18 / 43
18
しおりを挟む──迎えたパーティーの日。
完全に陽が落ちた頃、宮殿内を歩いているセレーナは、ふぅ……と息を吐くことで、自らを落ち着かせた。
「セレーナ、緊張してる?」
少し顔を傾け、覗き込むように問いかけてきたのは、隣を歩いているフィクスだ。
正装に身を包んだ彼は先程から擦れ違う全員に振り返られる程に美しい。男女問わず魅了してしまう容姿を持つフィクスは、間違いなくこの国一番の色男だろう。
一方セレーナは、髪の毛を後ろで編み込み、フィクスから贈られた髪留めでまとめている。
ドレスは、令嬢たちが好んで着るプリンセスラインやAラインのものではなく、マーメイドドレスと呼ばれるものだ。腰からお尻にかけてぴたりと生地が体にくっついているので、身長が高く、よく鍛えられたセレーナの体を美しく見せてくれる。
色は碧色で、自身の髪色とフィクスの瞳の色と同じものだ。これもフィクスが贈ってくれたもので、リッチェルには大好評だった。
慣れないヒールで歩きながら、セレーナは百メートルほど先にある会場の入口を見つめた。
「……いえ、問題はない、かと思います。やれるだけのことはやりましたから」
今日のパーティーの趣旨は、第二王子の誕生日を祝うものである。参加者は第二王子の家族である王族はもちろんのこと、全ての上位貴族たちと、第二王子と交流が深い下級貴族たちだ。
セレーナにとっては、フィクスの婚約者になって初めての社交界である。
……というより、仕事に明け暮れていてばかりだったセレーナにとっては、四年以上ぶりの社交界だった。
「はは、大丈夫。セレーナがレッスンを受けている様子はたまに見てたけど、問題ないよ。それに、ずっと俺が隣に居るから、少しくらい失敗しても心配いらない」
「……いえ。フィクス様の婚約者になった身で、令嬢として最低限のマナーも備わっていないとなると、恥をかかせてしまいますから。必ず、完璧に努めます」
数年社交界に出ていなかったセレーナには貴族令嬢としての振る舞いに不安があったので、フィクスに頼んでマナーの講師を紹介してもらっていた。
講師に教えを受け、それを何度も復習し、パーティーに参加する貴族たちの情報も頭に叩き入れたため、それなりの準備はできたはず。
しかし、そこに時間と意識を取られたこともあってか、フィクスには好きな人が居るのに、何故仮初の婚約者になることを認めたのか、という点については深く考えられていなかった。
(……それに関しては、パーティーが終わるまで一旦保留ね)
そう自問自答したセレーナに、フィクスが話しかける。
「……ほんと、セレーナはなんでも頑張りやだね。ありがとう」
「……っ、い、いえ」
あまりに穏やかな顔でフィクスが褒めてくるもので、なんだか体がむず痒い。セレーナは目を伏せると、頬はほんのりと赤く染まった。
そんなセレーナの顔を見たフィクスは、ぴたりと足を止めた。
「フィクス様? どうかされましたか?」
続くようにセレーナも足を止めると、僅かに広報に居るフィクスを見るために、セレーナは振り向いた。
その際、ふわりと揺れる耳の前にある一束の碧い髪の毛。これは、リッチェルがこだわり抜いた部分である。
「顎にかけて髪の毛が少しあるだけで、とってもお顔が小さく見えるんですよ! セレーナ様はそんなことをしなくても、お顔は小さいですし美しいですけれどね!?」と、力説されたのは記憶に新しい。
「セレーナ、さっきの顔」
「……さっきの顔?」
フィクスの言うさっきとは、若干照れた時のことだろうか。
(……だとしたらあまり掘り返さないでほしい)
そう思ったセレーナだったが、それを口にすることはなく、フィクスを見つめる。
すると、そっと頬に伸びてきたフィクスの手に、セレーナは反射的に一歩後退り、距離を取った。
「あ……」
「酷いなぁ、セレーナ。婚約者なんだから、そんなに露骨に避けなくても良いのに」
なにを考えているか分かりづらいフィクスの声色。
セレーナは咄嗟に腰を深く曲げて謝罪をした。
「も、申し訳ありません……!」
(仮初とはいえ婚約者だと言うのに、なんたる失敗を! しかも、誰が見ているか分からないのに……!)
しかし、そんなセレーナの猛省をよそに、頭上から聞こえてくる、「はは」という笑い声は、紛れもなくフィクスのものだ。
「セレーナ、別に怒ってはいないから、顔を上げて」
「は、はい」
人通りがある場所で謝罪をすることもまた、周りに不信感を抱かせてしまうかもしれない。
セレーナはフィクスの指示に従うと、流れるような動きで自身の左手をフィクスに優しく掴まれ、それは彼の口元へと誘われていた。
「えっ」
上擦った自分の声。少し高い温度のフィクスの手。
夜風のせいか、ひんやりと自分の手の甲に感じる生暖かな温度と、弾力のある柔らかな感触。……ちゅ、というリップ音。
「なっ、フィクス様……!」
驚きのあまり、手の甲にキスをされたと気付くのには、少しばかり時間がかかってしまった。
顔を真っ赤にして、半ば無理やり手を引っ込めたセレーナは、フィクスにじっと見つめられることにより、一層困惑を露わにした。
「可愛いね、セレーナ」
「……な、何故急にこんなことを……っ」
フィクスはセレーナにぐいと顔を近付けてくる。セレーナには避けることができたけれど、婚約者なのだから不自然な行動はするべきではないと、その場に留まる。
そんなセレーナの耳元で、フィクスは囁いた。
「照れてるセレーナがあまりに可愛くてさ。つい我慢できずにキスしちゃった。ごめんね?」
「~~っ」
顔だけでなく、耳まで真っ赤にするセレーナの反応に、フィクスは満足そうに微笑んでから、再び口を開いた。
「さっきの顔もそうだけど、今みたいな可愛い顔、俺以外の前で見せないでね」
「……なっ!?」
「今日のセレーナは一段と綺麗なのに、そんな可愛い顔まで見せたら、周りの男が皆君に惚れてしまう」
婚約者になってからというもの、フィクスの甘い言葉は底を知らないらしい。
歯の浮くようなセリフをサラリと言ってのけたフィクスの表情は余裕綽々といったものだ。
(好きな方がいらっしゃるのならば、なにもここまで言わなくても良いのでは……っ)
ほんの少しの反発心を持ったセレーナだったが、仮初の婚約者になりたいと言い出したのは自分だからと言葉は呑み込む。
すると、少し離れたフィクスがセレーナに手を差し出した。
「……少しは緊張が解けたかな。そろそろ行こうか」
「えっ……」
「ほら、手を貸して。婚約者の俺に、しっかりエスコートをさせてね」
言われるがままに、セレーナはフィクスへと手を伸ばした。
(……なんだ。全ては私の緊張を解くためだったのね)
どうやら、フィクスの発言は、彼の気遣いからのものだったらしい。
セレーナは「ありがとうございます」と伝えると、フィクスと腕を組んで、会場へと歩き出す。
「今日のパーティーには宰相も出席してるからね。しっかり頼むよ、セレーナ」
「もちろんです。お任せください」
宰相は観察力が大変長けていると聞く。
フィクスとの婚約関係を疑われないよう、気を引き締めなければいけない。
──そう、セレーナは思っていたというのに。
「第三王子殿下、セレーナ嬢! お二人のご婚約、心からお祝い申し上げます」
「さ、宰相様……?」
27
あなたにおすすめの小説
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる