〜黒色よりも漆黒の、白。〜四角関係のその先に潜む、本性

鱗。

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第七話 黒い湖面

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待ちに待っていた筈の今日に、いまいち集中しきれていないのは、間違いなく、あの日の拓人さんの所為だ。


あの日の、キスの。
あの日の、指先の。
あの日の、体温の。


俺の中に深く埋め込んだ時の、あの人の詰めた吐息の所為で。


「悩み事でも、あるのかい?」


だけど、今こうして狼狽えているのは、この人が俺の目にあって、どこまでも光り輝いて見える所為だった。


「なんでもありません。すみませんでした、ぼぅっとしてしまって」


気にしなくて良い、という風に微かに微笑み、首を横に振る真澄さんに、胸がずきり、と痛む。彼は今、俺の前で個人経営の喫茶店の珈琲を飲んでいる。彼が自分の目の前で、紅茶ではなく、珈琲を飲んでいるという、ただそれだけの事象に、これだけ胸が痛みを訴えるのなら。俺は逆立ちしても、他の誰かから彼を寝取るだなんて真似は出来ないだろうと思った。


それが、例え由依さんで無くとも。


真澄さんと眼鏡屋に赴き、一緒に彼の老眼鏡を選び、こうして観光客向けの喫茶店で同じ珈琲に口をつけながら、俺にとって、阿部 真澄さんとは、何だろうと、ふと、そんな原点に立ち返って考えてみた。


初めて、抱かれたいと思った人だった。
初めて、体温が知りたいと思った人だった。
初めて、愛を囁かれたいと思った人だった。


けれどそれも、全部過去形に収められる、というのも、確かで。


それは、誰の所為でもなく、自分自身の選択してきた過去の所為だった。


「貴方の事が、好きでした」


コーヒーカップの黒い湖面に映る、貴方の顔を、これ以上見ていたくない。


「貴方と出会って、初めて、自分の幸せより、人の幸せを願えました」


ハッと、驚いた様な顔を、しないで。まるで、今それを話すのか、という、意外そうな顔をしないで。


これからベッドの上で聞く筈だったのでは、という意表を突かれた様な、そんな目で、見つめないで。


「だから、もう貴方には、こうして二人きりで会わない事にします」


貴方が、いつもと同じ鼈甲眼鏡を掛けてきてくれたなら。


貴方が、普段身に纏わない香水を付けてこなかったら。


俺の前で、煙草を吸ってくれたなら。


俺は、貴方の胸に、もう何も考えずに、飛び込めたのに。
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