愛しき番

饕餮

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本編

一話目

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 そよぐ風と白い雲、どこまでも続く蒼い空に影が射します。何かと思い、そちらを見れば北方から竜が飛来してまいりました。
 先頭を行くのは王族を示す黄金色の体躯の竜で、その斜め後ろには現在宰相をしている黒い竜が続き、その二頭を護るように二頭より三回りも大きな体躯のあかい竜と、緋い竜よりも一回り小さな体躯をしたあおい竜が少し後ろを飛んでいます。
 黄金色の竜の両手には白銀色の美しい体躯の竜がいることから、白銀色の竜は王族のつがいなのでしょう。遥か彼方の記憶ですので自信がないのですが、私の記憶が確かならば緋い竜は騎士団長様、碧い竜は魔術師団長様で、とても仲睦まじい番だったと思います。
 それらの竜が番を見せ付けるかのように上空を優雅に旋回すると、南にある王城のほうへ飛んで行きました。

「今年も降竜祭こうりゅうさいの季節が来たのねぇ……。まあ、私には関係のないことなのだけれど」

 草原に寝転がって空を見上げていた私は、複数の竜……特に黒い色の竜を切ない気持ちで見送ってから鞄を肩から斜めがけにして立ち上がると、足元にある二つの籠を持ち上げ街外れにある我が家へと向かって歩き出しました。
 籠の中身は、一つは数種類の薬の材料である薬草で、もう一つは野イチゴなど森で採れる食材が入っています。これらの食材が私の数日分の食料の一部や商品の一部となります。他の食料などは薬草で作った薬や野イチゴとなどを使った焼菓子を作って売り、その売れた代金で賄っていますが、私が独り暮らしをするぶんには十分こと足りる量とお金をいただいているので問題はないのです。

 コホッ、コホッと軽い咳をしながらも道端を歩いていると、咳止めの薬草を見つけました。これ幸いにと馬車や徒歩の方の邪魔にならないようさらに道端に移動して座り込み、鞄から薬草を潰す道具を取り出してスカートの上に乗せると薬草の葉っぱを数枚千切り、道具に入れて潰しました。本来ならば蜂蜜や樹に傷を付けると甘い汁を出す樹の樹液を入れるのですが、家にあるうえに今はすぐに咳を止めたいので、鞄から水の入った革袋を取り出すと潰した葉っぱの中に少量入れてそれを飲み干しました。

「う……っ、相変わらず苦いです……っ」

 涙目になってしまったし苦いけれど我慢しましょうと飲み下し、家にある材料が乏しいことからさらに数枚の葉っぱを千切って道具の中に入れると、革袋も一緒に鞄にしまって歩き出しました。


 ***


 私が住んでいる国は、ドラゴンが治める国でドラリオール国といいます。竜化ができるこの国の住人は竜人――ドラゴニュートやドラゴロイドと呼ばれておりますが、普段はヒト族と同じ姿で生活しています。外見的にヒト族と違うのは、瞳孔が縦になっていることと身体が大きいこと、あとは魔力の大きさと寿命の長さくらいでしょうか。
 と言っても膨大な魔力を持っているのは侯爵以上の貴族階級の皆様方で、伯爵以下はゆるやかに魔力が小さくなっているものの、平民でもヒト族の魔導師や魔術師以上の魔力を持っておりますし竜化ができるのです。
 もちろんこの国には竜人だけではなく、ヒトやエルフ、ドワーフなどたくさんの種族が住んでおり、それぞれ得意な物を作って生活しています。そして魔力を帯び過ぎて凶暴になってしまった魔獣と呼ばれる動物がいることから、それらを駆除する騎士や狩人が存在します。ですが、物語にあるような冒険者や勇者といった方はおりません。
 何かを作る時は自給自足が鉄則ですし、商人が扱う食べ物は農家や酪農家と契約して売っています。狩人は狩って来た魔獣のお肉を売っています。魔獣は家畜とは違う味でとても美味しいのです。服を作る商人もはたを織る方たちと契約して布を買っていますし、機を織る方は糸を吐く蜘蛛や虫を飼っていて、その糸を紡いで機を織り、布を作っているのです。

