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ファウルハーバー領編

第188話 領地に到着

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 馬車を改造して、なんだかんだと二週間。予定よりも十日早くファウルハーバー領に着いた。
 とはいえ、まだ領内に入っただけで、領都までもう少しかかるらしい。

 いや~、それにしても道中は早かった! なにせ、馬車が軽くなったからなのか、馬たちがはしゃいじゃってな……。通常の倍近い速さで走ったからか、途中で寄るはずだった町や村をいくつも通過した。
 それでもできるだけ町に寄って食事や買い物をしたし、宿泊もした。それに、移動距離が長いおかげで、休憩所で夜を明かすこともしばしばだったのだ。
 カンストしている結界を三重にしたうえで、同じくカンストしているピオとエバの雷を這わせているんだから、危険は全くない。それもあって騎士たちや私たちが見張りをする必要もなく、ぐっすり眠れていたんだからいいことづくめだったらしい。
 もちろん、馬たちも結界の中に入れている。しかも、馬たちよりもはるかに強い従魔と、神獣であるノンがいるのだ。
 それもあり、馬たちは安心してしっかりぐっすり眠れたようで、前日の疲れもなく、朝になると元気いっぱいだった。
 その繰り返しで、予定よりも早く着いてしまったのだ。
 ルードルフたちにしてみれば、嬉しい誤算だろう。……ま、まあ、若干、顔が引きつっていたが。
 それはともかく。
 今通っている道の周囲に広がっているのは水田だ。ファウルハーバー領は米も作っているそうだ。
 気候や気温が九州に近いらしく、二期作できるんだと。もちろん、ルードルフが領主になってからは、連作せずに水田を変えて稲作をしているそうだが。
 だからなのか、ところどころ水のない場所が見受けられる。
 しかも、台風などの水害もない、内陸だ。害虫と魔物の被害、連作障害にさえ気をつけていれば、あとはどうにでもなるというんだから凄い。
 害虫駆除も、薬草を使った無農薬な殺虫剤だというんだから、異世界って凄いと思ったよ。
 それはともかく、水田の他には畑が広がっていて、何の野菜かわからないが、畝から芽が出ているのが見える。

「公爵様ー! おかえりなさーい!」

 領地に入ってから、通常よりもさらにスピードを落としたルードルフ。どうしてなんだろうと思ったら、こういうことか。
 馬車に描かれている紋章や騎士たちの服装を見ているのか、畑にいたおっさんたちやおばちゃんたち。手伝っているらしい兄さんや姉さんと子どもが、声をかけて手を振っている。その声に応えて、ルードルフとロジーネも手を振っているのだ。
 元王子の公爵が、めっちゃ気さくなんだが!
 いや、元王子だからなのか?
 さり気なく騎士に話を聞くと、今通っている場所に限らず、領内全部を回って土の状態を確かめ、農民たちと一緒になって畑を耕したらしい。しかも、一緒になって実践したことで畑の状態がよくなっていることがわかるものだから、最初は警戒していた農民たちも徐々に心を開き、今ではすっかり心酔している状態だそうだ。
 さすがは元王族。そのカリスマたるや、尋常じゃねえな、おい。
 まあ、普通はお貴族様が農民や平民に交じって畑仕事なんてしないもんなあ。そういう意味でも、人気があるんだろう。
 中身、百オーバーの爺様と婆様なんだが、いいのか?
 知っているだけに、ちょっと唖然とした。
 街道を走っていると、そのたびに歓声が上がる。中には「去年よりもいい芽が出ましたよー!」と叫び、公爵一行を喜ばせている人もいる。
 なんだろう……リアル里山の農村? 某アイドルがやっているテレビ番組を思い出したよ……。
 そうこうするうちに、比較的大きな町に着く。ここでお昼ご飯を食べたあと、買い物をして出発だ。
 このペースだと、領都に着くには明日の昼ごろになるという。

