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第一章

Case 8.めちゃめちゃ殺されそうな人デース

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「ブリリアント・ローランドです」

 さっき聞いた。何故、もう一度名乗ったのだろう。

「やっぽーブリリアントさん、おひさー」

「ご無沙汰ざばすね、エリザベス」

 ブリリアント婦人は、メイドに暴言を吐いたときとは打って変わって、エリザベスさんに柔らかく笑いかけた。その感じから、二人の距離が近しいと分かる。
 そして、クリスさんとも挨拶を交わし、ブリリアント婦人の視線は私の方に。

「貴方がシャーロットざばすね。リーゼロッテを通じて、聖麗会から話を聞いているざばす。会ってみたかったざばすわ」

「光栄ざばす」

「それにしても、まさかこんなに小さい子だったなんて驚いたざばすわ。ダイアモンドな頭脳をお持ちなんざばすね」

 あまりよく分からないが、口ぶりから褒められてはいそう。私はお礼を言った。

「例のジョーカーとやらの殺害予告にも、一役買いたいと思ってる」

「あぁ、それはいいざばすよ。たかだか狂人一人にかき回されるなんて、ローランド家の沽券に関わるざばす」

 命よりも名誉の方が大事と言わんばかりに、どうでもよさそうに婦人は言う。

「それにしても、誰に対する予告なのざばしょう。大方、ゴミメイドの誰かだと予想はつくざばすけど」

 いや、自分がその相手であることは決して無いと確信しているのかもしれない。

「……パーティを乱すようなことはしない。だが、もしもの時は、私を頼ってくれ」

「えぇ、わかったざばすわ。本当に、小さいのにしっかりしているざばすね。うちのアホバカメイドとは大違いざばすわ」

 すぐ近くに居るメイドたちを、睨みまわして。嫌悪感たっぷりのトーンで婦人は言葉を投げた。気まずい空気感が漂う。
 そんな中──ガチャリと扉が開く。

「へー、広いお屋敷」

 入ってきたのは、茶髪の少年だった。ぱっと見た印象は、十代前半。私よりは十分背は高いが、平均的な身長よりかは低いように見える。

「アレ? また初見の子だ」

 首を傾げるエリザベスさん。クリスさんも反応を示さない。常連の彼女らが知らないということは、私と同じで初参加なのだろうか。

「あ、僕パーティ初めてなんです。エリオットです」

 しかし、少年が名乗ると──二人は湧き上がる。

「そう、今、大注目の少年陶芸家ざばす」

「少年陶芸家?」

 私はピンとこなかったので、首を傾げた。

「何、アンタ知らないの? 作る陶器はまさに芸術作品! ちょーセンスのあるモン作るんだから!」

 唾を飛ばす勢いで、ハイテンションなエリザベスさん。どうやら、相当すごい男の子らしい。

「デザインセンスもさることながら、この若さで職人顔負けの技術ざばすからね。招待しない訳にはいかないざばす」

「いや、僕というより、魔法が凄いだけですから」

 照れ臭そうに、その子は頭をぽりぽりと掻く。

「謙遜しなくていいざばすよぉ、物を作れる魔法に目覚める人自体、少ないざばすから」

 魔法がよく分からないので、私には何を言っているか分からなかったが、とにかく凄い子らしい。そしてやはり、そういった人がパーティに参加しているのか。
 ということは、ジョーカーが参加者の中にいた場合──強大な魔法を使える可能性は高そうだ。

「あーそうだ、これ、プレゼントです」

「なんざばす?」

 エリオット君が持っていた大きい麻の袋を受け取るブリリアント婦人。中に手を入れ取り出したそれは、貴族によく似合う高貴でオシャレなお皿だった。

「僕が作ったお皿です。パーティの料理乗せるのに使ってください」

 そして彼がそう言うと、とても喜んだ。

「あ、アタシもコレー」

「ミーもデース」

 二人も、背負っていたリュックから、何かを取り出す。
 エリザベスさんは薔薇の花束を。クリスさんは、長閑な風景が描かれた大きな絵画を渡した。

「私は……笑顔をプレゼントしよう。ぶへへへっ」

「……! なんざばす、この不気味な笑顔は……! ルビーで顔面洗ってやりてぇくれぇざばすわ……!」

「実質ゴブリンじゃん」

「ゴブリンのが可愛いかも……」

「気ぃ悪くなってきたわ。あ……悪くなってきたデース」

 非難轟々だった。
 と、そこに、ドアが開いて……。

「……こんにちは」

 十代半ばくらいの少女が現れた。見ただけでさらさらしていると伝わる、綺麗な銀色の髪で、腰上まで伸びているが、束としてまとめられている。身長は私より10cm程高く見えるが、童顔。だけど、怜悧なオーラを放っている。
 そんな彼女は落ち着いた様子で、頭を下げた。