 そんな国に住んでいる私ことアイリスは魔力を全く持たないヒトで、若いころに知り合ったエルフの女性から教わった薬と、近所に住んでいたお婆さんに教わったお菓子を作って売っています。エルフの方が作る効能の高い薬の足元にも及びませんけれど、小さな傷を治すにはちょうどいい効能の傷薬とお値段なので、お菓子と共にそれなりに売れています。
 お店を開くのは二日に一度。最初は毎日お店を開いていましたが毎日お客様が来るわけではありませんし、私の身体があまり丈夫ではないこともあり、周囲の住人やお師匠様であるエルフの女性に説得されてそうなりました。……まあ、確かにここに住み始めたころは二十三でしたけれど、十五くらいにしか見えないくらい小さくて細かったですし、慣れない環境のせいかよく熱を出していました。当時、本当の年齢を教えたら驚かれましたが。

 それはともかく、ようやく我が家にたどり着くと売り物の傷薬、自分で使う解熱の薬や咳止めの薬を作って小瓶に移し、売り物にするものにラベルを貼って完成です。あとは夕食兼翌日の朝食であるスープ、採ってきた野イチゴなどの果物の半分はジャムに、残りはお菓子と日持ちするよう乾燥用に分ければだいたい終わりです。最近は年相応の身体の疲れがでますし、肩や腰や膝が痛くて非常に辛い作業です。指先もうまく動かなくなってまいりましたしね。
 買い出しは明日の朝市に行けばいいでしょうとスープを作り始め、煮込んでいる間にパンとサラダの用意をします。それを一つのお皿に乗せると出来上がったスープと一緒に食べ、七日前から始まった『降竜祭』向けに売るお菓子を焼き、冷めてから袋詰めしてラベルを貼れば終わりです。それを木箱に入れておいて、開店前に並べられるようにしてテーブルに置き、戸締りをしっかりしてから眠りにつきました。

 翌朝、身支度と朝食を済ませたあと、朝市に行って食材の買い出しをいたしました。それを済ませると家に戻り、店内の掃除をしてから準備していた売り物を棚に並べると、店の鍵を開けて扉にかけてある【閉店しました】と【開店中】と書かれた看板をひっくり返し、【開店中】にいたします。基本的に私が生活できるぶんしか作りませんから、早ければお昼過ぎには全部売れてしまうのです。
 ただ、降竜祭の時はやたらと売れますし稼ぎ時ですから、普段の三倍は作るようにしています。

「さて……二日前はお昼前に売れてしまったけれど、今日はどうかしらねえ……」

 降竜祭の時は日持ちするお菓子が珍しいのか、或いはもの珍しさからか国外からいらしたお客様がお菓子をたくさん買ってくださいます。ですから冬籠りの支度をしはじめるこの時期に売れるのはものすごく助かります。冬籠りの前に森で薪になる木を拾って来たり薪割をしてたくさん溜め込みますが、それだけでは足りませんから買わなくてはなりませんし、薪だけではなく食料もですので、それらの費用を考えますとお金はいくらあっても困りません。

 ちなみに降竜祭とは、この国や他の国に住んでいる竜人がこの国に来て自分の番を探す期間のことで、別名『番探し期間』『花嫁・花婿探し期間』とも言われております。この時期だけは、王族や貴族や平民などのしがらみとは関係なしに、王都やこの国にある各地の街や村を二十日間かけて飛び回って自分の番を探すのですが、番になる者は出会った瞬間にわかると言われております。
 そしてこの期間だけは、普段この街では見かけない貴族や他の国のいろいろな竜人が見れますし、番がいる竜人はデートがてらあちこちの店を覗いては、気に入ったものがあれば買って行ってくださいます。
 だからこそお祭り気分になりますし、最終日は王宮主催の収穫祭もありますから、余計にお祭り気分になるのかも知れませんね。

