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本編

忙しい日々

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 なんだかんだとあっという間に九月になり、私も章吾さんも忙しくなった。特に章吾さんが。牛木さんが四番機に乗ることが正式に決まり、章吾さんの後ろに乗るようになったからだ。それまではこっちに帰って来てたんだけど弟子ができたらそっちに時間を取られるようになり、帰ってこれなくなったらしい。
 まあ当然だよね、展示飛行している全部の技とか、他の機体との距離間とか呼吸みたいなのもあるだろうし、それを全部教えなきゃならない。しかも時間をかけてじっくり教えるから、どうしてもそっちにかかりきりになっちゃうって言ってた。
 で、探してた家だけど、結局見つかってない。家族寮みたいなのが基地にあるそうなんだけど、今はいっぱいで入れないんだとか。章吾さんが住んでる寮は独身寮みたいなところらしく、一時的に泊まるのはOKでも夫婦で住むのは駄目らしい。
 なので一応外のも探そうとしたんだけど『ブルーインパルスの仕事が終わるともともといた百里基地に帰ることになるし、たった数ヶ月だけ借りるのも勿体無いってことでやめた』と章吾さんが言ってた。
 で、寮のほうも当分空かないってことで章吾さんと私、両家の両親を交えて話をした結果、結婚式はブルーインパルスのお仕事があまりない二月か三月で、家は百里基地に行ってから一緒に住むことと、章吾さんが年末に帰って来た時に籍だけは入れることになった。百里基地の家族寮を申し込んでおくらしい。

「うう……ちょっと寂しいかも……」
『仕方ないだろ? 家が見つかんない以上、どうしようもないんだし』
「わかってるんだけどね……。できるだけ、毎月章吾さんのところに行くようにするから……」
『無理しなくていいから。ひばりだって忙しいだろ?』
「そうなんだけど……でもやっぱ寂しい~」

 章吾さんと電話してたんだけど、ベッドに寝転がってジタバタするものの、無理なものは無理なんだよね。なるようにしかならないのが悔しいというか虚しいというか……。

「あ、そうだ。今度の浜松基地の航空祭に行くね」
『誰と来るんだ?』
「もちろんみさちゃんと」
『なるほど。というか、よくガックが許したもんだ』
「一人だったら反対されてたかもだけど、私と一緒だったらいいって言ってたらしいよ?」
『寛大なことで』

 ふふっ、と電話の向こうで笑う声がする。
 今度の浜松基地の航空祭は『去年のリベンジする!』と言った美沙枝と行くんだけど、そんな彼女は八月に結婚した。同時にプロポーズだったはずなのに、まさか美沙枝が先に式を挙げるとは思わなかった。
 章吾さんも招待されていて、その日はたまたまブルーインパルスのお仕事がなかったからよかったものの、そうじゃなかったら欠席してたって言ってた。
 まあ、それはともかく。

「また四番機の前に座れるよう祈ってて」
『はは! わかった』
「じゃあね。おやすみなさい」
『ああ。おやすみ』

 寂しかったけど、章吾さんも私も朝早くお仕事があるから、あまり長いこと話してはいられない。なのでお互いにおやすみと言い合って電話を切った。
 翌日は朝からバイトをして、帰ってきたら自分のアクセ作りをした。最近は弟も店番を手伝ってくれることが増えたから、レジは任せて私がプレゼントのラッピングをしたりしている。
 そんなことをしているとあっという間に十月が来た。駅で美沙枝と待ち合わせ、夜行バスの時間に間に合うよう移動する。

「やっと行けるよ浜松基地に!」
「よかったね」
「うん!」

 そんな話や美沙枝の結婚生活の惚気を聞いたりしていると、あっという間に東京駅に着く。今回は往復で高速バスを使うけど、往きは夜行、帰りは普通に高速バスに乗って帰ってくるつもりだったから、最初から予約してある。

「あ、バス来てる」
「ホントだ。乗ってる人もいるし、乗ったら寝ちゃおうよ」
「だね」

 まだ時間はあるけどさっさとバスに乗り込み、座席を探して座る。二人してスマホの充電をし始め、さっさと眠りについた。
 そして起きると浜松駅に着いていて、ここからまたバスに乗り、基地へと向かう。

「楽しみ~」
「だよね。まずは席取り?」
「そうしようか。やっぱり四番機の前がいいよね、ひばりは」
「うん。今回が最後だしね」
「あ~、そっか。もう弟子が来てるってファンサイトに書いてあった」
「そうなの? 情報早いね」
「まあね。その人は毎日松島基地に行って写真を撮ってる人だから、すぐわかるんじゃないかな?」
「そっか……」

 恐るべし、ブルーインパルスファン。
 章吾さんは今年で最後になるから、よほど遠い場所じゃない限り、今年はリモート展示の場所でもブルーインパルスを見に行っていた。章吾さん曰く、中には一番機――隊長としてもう一度来ることは稀にあるけど、基本的にブルーインパルスに乗れるのはこれっきり。それを聞いたからこそ、今年はできるだけブルーインパルスを見に行っていた。
 ブルーインパルスがなくなるわけじゃないけど、章吾さんのカッコいい姿を見れるのはこれが最後だから。だから、できるだけ四番機を見ていたかった。