「また、知らない子デースね」

「パーティ参加は初めて。私はマキナ」

 そうマキナと自己紹介した彼女も……またもや、初参加の人らしい。

「マキナは、何してる人なの?」

 小首を傾げるエリザベスさん。エリオットくんのような、目覚ましい活躍が気になっているようだ。

「秘密」

「え、なんでなんで?」

「上にそう言われてるから」

「そうなの? なにそれ実質文明じゃん」

「文明は私だったろ」

 それからも、エリザベスさんは「教えて教えて」とせがむも、マキナさんは口をつぐみ続けた。私としても、参加者の情報を知りたいところだが……仕方がない。彼女に目を向け、自分で感じ取ることにしよう。

「まぁ、マキナについては後々、驚くことになるかもしれないざばすよ」

 そう、ブリリアント婦人は含みのある言葉を放つ。既に殺人鬼がいるかもしれない状況だから、意味深長に聞こえてしまった。

 それから、メイド──リーゼロッテさんに連れられ、中央に位置する巨大な階段を登る。そして、だだっぴろい廊下を歩き……私達はそこで、一人、また一人と別れることとなった。それぞれ個室を用意してくれているようで、パーティ開始までくつろいでいいそうだ。

 その用意してくれた部屋も、豪奢であり。どの家具も高級感纏っていた。

「ぶへへへっ」

 私は、姿見で自分の笑顔を見る。サムさんの、海の6図柄に似ているという意味は今でも分からないが、いつも個性的で面白いと褒めてくれた。私も自分の笑顔が好きだと改めて思った。
 
 と、そんな時だった。


 ゴオォオォオオォオオォ──。


 耳をつんざく轟音が外から鳴り、凄まじい地響きが屋敷を揺らす。
 立っていることなど到底できず、すぐに床に転倒する。
 地鳴りに拍車がかり、ことごとく家具も倒れていき……屋敷の崩壊さえ思わされる。

 しかし──意外にも、すぐにぴたっと、揺れは止まる。

 私は立ち上がり、慌てて窓の方まで行き、覗くと……。

「なっ──」

 そこには目を疑うような光景が広がっていた。
 
 地面が──割れていた。
 
 そして……2分化された片方の地面が浮き上がり、門の辺りで絶壁として立ち塞がっていた。
 それは門が見えなくなるくらいの高さまでそびえており……閉じ込められた──そう形容していいくらいの仰々しさを放っている。
 屋敷が阿鼻叫喚に包まれる。私は部屋を飛び出し、階段の方へと向かう。

「あ、大丈夫だった?」

「無事だったデース!?」

 降りる直前、走ってきたクリスさんとエリオット君と合流する。私は大丈夫だと返して、そして三人でそのまま、階段を降りていく。
 エントランスを駆け抜け、勢いよく玄関を飛び出す。

 ──こんなことが……。

 間近で見たそれは、窓から見た景色とは、一線を画していた。
 目の前に、巨大な城があるようだった。

「はぁ……はぁ……──マジ……?」

「なんざばすこれは……」

 息を切らしながら走ってきたエリザベスさんとブリリアント婦人も、言葉を失う。

「え──夢……じゃ……?」

 婦人の隣にいるメイド──リーゼロッテさんも、愕然と土の塔を見つめている。

「り、リーゼロッテ! 伝書バードで聖麗会に連絡ざばす!」

「は、はい!」

 屋敷の方に走っていくリーゼロッテさんを傍目に、私は割れた地面と絶壁に、ゆっくりと近づいていく。
 すると……。

「これは……?」

 長方形で、指でつまめるような厚さの何かが、壁に突き刺さっているのを発見した。
 そこそこの力の強さを要したが、抜くのに苦労はしなかった。

「……紙?」

 ラミネートされたような、固い紙だった。
 しかし、一面真っ黒。裏返してみる。
 
 そこに書かれていた内容は……。


『余興は愉しんでいただけただろうか。
 かくして、今宵、”悪魔の実”を以って、
 ブリリアント・ローランドに怨嗟の正義を執行しよう
                              ジョーカー』



 それはジョーカーからのさらなる予告状だった。様々な書物の文字から切り貼りされたであろう文章の、予告状らしい予告状だ。
 私が注視していると、後ろから足音が聞こえる。

「──ブリリアント様、ダメです! 伝書バードちゃんが反抗期です! 籠の中から出ようとしません!」

「はぁ!? それじゃあどうするざばす!? 外に助けを求めることできないざばす!?」

 そうして屋敷は、クローズドサークルの箱庭と化し──私とジョーカーの戦いの、帳を上げた──。
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