婚約破棄から始まる仮初の婚約〜恩返しのはずが由緒正しき王家の兄妹に甘く囲われました〜

櫻田りん@【悪人公爵様2】12/14発売

文字の大きさ
17 / 43

17

しおりを挟む
 
 家族に挨拶を済ませてから、一週間後の午後のこと。 

 王女宮内にあるダンスホールで、セレーナは片膝を床につき、日に焼けたことがないような白い肌をした、キャロルの手を取った。その手に顔を寄せ、口付けをするふりをしてから、セレーナは顔を上げる。

 すると、そんなセレーナたちを部屋の端から眺めているキャロル付きの侍女たちは興奮気味に鼻息を荒くした。

「キャロル様。僭越ながら、本日のダンスレッスンの相手は私が勤めさせていただきます。よろしいでしょうか?」 
「さ、最高よぉぉ! セレーナ……! カッコ良すぎるわぁぁ!」
「「「なんと絵になるお二人でしょう……!!」」」

 キャロルと侍女たちの黄色い声は、割りといつものことだ。

(なにに対してそんなに喜んでいるのかは分からないけれど、王女殿下はもちろん、侍女殿たちもお元気そうでなにより)

 セレーナは立ち上がると、爽やかな笑顔を浮かべてから、キャロルの腰を抱き、軽やかなステップを踏み始めた。

「ふふ、セレーナとこうやって踊るのは、少し久しぶりね!」
「はい。相変わらずキャロル様が踊るお姿は、花の妖精のように可愛らしいですね」
「セレーナ好きぃ……!」

 男性役としてキャロルのダンスレッスンに付き合うのは、これで何度目になるだろうか。

(……厳密に言えば、キャロル様は既にダンスレッスン自体は完璧に終えられていて、公務や社交の息抜きに、こうやって私と踊りたいと仰っているのだけれど)

 最初は男性パートが上手く踊れなかったセレーナだったが、持ち前の運動能力の高さから、直ぐに会得することができた。今や、女性パートよりも上手く踊れるかもしれない。

(……キャロル様と時折こんなふうに踊るようになって、もう四年か……。確か、護衛騎士に選ばれた頃は、周りからのやっかみが多かったっけ)

 騎士にとって、王族の護衛を任せられることは大変名誉のことだ。
 とはいえ、騎士になり立てで抜擢されるなどそうあることではないし、この国では女性騎士の数は少ない。男性の騎士たちから、セレーナは冷たい目で見られることはもちろん、すれ違いざまにわざと肩をぶつけられたり、聞こえるように悪口を言われたりすることもあった。

(ま、鍛錬を共にしたり、根気強く話したりすることで、今はなんだかんだ皆に認めてもらえたし、仲良くやれているから、今となっては思い出話だけれど)

「ねぇ、セレーナ」

 その時、キャロルに名前を呼ばれたセレーナは、「はい」と返事をした。

「なんでしょう、キャロル様」
「セレーナは、フィクスお兄様の婚約者になったじゃない? 住む場所も、周りの対応も変わったと思うのだけれど、なにか不安や不満はない!? もしあるのなら、私がどうにかしてあげるからね……!?」
「なんてお優しい……。ありがとうございます。しかし、大きな問題はありませんから、ご心配は無用です」

 心配してくれているキャロルにジーンと胸が熱くなる中で、セレーナはそう返す。

 キャロルの言う通り住む場所は変わったが、メイドのリッチェルのおかげで、全く不便はない。
 どころか、第三王子宮に勤めるメイドたちも皆優しく、真面目に働いているので、快適過ぎるくらいだ。

 フィクスの婚約者になったことで騎士仲間たちから質問攻めにあったり、多少よそよそしい態度をされたりすることもあるが、不満と呼ぶほどのことでもない。

 なによりフィクスは第三王子としての公務と騎士としての仕事を兼任しているので、とても忙しく、婚約者になったからと言って、常に顔を合わせるわけではなかった。
 可能限り朝食か夕食のどちらかは共に摂っているくらいだ。甘い言葉を言われることには、動揺してしまうことはあるものの、婚約する前と大きくは変わらなかった。

「ふふ、それなら良かった! 私ね、セレーナがフィクスお兄様の婚約者になってくれたこと、ちょっぴり悔しいけれど、嬉しいの! だってね、セレーナはこれまで通り護衛騎士を続けられて、傍に居られるんだもの! 」

 くるりとターンをして、面々の笑みを浮かべながらキャロルは言う。
 国を傾けられそうなほどの美しいそんな笑みに、セレーナも微笑み返した。

「はい。私も、キャロル様の護衛を続けられて、本当に嬉しいです。貴方様が許してくださり限り、ずっとお傍におります」
「きゃ~! 皆聞いた!? 聞いたわよねーー!?」

 首をぐるんと回して顔だけを振り向き、キャロルは侍女たちとキャッキャと言葉を交わす。

 ダンスホールには和気藹々とした空気が流れた。

 ……の、だが、セレーナには一つだけ懸念があったため、彼女の瞳には、ほんのすこし影が落ちた。

(それにしても、あの件はどうしましょうか)

 それは、フィクスと共に家族へ挨拶へ行った際、あまりにフィクスとクロードが一階に降りてこないものだから、念のためにセレーナが様子を見に行った時のことだ。
 扉をノックしようとしていたセレーナは、扉の向こう側から聞こえてくる言葉に、目を見開いた。

 ──『ようやく分かったことがある。……彼女を好きになって、もう六年。俺はわりと、長期戦が得意みたいだから』

 それは、今までのフィクスからは聞いたことがないほどの、愛おしさが剥き出しになったような声だった。

(まさか、フィクス様に好きな方が居たなんて──。それも、あの言い方から察するに、六年間もずっと片思いをしているとは……)

 フィクスに想い人が居るという事実。また、その想いの長さ。声から伝わる真摯な恋心。

 それらを知ったセレーナは、その時あまりに驚いて、咄嗟にクロードの部屋から離れた。
 フィクスやクロードとは別に両親のもとに戻った際は、両親からなにかあったのか聞かれたが、そこは適当に誤魔化すことで事なきを得た。

(…………好きな相手が居るのに、私の提案を受け入れた……その理由とは……)

 けれど、セレーナは一週間、その理由ばかりを考えていて、頭がスッキリしなかった。

(もしや相手は既婚者で、叶わぬ恋だとか? いっそのこと聞いてみようか。 ……けれど、偶然とはいえ、私は盗み聞きをしてしまったわけだし……。フィクス様がもし、兄様以外に聞かれたくなくてあの場で話していたのだとしたら、知らないふりをする方が良いのかもしれない)

 頭を悩ませるセレーナだったが、「ねぇ! セレーナ」と鈴が転がるような可憐な声でキャロルに話しかけられ、ハッと意識をキャロルに戻した。

「三日後のパーティーには、フィクスお兄様の婚約者としてセレーナも出るのよね? ふふっ! 騎士服のセレーナも素敵だけれど、ドレスを着たセレーナを見られるなんて、とっても楽しみだわ!」
「……! パーティー……。すっかり、忘れておりました……」

 ──一難去る前に、また一難。

 大勢の貴族たちの前で、フィクスの婚約者として上手く振る舞わなければならないセレーナは、「頑張らなければ……」とポツリと呟いた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

処理中です...