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15.おれとは全然違う人
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そんなやりとりをしている間に、食事が運ばれてきた。
木製プレートに色とりどりの野菜やエディブルフラワーを使ったサラダと、チーズが溶け出すホットサンドがセンスよく盛り付けられている。
百樹は写真を撮りたい衝動と必死で闘った。そんなことを最もしそうにない龍介がやっていたのを目の当たりにしたあとだから、なおさらだ。
どうする? 撮る? いやさっき散々人をばかにしたあとそれはおかしいか? キャラ崩壊か?
ぐるぐる考えている間に、自分の分のパニーニのホットサンドに豪快にかぶりついた龍介が「喰わないのか?」と訊ねてくる。
口の端についたソースを親指でぐっと拭う。そんななんでもない仕草が雄を感じさせて、可愛いクリームソーダ好きと知ったあとでも艶っぽく見える。
それが龍介の持つチート能力なのか、自分がもうすっかりほだされているからなのか考えたくなくて、百樹は小さな器に盛り付けられたキャロットラペをフォークですくい取った。ことさらぞんざいに口に突っ込むと、もりもり咀嚼する。そんな様子に、龍介が目を細める。
そんな顔で見ないで欲しい。
そんなからかうような、慈しむような顔で。
顔が赤らまないよう気をつけてにんじんを飲み込んだ。こうなったら、うっかり下手なことを口走らないよう、口に物を詰め込んでおくに限る。
そう思ってフォークを突き立てたプチトマトは、まるで百樹の悪足掻きをからかうかのように刃先を逃れて、ころころと床に転がった。
「ああ~……」
情けない声に龍介はくくっと笑い、「ほら」と自分の皿のプチトマトを差し出してきた。指先で摘んで。
は?
なにこれ。このまま食べろってこと?
「あーん」ってこと!?!?
こ、恋人じゃあるまいし……!
固まった百樹に、龍介もまたはっと我に返ったようだ。気まずげな顔をして詫びる。
「すまん。つい。……昔うちで飼ってたポメラニアンが、これが好物で」
「犬!?」
どうやら龍介の中では愛犬が転げ回っていたらしい。
「悪かった」
もう一度律儀に詫びて、龍介は手を引っ込める。
不意に悪戯心が頭をもたげ、百樹はテーブルの上に身を乗り出した。
龍介の摘んだプチトマトを、指ごと口に含む。
摘んだ指と指の間に舌をねじ入れて、赤い実を奪った。歯を立てれば、ぷちっと小気味良く皮が弾けて、果汁が溢れ出す。
こぼさないよう強く吸い上げ、唇を離すと、濡れた音がした。
龍介はそんな様を、目を見開いたまま見ている。
「おま……」
「だって、犬だし?」
龍介の長い髪の間から覗く耳たぶが、熱を持っているのがわかって、百樹は大いに満足した。大人の男が、自分のために戸惑っているのが心地よい。
さあ次はどうやってからかってやろうかと、ビッチのスイッチが入りかけたそのとき、
龍介の顔が強張った。
ん?
