〜空蝉〜高校最後の夏。空っぽになってしまった僕に、力尽くで寄り添ってくれた君

鱗。

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第六話 空っぽだから。

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こう見えても、僕にだって警戒心みたいな物は備わっている。あれだけ、誠也との関わりについての相談を、恋愛とは絡めて考えない様にと口酸っぱく人志には言ってみたけれど。だからと言って可能性の芽を自分だけの手で摘み取れるほど、器用な生き方が出来る人間でもない。だから、約束していた誠也の自宅に勉強しに行く話は一旦保留にして、折衷案として、いつもの溜まり場であるハンバーガーショップに誠也を呼び出し、そこに人志を同席させ、先ずは自己紹介から始める事にした。


公共の場に近い場所ならば、前回あった妙な間だとか、気不味い雰囲気だとか、そっと触れないと何かが壊れてしまいそうな危うい均衡だとかも、上手く紛らわせられるかもしれない。そして、その均衡が容易く崩れない様に関係性の底固めをしてからなら、僕も安心して誠也の家にお呼ばれされる流れに乗れる。それに、距離感の測り方が、普通の人のそれとは多少異なる誠也の様子を人志に見せてみれば、人志の中にある誤解も解けるかもしれない。つまり、僕にとっては一石三鳥でしかない妙案だったのだけど。


「やっほ、有名人」

「…………ッチ」


……あれれ?何なんですかね、この緊迫感のある空気は。飲み物だけ注文して先に席についていた誠也に僕達が合流した途端に一触即発……とでも言いますか。試合では良く経験したけれども、何で和やかな場面である筈の自己紹介の段階で、こんな険悪な雰囲気になるのかな。ていうか、霧峰氏、いま舌打ちしませんでしたか?だけど、いつも通りの好青年そのものの笑顔はそのままだし。多分、気のせいだよね?


「ごめんね、なんか余計なの付いてきて。ただ、お前の普段の感じが、ちょっとこいつの周りに居る奴と毛色が違うみたいでさ。言葉は悪いけど、こいつ若干怯えてるんだよね」


わぁ、高須氏、満面の笑顔で、初手からそんな大胆な。しかも、何の許可も取らずに、しれっと誠也の目の前の椅子に着席して、その隣の席に僕を何事もなかったかの様に手招きするなんて。僕には絶対に真似出来ません。居てくれて良かったという思いと、何してくれてやがりますか?という気持ちがせめぎ合い、頭の中が一瞬で無になる。当事者意識が無いにも程があるけど、まさかさ、最初からこんな話題振るなんて、誰も想定してないでしょう……分かった、分かったから、僕の目の前で手を振るな、人志。座る、ちゃんと座るから。


「でも、多分それってさ、俺が態々言わなくても、お前も分かってると思うから。あとは時間の問題だとは俺も思ってるんだけどね。まぁ、そこまではいいとしてさ……そこんとこ実際どうなん?」


質問の切り口が斬新。言いたい事だけ言って、打ち込みやら斬り込みやらを粗方終わらせてからの、様子見。警察官の取り調べかよ。人志君、君、普段そんな機敏な子じゃないでしょう。吃驚したぁ。驚き過ぎて、胸が変な風にバクバクいってる。ただ、自分自身の性質に逆らって、僕の為に一肌も二肌も脱いでくれているのは流石の僕にも分かるから、僕自身も様子見するしかない。でもなぁ、こんな事になるなんて分かっていたら、こんな状況設定しなかったのに。あと、一個質問があります。そこんとこって、一体どんなとこですか?


「そっちのカタが付いてからじゃないと、色々と駄目じゃない?」

「あんたに言われる筋合いはない」

「立場が違うからさ、そこは。仕方ない場合もあるじゃん。俺親友、お前は只の元後輩。今んところ、お前はその関係性を崩せてないのよ、分かる?」

「だとしたら余計に、人の関係性に口を挟まないで下さい」

「矛盾してない、それ。自分から俺に口出しするのはいいの?」

「揚げ足取りに付き合っている暇ないので」

「まぁ、まぁ、喧嘩売ってる訳じゃないんだって、落ち着けよ。こっちは常識で語ってるだけだからさぁ」


……全く話が見えてこない。あと、この状況って、喧嘩以外の何物でもないのでは。二人共笑顔のまま表情を固定してるのがまた、恐怖に拍車を掛けている。怖くて下しか向けないよ。当事者は僕なのに。


