憑依型2.5次元俳優のおれが、ビッチの役を降ろしたまま見知らぬイケメンと寝てしまった話

あまみや慈雨

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後日談:あなたの虜

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「ん?」
 休憩時間、何気なくLINEを見ていたら、見覚えのある言葉が龍介の視界をかすめた。
 どうやら百樹からのメッセージを確認するつもりで、ニュースを触ってしまっていたらしい。いくつか表示される見出しの中に「2.5次元俳優」の文字。以前百樹のことを検索した関係で、関連ニュースが上がってくるようになったのだろう。

 正直百樹以外の俳優には興味がないのだが、もしかしたら新しい舞台の情報など載っているかもしれない。なにしろチケットは毎回血で血を洗う争奪戦らしく、観に行けたことはないのだが、どこでなんの仕事をしているかわかれば心の中で「頑張れよ」と念を飛ばすくらいはできるだろう。

 画面をタップして記事の本文に飛ぶ。まず真っ先に目に入ったのは、

『キスシーン』

 の文字だった。

 ーーん?

 続いて、どこかで見た役者名がずらりとならぶ。二十名ほど列挙されたその片隅に〈SEN〉の名を見つけ、心臓がひとつ波を打った。
「岡くん、団体さんいらしたよ~」
 事務所のおばちゃんからかけられた声で我に返り、慌ててスマホをしまう。もちろん乗船中はスマホ厳禁だ。
 龍介は桟橋に向かうと「お足元気をつけて、靴はこちらで脱いでくださーい」と声を張り上げた。

 しかし、キスシーンである。
 竿を操って船を進めながら、考えてしまう。
 キスシーン。
 キスシーン……今度の舞台で、するのか?

 いや聞いてないが?

 いや、女性若手アイドルならともかく、男優ならそれくらいのこと、あるだろう。むしろ日常茶飯事すぎて、わざわざ話題にしなかったのかもしれない。

 日常茶飯事すぎて……?

 自分で自分の思考に眉をひそめてしまう。

 そんなに頻繁に俺以外の奴とキスを?

 いいや、仕事のキスなんて、キスのうちに入らない。
 ももにとって役者は天職だ。
 幼い頃母と行き違いがあって、満たされなかった心をずっと埋めてくれていた大事な仕事だ。
 誰かになりきって、人に娯楽を届ける。それを生きがいにしている。必要なら、キスだってそりゃあするだろう。
 それでもあのぷっくり可愛い下唇が、誰かの肌に触れる瞬間がたしかにあるわけでーー

「あの、船頭さんはしゃがまなくていいんですか?」
 はっと気がついたときには、橋がすぐ背後に迫ってきていた。


 一周約一時間の乗船を終え、事務所に戻る頃には、考えすぎですっかりぐったりしてしまった龍介である。
 幸い今日は今の乗船で上がりだ。事務所でさっと着替えて通りに出る。スマホを取り出し、はやる指先で記事の続きをスクロールした。

『〈キスシーン〉今人気の2.5次元俳優のキス顔を集めた写真集が、異例の即重版! オークションサイトでは高値で取引きも』

「ーーキス顔?」
 思わず間抜けな声が出た。キス顔というのは、キスするときの顔ということか。
 それは自分が想像したような、テレビドラマや映画の中のキスシーンとは、なにか違うのか?
 記事を読み進めていくと、どうやらキス顔写真集とは、読者とキスすると想定して撮った写真を集めたものらしい。
 読者を想定ということは、誰か相手役がいるわけではないのだろう。ほっと安堵してみれば、想像上の相手にキスする顔をして見せ、なおかつそれを写真に撮られるとはなんとも大変な仕事だ。 

 もっとよく記事を読み込んでいくと〈キス顔〉を写真集に収録すること自体はそんなに目新しいことでもないらしい。

 この写真集が異例の大重版がかかるほどウケたのは、人気俳優が集結しているのと、それぞれ意味深な花言葉の花を恋人役に見立てて一緒に世界観を作り込んだ、アーティスティックな構成になっているところらしい。
 サンプルとして数枚載せられているものを見ると、なるほどただ自室のベッドで誰かとキスしそうな顔、などという単純なものではなかった。

 どこかの廃墟で一面に敷き詰められた薔薇の花びらの中、シャツをはだけた美形が物憂げにこちらを見上げている。

 オペラ座のような古い劇場の舞台の上でアネモネをかき抱いている男は、たしかつい最近百樹が務めていた舞台では主役だったはずだ。

 花と花言葉は役者自身が選び、それに沿った世界観を人気の写真家が作り上げたと書いてある。
 自分の推しがなぜそれを選んだのか、苦しい恋の果ての表情なのか、あるいは全くの想像なのかーー伏せられているところが謎を呼び、売れに売れているらしい。

 ーーももの写真はないな。

 代表的な数名だけを載せてあるらしい。こうなると百樹がどんな花言葉のどんな花を選んだのか、気になって仕方がない。なるほどこういう心理で売れているのか、と噛み締めたとき、
「……隙あり」
 スマホに見入っていて無防備だった脇腹を、声と共に撫でられた。
「うわっ!」
 声を上げて振り返る。そこには今まさに探していた顔があった。