 ただ、この期間はいろいろと考えている暇がないくらいに忙しく、毎年顔を見せてくださる竜人もおりますが、私にとっては年々会うのが辛くなる方も中にはいるのです。
 お昼になる直前、ちょうど客足が途絶えました。そろそろ在庫も無くなって来たことですし、閉店してしまおうかどうしようかと迷っていた時でした。

「いらっしゃいませ」

 チリリンと鳴ったドアベルに長年の条件反射で答えて振り返ると、栗色の髪、縦に割れた紺色の瞳、外見は二十代前半くらいの竜人が――できれば会いたくなかった方のうちの一人が立っておりました。

「アイリス、一年ぶりだな。元気だったかい?」
「……お兄様……。はい、お久しぶりです。見ての通り、元気です」

 彼は、近所の子供たちがお婆さんと呼ぶ私の……既に子供は成人し、孫の一人や二人くらいいそうな外見の私の、正真正銘血の繋がった一番上の兄でした。

「父上たちが森の外れで待っているんだ。出てこれるかい?」

 優しくそう仰った兄に頷きますと店の看板を【閉店しました】に変えてから鍵を閉め、籠に残っていた売り物のお菓子を入れました。鞄を肩から斜めがけにして家の戸締りを確認し、兄と一緒に裏口から外に出て鍵を閉めると、兄は「陽射しは身体に悪いから」と仰って私に帽子を被せてくださいました。そして私が持っていた籠を持つと、手袋をした手で私をエスコートしながら歩いて行きます。
 着いた場所には私の両親と二番目の兄、そして二人の兄の番と私の妹、私に薬の作り方を教えてくださったお師匠様であるエルフの女性がいました。兄は執事に籠を渡しています。

「ああ……アイリス……!」
「お久しぶりです、侯爵夫人」

 侯爵夫人と呼んだ途端、私の外見よりも若い女性の顔が悲しげに歪みます。彼女は正真正銘私の母です。ですが。

「……そんな他人行儀に呼ばないでちょうだい、アイリス」
「そう仰られましても、私はもう侯爵家の人間ではありませんし……」
「その話はあとだ。ナナイ殿、アイリスにいつもの呪文を」

 母と同じくらいの年齢の男性――父がナナイと呼ばれたお師匠様にそうお言葉をかけると、竜人の力と魔力を遮る膜の役目を果す呪文を唱え、それが終わると私の身体が何かに包まれました。それと同時に、母は私を抱き締めて来ます。

「アイリス……ああ、やっと素手で触れられるわ」
「……お母様」

 母を皮切りに、父や兄たちや妹、兄の番たちが私を次々に抱き締めると、平らなところに敷物を敷いた場所に案内されました。それは、小さなころ家族皆で行ったピクニックを思い出して切なくなります。
 そんな私の内心を知ってか知らずか、家族は私に座るように促し、お茶や食べ物を用意してくださいます。それに合わせて私が焼いたお菓子が並べられると、家族どころかナナイ様まで喜んでくださいました。

 それが嬉しい反面、年々年老いて行く私の姿を家族に見せたくはありませんでした。だからこそ、毎年「もう、来ないでください」と言っているにも拘わらず、私を訪ねてくる彼らを見るのが辛いのです。特にここ数年は私が生きていることを確認するかのように、月に一度は誰かしらがお店に来ます。

 親や兄や妹よりも先立つことがわかっているからこそ、私の姿や死に目を皆様に見せたくはないのです。
 年々年老いて行く私を見て辛いだろうに、両親も兄たちも兄の番たちも妹も、当時の主治医で現在はお師匠様のナナイ様も何も仰いませんし、私に会えたことを喜んでくださるのです。


 ですが、私はそれが酷く辛かったのです。

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