1 / 1
憧れの青空
しおりを挟む
初めてその機体を見たのは、百里基地の航空祭でだった。
父のラストフライトが控えていて、どうせならと家族総出で航空祭に行った。
普段父が乗っているF-4の展示や輸送機の展示。それらを制服を着た父が説明してくれながら、あちこちを回ったのだ。
お昼を食べたあとは、父に連れられて建物の屋上に行く。ここは関係者しかこれない場所だから、ブルーインパルスがゆっくり見れると言って。
「ほら、つぐみ。見えるか?」
「うん!」
背が一番小さかった私を抱っこしてくれて、上から見たのはウォークダウン。そしてプリタクからタクシーアウト、煙を一回吐き出して、まずは四機が、そして二機が飛び立った。
アナウンスをしてくれていたのは、声が素敵な男性。とても聞き取りやすかったのを覚えている。
『左上方をご覧ください。これから六機のブルーインパルスがデルタで参ります――』
そのアナウンスの方向を、父が指差す。
「ほら、あっちを見てみろ、イルカが飛んでくるぞ。――さん、に、いち、ナウ」
「わー!」
父のカウントダウンが終わると同時に、六機の空飛ぶイルカ――ブルーインパルスが白い煙をはきながら、観客がいるほうへと飛んでくる。デルタからワイドデルタへ、綺麗な編隊を組んで、上空を駆け抜けて行く。
他にも、サクラ、クライムロール、バーティカルキューピットなどなど、アナウンスと同じタイミングで父が説明してくれたし、父が『ナウ』って言うとすぐに白い煙が見えてこっちに飛んで来たっけ。
「パパはよんばんきにのってたんだよね? あのハートだと、どうれ?」
「あの矢の部分だ。綺麗なハートと矢にするのは、結構大変なんだよな、これが」
「へえ……。わたしもいつか、イルカにのってみたい!」
「キーパーじゃなくて、ライダーにか?」
「うん! よんばんきにのってみたいの!」
綺麗なあの矢を父が作っていたと思うと、私も作ってみたくなったのだ。
だって、知ってるんだよ、父がいつも母のことを「俺のハートなひばり、俺の矢を受け取って」って言ってるのを。当時はどんな意味があるのか知らなかったけど、大人になってその時のエピソードを聞いて、「歯が浮く~!」ってドン引きしたのは内緒だ。
「四番機なあ……。まあ、つぐみが大人になるころには、女性の戦闘機パイロットも当たり前になってくるだろうし。それにはつぐみの努力が必要だぞ?」
「どりょく?」
「ああ。勉強もできないと駄目だし。特に英語。あとは好き嫌いも駄目だし、健康じゃないとな。健康でも、虫歯があると駄目なんだぞ? 戦闘機パイロットは。ちゃんとできるか?」
「うー……にんじんとピーマンはにがてだけど、これからはたべる! パパとおなじようにパイロットになりたいから、べんきょうもはみがきもやる!」
どこまで行けるのかわからないし、女性のパイロットが訓練を始めたとはいえ、まだ正式にはいなかった時代だったそうだ。だけど、いなわけじゃないからと、父はそう言っていたっけ。
あれから三十年。
「牛木……いや、藤田 つぐみ一等空尉、第11飛行隊に転属を命ず」
「謹んで拝命したします」
「頑張って技術をモノにし、またここに戻って来い。一尉ならきっとできる」
「はい、ありがとうございます!」
父と母の年齢は一回り違う。だからこそ、なんとしてでも、父が生きている間にブルーインパルスに乗りたかった。そして、あと二、三年はかかるんじゃないかと思っていた、三十五の誕生日の出来事だった。
震える手を叱責して内示を受け取り、敬礼してその場をあとにする。
「……………………やった!」
誰もいないことを確認し、小さくガッツポーズをする。
十年くらい前に、女性のドルフィンライダーがいたことは知っている。彼女が最初の女性ドルフィンライダーだ。その人は私たち女性自衛官の憧れであり、女性の戦闘機パイロットの誇りでもあった。今はパイロットではないけれど、目黒あたりで教えてるんじゃないかと聞いている。