「あれ、龍介?」
背後からの耳慣れない声に、百樹はふり返る。
テラス席の入り口に、龍介と同年代の男がふたり立っていた。ふたりともスーツ姿だ。
仕事の前におしゃれなカフェでモーニングとは、最近のサラリーマンはそういうものなんだろうか。
普通の会社勤めをしたこともなければ、そういう人間が身近にいたこともない百樹は、かすかな違和感を覚えて小作りな鼻の付け根に皺を寄せる。
龍介の視線は、間違いなくそのふたりをとらえていた。ふたりを――いや、黒髪に黒縁の、いかにも真面目そうなほうをだ。
「椿」
龍介の唇から呟きが落ちる。名前だろうか。そういえばさっき黒髪の青年も龍介を呼び捨てにしたな、と百樹は気がついた。――親しげに。
「今日、仕事休み?」
「――ああ。そっちは?」
「うん。業者さんと打ち合わせで……直行だから、どうせならここで朝食摂ってからってなって」
「椿さん」
かたわらに控えていたもう一人の男が口にする。やっぱり「椿」は名前なようだ。
「資料見たいし、俺たち中にしましょうか」
「そうだな。――えっと、じゃあ。お食事中お邪魔してすみませんでした」
後半部分は百樹に向かって告げ、会釈すると、青年は屋内の席へ案内されていった。
窓際の席に通されて注文を済ますと、さっそく書類を取り出す。龍介に椿と呼ばれていた青年は熱心にそれに目を通し、もうひとりはその様子を穏やかに見つめている。「資料見たいし」と声をかけたのは、自分のほうだったのに。
――あ。
脳裏で弾けた、小さなパーツが突然かみ合ったような感覚が、囁きかけてくる。
――あの人たち、おれのお仲間だ。
そもそも出社前に一仕事片付ける意識高い系会社員なら、市街地の、もっと職場に近いカフェに入るだろう。
視線を戻すと、龍介は黙々と食事に集中していた。なにごともなかったかのような顔で。
が、百樹はたしかに感じていた。さっき「龍介?」と声をかけられたとき、龍介の顔にかすかな緊張が走ったのを。
出会った夜、龍介はこう言っていた。
『最近失恋して、自分がそっち側なのかと考えるようになった』
もしかして、あれが失恋の相手だったり、する?
思ったとたん、カラフルなエディブルフラワーの色がけばけばしく鬱陶しいもののように思えた。さっきはあんなに胸躍ったのに、今はまったくいいと思わない。
地味目のスーツに、一度も色を入れたことなんかなさそうな髪の青年。
童顔のせいで子供扱いされることも多い百樹にも、敬語で接し会釈した。きちんとしたおうちで、きちんと育った。そんな感じがする。
……〈今の俺〉とは、正反対だ。
それから全然味のしない食事を終え、店を出た。会計を済ますとき、龍介が努めて彼らのほうを見ないようにしているのがわかり、比例して、百樹の中のもやもやは大きくなった。
――移動、車じゃなくて良かった。
バイクで良かった。
余計なことを、話さなくて済む。
木製プレートに色とりどりの野菜やエディブルフラワーを使ったサラダと、チーズが溶け出すホットサンドがセンスよく盛り付けられている。
百樹は写真を撮りたい衝動と必死で闘った。そんなことを最もしそうにない龍介がやっていたのを目の当たりにしたあとだから、なおさらだ。
どうする? 撮る? いやさっき散々人をばかにしたあとそれはおかしいか? キャラ崩壊か?
ぐるぐる考えている間に、自分の分のパニーニのホットサンドに豪快にかぶりついた龍介が「喰わないのか?」と訊ねてくる。
口の端についたソースを親指でぐっと拭う。そんななんでもない仕草が雄を感じさせて、可愛いクリームソーダ好きと知ったあとでも艶っぽく見える。
それが龍介の持つチート能力なのか、自分がもうすっかりほだされているからなのか考えたくなくて、百樹は小さな器に盛り付けられたキャロットラペをフォークですくい取った。ことさらぞんざいに口に突っ込むと、もりもり咀嚼する。そんな様子に、龍介が目を細める。
そんな顔で見ないで欲しい。
そんなからかうような、慈しむような顔で。
顔が赤らまないよう気をつけてにんじんを飲み込んだ。こうなったら、うっかり下手なことを口走らないよう、口に物を詰め込んでおくに限る。
そう思ってフォークを突き立てたプチトマトは、まるで百樹の悪足掻きをからかうかのように刃先を逃れて、ころころと床に転がった。
「ああ~……」
情けない声に龍介はくくっと笑い、「ほら」と自分の皿のプチトマトを差し出してきた。指先で摘んで。
は?
なにこれ。このまま食べろってこと?
「あーん」ってこと!?!?
こ、恋人じゃあるまいし……!
