「好き」の距離

饕餮

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ジュリアスの章

二話目

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 彼女と初めて会ったのは、レオンハルトの騎士団入団祝いのパーティーか何かだったと思う。

「ジュリアス! 今日は来てくれて、感謝する」
「いや、十八で入団なんて、すごいよ!」
「うん、確かにすごいな」

 二人の会話に新たに別の声が加わる。そちらに目を向けると、いつも遠目でしか見たことのない、ここにいるはずのない、皇太子のライオネル様がいた。

「え……ライオネル殿下?!」
「しぃーっ! 声が大きい!」
「ネリー、いらしてくれてありがとうございます! ジュリアス、この場ではネリーと呼んでやってくれ。構いませんよね? ネリー」
「構わんが……彼は?」
「ジュリアス・ホワイト・ライオールと申します。以後、お見知りおきを」

 レオンが何か言う前に自己紹介をした。

「ほう……君が……。噂はかねがねレオンから聞いているよ。とても優秀な男だ、とな。私が即位した暁には、できればレオンともども一緒に国を支えてほしい」
「有り難くも勿体無いお言葉……。若輩者の私でよければ、レオンと一緒に支えて行きとうございます」
「その時が来たら、頼む」
「「はい!!」」

 二人で返事をし、三人でいろいろな話をしたのだが、少し気疲れしてしまった。

「すまない、ちょっと外で涼んで来る」
「一応このあたりは私有地だが……まぁ、大丈夫だろう。気を付けて」

 そうして、見事な庭を堪能しながらゆっくりと歩いている時だった。

『まあ……』
『素敵な方……』

 その囁きが私有地のから聞こえた瞬間、マズイ! と思い、その場からさりげなく早足で逃げ、建物の陰に入った瞬間東屋が見えた。そこに隠れるべく駆け出した。
 東屋の側には侍女が二人おり、その近くには少女が一人で本を読みながら、お菓子や紅茶を食している。栗色の髪、碧い瞳。春の日差しのような、柔らかい微笑み。側には護身用なのか細身の剣が置いてあり、胸には主催者の関係者を示す、黄色い薔薇が飾られていた。

 どうやって声をかけて助けてもらおうか……そう思っていたら、少女がこちらを向いたので、すかさず「すまん、匿ってくれ」と言ってしまった。
 それを聞いた少女は慌てて東屋の裏の木の蔭を示す。

「ちょうどわたくしの後ろになるので、見えないはずです。音を立てたりしないよう、気配を消してくださいませ」
「わかった」

 そういわれて返事をし、すぐに移動をし隠れるとにこりと微笑みかけられ、くるりと背を向けられる。
 しばらくすると、パタパタと女性たちがかけて来る音がする。

「こちらに……見目麗しい男性が来なかったかしら?」

 その声と同時にカップを置く音がする。

「いいえ? いらしたとしても本を読んでおりまたので、わかりませんわ」

 その言葉に、向こうの女性たちから少し不穏な空気が出はじめる。少女が大丈夫だろうかと、匿ってくれと言ったことを後悔し始める。

「隠すとためになりませんわよ? このスーザン・オークレーに逆らうと、どうなるか……」
「どうなりますの?」

 木の蔭からそっと様子を窺うと、その言葉に女性たちが一瞬怯み、怒りで顔を赤らめている。

「ねえ、どうなりますの?」
「なっ?!」
「それに、ここがどこだか、わかっておられますか?」
「えっ?!」
「あら。知らないでその見目麗しい男性を追いかけて来ましたの?」
「なんですって?! もう許しませんわ! たかが侍女の分際で……!」

 カタン、と音がしたかと思うと、金属音を立てながら、ゆっくりと剣をを引き抜く音がする。

「あら。不法侵入に加えて、不敬罪も追加ですわね」

 そう言った途端、どこからか誰何《すいか》の声が上がった。そのことに、少女に何事もなく切り抜けたのだと、安堵する。

「貴様ら、何をしている! どこから入った?!」
「えっ?!」

 制服を見て、あれはレオンとホルクロフト家の警護だと思い至る。あの音は、わざと出したのか? いや、二人いたはずの侍女が一人しかいないことから、もう一人が呼びに行ったのだろう。
 そして敬語の何人かが一緒に来て、あっという間に女性たちを捕らえた。

「ルナ、大丈夫か?」
「はい、お兄様」

 レオンが大事そうに、庇うように、肩を抱いている。

「ちょっと! 離しなさいよ! そこの侍女のほうがよっぽど失礼じゃないの! わたくしを誰だと思ってるの?! オークレー男爵家の娘、スーザンよ! 離しなさい!」
「ほう……? 不法侵入の挙げ句、たかが男爵家の分際で、我が妹を侍女呼ばわりとはな」
「不法侵入? 妹? 何を言ってるの?」

 レオンの言葉に、申し訳なくも似ていないと思った。レオンは綺麗という面立ちだが、彼女は可愛いという面立ちだったからだ。
 そんなことを考えている間に、騎士団の一人が冷たく言い放つ。

