25 / 43
25
しおりを挟む剣の手直しも行ってくれる武器装備店に訪れたセレーナは、フィクスが店主と剣の手入れについて話している間、店に並んでいる剣や盾、その他の装備品を見ていた。
(初めて入ったお店だけれど、フィクス様が通われるだけあってさすがの品揃えと品質……。値が張るのも仕方がない。……あ、これ)
そこでセレーナの目に付いたのは、装備品の中でも一際地味なネックレスだった。
セレーナは少し腰を屈めて、それをじっと見やる。
飾りが付いておらず、細みのチェーンだけのそれは、騎士としての勤務中でも着けられそうだ。
(へぇ。こういうネックレスもあるのね。……えーっと、それで効果は……筋肉増強と疲労回復、それに耐久力も上がる!? このネックレスを着けるだけで、三つも効果が……!?)
セレーナがいつも行く店には、効果が単体の装備品しか売っていなかったので、驚くのも無理はなかった。
(これ欲しい……。今日の手持ちじゃ足りないけれど、今度貯金していた分を持ってくればなんとかなりそう)
自分の蓄えがどれほどあるか把握しているセレーナは、また今度来た時に買おうと決意した。
「店主、夕方までに頼むよ」
「へいっ! かしこまりました!」
「セレーナ、待たせてごめんね。行こうか」
すると、店主と話を終えたらしいフィクスが話しかけてきたので、セレーナは「はい」と行って、二人で店外へと出る。
当たり前のように手が繋がれたことにセレーナは若干動揺したものの、それを面に出すことはなかった。
「セレーナ。どこか行きたい店とか、したいこととかある?」
人通りがかなり多い大通り。
フィクスにそう問いかけられたセレーナは、一瞬頭を悩ませから口を開いた。
「そうですね……。先日街で必要な買い物は済ませてあるので、これと言って用事はありません」
「……へぇ。因みにその時って、誰かと出かけたの?」
先程までとは違い、フィクスの声は地面を這うような低い。
どうかしたのだろうかという疑問を持ちながら、セレーナは答えた。
「いえ、一人でですが。それがなにか……?」
「いや、それなら良いんだ。……じゃあ、セレーナさえ良ければ、今日は俺に付き合ってもらってもいい?」
(あれ? もう声がもとに戻っている)
フィクスの声の変化の理由は分からない。
だが、笑顔を浮かべるフィクスに水を指すのもどうかと思い、セレーナが疑問を口にすることはなかった。
「もちろんです。どこから行かれますか?」
「今日は近くにサーカスの一団が来ているみたいなんだよね。予約しなくても会場に入れるみたいだから、行かない?」
「サーカス! 実は前から興味がありまして……。是非行きましょう」
「はは。それなら良かった」
それからセレーナは、フィクスと共にサーカス団が集まる会場へと足を運んで演目を楽しんだ。
空中ブランコにジャグリング、マジックなど見たことがない様々な演目に、それはもう胸が踊ったものだ。
「セレーナ、小腹がすかない? 次は市場を見て回ろうか」
「はい」
サーカス団の演目を見終わってからは、フィクスに連れられて市場へと向い、串に肉が刺さったものや、冷えたフルーツジュースを購入した。
座る場所を探す最中話したことは、騎士の訓練でなにが一番大変だと思うか、好きな本はあるのか、苦手な食べ物はあるのかといったものだ。
「へぇ、セレーナは人参が苦手なんだ」
「はい。こう、若干甘みがあるところが得意ではなくて……」
「なるほどね。じゃあ今度ディナーに誘う時は、シェフに言って人参は抜いてもらわないとね」
「……! あの、そこまでではありません。苦手ではありますが、食べられますので心配は無用です……!」
騎士たるもの、苦手なものでもきちんと食べるべし。
そう言う考えを持っているセレーナは、焦った表情でフィクスにやや反論した。
「無理しなくていいのに」
「無理ではありません……!」
「ほんとに? 必死なところが怪しいなぁ」