「別に、二人の仲を今更邪魔したいとかじゃないんだよ。ただ、舞い上がってる分、周りが見えてないというか、脇が甘い様に見えるから……それだけどうにかして貰いたいだけなんだよね。こいつ見てれば分かるでしょ。どう考えても、真面目じゃん」


長い足をテーブルの下で組み、テーブルをとん、とん、と人差し指で一定のリズムで叩きながら、笑顔のまま相手を威圧する。そんな芸当が、僕の幼馴染に出来るなんて思わなかった。


「もういい加減いいだろ。自分の駄目な所に自分だって気が付いてる癖に、そこに手を付ける事から逃げて、こいつ振り回してんじゃねぇよ」

「………そんなつもりはありません」

「なら、ケジメくらいは自分で付けるんだな。せいぜい頑張れや」


え、人志君、ちょっと。いきなり立ち上がって、僕の肩叩いて、どうしたの。何?自分の話し終わった的な、一仕事終わらせましたわ、やれやれ、みたいな雰囲気出した次の瞬間、荷物持って、そんな。えぇ……えー……まさか、まさかだよね?下の階に飲み物か何かを注文しに行くだけでしょう?そうだよね?


「じゃ、下で彼女と待ち合わせしてるから」


こいつ。この場の空気を壊すだけ壊して、帰るつもりでいやがりますよ。知らないし、そんな話。騙された。というか、こんな物、信頼関係そのものに関わる話でしょうよ。どうしてくれようか、本当に。これでいて、行動の価値基準が、一応は僕に置かれているつもりでいるんだから、付ける薬がない。こいつが何がしたかったのか、何を言わんとしていたのかが、長年連んできた経験から、一応理解出来てしまうのが、また腹立たしい。


嵐の様に過ぎ去っていった人志に呆気に取られて、ぽかん、と馬鹿みたいに口を開きながら、人志が消えて行った階段付近をまじまじと見つめる。すると、学生服を来た高校生くらいの男女のカップルが仲睦まじくハンバーガーとポテトと飲み物が乗ったトレーを持って現れて、そのまま僕達の席の真隣に腰を落ち着けた。年齢相応のテンションで、弾ける様にしてはしゃぐ二人は、席に残された僕達の、息も碌に付けないくらいに落ち込んだ空気にも気が付かず、和やかに談笑し始めた。それくらい、自分の大切に思う人以外の他人の感情に無関心でいられた方が、人は幸せを謳歌出来るのかもしれない。


僕は、自分自身の恋愛について考えたり、恋愛に纏わる感情に振り回されたりするよりも、そんな自分が人の目にどう映るのかを気にして生きやすい人間だから。ハンバーガーショップでただ単に隣の席になっただけの他人の感情に、無関心を貫き通せる様な器用な人間ではないから。そんな風にして程良く他人の感情に不感症でいられる人達を見ていると、心底から羨ましいなと思ってしまう。ただ、それでも。


「話があるんです」


恋をしたら、自身がどれだけつまらない人間になってしまうかは、誰よりも僕自身が知っているから。


「僕には無いよ」


友情より、勉強より、大切にしなければならないその感情に支配された自分が、どれだけちっぽけで、ありふれた存在になってしまうか、分かっているから。


「これだけでいいから、聞いて下さい」


僕は、僕の、あるともしれない存在価値を守る為に、君に立ち向かわなければならない。


「俺には、彼女はいません」


僕は、とてもとても、つまらない人間だから。これ以上、つまらない人間になってしまうのが、怖いんだ。


「僕には、大切な人がいる」


人志、僕は、お前を失うのが、何よりも恐ろしい。夢に敗れ、目標に敗れ、生きる指針がなくなり、抜け殻の様になってしまった僕を、それでもお前は見捨てなかった。側にいて、いつだって支え続けてくれて、何も言わずに隣にいてくれた。だけど、この思いに水をやり、胸の中で育んでしまったら、ただでさえつまらない人間が、そのつまらなさに拍車が掛かってしまうと思ったから。そうなれば、お前の興味関心が、奇跡の様に降り注ぐ今を失ってしまうかもしれないと思ったから。


