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新説・異都風夏機関ジグとザグ

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 君は本を棄てました。

 君は夢も棄てました。

 君は安直に落ちました。

 夏の都市のゴミ捨て場。

 ほつれたロープで縛った日焼けした絵本の束と共に。

 残暑の心尽くしも虚しく、体温は失せ、手足は冷たいブリキとなり凝り固まります。

 神様の嫌味でしょうか。バケツの横に、偶然にも、たまたま変質しきった電池が体液を滲ませて転がっていました。

 遠くから、玩具修理者の足音が聞こえます。

 君は人形になりますか?

 君は偶像になりたいですか?

 今からどれだけ嘆いても、もう二度と観覧車には乗れないのですね。

 君の遺骸がいちど死してなお、人のかたちになりたがっている。

 そのことが、僕には、哀しくて堪らないのです。

 近くの踏切から、玩具修理者がツールキットを揺らす音が聞こえます。

 夏の都市のゴミ棄て場、現代の貝塚で、伸びた影からなる真っ赤な玩具修理者が彼女を運んでいきます。

 未来への夢を心に秘めた、お絵かき好きの人格を、玩具修理者のバケモノは、回収のフリして壊していって。

 玩具修理者のバケモノは、バックパックにいくつもの人格を抱えていました。いづれも、彼女に合うものはありませんでした。


 ああ、ほんとうの彼女を忘れてしまう前に、せめて、最後に、思い出させて。

 夢を語り合ったとき、彼女が読んだあの絵本の結末は、なんだったっけ――。

「そし て、■■■■■を浴 びた ■い毛並みの猫だけ が生き 残り、■■■■■■■■■■■■■■(原文ママ)■■■■ましたとさ 

  おしまい」

 彼女の大好きな絵本は、読み手の想像の余地を残すために、ラストは最初から黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒、になっていたそうです。

 なんだよそれ、と、その時読み聞かせに付き合った僕は思ったものです。

 けれど、投げやりな結末に隠されていたのは、言語化できない、心の裂けそうなほどの叫びでした。

 本を選んだ真意に、今更、僕は泣きました。

 君がいちばん好きな本は、そんな思い出の絵本じゃありませんでした。

 君が本当に描きたかった絵は、違いました。

 ああ、願いが叶うとしたら、八月末を越えた先にある、彼女の知らない世界で、彼女の新しい絵が、見たかった。断言できます。

 
「キーコ、キーコ、ラック、ラック。

 それは、車輪がぐいぐいとまわってゆく音。

 廃園の観覧車で、ゴンドラがぐいぐいとまわってゆく音。

 頂点で何年も止まっていた車輪が、もういちどゆっくりと降りはじめた音。

 私達はもうすぐ閉じ込められた観覧車を降りるでしょう。そんな、寂しさも希望も入り混じった音。
 
 そして、いつか私が、自分のほんとうの夢と気持ちに正直になれる時の音。



  おしまい。   」







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