27 / 37
後日談:チェリー・ボム!
しおりを挟む「さくらんぼの茎を結べる人はキスがうまいっていうよね」
もうすっかり恒例になったクリームソーダ巡りの最中に、年下の恋人はそんなことを言い出した。
今日訪れたのは梓の隣の隣の市。かつて銀山で栄えた街に残る喫茶店。古いが丁寧に磨き上げられた、赤いビニール張りのソファ、ソーダの色はグリーン。くびれたグラスのフォルムが美しい。
こういう、長く営業するうちに自然と趣きを醸すことになった店を、百樹は「野生のレトロ喫茶」と呼ぶ。そして野生のレトロ喫茶のクリームソーダには、だいたいさくらんぼがのっている。
龍介はアイスと氷の境目の、しゃりしゃりしたところを堪能しながら訊ねた。
「それ今でも言うのか」
「うーん、なんだろ、なんかいつの間にか知ってるよね。いつから言われてるんだろ」
「少なくとも俺が生まれる前じゃないか?」
「そんなに!?」
「ご長寿都市伝説だな」
むくつけき野郎どもばかりが集まる野球部の寮でそんな話になったとき、中でも一段と疎い奴が「でも、なんでそれでうまいってことになるんだ?」などと首を傾げ、中学から彼女がいるショートで四番が、ぽん、と無言で肩を叩くなどしたなあ……と懐かしく思い出す。
もっとも、表向きには男女交際禁止だったから、そのあと大半のメンバーが等しく虚無顔になったりしたのだが。
彼女がいる者は、いつになったらゆっくり会えるんだろうと。いない者は、こんな男の園でみっちり三年青春を散らしてしまい、俺は本当にそれでいいのかと。
それから数日後、夕食のデザートにブラックチェリーが出た。なんというタイミングかと、みんな茎結びに挑み始めた。
「いつかここを出て、俺、彼女ときゃっきゃうふふするんだ……!」
その日のために練習というわけだ。
始めてみると、これがなかなか難しい。
そしてそこは強豪校。あほな幻想に取り憑かれていても一流アスリートだ。
自ら設定した課題にたどり着くまで、真剣に取り組む。いつしか、わずかに許された自由時間に小遣いを出し合って、缶詰のさくらんぼを買い、特訓するまでに至ったーー
苦くも微笑ましい思い出だ。
「おれちょっとやってみよっと」
百樹はアイスクリームのかたわらに添えられていたさくらんぼをつまみ上げる。まずは実を食べて茎だけにすると、何やらもごもごと口を動かし始めた。
「ん? んん? えっこれ無理くない?」
「間違って飲むなよ」
鼻の付け根に可愛らしく皺を寄せ、あーでもないこーでもないと試行錯誤しているさまは、口いっぱいに餌をため込んでいるリスにも似ている。可愛い。
百樹はそれからしばらくもごもごやっていたが、やがて
「難しい!」
と、音を上げた。
「龍介さんはできる?」
「ああ」
当時あほらしいと思いつつ、輪を乱すのは良くないと思って「練習」にちゃんと参加したから。
ちなみに初回でできてしまい、チームメイトたちからは若干引かれたりもした。
「龍介おまえ……この裏切り者」
だの
「龍介ってなんか、後輩が告ってきたら『今は野球のことしか考えられないからごめんね』ってやさしく断るけど、本当は綺麗なお姉さまとすべて経験済みみたいないやらしさあるよな!」
だの、好き勝手言われたものだ。
もちろん5時から22時まで野球漬けの日々に綺麗なお姉様が入り込む余地はない。
苦々しく思い出していると、いつの間にか目の前の恋人が、ジト目になっていた。
さくらんぼのなくなったクリームソーダを、無言で吸い上げている。
「……なんでむくれてるんだ?」
「べつに」
別に、と言いつつ、すっかり氷とアイスクリームの残害だけになったグラスの中を、スプーンでがつがつ突つく。
ああ、これは。
龍介は察した。
ももの奴、元チームメイトたちと同じ妄想に囚われてるな。
自分が言い出したくせに、と龍介は内心苦笑した。
自己申告通り、百樹はちょっと面倒臭い性格だ。
でも、そこがたまらなく愛しい。
龍介は素早く視線を走らせた。厄介な打者が回ってきたとき、グラウンドを見渡して、素早く守備位置を指示していた頃のように。
……観葉植物があるから、カウンターからは見えないな。
「もも」
「んー? ーーっ」
テーブルの上に身を乗り出し、自分の妄想で不機嫌になっているらしき華奢なあごを持ち上げた。
触れる唇はお互いに冷たい。
舌を差し入れた瞬間、ソーダがふわっと香った。
中は唇よりも冷たくて、でも、かき混ぜているうちにお互いの体温で熱を持つ。
「んっ……りゅ、すけ、さ……」
交合の合間にもれる吐息は、わずかに責めるような響きを持っていた。
それさえ愉しみながら、舌を吸う。
吸って放し、舌先でくすぐって、また吸う。
上顎のざらざらしたところを撫でれば「ん……っ」と鼻にかかった甘い吐息を漏らし、身をよじる。
甘い唾液が混ざり合ったころ、百樹の取り落としたスプーンが、カチリとテーブルを鳴らす音で我に返った。
名残惜しいことこの上ないが、ゆっくりと離れる。
「……うまいかどうか判断できるのは、ももだけだろ」
なにしろ俺に「色々教えてくれた」のは、ももなんだからーー続けてそう囁くと、百樹の頬はさくらんぼより真っ赤に染まった。
〈了〉
20210504
0
あなたにおすすめの小説
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる