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急転直下
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暁里が駅ビルのトイレで涙で崩れた化粧を直している間に、妹の籐子に連絡をする。暁里に護身術を教えたいから店の裏を貸してくれと聞けば、すぐに『いいわよ』と許可がおりた。
使わないか捨てるダンボールがあるならそれもいくつか用意するようにお願いすると、それも『いくつかあるから、用意しておくわね』と返事をくれた。少し話をしてから電話を切ると、そのタイミングで暁里が出て来た。
「籐志朗さん、お待たせ」
「おう。少しは顔色がマシになったな。で、お見舞いはどうする?」
「……行く。何かあったってバレるかも知れないけど、行かないと余計に心配すると思うから」
「……そうか」
暁里の決意に一言だけ返し、地元に戻ると病院へと向かった。暁里の表情や無理をしている雰囲気と今までのことから、何かを察した母親だったが何も言わず、彼女が席を外している間に例の痴漢撃退スプレーを握って笑みを浮かべると、「娘をお願いします」と言ってビニール袋の中へ吹きかけた。犯人に対して相当怒っているなと内心冷や汗をかきつつ、俺に対して怒っていないことを祈りながら無言で頷いた俺だった。
***
「足と踵に力を入れて、踏み抜くつもりで思いっきりやれ」
「うん!」
俺の指示通りに足を動かした直後、ボスッという鋭い音をあげてダンボールに穴が空く。それを見て、俺の足でやらせなくてよかったと思った瞬間だった。
病院から店に来るまでの間に暁里に簡単な護身術を習ってみたいかどうか聞くと、彼女は「やりたい」と返事をした。ただ、あくまでも簡単なものなので逃げるか声をあげる隙を作るためのものでしかないことと、咄嗟にできるようになるために、毎日ひたすらやるのみだと伝えた。
最初に教えたのは、靴のヒール部分で相手の足を踏むことだ。前からにしろ後ろからにしろ、拘束されてしまうと上半身は身動きができないし、抵抗したところで女の細腕では限度がある。訓練しているか武術を習っているなら話は別だが、暁里はそれもやっていないそうだ。ならば、足を使うのが一番手っ取り早い。
電車内で揺れた拍子にたまに足を踏まれることがあるが、ヒールで足を踏まれると何気に痛えんだよな。
「おー、すげえ。足を上げるのが大変そうなら、拘束されてるのをいいことに足を踏んで、そのまま片足に体重をかけるのもいいぞ?」
「そうなの? 籐志朗さん、ちょっと腕を貸して。……えっと、こんな感じ?」
「おう、そんな感じ」
足の位置をずらしてダンボールの上に乗ると、俺の腕を掴みながら片足に体重をかける。すると、のめりこむように静かにダンボールに穴が空いた。こっちのほうがやりすかったのか、移動しては穴を開け……を、楽しそうに繰り返している。
「これ、楽しいかも」
「楽しいじゃねえよ」
「だって、ダンボールにたくさん穴が空いて、気持ちいい……あっ!」
「どうした? 足でも痛めたか?」
「……体重かけすぎて、ヒールがダンボールから抜けなくなっちゃった……」
足を痛めたのかと心配すれば、随分と間抜けな答えが帰って来た。微妙に俺から顔を背けながら座り込み、両手で靴を抜く暁里に思わず笑いが込み上げる。
「ぶ……っ、くくっ!」
「ひどっ! 笑わなくてもいいじゃない!」
ヒールを履くと腰に手をあてて怒る暁里に、「怒んな、怒んな」と言いながら頭を撫でると、怒りをといてはにかむ。そんな顔もするんだなと思いつつも、今は訓練させないとと次の段階に入る。
「だいぶ慣れたな。なら、今度は拘束された状態でやってみろ」
「え……」
両腕を掴んで動けないようにすると、暁里は固まり、目を泳がせて頬を染めるが、動こうとしない。
「暁里、護身術の訓練だってわかってんのか? 常に俺が一緒にいるわけじゃないんだ、咄嗟に動けるようになっておかないと、何かあった時に困ることになるぞ?」
「あ……。ごめんなさい」
「わかったならそれでいい。ほれ、続きな」
「うん」
「こうやって拘束された時は、下を向いて足の位置を確認したあと、足を踏め。爪先の方が痛いから、そこを狙うといい」
ヒールを脱いで踏めよと言うと、暁里は素直にヒールを脱いでから俺の足を踏んだ。
「うー、足をあげて踏みつけるのは難しいわね……」
「だろ? だから足を踏んで片足をあげ、体重をかけたほうがいい」
「なるほど……こうかな?」
「そうそう。って、痛って!」
「あっ! ごめんなさい……」
やりづらそうだったから体重をかけるほうがいいと言えば、暁里は見事に俺の爪先に体重をかけたのだった。
それから毎日、店の裏で護身術の訓練を重ね、足を踏みつけるのだけではなく、もう一つの方法を教えた。同時ににやるのは無理にしても、どっちかできればいいという感じだ。
それから一ヶ月後。
既にミヒャエルたち三人と入れ替わりで潜入捜査をしていたチームから、『奴らが動くかも知れない』と連絡が入った直後。
