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第五話 渇望
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周囲に蔓延る男達と同じ様に、抱いた女の数を競うような馬鹿げた真似などしてこなかった。だが、若さとは、男という性は、どこまでいっても欲深く身勝手で利己的で安直なものだ。彰宏は、態々自分から動かずとも、その内、女の方が自分を放っては置かなくなるだろうと、何処かで高を括っていた。実際、成るべくしてそうなったので、その高い鼻が折られることもなく今まで生きてきた。
だが、四代目は、意図も簡単にその鼻っ柱をへし折った。
自分から相手を誘ったり行動を起こしたりするのは、実のところ初めての経験だった。だから彰宏は、初手をどう扱ったらよいのか、また、自分から相手に対してどう仕懸ければいいのかが、よく分からなかったのだ。
彰宏は、渾身のそれが、ただの暴投に終わった事にくさくさとした気持ちを抱え、勝手に癇癪を起こした。また、身の内に燦然と輝く矜持という名の球の表面を粗い鑢でざりざりと研磨されたかのような感覚に陥り、その当時の記憶に苛まれては、一人で身悶える日々が続いた。
だが、その一方で。四代目の、そのあまりにも見事な身の熟しようを間近で経験した事によって、彰宏は、例えようもない快感を胸の内側で覚えていた。それまで、自分に被虐的な欲求が生まれたことなど、一度たりとも無かったというのに。
それだけ、あの日あの時、唇に触れた四代目の指先の温かさは、彰宏にとって、脳幹まで痺れるかの様な、衝撃的な一撃だったのだ。
欲しい。
あのひとが、欲しい。
生まれて初めて彰宏は、ただ一人を渇望した。
どんな女を相手にしても、彰宏のその渇きは一向に癒えず。だから敢えて彰宏は、すっぱりと女断ちをした。
誰もが喉から手が出るほど欲しがる地位と権力と、秀でる美貌でもって、どんな女も傅かせる事が出来る筈なのに。それら全てを、彰宏は、かなぐり捨てた。
それは側から見れば愚行といって差し支えなく。散らした女の数が見栄の一つにもなる、『その道』を生きる男の性に逆らっているのと同義であった。
振り向きもしない同性を相手に操を立てて何になる、と彰宏自身も頭の隅で考えはしたけれど。ひとたび胸に宿った激しい情動は、今更どうにも仕様がなかった。
あの、洗練された指先が、嫋やかに己が背中に回されて。でも折角入れた墨だからと、爪を立てることも憚られて。まるで図らずしも溺れてしまった水鳥のように、濫りがわしく空を掻いてはくれまいか。
あの、紅を一つ落とし込んだかのような唇でもって、切なくも悩ましげに、己の名を呼んではくれまいか。
あの、金糸雀のように、こよない聲でもって、己が腕の中で囀ってはくれまいか。
その様を夢想するだけで。龍我は、無数の女を侍らせる以上のを欣悦を感じた。
どうかしていると、自分でも思う。衆道の気などまるで無かったのに。こんなにも翻弄される経験など未だ嘗て無くて。己と彼との間に生じている歴然とした差がいくつあっても、だからといって諦めがつくものでも無くて。彰宏は、その貪欲なまでに彼を欲さんとする自分を律するのに、只管に苦心した。
そうして、二週間という時が過ぎるのを、じりじりと待った。
周囲に蔓延る男達と同じ様に、抱いた女の数を競うような馬鹿げた真似などしてこなかった。だが、若さとは、男という性は、どこまでいっても欲深く身勝手で利己的で安直なものだ。彰宏は、態々自分から動かずとも、その内、女の方が自分を放っては置かなくなるだろうと、何処かで高を括っていた。実際、成るべくしてそうなったので、その高い鼻が折られることもなく今まで生きてきた。
だが、四代目は、意図も簡単にその鼻っ柱をへし折った。
自分から相手を誘ったり行動を起こしたりするのは、実のところ初めての経験だった。だから彰宏は、初手をどう扱ったらよいのか、また、自分から相手に対してどう仕懸ければいいのかが、よく分からなかったのだ。
彰宏は、渾身のそれが、ただの暴投に終わった事にくさくさとした気持ちを抱え、勝手に癇癪を起こした。また、身の内に燦然と輝く矜持という名の球の表面を粗い鑢でざりざりと研磨されたかのような感覚に陥り、その当時の記憶に苛まれては、一人で身悶える日々が続いた。
だが、その一方で。四代目の、そのあまりにも見事な身の熟しようを間近で経験した事によって、彰宏は、例えようもない快感を胸の内側で覚えていた。それまで、自分に被虐的な欲求が生まれたことなど、一度たりとも無かったというのに。
それだけ、あの日あの時、唇に触れた四代目の指先の温かさは、彰宏にとって、脳幹まで痺れるかの様な、衝撃的な一撃だったのだ。
欲しい。
あのひとが、欲しい。
生まれて初めて彰宏は、ただ一人を渇望した。
どんな女を相手にしても、彰宏のその渇きは一向に癒えず。だから敢えて彰宏は、すっぱりと女断ちをした。
誰もが喉から手が出るほど欲しがる地位と権力と、秀でる美貌でもって、どんな女も傅かせる事が出来る筈なのに。それら全てを、彰宏は、かなぐり捨てた。
それは側から見れば愚行といって差し支えなく。散らした女の数が見栄の一つにもなる、『その道』を生きる男の性に逆らっているのと同義であった。
振り向きもしない同性を相手に操を立てて何になる、と彰宏自身も頭の隅で考えはしたけれど。ひとたび胸に宿った激しい情動は、今更どうにも仕様がなかった。
あの、洗練された指先が、嫋やかに己が背中に回されて。でも折角入れた墨だからと、爪を立てることも憚られて。まるで図らずしも溺れてしまった水鳥のように、濫りがわしく空を掻いてはくれまいか。
あの、紅を一つ落とし込んだかのような唇でもって、切なくも悩ましげに、己の名を呼んではくれまいか。
あの、金糸雀のように、こよない聲でもって、己が腕の中で囀ってはくれまいか。
その様を夢想するだけで。龍我は、無数の女を侍らせる以上のを欣悦を感じた。
どうかしていると、自分でも思う。衆道の気などまるで無かったのに。こんなにも翻弄される経験など未だ嘗て無くて。己と彼との間に生じている歴然とした差がいくつあっても、だからといって諦めがつくものでも無くて。彰宏は、その貪欲なまでに彼を欲さんとする自分を律するのに、只管に苦心した。
そうして、二週間という時が過ぎるのを、じりじりと待った。
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