そんな彼女に私も憧れた――彼女のようなドルフィンライダーになりたいって。
その人がドルフィンライダーになったのは三十半ばだったけど、私はもう少しかかると思っていたから、半ば諦めていたのだ。
すごく嬉しかった。だから、仕事を終えて寮に帰ると、すぐに双方の両親と夫にも連絡をした。夫もドルフィンライダーだったから。
『やったな、つぐみ。妻だろうと、容赦はしないぞ?』
「わかってる。しっかりしごいてよね?」
『ああ。待ってるからな、ここまで這い上がってこい』
「ええ」
電話を切り、荷造りを始める。すでに向こうの寮に入る手続きも、定期便の予約も済ませている。あとは荷造りをして、明日子どもたちと一緒に松島基地に向かうだけだ。
双方の両親も子どもたちの面倒を見てくれることになっているし、うちの両親に至っては、その間一緒に住んでもいいとまで言ってくれたのだ。まあ、そこは夫と話し合って決めるからと言ってある。
この時のために、いろいろと頑張った。
父の身体能力を受け継いだのか、G訓練も苦じゃなかったし体力も女性にしとくのは惜しいとも教官に言われた。
それを糧に飛行時間もクリアし、ウイングマークをもらい、必要な資格も取った。
スクランブルも、何回も経験した。
この時のために、私はいろいろと頑張ってきたんだから。
それが報われたことが、とても嬉しい。
荷物を詰めて、準備は万端。子どもたちは春休みだからと夫の両親のところに遊びに行っている。
憧れの彼女が切り開いてくれた、せっかくのチャンス。だから、お飾りのライダーだなんて言わせない。
そう決意を固めて眠り、翌朝一番で松島基地へと向かった。
「本日よりこちらに配属になりました、牛木 つぐみ一等空尉であります。牛木が二人になると聞いておりますので、こちらにいる間は旧姓の藤田 つぐみを名乗ろうかと」
「ああ、そのほうがいいだろう。タックネームはジッタでどうだ?」
「父と同じというのも芸がないと思うのですが……」
「父?」
目の前にいるのは、ブルーインパルスの隊長でもある、相馬三等空佐。私の言葉に、不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
「はい。私の父は、四十年ほど前にブルーインパルスのライダーをしていました。四番機に乗っていたそうです。その時のタックネームがジッタだと聞いております」
「……もしかして、今でも伝説になっている、入間基地でプロポーズしたという?」
「はい。どういうわけか、あれ以降、あそこでプロポーズする人間が増えたと聞きましたが……」
「まあな。ちなみに、他の基地でもやっているところがあるらしい」
三佐の言葉に苦笑する。父がやらかしたせいで、航空祭などで自衛官たちがプロポーズをしまくっているらしい。
「なら……そうだな、名前のつぐみから、『スラッシュ』はどうだ?」
「それでお願いいたします」
「わかった。なら、他のクルーを紹介しよう」
席を立った三佐のあとに続き、その場所に移動する。
ハンガーに連れて行かれ、そこには夫である牛木 龍司の姿もある。
「集まってくれ。今日からこちらに配属になった、藤田 つぐみ一等空尉だ。タックネームは『スラッシュ』となる」
「初めまして、藤田 つぐみです。本来は牛木 つぐみと名乗るところなのですが、すでに牛木がいると聞き及んでおりますので、旧姓で名乗りました。よろしくお願いいたします」
隊長のあとに続き、敬礼でそう告げる。龍司には伝えてあるので、眉ひとつ動かさない。
「しばらくはアナウンス業務となる。たのむぞ、スラッシュ」
「はい」
そこからはキーパーを含めた自己紹介が始まり、それぞれのタックネームを聞いたんだけど……龍司のタックネームが義父と同じ『バイソン』ってどういうことなのかな?!