「そういえば。ルードルフ、工場はどこに建てるつもりなの?」
「今のところ、領都だけだな。一気に作っても、ノウハウが確立していないと教えられないし」
「それもそうね。畑は?」
「畑も徐々に増やしていく。とはいえ、まずは貧しい農村地帯が先になるだろう」

 なるほど。貧しいということは、適した野菜が作れないところもあるわけで。芋とは違うけれど、甜菜もビーツも種芋として植えるのだ。
 嫌な言い方だが、これから忙しくなることを考えると、そういった貧しい農村に割り振ったほうがいいんだろう。貧しいってことは作れる作物がなく、暇だってことだから。
 まずはその村で実験代わりに作ってもらう。どのみち砂糖にしてしまうから、よくても悪くても全て買い上げれば、村にお金が入ることになるのだ。
 そのお金も、税金を引いた額を渡せば、その年の税金を払う必要がなくなる可能性もあるだろうし。
 この世界の税金や税率がどうなっているのかわからないが、これだけ領民に慕われているルードルフならば、悪いようにしないだろうという確信が持てた。今だってご飯を食べている最中なのに、食堂にいる人たちから、彼らがいなかった間の話を聞いているくらいだしね。
 恐らく、視察も兼ねていると思われる。だからこそ、恋愛話や色目を使うような女以外の話を、しっかりと聞いているし。
 つうか、奥さんが隣に座ってるのに色目を使うってバカじゃね? 一夫多妻が許されているのは皇帝と皇太子だけであって、王子といえど側室は持てないって聞いたんだが。
 そういう事情を知らないか、あわよくば貴族の妾になって贅沢しようと考えてるんだろうなあ。ルードルフには通用しないし、きちんと領地を治めている領主にも通用しないだろう。
 結局他の客たちから白い目で見られていることに気づいた女は、すごすごと食堂から出て行った。

「あいつも早く落ち着けばいいのによ」
「無理無理! あの子、男をとっかえひっかえだもの」
「すでに二十五を超えているのに、自分は未だにモテると思ってるのよ?」
「あんな阿婆擦れ、誰が嫁にもらうんだよ」
「浮気されて、誰の子かわかんねえのを身籠っても困るし」
「だから、見合いは全部失敗してるし、最近は恋人もいねえって聞いたぜ」
「納得!」

 などなど、客たちは男女関係なく辛辣だった。ご愁傷様!
 そんな噂話以外は特にこれといった問題はないようで、公爵一行は満足そうに頷いていた。
 ご飯が終わると、会計をして出る。馬車に戻りつつ商店や露店、屋台を見るルードルフ。これも見慣れた光景になった。
 気に入ったものがあれば買うし、見たことがないものがあれば質問し、場合によっては購入している。そのほとんどが野菜や果物と、その種や苗なのが笑える。
 それが終われば馬車に乗り、また移動を開始。夜は領都手前にある、比較的大きな町に泊まると言っていたから、本当に明日には着くんだろう。
 長閑な田園風景に、つい祖父母と一緒に暮らしていた家や町を思い出す。駅の周辺は発展していたけれど、ちょっと離れると、畑や水田が広がっているような場所だった。
 車で三十分から一時間も走れば、山や海に出られる場所に住んでいたから、今見ている風景に懐かしさを感じる。まあ、見える範囲では山も海も見当たらないが。

「早く、ドルト村に帰りたいなあ……」
<早く終わらせて帰ろうなのー>
<そうだぜ、アリサ。帰りは転移してさっさと帰ろう>
「そうね。ありがとう、ノン、リコ」

 御者席に座り、リコの頭の上にいるノン。その二匹が揃って賛同してくれる。
 それがとても嬉しい。
 村に定住してまだ半年くらいだけれど、既に愛着が湧いているし、故郷だと思えるようにもなった。
 
「まずは、ルードルフからの依頼を、しっかり・きっちりこなさないとね!」
<<うん!>>

 仕事がある以上、まずは目先のことに集中しよう。
 そう思いつつ、ルードルフたちが乗る馬車のうしろを走らせた。

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