「ーーもも」

「えへへ。急に明日まで空いたから、来ちゃった。……驚いた?」
 サングラスをずらし、いたずらな目で上目遣いに訊ねる。キス顔でなくても今すぐキスしたくなる顔だが、もちろんここは往来なのでぐっとこらえた。
「驚いたよ。……おかえり」
 そう告げると、百樹は嬉しそうに「えへへ」と笑う。
「空港からひとりで来た甲斐あった。ーーなに熱心に見てんの?」
 スマホを無邪気に覗き込んだ百樹は、バツの悪そうな顔をする。
「聞いてなかったぞ」
「……だって言ったら買うって言い出すかなって」
「言うに決まってるだろう。こういうのはなんだ? 3冊ずつ買えばいいんだったか?」
「なんなら椿と早坂にも買わせるが?」と続けると、百樹は「いやいやいやいや」とそれをさえぎった。
「おかげさまで充分売れてるから! それに今品薄でもうちょっとしないと買えないんじゃないかな……」
「なんだ、そうなのか」
 なんならこれからすぐにでも書店巡りをするつもりだったのに。龍介が告げると、ももは「そんなに?」と目を見開いたあと、荷物が入っているらしきリュックをぎゅっと抱きしめた。
「実は……一冊、おれの分を持ってきては、いる」
「なんだ。取り敢えず見せてくれ。あとでちゃんと四冊買うから」
「いやさっきより増えてるし」
「見る用と保存用と布教用と神棚に乗せる用だ」
「それおじいちゃんのリアクションじゃない!?」

 なんでもいいから見たい、と真顔で頼みこんで「まあいいけど」どやっと了解を得た。取り敢えず、カフェなどで広げていたら目立つということで、百樹が定宿にしているホテルの部屋に向かう。
 部屋について、いよいよというところで、ベッドの上にぺたんと座った百樹は写真集を胸に抱いた。ちなみにぺたんこ座りは昔演じた役柄上必要で、何ヶ月も股関節のストレッチを根気よくやって手に入れた特技らしい。
「……やっぱ、やだ」
「ここまできてそれはないんじゃないか?」
「だってなんかあらたまったら恥ずかしくなって来たんだよ……!」
「どうせ出回るようになったら買うんだが」
「うっ……そこまで言うなら見せるけど……引かないでね……」
 往生際悪くぶちぶちと言いながら、写真集を差し出す。龍介にはあまり変わり映えのしない顔に見えるイケメンたちが何人か続き、いよいよ百樹のページを探し当てた。
「ーー民族衣装?」
 もっといつもの百樹に近い自然な姿を想像していたのだが、ニュース記事に載っていたサンプルよりもさらにコスプレよりの格好をしている。
 身につけている衣装は和服に少し似ているが、筒袖の袖口がもっと広くなっていた。
 裾もスカートのように広がっていて、襟と腰から垂らした布には繊細な刺繍が施されている。色は白。髪が長いのはウィッグだろう。
「うん、それ、漢服っていうんだよ。花だけ選んであとはアーティストさん任せなんだけど、中国の歴史ドラマイメージなんだって」
 その漢服とやらに身を包んだ百樹が、水郷の街のようなところで舟の上に寝そべり、片方の手を胸に乗せ、片方の手で沢山の花をつけた桃の枝を抱いている。

 うっとりと細めた眼差し。
 まるで桃の花の薄紅を映したように上気した頬。
 少し開いた唇からは、小さく歯が覗く。
 今にも甘い言葉を囁いて、触れてきそうだ。

 その表情は、会えない恋人を想って憂いているようでもあり、見る者を誘惑しているようでもあった。

 仕事とはいえ、これは艶めき過ぎているんじゃないか。
 いや、仕事だからこんな顔をできるのか?
 百樹に天性の才能があることは知ってる。 
 そしてそれ以上に努力していることも。
 知ってはいるが、こんなふうに変幻自在な表情を見せつけられると、少し怖くもなるのだった。

 百樹は、俺には想像もつかない世界を生きている。


「おれ、お芝居のほうが断然よくて、写真はちょっと苦手なんだけど、でもそのときは頑張れたんだ。それ……龍介さんのことだよ」
 そんな言葉に龍介は物思いから引き戻された。それ、と促された先に目をやる。絵画のように美しい写真の片隅に入れられた文字。


〈桃ーあなたの虜ー〉


 もちろん龍介は花言葉になど詳しくない。どちらかと言えば可愛らしい印象の桃の花が、そんなどきっとするような言葉を持つことが不思議に思えた。
 それでいて、ときどきはっとするほど淫靡な顔を見せる百樹と、イメージが重なる。

 写真の中と同じ小さな唇が「おれ、龍介さんの虜だよ」とささやく。
 かすれた響きに、かすかに感じた世界の隔たりなど、融けて消えていく。
「……俺のほうがよっぽどおまえの虜だと思う」
「じゃあもう、お互い逃げらんないね」
 くすりと笑うその手を取って引き寄せる。百樹は心得た様子で龍介の膝に乗る。
 唇が重なると、どこかから桃の花が甘く香った気がした。




                〈了〉
              20210523



 


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