まあ、それは横に置いておいて。
今日からアナウンス業務をしながら、適正訓練も始まる。これに合格しないと、ブルーには乗れない。
そして、切り開いてくれた彼女のためにも、私が閉ざしたらいけないと、責任重大だ。
「……よし!」
気合を入れるために、左手を広げ、握った右手を打ちつける。パンッ! という小気味いい、乾いた音がした。
スタートラインには立った。あとは目標である、四番機に乗るだけなんだけど……。
「スラッシュ、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょうか?」
龍司に話しかけられ、そちらのほうを向く。
「相変わらず、お義父さんの四番機狙いか?」
「もちろんよ。それがどうかした?」
「いや……どうやら未だにあの属性が続いてるらしくってな……」
「え゛……」
龍司の言葉に驚く。まさか、父の師匠がつけたという『色気が増す属性付加』がそのままになっているらしかった。
「一応、あとでお前は俺の妻だって話しておくが……気をつけろよ?」
「……そうする」
初っ端からそんな話は聞きたくなかった! と内心頭を抱えつつ、アナウンスの練習をするからと呼ばれ、その場をあとにした。
そう言えば一度、高校の時の同窓会に行った時に聞かれたことがある。コックピットで吐いたりしないのか、学校を卒業してすぐにブルーに乗れるんじゃないのか、って。
だから言ってやったのだ。
『コックピットで吐く? そんなのが戦闘機パイロットになれるわけがなかろう! 最初の段階で落とされるって。いいとこ輸送機パイロットかヘリパイだよ? つうか、三半規管が弱いならどの乗り物も無理だよ、整備の人だって移動には輸送機を使うんだから。それに、ブルーに乗るには様々な経験と資格、飛行時間が必要だから、二十四、五の人がドルフィンライダーになるのは、物理的にも無理』
って。そう言ったら、納得した顔をされた。
三半規管が弱いと乗り物酔いするから、多分そういう人はパイロットどころか自衛官になるのすらも難しいだろうと思う。
ちなみに、私は訓練中だろうと、訓練後だろうと、吐いたことは一度もない。つうか、エアマスクをしてるんだから、吐いたら空気を吸えなくて窒息死するっつーの。
そんなことを思い出してちょっと苦笑し、渡されたアナウンス用の紙を見る。
「ここからスタートね」
焦ってはいけないと、父にも言われた。何事も初めてがあるのだからと。確実にこなして、自分のものにしていけと。
本当にそう思う。航学で学んで、航空自衛隊に飛び込んで。女だからって馬鹿にされないよう、シミュレーターも試験も必死にくらいついた。
その今まで培ってきた経験が、そして頑張ってきた腕が認められたからこそ、そして女性にも、と切り開いてくれた彼女の存在があるからこそ、私はこの飛行隊にこれたと思っている。
訓練はますます厳しくなるだろう……その起動もGも、確実にF-15やF-35戦闘機なんかとは比べ物にならないほど、違うのだから。
もう一度小さく頑張ろうと呟き、与えられた仕事をこなすべく、集中するのだった。
父のラストフライトが控えていて、どうせならと家族総出で航空祭に行った。
普段父が乗っているF-4の展示や輸送機の展示。それらを制服を着た父が説明してくれながら、あちこちを回ったのだ。
お昼を食べたあとは、父に連れられて建物の屋上に行く。ここは関係者しかこれない場所だから、ブルーインパルスがゆっくり見れると言って。
「ほら、つぐみ。見えるか?」
「うん!」
背が一番小さかった私を抱っこしてくれて、上から見たのはウォークダウン。そしてプリタクからタクシーアウト、煙を一回吐き出して、まずは四機が、そして二機が飛び立った。
アナウンスをしてくれていたのは、声が素敵な男性。とても聞き取りやすかったのを覚えている。
『左上方をご覧ください。これから六機のブルーインパルスがデルタで参ります――』
そのアナウンスの方向を、父が指差す。
「ほら、あっちを見てみろ、イルカが飛んでくるぞ。――さん、に、いち、ナウ」
「わー!」
父のカウントダウンが終わると同時に、六機の空飛ぶイルカ――ブルーインパルスが白い煙をはきながら、観客がいるほうへと飛んでくる。デルタからワイドデルタへ、綺麗な編隊を組んで、上空を駆け抜けて行く。
他にも、サクラ、クライムロール、バーティカルキューピットなどなど、アナウンスと同じタイミングで父が説明してくれたし、父が『ナウ』って言うとすぐに白い煙が見えてこっちに飛んで来たっけ。