「貴様は馬鹿か? ここはホルクロフト家の私有地で、こちらの方はレオンハルト・ウル・ホルクロフト様と、その妹、ルナマリア様だぞ! 口を慎め!」
「えっ?!」

 警護の一人の言葉に、三人の女性が青ざめた。

「そ、そんな…!」
「連れていけ」
「はっ!」
「し、知らなかったの! お願いだから、許して!」
「それを決めるのは我々ではない。騎士団とそなたの父親だ」

 少女がレオンにすがって何かを話しているが、何を言っているのかわからない。が、泣きそうな顔をしていた。
 そうこうしているうちに女性たちが警護に連れていかれ、ほっと息を吐いた時だった。

「あ! 忘れるところでした。あの、もう大丈夫ですから、こちらへどうぞ」

 その言葉と同時に、東屋の裏側から這い出す。
 レオンの体が一瞬強ばったが、私の顔を見てすぐにほぐれた。

「ジュリアス! こんなところにいたのか……」

 少女がキョトンとしながらも、私とレオンを見て首を傾げている。

「すまん、先程のご婦人方に追いかけられていたところを、彼女に助けてもらった」
「そうか。ルナ、よくやった」

 誉められながら頭を撫でられて、はにかんだ笑顔が何とも可愛らしい。

「レオン、迷惑をかけた」
「構わない」
「で、こちらのご婦人は?」

 少女を紹介してもらおうとしたが、レオンがはっとした顔をした。少女を見ると、顔が真っ青だった。

「ルナ!?」
「だ、いじょ……安心したら立ちくらみが……」
「そこの東屋で休ませよう」

 レオンハルトは少女をかかえ、心配しながら並んで東屋まで歩く。

「レオン兄様……ごめ……」
「喋らなくていいから」

 安心したように頷き、目を閉じて息を吐いた少女。

 私のせいで、つらい目に遭わせてしまった。それにすごく顔が真っ青で震えており、可哀想になってしまう。

 東屋のベンチで、レオンが少女に膝枕をしてあげている。そこに、すぐに侍女が花柄の可愛い毛布をかけていた。
 そしてテーブルの上にあるミニキッシュやクッキーを見たレオンが少女に声をかけた。

「お、美味しそうだな。ルナが作ったのか?」
「うん」
「食べていいか?」
「うん。こ、うちゃも、ある、よ」

 途切れ途切れに話す少女。無理に喋らなくていいと言いたいが、兄弟で話しているのを邪魔するわけにはいかない。

「ん、わかった。ジュリアスも食べるか?」
「いいのか?」
「構わない。な?」

 喋るのがつらいのか、頭を撫でていたレオンの袖を、皺にならない程度にキュッ、と掴む。その仕草もなんだか可愛く見える。

「いいってさ。さあ、どうぞ」

 ミニキッシュをとり、遠慮なくパクリと一口食べてみて、目を見開く。見た目は濃厚そうなのに、見た目に反してさっぱりとした味だった。
 うちの料理人のより美味しいかも知れない。

「ほう……これは美味しいな。しかも見た目に反してしつこくない」

 紅茶を飲みつつも食べ終えてしまったので、二つ目に手を伸ばす。

「この子の手作りさ」
「そうか。彼女は?」
「俺の下の妹で、ルナマリアというんだ。末っ子なんだが、病弱でな」

 すると、少女――ルナマリア嬢がよろよろと体を起こし、何とか気丈に立って

「ルナマリア・ウル・ホルクロフトです」

 とスカートを摘まみ、淑女の挨拶をする。つらいだろうに、笑顔まで浮かべて。
 そのことに感嘆する。

「ジュリアス・ホワイト・ライオールだ」
「公爵家の嫡男で、俺の親友だよ」

 思わず、自然の笑みが出る。それをみたルナマリア嬢は、青白い顔だったというのに、頬に朱が差した。

「……迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」
「迷惑じゃないさ。むしろもっと甘えろ。ルナは聞き分けがよすぎる」

 甘やかすように再び寝かしつけ、ルナマリア嬢の頭を撫でているレオンを見て、少しだけ羨ましくなってしまった。

「マリアンヌ嬢とは違う可愛さだよな」
「おい……ルナはまだ十二だ。やらんぞ」
「はあ……。お前は父親か?」

 二人でふっ、と笑みをもらす。ホルクロフト家の爵位は伯爵だが、帝国一古い、由緒正しい血筋だ。故に、話題も多岐にわたり、豊富だ。
 私もそれなりに話題をふるが、レオンの博識さには敵わない。

 二人の会話を子守唄に、いつの間にか穏やかな寝息をたてているルナマリア嬢。それがよかったのか、青ざめた顔に幾らか赤みが戻っていた。


 ***


 あれから、何度かホルクロフト家に行った。
 街の外で会ったこともある。彼女に会うと、笑みが自然と溢こぼれる。だが、余計な者が寄ってきてしまう。
 だから、彼女の前でしか、笑わないように努力した。
 そしてどんな話にも頷いてくれたり、笑ったりしてくれる彼女をいつの間にか愛してしまい、にやけそうになる顔を見せたくなくて視線を逸らし、眉間に皺がよるようになった。

 最近も忙しそうなレオンを訪ねて家に行き、あわよくばルナマリア嬢と楽しいひととき過ごしたかったたが、体調が優れないのか、自室に篭ったまま出てこなかったり、どこかへ出かけたのか会えない日々が続いていて、少しだけ寂しかった。
 このまま会えないのだろうか……と、少し油断していたのだろう。


 ――賊に襲われたのは、そんな時だった。

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