婚約破棄から始まる仮初の婚約〜恩返しのはずが由緒正しき王家の兄妹に甘く囲われました〜

櫻田りん@【悪人公爵様2】12/14発売

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 ◇◇◇


 ──同時刻。
 広大な敷地面積を持つ王城の敷地内には、王やその家族が暮らす宮殿の他にも、家臣たちが暮らす宮殿や、騎士たちが訓練する騎士団棟など、多くの建物が存在する。
 その中には貴族の重罪人を収容する牢屋もあり、騎士団棟の地下に作られている。
 罪人たちが自殺したり、脱獄したりするのを阻止するのを、騎士たちが見張るためだ。

「なんで僕が……っ」

 頑丈な鉄格子に囲まれた地下牢は、大人が三人が寝転べる程度の大きさしかない。
 そこを照らすのは、鉄格子の外側にあるオイルランプ。

 そこに収容されている皆の手首には痣がある。
 鎖で繋がれた鉄製の手枷をどうにか引き千切ろうとした結果だった。もちろん、手枷を破壊できた者なんていないのだが。

「……何故僕がこんなまずい飯を……っ」

 そう嘆いたのは、デビット・ウェリンドット。
 牢屋内の端に置かれた古びたテーブルの上に置かれた食事を見て、彼は苛立ちを露わにした。

 トレーの上には、サイコロ状に切られた野菜が入った、冷めたコンソメスープに、うっすらと香辛料がかけられた白身の魚のソテー。拳ほどの大きさの固いパンが二つ。
 全て平らげれば、それなりに腹にはたまるし、栄養もそこそこ取れる。平民たちの食事とそれほどに変わらない量と質であった。

 しかし、生まれてからずっと侯爵家で生活してきたデビットには、こんな食事は耐えられなかった。

「温かなスープが飲みたい……油の乗ったステーキが食いたい……柔らかなパンが食べたい……。そうだ、酒も、酒も飲みたい……!」

 それから、潰したパンのような硬いベットではなく、ふかふかの温かなベッドで眠りたい。
 最低限の寒さから身を守るための安い衣服ではなく、肌心地の良いシルクの服を着たい。
 一日一回、身体を清めるために濡れた布で身体を吹くのではなく、温かなお湯に浸かり、使用人たちに体や髪の毛を洗ってもらいたい。

「もう、嫌だ……。こんな生活……」

 この場所に収容されてから約三週間、デビットは独りでに不満を漏らす日々だった。

 頼みの父はもう少しで死刑になるようで、ここではない別の収容所に居るようだ。最期の時まで側に居たいという母の嘆願は叶えられ、母も父と同じ収容所に居る。
 物理的に離れた距離に居る両親には、助けを求めることさえもできない。

「どうして僕がこんな目に……。僕はただ、父上の命に従っただけなのに……! あの女の、セレーナの婚約者になっただけじゃないか……!」

 確かに、父がキャロルの暗殺を企てていたことは知っていた。
 暗殺の邪魔をしたのがセレーナであることもだ。セレーナを令嬢として、人として傷付けるために、彼女の婚約者になったことも事実。

(だが、そんなことで……!? 僕は一生、こんなところで暮らすのか……!? 嫌だ、嫌だ……!)

 家に帰りたい。ここから出たい。それに、なにより──。

「キャロル様……っ、会いたい……!」

 キャロルと会えなくなってから、彼女のことを思い出さない日はなかった。
 くりっとした美しい青い瞳に、ふわふわとした艷やかな金色の髪の毛、ぷっくりとした唇に、まるで鈴がなるような可憐な声。

 触れた手の温度も、微笑みかけてくれる笑顔も。

 その全てを、今でも鮮明に覚えている。あの時間が、偽りな訳がない。

(キャロル様は僕の運命の相手なんだ……! 彼女だって本当は僕と同じように思ってくれているはず)

 セレーナに婚約破棄を宣言した日、キャロルから聞かされた言葉の数々に、当時のデビットは大きなショックを受けた。  
 相思相愛だと思っていたキャロルに騙されており、あまつさえ嫌いと言わんばかりの言葉を浴びせられたのだ。それは当然のことであった。

 けれど、キャロルを嫌いになることはなかった。
 どころか、辛い生活を送る最中、脳裏に駆け巡るキャロルとの記憶は、デビットの唯一の心の支えだった。

(そうだ! 分かったぞ! キャロル様はきっと、セレーナと第三王子に脅されて、僕のことを騙したんだ! そうだ、きっとそうなんだ……!)

 そう考えれば、キャロルのあの酷い言葉も、冷たい態度も合点がいく。

(可哀想なキャロル様……。本当は僕のことが大好きなはずなのに、あんな嘘をついて……。それもこれも、全てはセレーナと第三王子のせいだ。あの二人のせいで、僕たちは引き裂かれてしまった)

 デビットにはふつふつと怒りが湧いてくる。
 その対象は、元婚約者のセレーナと第三王子のフィクス。

(絶対に二人は許さない……。どうにかしてここから出て、二人に復讐してやる……。そして、キャロル様を迎えに行ってさしあげるんだ)

 瞳に憎悪の色を浮かべたデビットは、フォークを手に取り、魚のソテーにぐさりと突き刺した。
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