「パパはよんばんきにのってたんだよね? あのハートだと、どうれ?」
「あの矢の部分だ。綺麗なハートと矢にするのは、結構大変なんだよな、これが」
「へえ……。わたしもいつか、イルカにのってみたい!」
「キーパーじゃなくて、ライダーにか?」
「うん! よんばんきにのってみたいの!」
綺麗なあの矢を父が作っていたと思うと、私も作ってみたくなったのだ。
だって、知ってるんだよ、父がいつも母のことを「俺のハートなひばり、俺の矢を受け取って」って言ってるのを。当時はどんな意味があるのか知らなかったけど、大人になってその時のエピソードを聞いて、「歯が浮く~!」ってドン引きしたのは内緒だ。
「四番機なあ……。まあ、つぐみが大人になるころには、女性の戦闘機パイロットも当たり前になってくるだろうし。それにはつぐみの努力が必要だぞ?」
「どりょく?」
「ああ。勉強もできないと駄目だし。特に英語。あとは好き嫌いも駄目だし、健康じゃないとな。健康でも、虫歯があると駄目なんだぞ? 戦闘機パイロットは。ちゃんとできるか?」
「うー……にんじんとピーマンはにがてだけど、これからはたべる! パパとおなじようにパイロットになりたいから、べんきょうもはみがきもやる!」
どこまで行けるのかわからないし、女性のパイロットが訓練を始めたとはいえ、まだ正式にはいなかった時代だったそうだ。だけど、いなわけじゃないからと、父はそう言っていたっけ。
あれから三十年。
「牛木……いや、藤田 つぐみ一等空尉、第11飛行隊に転属を命ず」
「謹んで拝命したします」
「頑張って技術をモノにし、またここに戻って来い。一尉ならきっとできる」
「はい、ありがとうございます!」
父と母の年齢は一回り違う。だからこそ、なんとしてでも、父が生きている間にブルーインパルスに乗りたかった。そして、あと二、三年はかかるんじゃないかと思っていた、三十五の誕生日の出来事だった。
震える手を叱責して内示を受け取り、敬礼してその場をあとにする。
「……………………やった!」
誰もいないことを確認し、小さくガッツポーズをする。
十年くらい前に、女性のドルフィンライダーがいたことは知っている。彼女が最初の女性ドルフィンライダーだ。その人は私たち女性自衛官の憧れであり、女性の戦闘機パイロットの誇りでもあった。今はパイロットではないけれど、目黒あたりで教えてるんじゃないかと聞いている。
そんな彼女に私も憧れた――彼女のようなドルフィンライダーになりたいって。
その人がドルフィンライダーになったのは三十半ばだったけど、私はもう少しかかると思っていたから、半ば諦めていたのだ。
すごく嬉しかった。だから、仕事を終えて寮に帰ると、すぐに双方の両親と夫にも連絡をした。夫もドルフィンライダーだったから。
『やったな、つぐみ。妻だろうと、容赦はしないぞ?』
「わかってる。しっかりしごいてよね?」
『ああ。待ってるからな、ここまで這い上がってこい』
「ええ」
電話を切り、荷造りを始める。すでに向こうの寮に入る手続きも、定期便の予約も済ませている。あとは荷造りをして、明日子どもたちと一緒に松島基地に向かうだけだ。
双方の両親も子どもたちの面倒を見てくれることになっているし、うちの両親に至っては、その間一緒に住んでもいいとまで言ってくれたのだ。まあ、そこは夫と話し合って決めるからと言ってある。
この時のために、いろいろと頑張った。
父の身体能力を受け継いだのか、G訓練も苦じゃなかったし体力も女性にしとくのは惜しいとも教官に言われた。
それを糧に飛行時間もクリアし、ウイングマークをもらい、必要な資格も取った。
スクランブルも、何回も経験した。
この時のために、私はいろいろと頑張ってきたんだから。
それが報われたことが、とても嬉しい。
荷物を詰めて、準備は万端。子どもたちは春休みだからと夫の両親のところに遊びに行っている。
憧れの彼女が切り開いてくれた、せっかくのチャンス。だから、お飾りのライダーだなんて言わせない。
そう決意を固めて眠り、翌朝一番で松島基地へと向かった。
「本日よりこちらに配属になりました、牛木 つぐみ一等空尉であります。牛木が二人になると聞いておりますので、こちらにいる間は旧姓の藤田 つぐみを名乗ろうかと」
「ああ、そのほうがいいだろう。タックネームはジッタでどうだ?」
