まだこの人に向けた好意というか、掛けて来た時間と手間暇に準じた情はあるので、そんな悲しい誤解を解く為にも、俺は由依さんと共に、店内にすごすごと戻った。
「拓人の幼馴染の弘樹って、君だったんだね。知らなかった……世間って、狭いね」
「はい、俺も本当に知りませんでした。でも、偶然って凄いですよね、ははは……」
『知らなかった』『偶然』を強調していく度に、自分の頭の中が白けていく。何処から見ても滑稽そのものに見えてしまって、本気で自分が何をやっているのか、何故自分がこの場にいるのか分からなくなった。ていうか、左から順に、真澄さん、由依さん、拓人さん、俺の、この並びって、一体何?どう考えても俺だけやっぱり、浮いてるんだよな……由依さんの誤解もある程度解けたら、さっさとこの場を退散しよう。飲み慣れないロックのウィスキーを傾けながら、そう思っていた。
「さて、明日の店の準備があるから、俺はそろそろお暇するよ。弘樹も顔が真っ赤だし、俺と一緒に出ないか?」
すると、それから暫くして、まさかの所から、俺に向けて助け舟が出された。驚きの余り、え?と小さく声を上げ、声のした方を振り向くと、提案者である真澄さんの、『どうかな?』という心の声が聞こえて来そうな穏やかな微笑みが目に映った。
「はい、じゃあ、俺もそろそろ……」
良く理由は分からないけれど、真澄さんの言葉に従った方が良い気がして。俺は拓人さんと由依さんに、それじゃあ、また、と一言告げてから、席を立つ真澄さんに続こうとした。
「真澄さん、まって」
すると、由依さんが真澄さんの服の裾を掴んで、何処か必死に縋り付いている様な雰囲気を醸し出し始めた。いつも穏やかな由依さんらしくない反応に、こんな顔も出来る人なんだな、と意外に思った。
「もう、大丈夫だよ。俺がいなくても、大丈夫だ」
「駄目、だめだよ、僕。だって、まだ……だから、一緒に居て」
「由依………すまない、これ以上は、もう」
「駄目。いて。真澄さんは、ここに居なくちゃ駄目なの」
子供の駄々とは違う、どちらかと言うと、強制力を伴う様な由依さんの口調に、再び驚く。いつも、接客中している時や、仕事上の業務連絡を交わしている二人しか見た事が無かったから、その仕事場の関係性がそのまま引き継がれているのだとばかり考えていた。しかし、今のやり取りで、二人の関係性の強弱をそこに見てしまった。だから俺は、これまでずっと、この人達の表面しか見ていなかったんだな、としみじみ思った。
「真澄さんを困らせるなよ、由依」
「でも、だって……」
「それが難しいっていうなら、もう俺は、お前には会えない」
ハッ、と拓人さんを振り返り、沈痛な面持ちで唇を噛み締め、由依さんはゆっくりと俯いていった。それを見て、由依さんは、拓人さんに絶対に逆らえない関係性にあるのだという事を知った。嘘が付けない拓人さんが親友と紹介したからには、間違いなく二人は親友なんだろう。しかし、これだけ絡れた関係性を見せつけられては、言葉にされなくても理解できてしまう。
由依さんは、拓人さんが好きなんだ。
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