 浜松基地に着くと、ゲートが開く時間までお喋りをする。そして時間になったら真っ直ぐに四番機の前へと行き、無事に目の前を取ることができた。

「ひばり、何か飲み物を買ってくるけど、何かいる?」
「じゃあ、お茶をお願いしてもいい? あと、何かつまめるもの」
「了解。あ、お金はあとでいいよ」
「わかった」

 お財布を出そうとしたら美沙枝にそう言われたので、有難くお願いした。章吾さんには今朝、浜松に着いたことをメールしている。なので今はメールをすることなく、美沙枝を待っている間にSNSを見たり昨日更新されていた無料投稿サイトの話を読んだりしているうちに美沙枝が来た。

「ごめん、トイレに寄ってたら遅くなっちゃった」
「大丈夫だよ。じゃあ、私もトイレに行ってくる」
「うん」

 美沙枝から飲み物と食べ物を渡され、私はお金を渡す。地上展示されている写真やグッズは、ブルーインパルスが飛んだあとに写真を撮ったり買おうと話していた。
 トイレに行っている間にオープニングが終わったようで、見れなかったことが残念。
 軍用機のことは全くわからないので美沙枝の説明を聞きつつ飛んでいる飛行機を見たり、展示飛行に拍手を贈ったりしてすごしているうちに、ブルーインパルスが飛ぶ時間になった。
 ウォークダウンでまたしても小島さんに見つかり、失礼かと思ったけど座ったまま頭を下げると、ニカッと笑って周りにいたキーパーさんにも話していた。しかもわざわざ三番機や五番機のキーパーさんにまで話す始末。

(だから、なんでそこであちこちに言うかな?!)

 それを聞いたらしいキーパーさんたちが、「おー」とか「ジッタの嫁」って声が聞こえるんだけど?! 知らない顔もあったから新人のキーパーさんなんだろうけど、わざわざ教えなくてもいいんじゃない?!
 なんて思ったところでいつものことなので諦め、始まったウォークダウンを見てた。

「やっぱカッコいいなあ」
「だよね、みんなカッコいいよね!」

 私は章吾さん、美沙枝は全体を見てカッコいいと話す。正面を向いた章吾さんと目が合ったから小さく手を振ると、一瞬だけ笑顔を返し、またおすまし顔になる。

「うわ、最近の藤田さんってあんな感じ?」
「うん。婚約するまではすっごいイイ笑顔でこっちを見てたけど、最近はあんな感じだよ?」
「へ~。なんていうか、ひばりと会う前よりも色気がある気がする」
「色気?!」
「そう、色気。大人の色気っていうか……とにかく変わったと思うのは確かかも」

 美沙枝にそんなことを言われてちょっと赤面する。私は感じないけど、他の人から見たらそう見えるのかな?

「あ、始まるよ、みさちゃん」
「おっと!」

 何やら力説する勢いで話していた美沙枝の言葉を遮り、目の前に集中する。キーパーさんの確認などでブルーインパルスの翼が動く。その動きもなんだか可愛く見えてきて、つい魅入ってしまう。
 エンジンの音がどんどん大きくなり、その音に触発されたように私もドキドキしてくる。

 あの日、ブルーインパルスの後部座席から見た、綺麗な青空を思い出して。

 一緒に飛ぶことはできないけど、素敵な思い出だ。そして前に乗り込んだ章吾さんを交え、写真を撮ってくれた小島さんにも感謝してる。
 その写真はデジカメから現像して写真立てに入れ、作業机に飾ってある。

 全ての作業が終わり、キャノピーが閉められる。最初は何もわからなかった私も、章吾さんに教わって覚えた言葉だ。
 一番機から順番に移動を始めるブルーインパルス。コックピットから手を振るライダーたち。そして章吾さんとも目が合って、聞こえないだろうけど「いってらっしゃい」と言って手を振ると、満面の笑顔が返って来た。

 六番機まで移動が終わり、しばらくすると滑走路からブルーインパルスが大空に飛び立った。アナウンスを聞きながら、展示飛行を見る。

(やっぱりキューピッドは可愛いなあ……)

 なんて考えたのがまずかったのか、「俺の愛の矢を受け取って」と言った章吾さんの言葉を思い出しちゃって一人で赤くなってたんだけど……。


 目の前で、キーパーさんたちが何やら集まって話をしている……私のほうを見て。しかも「あの子がジッタの婚約者さん」とか「幼な妻か!」って声が聞こえる。


 だーかーらー、小島さん! バラさないでくださいってば! それに幼な妻ってなんですか?!


 なんてことは言えるはずもなく……。仕方なく、小島さんに手を振ったのだった。
 そして全ての展示飛行が終わり、大空で遊んでいたイルカたちが戻ってくる。最後に観客の前を歩いていたんだけど、章吾さんに名前を呼ばれてそっちを向いたら、頭を引き寄せられてキスされた。

「ちょっ!」
「俺の愛の矢、ちゃんと見てたか?」
「ば……っ!」
「おお、相変わらず真っ赤になって……ひばりってば可愛い!」

 だから、なんで章吾さんまでやらかすかな?! ほら、隊長さんにまた怒られちゃうよ?!
 そして周囲はやっぱり阿鼻叫喚だし、私は恥ずかしいし……。真っ赤になっているであろう顔を手でパタパタと扇ぎ、ライダーがいなくなってからその場をあとにした。
 そして今回は高速バスの時間に余裕があるからと閉門ギリギリまで戦闘機の写真を撮る美沙枝に付き合い、基地をあとにして帰って来たのだった。


 くそう……章吾さんのバカー!


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