「父と同じというのも芸がないと思うのですが……」
「父?」
目の前にいるのは、ブルーインパルスの隊長でもある、相馬三等空佐。私の言葉に、不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
「はい。私の父は、四十年ほど前にブルーインパルスのライダーをしていました。四番機に乗っていたそうです。その時のタックネームがジッタだと聞いております」
「……もしかして、今でも伝説になっている、入間基地でプロポーズしたという?」
「はい。どういうわけか、あれ以降、あそこでプロポーズする人間が増えたと聞きましたが……」
「まあな。ちなみに、他の基地でもやっているところがあるらしい」
三佐の言葉に苦笑する。父がやらかしたせいで、航空祭などで自衛官たちがプロポーズをしまくっているらしい。
「なら……そうだな、名前のつぐみから、『スラッシュ』はどうだ?」
「それでお願いいたします」
「わかった。なら、他のクルーを紹介しよう」
席を立った三佐のあとに続き、その場所に移動する。
ハンガーに連れて行かれ、そこには夫である牛木 龍司の姿もある。
「集まってくれ。今日からこちらに配属になった、藤田 つぐみ一等空尉だ。タックネームは『スラッシュ』となる」
「初めまして、藤田 つぐみです。本来は牛木 つぐみと名乗るところなのですが、すでに牛木がいると聞き及んでおりますので、旧姓で名乗りました。よろしくお願いいたします」
隊長のあとに続き、敬礼でそう告げる。龍司には伝えてあるので、眉ひとつ動かさない。
「しばらくはアナウンス業務となる。たのむぞ、スラッシュ」
「はい」
そこからはキーパーを含めた自己紹介が始まり、それぞれのタックネームを聞いたんだけど……龍司のタックネームが義父と同じ『バイソン』ってどういうことなのかな?!
まあ、それは横に置いておいて。
今日からアナウンス業務をしながら、適正訓練も始まる。これに合格しないと、ブルーには乗れない。
そして、切り開いてくれた彼女のためにも、私が閉ざしたらいけないと、責任重大だ。
「……よし!」
気合を入れるために、左手を広げ、握った右手を打ちつける。パンッ! という小気味いい、乾いた音がした。
スタートラインには立った。あとは目標である、四番機に乗るだけなんだけど……。
「スラッシュ、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょうか?」
龍司に話しかけられ、そちらのほうを向く。
「相変わらず、お義父さんの四番機狙いか?」
「もちろんよ。それがどうかした?」
「いや……どうやら未だにあの属性が続いてるらしくってな……」
「え゛……」
龍司の言葉に驚く。まさか、父の師匠がつけたという『色気が増す属性付加』がそのままになっているらしかった。
「一応、あとでお前は俺の妻だって話しておくが……気をつけろよ?」
「……そうする」
初っ端からそんな話は聞きたくなかった! と内心頭を抱えつつ、アナウンスの練習をするからと呼ばれ、その場をあとにした。
そう言えば一度、高校の時の同窓会に行った時に聞かれたことがある。コックピットで吐いたりしないのか、学校を卒業してすぐにブルーに乗れるんじゃないのか、って。
だから言ってやったのだ。
『コックピットで吐く? そんなのが戦闘機パイロットになれるわけがなかろう! 最初の段階で落とされるって。いいとこ輸送機パイロットかヘリパイだよ? つうか、三半規管が弱いならどの乗り物も無理だよ、整備の人だって移動には輸送機を使うんだから。それに、ブルーに乗るには様々な経験と資格、飛行時間が必要だから、二十四、五の人がドルフィンライダーになるのは、物理的にも無理』
って。そう言ったら、納得した顔をされた。
三半規管が弱いと乗り物酔いするから、多分そういう人はパイロットどころか自衛官になるのすらも難しいだろうと思う。
ちなみに、私は訓練中だろうと、訓練後だろうと、吐いたことは一度もない。つうか、エアマスクをしてるんだから、吐いたら空気を吸えなくて窒息死するっつーの。
そんなことを思い出してちょっと苦笑し、渡されたアナウンス用の紙を見る。
「ここからスタートね」
焦ってはいけないと、父にも言われた。何事も初めてがあるのだからと。確実にこなして、自分のものにしていけと。
本当にそう思う。航学で学んで、航空自衛隊に飛び込んで。女だからって馬鹿にされないよう、シミュレーターも試験も必死にくらいついた。