固まった百樹に、龍介もまたはっと我に返ったようだ。気まずげな顔をして詫びる。
「すまん。つい。……昔うちで飼ってたポメラニアンが、これが好物で」
「犬!?」
どうやら龍介の中では愛犬が転げ回っていたらしい。
「悪かった」
もう一度律儀に詫びて、龍介は手を引っ込める。
不意に悪戯心が頭をもたげ、百樹はテーブルの上に身を乗り出した。
龍介の摘んだプチトマトを、指ごと口に含む。
摘んだ指と指の間に舌をねじ入れて、赤い実を奪った。歯を立てれば、ぷちっと小気味良く皮が弾けて、果汁が溢れ出す。
こぼさないよう強く吸い上げ、唇を離すと、濡れた音がした。
龍介はそんな様を、目を見開いたまま見ている。
「おま……」
「だって、犬だし?」
龍介の長い髪の間から覗く耳たぶが、熱を持っているのがわかって、百樹は大いに満足した。大人の男が、自分のために戸惑っているのが心地よい。
さあ次はどうやってからかってやろうかと、ビッチのスイッチが入りかけたそのとき、
龍介の顔が強張った。
ん?
「あれ、龍介?」
背後からの耳慣れない声に、百樹はふり返る。
テラス席の入り口に、龍介と同年代の男がふたり立っていた。ふたりともスーツ姿だ。
仕事の前におしゃれなカフェでモーニングとは、最近のサラリーマンはそういうものなんだろうか。
普通の会社勤めをしたこともなければ、そういう人間が身近にいたこともない百樹は、かすかな違和感を覚えて小作りな鼻の付け根に皺を寄せる。
龍介の視線は、間違いなくそのふたりをとらえていた。ふたりを――いや、黒髪に黒縁の、いかにも真面目そうなほうをだ。
「椿」
龍介の唇から呟きが落ちる。名前だろうか。そういえばさっき黒髪の青年も龍介を呼び捨てにしたな、と百樹は気がついた。――親しげに。
「今日、仕事休み?」
「――ああ。そっちは?」
「うん。業者さんと打ち合わせで……直行だから、どうせならここで朝食摂ってからってなって」
「椿さん」
かたわらに控えていたもう一人の男が口にする。やっぱり「椿」は名前なようだ。
「資料見たいし、俺たち中にしましょうか」
「そうだな。――えっと、じゃあ。お食事中お邪魔してすみませんでした」
後半部分は百樹に向かって告げ、会釈すると、青年は屋内の席へ案内されていった。
窓際の席に通されて注文を済ますと、さっそく書類を取り出す。龍介に椿と呼ばれていた青年は熱心にそれに目を通し、もうひとりはその様子を穏やかに見つめている。「資料見たいし」と声をかけたのは、自分のほうだったのに。
――あ。
脳裏で弾けた、小さなパーツが突然かみ合ったような感覚が、囁きかけてくる。
――あの人たち、おれのお仲間だ。
そもそも出社前に一仕事片付ける意識高い系会社員なら、市街地の、もっと職場に近いカフェに入るだろう。
視線を戻すと、龍介は黙々と食事に集中していた。なにごともなかったかのような顔で。
が、百樹はたしかに感じていた。さっき「龍介?」と声をかけられたとき、龍介の顔にかすかな緊張が走ったのを。
出会った夜、龍介はこう言っていた。
『最近失恋して、自分がそっち側なのかと考えるようになった』
もしかして、あれが失恋の相手だったり、する?
思ったとたん、カラフルなエディブルフラワーの色がけばけばしく鬱陶しいもののように思えた。さっきはあんなに胸躍ったのに、今はまったくいいと思わない。
地味目のスーツに、一度も色を入れたことなんかなさそうな髪の青年。
童顔のせいで子供扱いされることも多い百樹にも、敬語で接し会釈した。きちんとしたおうちで、きちんと育った。そんな感じがする。
……〈今の俺〉とは、正反対だ。
それから全然味のしない食事を終え、店を出た。会計を済ますとき、龍介が努めて彼らのほうを見ないようにしているのがわかり、比例して、百樹の中のもやもやは大きくなった。
――移動、車じゃなくて良かった。
バイクで良かった。
余計なことを、話さなくて済む。
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