憑依型2.5次元俳優のおれが、ビッチの役を降ろしたまま見知らぬイケメンと寝てしまった話

あまみや慈雨

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後日談:チェリー・ボム!

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「さくらんぼの茎を結べる人はキスがうまいっていうよね」

 もうすっかり恒例になったクリームソーダ巡りの最中に、年下の恋人はそんなことを言い出した。
 今日訪れたのは梓の隣の隣の市。かつて銀山で栄えた街に残る喫茶店。古いが丁寧に磨き上げられた、赤いビニール張りのソファ、ソーダの色はグリーン。くびれたグラスのフォルムが美しい。

 こういう、長く営業するうちに自然と趣きを醸すことになった店を、百樹は「野生のレトロ喫茶」と呼ぶ。そして野生のレトロ喫茶のクリームソーダには、だいたいさくらんぼがのっている。

 龍介はアイスと氷の境目の、しゃりしゃりしたところを堪能しながら訊ねた。
「それ今でも言うのか」
「うーん、なんだろ、なんかいつの間にか知ってるよね。いつから言われてるんだろ」
「少なくとも俺が生まれる前じゃないか?」
「そんなに!?」
「ご長寿都市伝説だな」

 むくつけき野郎どもばかりが集まる野球部の寮でそんな話になったとき、中でも一段と疎い奴が「でも、なんでそれでうまいってことになるんだ?」などと首を傾げ、中学から彼女がいるショートで四番が、ぽん、と無言で肩を叩くなどしたなあ……と懐かしく思い出す。

 もっとも、表向きには男女交際禁止だったから、そのあと大半のメンバーが等しく虚無顔になったりしたのだが。
 彼女がいる者は、いつになったらゆっくり会えるんだろうと。いない者は、こんな男の園でみっちり三年青春を散らしてしまい、俺は本当にそれでいいのかと。
 それから数日後、夕食のデザートにブラックチェリーが出た。なんというタイミングかと、みんな茎結びに挑み始めた。
「いつかここを出て、俺、彼女ときゃっきゃうふふするんだ……!」
 その日のために練習というわけだ。

 始めてみると、これがなかなか難しい。
 
 そしてそこは強豪校。あほな幻想に取り憑かれていても一流アスリートだ。
 自ら設定した課題にたどり着くまで、真剣に取り組む。いつしか、わずかに許された自由時間に小遣いを出し合って、缶詰のさくらんぼを買い、特訓するまでに至ったーー

 苦くも微笑ましい思い出だ。

「おれちょっとやってみよっと」
 百樹はアイスクリームのかたわらに添えられていたさくらんぼをつまみ上げる。まずは実を食べて茎だけにすると、何やらもごもごと口を動かし始めた。
「ん? んん? えっこれ無理くない?」
「間違って飲むなよ」
 鼻の付け根に可愛らしく皺を寄せ、あーでもないこーでもないと試行錯誤しているさまは、口いっぱいに餌をため込んでいるリスにも似ている。可愛い。
 百樹はそれからしばらくもごもごやっていたが、やがて
「難しい!」
 と、音を上げた。
「龍介さんはできる?」
「ああ」
 当時あほらしいと思いつつ、輪を乱すのは良くないと思って「練習」にちゃんと参加したから。

 ちなみに初回でできてしまい、チームメイトたちからは若干引かれたりもした。
「龍介おまえ……この裏切り者」
 だの 
「龍介ってなんか、後輩が告ってきたら『今は野球のことしか考えられないからごめんね』ってやさしく断るけど、本当は綺麗なお姉さまとすべて経験済みみたいないやらしさあるよな!」
 だの、好き勝手言われたものだ。

 もちろん5時から22時まで野球漬けの日々に綺麗なお姉様が入り込む余地はない。
 苦々しく思い出していると、いつの間にか目の前の恋人が、ジト目になっていた。
 さくらんぼのなくなったクリームソーダを、無言で吸い上げている。
「……なんでむくれてるんだ?」
「べつに」
 別に、と言いつつ、すっかり氷とアイスクリームの残害だけになったグラスの中を、スプーンでがつがつ突つく。

 ああ、これは。
 龍介は察した。
 ももの奴、元チームメイトたちと同じ妄想に囚われてるな。
 自分が言い出したくせに、と龍介は内心苦笑した。
 自己申告通り、百樹はちょっと面倒臭い性格だ。
 でも、そこがたまらなく愛しい。
 
 龍介は素早く視線を走らせた。厄介な打者が回ってきたとき、グラウンドを見渡して、素早く守備位置を指示していた頃のように。

 ……観葉植物があるから、カウンターからは見えないな。

「もも」

「んー? ーーっ」

 テーブルの上に身を乗り出し、自分の妄想で不機嫌になっているらしき華奢なあごを持ち上げた。
 触れる唇はお互いに冷たい。

 舌を差し入れた瞬間、ソーダがふわっと香った。

 中は唇よりも冷たくて、でも、かき混ぜているうちにお互いの体温で熱を持つ。
「んっ……りゅ、すけ、さ……」
 交合の合間にもれる吐息は、わずかに責めるような響きを持っていた。
 それさえ愉しみながら、舌を吸う。
 吸って放し、舌先でくすぐって、また吸う。
 上顎のざらざらしたところを撫でれば「ん……っ」と鼻にかかった甘い吐息を漏らし、身をよじる。

 甘い唾液が混ざり合ったころ、百樹の取り落としたスプーンが、カチリとテーブルを鳴らす音で我に返った。
 名残惜しいことこの上ないが、ゆっくりと離れる。

「……うまいかどうか判断できるのは、ももだけだろ」

 なにしろ俺に「色々教えてくれた」のは、ももなんだからーー続けてそう囁くと、百樹の頬はさくらんぼより真っ赤に染まった。



              
               〈了〉
              20210504


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