その今まで培ってきた経験が、そして頑張ってきた腕が認められたからこそ、そして女性にも、と切り開いてくれた彼女の存在があるからこそ、私はこの飛行隊にこれたと思っている。
訓練はますます厳しくなるだろう……その起動もGも、確実にF-15やF-35戦闘機なんかとは比べ物にならないほど、違うのだから。
もう一度小さく頑張ろうと呟き、与えられた仕事をこなすべく、集中するのだった。
33
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
警察官は今日も宴会ではっちゃける
饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。
そんな彼に告白されて――。
居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。
★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。
★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。
とある彼女の災難な日々
饕餮
ライト文芸
任務で日本の基地に戦闘機を運ぶため、空母に乗っていたあたし。でも、ある人物がその空母に来たことで別の任務につくことになってしまい、その任務を終えて再び任務についたのはいいんだけど、それを途中で切り上げてまた任務ってどういうこと?!
米海軍に所属する主人公の、ある意味災難な日々と、彼と出会った頃の話。
★現在 → 過去 → 現在と話が進みます。
★階級の呼び方ですが、海軍とその他の軍(海兵隊、空軍、陸軍)では階級の呼び方が違いますし、シールズには女性隊員はいないのでご注意下さい。
★こちらの作品はコラボ作品です。
小説家になろうで掲載されている鏡野ゆうさんの『boy meets girl 2 - 粉モン彼氏 -』https://ncode.syosetu.com/n4891ca/とコラボさせていただいています。『饕餮的短編集』内にある、『軍人な彼』に出てくる人物も出てきます。
★このお話は、『饕餮的短編集』内にある『とある彼女の災難な1日』のお話が前半2話部分にあたります。
★この物語はフィクションです。実在の人物及び団体等とは一切関係ありません。
My HERO
饕餮
恋愛
脱線事故をきっかけに恋が始まる……かも知れない。
ハイパーレスキューとの恋を改稿し、纏めたものです。
★この物語はフィクションです。実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
遺産は奪わせない
広川朔二
ライト文芸
十年にわたり母の介護を担ってきた幸司。だが母の死後、疎遠だった兄と姉は勝手に相続手続きを進め、さらには署名を偽造して幸司の遺産を奪おうとする。しかし、母が残していた公正証書遺言と介護記録が真実を明らかにする――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
黒板の亡霊
広川朔二
ライト文芸
教育現場で理不尽に潰された中学教師・真木は、匿名SNSアカウント「黒板の亡霊」を立ち上げ、真実を静かに告発し始める。やがてそれは社会の共感を呼び、保護者モンスターの仮面を剥がしていく——
先生の秘密はワインレッド
伊咲 汐恩
恋愛
大学4年生のみのりは高校の同窓会に参加した。目的は、想いを寄せていた担任の久保田先生に会う為。当時はフラれてしまったが、恋心は未だにあの時のまま。だが、ふとしたきっかけで先生の想いを知ってしまい…。
教師と生徒のドラマチックラブストーリー。
執筆開始 2025/5/28
完結 2025/5/30
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
これで終わりですか?
複線いっぱいのままですが…
らび猫621様
お読みいただき、ありがとうございます。
いまのところこれだけです(笑)
まだどんな訓練をしているのか調べきれておらず、とりあえずの放出となりました。
先に終わらせなければならない話がありますので、まずはそちらを優先し、そのうちまた投稿すると思いますので、気長にお待ちください。
ありがとうございました。