『彼女が誘拐された』
と、防衛省周囲で暁里の警護をしていた同僚から連絡が入り、一気に事態が動くことになった。
使わないか捨てるダンボールがあるならそれもいくつか用意するようにお願いすると、それも『いくつかあるから、用意しておくわね』と返事をくれた。少し話をしてから電話を切ると、そのタイミングで暁里が出て来た。
「籐志朗さん、お待たせ」
「おう。少しは顔色がマシになったな。で、お見舞いはどうする?」
「……行く。何かあったってバレるかも知れないけど、行かないと余計に心配すると思うから」
「……そうか」
暁里の決意に一言だけ返し、地元に戻ると病院へと向かった。暁里の表情や無理をしている雰囲気と今までのことから、何かを察した母親だったが何も言わず、彼女が席を外している間に例の痴漢撃退スプレーを握って笑みを浮かべると、「娘をお願いします」と言ってビニール袋の中へ吹きかけた。犯人に対して相当怒っているなと内心冷や汗をかきつつ、俺に対して怒っていないことを祈りながら無言で頷いた俺だった。
***
「足と踵に力を入れて、踏み抜くつもりで思いっきりやれ」
「うん!」
俺の指示通りに足を動かした直後、ボスッという鋭い音をあげてダンボールに穴が空く。それを見て、俺の足でやらせなくてよかったと思った瞬間だった。
病院から店に来るまでの間に暁里に簡単な護身術を習ってみたいかどうか聞くと、彼女は「やりたい」と返事をした。ただ、あくまでも簡単なものなので逃げるか声をあげる隙を作るためのものでしかないことと、咄嗟にできるようになるために、毎日ひたすらやるのみだと伝えた。
最初に教えたのは、靴のヒール部分で相手の足を踏むことだ。前からにしろ後ろからにしろ、拘束されてしまうと上半身は身動きができないし、抵抗したところで女の細腕では限度がある。訓練しているか武術を習っているなら話は別だが、暁里はそれもやっていないそうだ。ならば、足を使うのが一番手っ取り早い。
電車内で揺れた拍子にたまに足を踏まれることがあるが、ヒールで足を踏まれると何気に痛えんだよな。
「おー、すげえ。足を上げるのが大変そうなら、拘束されてるのをいいことに足を踏んで、そのまま片足に体重をかけるのもいいぞ?」
「そうなの? 籐志朗さん、ちょっと腕を貸して。……えっと、こんな感じ?」
「おう、そんな感じ」
足の位置をずらしてダンボールの上に乗ると、俺の腕を掴みながら片足に体重をかける。すると、のめりこむように静かにダンボールに穴が空いた。こっちのほうがやりすかったのか、移動しては穴を開け……を、楽しそうに繰り返している。
「これ、楽しいかも」
「楽しいじゃねえよ」
「だって、ダンボールにたくさん穴が空いて、気持ちいい……あっ!」
「どうした? 足でも痛めたか?」
「……体重かけすぎて、ヒールがダンボールから抜けなくなっちゃった……」
足を痛めたのかと心配すれば、随分と間抜けな答えが帰って来た。微妙に俺から顔を背けながら座り込み、両手で靴を抜く暁里に思わず笑いが込み上げる。
「ぶ……っ、くくっ!」
「ひどっ! 笑わなくてもいいじゃない!」
ヒールを履くと腰に手をあてて怒る暁里に、「怒んな、怒んな」と言いながら頭を撫でると、怒りをといてはにかむ。そんな顔もするんだなと思いつつも、今は訓練させないとと次の段階に入る。
「だいぶ慣れたな。なら、今度は拘束された状態でやってみろ」
「え……」
両腕を掴んで動けないようにすると、暁里は固まり、目を泳がせて頬を染めるが、動こうとしない。
「暁里、護身術の訓練だってわかってんのか? 常に俺が一緒にいるわけじゃないんだ、咄嗟に動けるようになっておかないと、何かあった時に困ることになるぞ?」
「あ……。ごめんなさい」
「わかったならそれでいい。ほれ、続きな」
「うん」
「こうやって拘束された時は、下を向いて足の位置を確認したあと、足を踏め。爪先の方が痛いから、そこを狙うといい」
ヒールを脱いで踏めよと言うと、暁里は素直にヒールを脱いでから俺の足を踏んだ。
「うー、足をあげて踏みつけるのは難しいわね……」
「だろ? だから足を踏んで片足をあげ、体重をかけたほうがいい」
「なるほど……こうかな?」
「そうそう。って、痛って!」
「あっ! ごめんなさい……」
やりづらそうだったから体重をかけるほうがいいと言えば、暁里は見事に俺の爪先に体重をかけたのだった。
それから毎日、店の裏で護身術の訓練を重ね、足を踏みつけるのだけではなく、もう一つの方法を教えた。同時ににやるのは無理にしても、どっちかできればいいという感じだ。
それから一ヶ月後。
既にミヒャエルたち三人と入れ替わりで潜入捜査をしていたチームから、『奴らが動くかも知れない』と連絡が入った直後。
『彼女が誘拐された』
と、防衛省周囲で暁里の警護をしていた同僚から連絡が入り、一気に事態が動くことになった。
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