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しおりを挟むパーティー会場に入場後。
セレーナはまず、会場の大きさと装飾の豪華さ、百名はゆうに超えるだろう参加者の多さに目を見張った。
そんなセレーナは、フィクスと共に早々に主賓である第二王子への挨拶を済またのだけれど、次は満面の笑みで祝辞を述べる宰相に驚きを隠せなかった。
(な、何故……!?)
年の頃は四十代。きりりとした鋭い瞳に、顎に髭を携えている宰相は、普段からしかめっ面で居ることが多いらしい。そのため、彼のことを『鬼の宰相』と呼ぶ者も居るのだとか。
(分からない……! 何故宰相様が私に笑顔を向けるのか……。むしろ、フィクス様の婚約者にしては力不足だからと、睨まれるかと思っていたのに)
予想に反して、宰相の反応は良好──いや、良好過ぎる。
祝辞はもちろんのこと、こちらをキラキラとした目で見つめながら、微笑んでくる姿は、なにか裏があるのではないかと勘ぐってしまうほどだ。
「……あ、ありがとうございます……」
兎にも角にも返事をしなければと、セレーナは言葉を絞り出す。
対してフィクスは涼しい顔をしてセレーナの肩を抱いて引き寄せた。
「ありがとうございます。今まで、なかなか婚約せず、心配をかけてしまって申し訳ありません」
「い、いえ! 殿下なにをおっしゃいます! むしろ、何度も出過ぎた真似をしましたこと、心から悔やんでおります。……まさか、殿下がお見初めになったのが、セレーナ嬢だったとは……!」
「……?」
宰相は、フィクスからセレーナへと視線を移す。
(私だからなんだろう……。やっぱりあれかな。代々王家への忠誠が強い家系だから、宰相様は喜ばれているのか)
そう考えたセレーナだったが、どうやらそれは違ったらしい。
「ふぁ! 本当にお美しい……! 騎士として剣を振るわれる姿もとても魅力的ですが、碧いドレスのお姿も麗しく、ますますファンになってしまいますな……!」
「ファ、ファン……?」
(あの宰相様が? 信じられない……。いや、嫌われているよりは良いのだけれど)
なんにせよ、宰相の様子からは、キャロルやキャロルの侍女たち、リッチェルと似たような雰囲気を感じられる。
今までまともに宰相とは話したことがなかったものの、同じ王城で働く者として互いに見かけることくらいはあったので、もしかしたらどこかで好感を抱いてくれたのかもしれない。
(うん、そうね)
セレーナは数年ぶりに公で披露するカーテシーを行うと、穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。これからも騎士として、フィクス様の婚約者として、精進してまいります」
「ふぁぁぁ! これからもご活躍を楽しみにしております……!!」
「あ、あはははは……」
それから暫く、多く貴族たちからの挨拶によって、セレーナたちは休まる暇はなかった。
……というのも、キャロルと、今日は貴族令嬢としてパーティーに参加しているキャロルの侍女たちからは、婚約の祝辞とセレーナの美しさに対する称賛が。
大人数の前でセレーナのファンだと公言した宰相の影響か、「私もファンです!」と伝えてくれる女性たちが。
「今度手合わせ願いたい!」「実は密かに憧れていた!」なんて言ってくれる男性たちが、セレーナとフィクスの前に列をなしたからである。
(まさか、こんなことになるとは……)
フィクスは第三王子という身分があり、国一番の美形と称されている。
そのため、私が婚約者になったら、貴族たちからは多少なりとも反発が起こるんだろうなとセレーナは考えていたというのに──。
「フィクス様、本当に驚きましたね。皆様がここまで祝ってくださるだなんて。むしろ、第二王子殿下の祝の席だというのに、申し訳ないくらいです」
一旦挨拶を切り上げると、セレーナとフィクスは会場の端で、背中を壁側に向けて横に並んだ。
フィクスとセレーナが持っているグラスに注がれているのは、第二王子が生まれた年に作られたという貴重な赤ワイン。フィクスはそれを味わうようにして少し口に含み、ごくりと飲み込んだ。
「……はは。兄さんはそういう細かいことは気にしない人だから、大丈夫だよ。……それにしても、まさか宰相殿がセレーナのファンだったとはね。驚いた」
「私もです。有り難い話なのですが、正直今でも驚きが勝っています」
うんうんと頷いたフィクスは壁にもたれ掛かると、隣のセレーナの方を向いて、彼女をじっと見つめた。
「そりゃあそうだよ。あの宰相殿だもん。……でも、おかしな話じゃないよ。キャロルの護衛として常に真剣に勤めているところも、暇ができれば鍛錬をするストイックなところも、義理堅いところも、ふとした瞬間に見せる美しい笑顔も、時折見せてくれる照れた顔も、その他の全て……セレーナは誰よりも魅力的だからね」
「……っ」
そんなことを言われたら、体全体が熱くなってくる。
(これは、誰が聞いているか分からないから、過剰に褒めてくださっているのは分かっているけれど、褒められるのは慣れない……! けれど、フィクス様の仮初の婚約者として、私も頑張らなければ)
セレーナは空いている手で顔をパタパタと仰ぐと、フィクスに対して少し気恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「お褒めいただき、ありがとうございます。しかし、フィクス様こそ、大変魅力溢れるお方です」
「え」
褒め返されるとは思っても見なかったのか、瞠目したフィクスからは間抜けな声が漏れた。
(珍しい……)
掴みどころのないフィクスは、いつも余裕そうな笑みを浮かべているので、今の反応は新鮮だ。
とはいえ、褒めることで不快にすることはないだろうと、セレーナは言葉を続けた。
「フィクス様は、公務も騎士としての任務もこなしておられて、大変立派です。時折見せる穏やかな笑顔はこちらの気持ちも穏やかにさせてくれますし、なにより、とてもお優しいお方……。ご令嬢たちがフィクス様を慕うのも、当然です」
フィクスならきっと、一切動揺を見せることはないのだろう。
いつものように笑みを浮かべて、さらりとありがとうと言ってのけるに違いない。
そう、思っていたというのに──。
「……っ、悪いけど、今はあんまりこっち見ないでくれる……?」
「え、あの……」
フィクスは口元を手で覆い隠しているが、わずかに見える頬には火照りが見える。
いつもは真っ直ぐにこちらを見つめる目は、そっと逸らされ、その姿は照れているように見えた。
(あのフィクス様が、照れていらっしゃる……)
見るなと言われたため、彼から視線は逸らしたけれど、何故だがもう少し見ていたかった。名残惜しい。
(だってなんだか、照れたお顔のフィクス様が、とても可愛らしかったのだもの)
セレーナの胸の奥が、きゅうっと音を立てる。酒を飲んだかなのか、いつもより心拍数も早い。
(なんだろう。……ちょっとだけ、こう、ふわふわする感覚がある)
セレーナは普段から酒を嗜む。自分がどの程度で酔うかは把握しているので、これは酔っ払っているからではないことだけは確かだ。
それなら、この感覚は一体なんなのだろう。
「──フィクス様、セレーナ様」
隣に並ぶのに、互いに目を逸らしたままのフィクスとセレーナは、聞こえた凛とした声に、同時に目を見開いた。
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