「知ってます。それが、人志さんだっていう事くらい。でも、あの人には彼女がいて、俺にはいない。この差は大きいと思いませんか?」   


それは誰だと訪ねるでもなく、僕の内情の全てを知った上で、怯まず、恐れず、僕の双眸を真っ直ぐに見つめ返す誠也は。ただ一つの嘘も、僕を騙そうという僅かな気概も、口調に、態度に、姿勢に纏わせず。ただただ真摯に、僕の前に存在していた。何故、僕の大切な人が高須 人志その人だと知るに至ったのかという疑問はあったけれど、胸にずっとある、それより更に解消したかった疑問を払拭する為に、先ずは、その質問を問いかける事にした。


「本当に、違うの?……みんな噂してたけど」

「貴方が俺の彼女だと思っているのは、中学の時に両親が再婚して兄弟になった、俺の義姉です。試合があると俺の応援に駆け付けてくれて、容姿が良いから特別目立って。因みに義姉は……さっきまでここにいた人と、付き合ってます」


驚愕の事実に、言葉を失う。そんな数奇な出会いが、本当にあるだなんて。人志と、誠也のお義姉さんが付き合っているのなら、確かに、誠也と人志の、何処となく面識があった様な会話の流れにも説明がつく。


「え……て、ことは、もしかして、誠也と人志は、顔見知りだったの?」

「……不本意ながら、家族ぐるみの付き合いがあります」


その名の通り、『不本意』という言葉がこれ以上なく似合うむっつりとした表情を浮かべ、誠也は、炭酸が薄まっている薄い赤茶色の液体をズズ、と啜り、深い溜息を付いてから再び僕に視線を向けた。


「再婚の関係で隣町に越して、義姉と一緒に行動しているうちに、噂だけが独り歩きして……当時は本当に参っていたんですが、それが虫除けになるってある時気が付いて。試合にも集中出来るし丁度良いと思って、その噂話を放っておく事にしたんです。義姉も話に乗ってくれて、二つ返事で協力してくれました」

「良いお義姉さんだね」

「はい。だから、義姉が初めて紹介したい人がいるって言ってきた時は、ショックでしたね」

「それって、もしかして……」

「いえ、流石に。ただ、俺には物心ついた時から母親がいなかったので、義姉には、それに近い感覚を抱いてしまっていたんですよね。だから、必然と、相手に対する目が厳しくなってしまって……」


成る程。それで、誠也は人志に対して、どうしても当たりが強くなってしまうと。やっぱり、最初の出会い頭の緊迫感には理由があったんだね。お母さんみたいに大事にしている大好きな義姉を、横から取られちゃったみたいな気持ちになってしまったんだろうな。気持ちは分からないでもないけど、そこはきっと、誠也が大人になるしかないんだろう。


そう、だから、大人になるしかないんだよ、僕も。『人志を宜しくお願いします』って、彼女に向けて伝えたりしてさ。あいつ、僕の事になると、時たま熱くなったり、前のめりになって突飛な行動をとったりするけれど、基本的には凄く良い奴でさ。あと、ストロー噛んじゃう癖があるから、その辺り気を付けてくれると、歯科矯正とか、将来しなくても良くなるかもしれないから、そこだけお願いしますね、とか。そうそう、あいつ、あれでいて辛い物が苦手だったりするから、店選びは注意して貰って、あとは、そうだな……あぁ、駄目だ。


これは、いけない。これ以上は、いけない。


「あいつ、良い奴なんだ。だから、彼女を……お前のお義姉さんの事も、大切にすると思う。だから、あまり心配しないでやって」


あいつが恋人との大切な思い出を、一つ一つ積み重ねている間に、今以上につまらない人間になってしまうのだけは、防いでおかなくちゃ。あいつが、僕に構わず、彼女との時間以外を一緒に過ごしても、それすらも楽しんで応援出来る様な。余裕がある、器の大きな、話しているだけで面白おかしく過ごせる、相談相手に相応しい人間であらなくちゃ。でなければ、僕は、きらきらと眩いばかりのあいつの側にいて、浮いた存在になってしまう。


「それで、もしも話が出来る機会があったら、あいつに言ってやって。仲良しなのはいいけど、たまには、僕とも……」


自分の価値を高めなくちゃ。人しての品質を高めなくちゃ。歳をとっても、お前といると楽しいって言って貰える存在にならなくちゃ。だって、今の僕は。





空っぽだから。







「俺と、デートしてくれませんか?」




伽藍堂で、中身はすっからかんで、外側も内側もちゃちだけど。叩けば少しは愉快な音がするから。




「あの人の代わりに、俺と遊んでくれませんか?」




誰か、そんな僕の音を聞いて、笑って。


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