「……っ」
薄っすらと目細めるフィクスの声は弾んでいる。
なにがそんなに楽しいのだろうと怪訝そうな顔を見せるセレーナに対し、フィクスは少し先を指差した。
「あ、ベンチとテーブルがあるから、あそこで食べようか」
「あ……はい! 承知しました」
複数のベンチとテーブルが用意されているそこは、おそらく民たちが市場で購入したものを食べるために用意されているのだろう。
「セレーナ、こっちにおいで」
テーブルとベンチを利用している人がかなり多いため、向かい合って座ることは難しそうだ。
そのため、セレーナはフィクスの指示に従って彼の隣に腰を下ろす。
「さて、いただこうか」
「はい、そうしましょう」
食事をする民たちに溶け込み、二人はまず串に刺さった肉にかぶりつく。
少し冷めてしまっているが、こんがりと焼かれた香ばしさと、ジューシーな肉汁が口の中に広まって、かなり美味しい。
「フィクス様、美味しいですね……!」
「本当だね。このフルーツジュースも中々いけるよ。口の中がさっぱりする」
「あ、本当ですね……。これも中々……」
もぐもぐもぐ。もぐもぐもぐ。ごくり。
あまりの美味しさに、セレーナは会話を忘れて食事に夢中になる。
(本当に美味しい……。それに、サーカスも面白かった)
今までも城下町に来たことはあったが、いつも必要なものを買うだけでこんなふうに市場で食事をすることなんてなかった。
フィクスが外出に誘ってくれなければ、サーカスの面白さも、この美味しさも、知ることはなかっただろう。
「……そう考えると、本当に感謝ですね」
「……ん? どうしたの、セレーナ」
「今日はとても充実した一日を過ごさせていただいているので、フィクス様に感謝しなければと思っていたところです」
「はは。大袈裟だよ。……あ」
フィクスはセレーナの顔を見てなにかに気が付くと、彼女の口元に向かってスッと手を伸ばす。
「……! あの──」
一体何ごとだろうかと目を見開くセレーナの一方、フィクスは彼女の口元を親指で拭うとニヤリと微笑んだ。
「セレーナ、肉に絡んでたソースが口元に付いてたよ」
「……! はしたないところをお見せしてしまい、申し訳ありません……! 手に付いた汚れはこのハンカチをお使いくださ──」
しかし、セレーナがポケットから取り出したハンカチを、フィクスは受け取ることはなかった。
「大丈夫。むしろ役得だから」
そう言ったフィクスが、セレーナの口元を拭った親指を自分の口元に運んで、ちろりと舐めたからであった。
「……!? なっ、なっ!?」
(舐めた……!? こんな人前で、仮初の婚約者相手に、この方はなにしているの!?)
セレーナの顔は真っ赤に染まり、驚きのあまり口がパクパクと開く。
というのに、当事者の一人であるフィクスは、涼しい顔をしてしれっと言ってみせた。
「食べ物は美味しいし、サーカスは面白かったし……なにより、セレーナの可愛い反応が見られたし、今日は最高の一日だよ」
「~~っ!? お戯れが過ぎます、フィクス様……!」
フィクスの言葉が恥ずかしいのはもちろんのこと、周りの人々の、いちゃついてんなぁと言わんばかりの生暖かい視線に耐えられない。
(む、無理……!)
食事も終わったので、一刻でも早くこの場から立ち去りたい。
そう、切に願ったセレーナは、勢いよく立ち上がった、のだけれど。
「婚約者の口元にソースが付いてたら、そりゃあ拭うし、その指は舐めるでしょ。直接舐めなかっただけ自制したと褒めてほしいくらいなんだけどな」
「ちょ、くせつ……!? じせい……!?」
こちらの気持ちなどお構いなしに、フィクスはとんでもないことを口にする。
セレーナはあまりの恥ずかしさに全身から力が抜け、ぺたんともう一度ベンチに腰を下ろしたのだった。
17
あなたにおすすめの小説
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる